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73 ヒロインかもしれない始祖

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 整備されている道路でありながら、数秒置きにその微かな振動は屋内へと響き渡る。


 リアは腕を組みながら備え付けられた窓際に顔を向け、すっかり暗くなっていた街中の光景を眺めていた。

 揺れは収まることはなく、十分に広いはず馬車内は体格の良い3人の成人男性が乗るとどこか、圧迫感を覚えるのだった。


「――……ということだから、くれぐれも気を付けてくれ。聞いているかな? ホワイト子爵令嬢」


 そう言って右から左へ流していたリアに対し、心配そうな目つきで問いかけてくるディズニィ。
 リアは窓の外へ向ける視線をずらし仕方なく、目の前を見据えた。


「はいはい、もう何度も聞いたわ。『来賓の貴族達をうっかり傷つけないよう、殺さないよう気を付ける』でしょ?」

「ああ、面倒ごとが嫌いそうな貴方にとって悪い話じゃない筈だ。だからレットを教育したようなことは、控えてくれると助かる」


 気のない返事だということはリアのその声音から気付いている筈のディズニィ。
 しかし彼は気にした素振りもなく、只々鷹揚に頷くのだった。


 そんな会話を黙って隣で聞いていたプーサンは気まずそうな気配を漂わせ窓に目を向け、レットは我関せずな態度を取って目を瞑っていたが、リアの態度が癇に障ったのか目を開いた。


「貴方はッ――」


 そう口を開いた瞬間、移動していた馬車は停止する間際のように、徐々に振動を遅めていった。


「着いたようだな。プーサン」

「はい、父上」

「クッ、……」


 停止した瞬間に一際大きな揺れが一度起きると、プーサンは降りる体制へと入る。

 すると御者の者が扉を開け、プーサン、レット、ディズニィ、リアの順で馬車を降りていくのだった。


 手を差し出し乗車時と同様に、エスコートを継続しようとするディズニィ。

 リアは拒否する意味も含めて、慣れないドレス姿でその手を避けようとするも先回りするかの如く、手をさり気なくスライド移動させてくることに内心で溜息を吐く。

 刹那の間に起こる視線の交差。


 周囲には夥しい量の馬車が列をつくって並んでおり、どうしてか周りから注目されているということだけはひしひしと肌に感じたリア。

 一向に諦める様子を見せないディズニィは楽しそうな雰囲気を漂わせ、その茶色の瞳でジッと見詰めてくる。


「さぁ、お手をどうぞ」

「…………はぁ」


 見せつけるようわかりやすく溜息を吐いたリアは、仕方なくその手を取り馬車から降りるのだった。


 幸いにして白のアームウォーマー越しに触れた大きな手に嫌悪感はなく、反対に目の前に広がる夜空と会場の屋敷を見て開放感を感じるリア。


 周囲には数えきれない程の貴族達が集まっており、皆正門を潜ると同じ方向を目指していた。

 しかし、リアが下車したことによって生じたどよめきは瞬く間に広がり、その美しい容姿を目にした者が感嘆と感動の声を漏らすのが聴こえてくる。


「あれは……どこの家の令嬢だ?」

「あのお美しい方はどなたですの?」

「ヴァーミリオン侯爵……? 彼女とは一体どういったご関係なんだ」

「おぉ、……美しい。何といえば、いや言葉じゃ言い表せないほどの美だ!」


 視界に映る大半の貴族が足を止め、隣に居る者に耳打ちをし、男女問わずその視線を向けてくることにリアは眉を顰める。

 さり気なく隣に立つディズニィへと身を寄せるリア。


「ディズニィ、さっさと移動しましょ」


 声を顰めて疲れた表情を隠そうともしないリアに、ディズニィは良いものが見れたと言わんばかりに笑みを浮かべ頷く。


「ふっ……ああ、行こうか。それとホワイト子爵令嬢、私は侯爵・・だ」

「…………」


 見上げる目と見下ろす目が衝突し、本日何度目かわからない無言の牽制。

 リアは目の前の男が楽しそうに含み笑いを浮かべる様子にピクリと眉を動かし、その目から譲る気はないと悟ると仕方なく折れることにした。


(これ以上目立つのは私も避けたいしね。貴族社会って……その辺面倒くさそうだし。でも公共の場だけ、これで色々指図するようになるのなら本邸の半壊くらいは覚悟してもらうわ)


 注目を浴びることは本意ではなく、そうすることで目立たなくなるのも理解できるリア。


「はぁ、わかりました。では行きましょう、ヴァーミリオン侯爵さま・・・・


 だからといってあれこれ指図ばかりされると気分が悪いのも事実であり、素直に聞くのもココまでだという意味も含め、リアは言葉に僅かながらの殺気をのせた。


「っ、……あ、ああ、行こうか」


 ディズニィはその言葉に瞬間的に顔を強張らせ、時間差なく額に汗を浮かせだす。
 しかし、エスコートを辞める気はないようで腕を差し出してくるも、リアは無視して会場へと歩いていくのだった。



