百合な始祖は異世界でも理想郷を創りたい!

ひよこのこ

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69 理想郷の為の交渉

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 6年前、魔王が人類種の英雄達に討たれてからというもの。

 魔族はもちろんのこと、エルフやドワーフ、獣人といった者達を一括りにした亜人種の淘汰が世界中で一斉に始まった。

 国によってその緩厳は違うが大方どこも同じであり、大陸や国によっては亜人種という括りから外され人類種と同等の扱いを受けている亜人もいるという。

 だが、中央大陸に居たドワーフ達はそうはならなかった。


 突然に村は襲撃され、街中では商店や鍛冶屋を営んでいたドワーフ達は王命によって派遣された兵士達に捕縛され、抵抗や異議を唱えようものならその場で殺される者も居たという。

 そんな大陸から命からがら逃げ出し、