 会場への入口は両開きの木製の巨大扉は開いた状態で開放されていた。

 中へ入ると、一軒家の一つや二つすんなりと入ってしまう程の広々とした空間が広がっており、天井には幾つもの豪華なシャンデリアが取り付けられている。

 最奥には半螺旋階段ともいえる2階へ続く道が見え、そこには誰も立ち入ろうとしないのか無人な空間が出来ていた。


 そして中へ入ると一番に感じるもの。
 外からも多少は見えていたが、実際に中に入ると外の比ではない程に人で埋め尽くされていたのだった。


(うぇ……この数の人混み本当に無理。ここら一帯吹き飛ばせば、どれだけスッキリするだろう?)


 視界一杯に映り込む人の群れ。
 彼ら彼女らは一人で周囲を見渡す者もいれば、数人で固まり会話を楽しんでいる者、そして既に人だかりができており誰かを囲うようにして談笑をしている者達で分かれていた。

 だが、それはリアが入ってくるまでの話であって、扉を潜って入場した瞬間からざわつきが一層強くなり、向けられる視線の数は夥しいものとなっていた。


 前世、ゲームでもリアルでもその容姿から視線を集めるのは慣れていたつもりだったが、流石のリアもここまでの数見られると居心地の悪さは尋常なものではなかった。


「やはり、貴方の容姿は目立つな。美しい者は得することが多いと思っていたが、行き過ぎるとそういう訳でもないらしい」

「遅いわよ壁。その恵まれた体格が活躍できるチャンスなんだから前、よろしくね」


 リアは短時間での膨大なストレスによってついさっき決めたことが無意識にすっぽ抜け、本音駄々洩れして睨み付けながらディズニィへと吐きつける。

 そんな様子を見たディズニィは状況と心境を察したのか、苦言を呈することなく黙ってリアへ向けられる視線を遮るよう立ち位置をずらしたのだった。


(ふぅぅ……漸く一息つける。まさかこんなに多いと思わなかったわ。これは何のパーティーなのかしら?)


 壁に背を預けながら腕を組み、パーティーの内容を思い出そうとする。
 しかしリアはその辺は興味がなく、ディズニィに説明された気がしなくもないが忘れてしまったのだから仕方ない。


 前に立つディズニィは周囲を見渡し、やがて何かに気付いたのか口元をニヤリとさせた。


「どうやら、来られたようだ」


 そう呟かれた瞬間、会場内が何度目かわからない中で一番のどよめきを上げ、その視線の数々は最奥の階段へと向けられる。

 それでも、未だディズニィの空いた隙間からリアへ話しかけようと機会を窺った貴族子息や、見惚れるようにしてその可愛い目をとろんとさせた貴族令嬢が一定数いることに気付く。


(ん? 視線が多すぎて特定は難しいけど、何だろうこの視線。困惑? 戸惑い? わからないわ)


 リアは何処からか向けられる視線に妙なものを感じ、内心で首を傾げる。

 すると最奥の2階から顔を覗かせ手を振りながら階段を降りてくる王族らしき男に、会場の拍手音と楽器演奏の音は最高潮に達した。

 騒々しい拍手量と向けられる視線、夥しい人の数々。


(もう無理……抜けよ。後でちらっと第一王子とやらを見れればいいや)


 リアは王族そっちのけでディズニィやプーサンへちらりと視線を送り、持てるスキルを総動員してドレス姿でありながらにも関わらず、誰にも気づかれることなく会場から抜け出すのだった。





 会場を出て、どこか人通りが少ない休める場所はないか探していたリアは正門とは正反対に位置する、庭園らしき場所を見つけていた。
 
 人気がなく明かりすらも届かない暗闇の中。
 夜の風を感じながらぽつんと設置された白ベンチに腰掛け、夜空に浮かぶ月を見つめ涼むリア。


 遠く離れた会場からは絶えることなく、喧噪な音楽と人のざわめく声が聴こえてくる。


「さて、ある程度落ち着いてきたし……少し歩こうかな」


 ベンチから立ち上がったリアは来た道から更に奥へ続いている道を、コツコツとヒール音を鳴らしながら見渡していく。

 続く道の両脇には西洋の庭園らしい生垣いけがきが置かれ、その手前にはどこまでも続きそうな花壇が美しい花々を咲かせていた。


「綺麗ね。それに……うん、良い香り」


 リアは感嘆の声を漏らし、散歩でもするようなのんびりした足取りで暗闇の道に続く花々を見渡す。

 花には詳しくないリアだったが、それでもそれらを見ればこの屋敷の庭師がどれだけ、丹精を込めて作り出した作品かというのは少しはわかる。

 青く宝石のように月明りに照らされた花や、まるで水がそのまま形を成したかのような美しい花。
 それらに顔を近づければ感じられるは、爽やかな匂いとまるで包み込むようにして漂わせるフローラルな香り。

 身を屈め、垂れる白銀の髪を抑えながら香りを楽しんでいたリア。


「……っ」


 すると突然、思考を埋め尽くす何かが映像のように流れた。


『――って、〇〇〇は……、っ……から、……だっ、お願い』


 まるで花の香りに触発されたかのような、突然のフラッシュバック。

 聞き覚えがあるようなないような、美しくも悲しみが込められたそんな声。
 どこかで会った記憶かもしれないし、なかったかもしれない。


「なに……今の?」


 リアの脳裏に浮かんだ映像はノイズが走ったように、その人物・・の顔部分へ黒い靄がかかり、思い出そうとすればするほどに記憶は薄れ遠ざかっていく。


 記憶を辿り物思いに耽っていたリアは気付けば庭園の奥地へと歩いてきており、眼前には白く発光したどこか神々しさが感じられる木が聳え立っていた。

 そよ風に揺られ微かにざわめく青白く光り輝いたそれは不思議と目を引き寄せられ、リアは無意識に歩み寄ると、その内に秘められた膨大な魔力に思わず息を呑んだ。


(こんな木、前世ゲームにはなかったわ。これは一体……)


 種族パッシブ【始祖ノ瞳】によって可視化された黄緑色の魔力。
 その魔力は青白い木の枝や葉、根っこに至るまで余す事なく埋め尽くし、川の流れのように循環し続けるそれは表層から僅かに漏れ出ている。

 リアは花壇でフラッシュバックした事など、覚えていない・・・・・・かのように目の前のそれに夢中になると、その手を木の表面へとゆったりと触れさせたのだった。

 感じられるはざらざらとした感触と、その内からじんわりとした循環する気持ちの良い魔力。


(んん? なんだか、気分が良くなってきたかも。……魔力MPが、吸われてる? でもこれ――)


 LV140のリアはMP消費武器レーヴァテインを使用することから、同レベル帯のプレイヤーと比べてそれなりに保有する魔力が多い方だった。

 しかし、木に触れ1分も経たずして1割近くが減らされたことに僅かに驚くと、緊張感のないまま取りあえずは手を放すことにする。


「ふんふ~ん♪ ふふ~ん♪」

(あはっ、なんだか……気分がいいわぁ。うん、それにこれ)


 【血脈眼】で両手を見詰め、自身を観察するリア。


 ――《魔力強化》《魔力消費軽減》《瞬発力強化》《状態異常無効》《高揚》【真樹の加護】


 どうやら目の前の木は触れた対象の魔力を吸い取る代わりに、幾つかの強化効果バフと気分を高める効果をかけてくるらしい。

 "【真樹の加護】"というのは気になるが、《高揚》という効果にリアは今の自分の現状に納得がいった。
 しかしそんなことよりも今はこの気分、今まで感じたことのない開放感を味わっていたいという気持ちが勝った。

 この高揚感と幸福感が目の前の木によって齎された効果だと理解するも、次から次へと湧き出す感情が抑えられそうにない。
 

 そうして無意識にリアは前世の頃に好きだった歌を口ずさみながら、自然と手を広げるとくるくると踊り回るようにドレスをはためかせるのだった。


「~~♪ ~~♪♪」


 清々しい気分の中、木下から青白く発光する神々しい木を見上げながら微笑みを浮かべるリア。


(あぁ、こんなに開放的なのはいつ振りかしら? 何も考えず、誰の目も気にせず。いまのこの世界には私がただ一人。普段の私なら絶対しないから、なんだか新鮮ね♪)


 すると、浮かれて少しばかりハイになっているリアの耳に草木を人為的に揺らすような物音が聴こえ、ピタリとその動きを止める。


(うん? 何いまの音? ……風の音、よね? いやでも、今のはどう聞いても服に植物が擦れる音だったような。 そうだ戦域の掌握っ……は領域外か。 …………いやいや、ないないない!)


 そして、その可能性を全く考えてなかったリアは瞬時に冷静さを取り戻し、まるで見たくないものを見るかの様にその首をぎこちなく振り向かせる。


 すると、そこには前世でよく見た気がする黒髪黒目の男が立っており、どこか呆けたようなキョトンと口を半開きにしてリアを見つめていた。

 リアはその黒曜石のような黒い瞳と目がばっちり合い、夜に溶け込みそうな常闇の黒髪に自然と視線が吸い寄せられる。


(あ、レーテと同じ黒い髪。ふふ、私このパーティー帰ったら……イチャイチャするんだ)


 あまりにも信じたくない目の前の光景に、リアは目を背けて現実逃避を始める。

 そんなリアに対し、やたら装飾の多い華美な服装を纏った男は、非常に整った顔立ちを不思議そうに浮かべるのだった。


「君は、一体……」

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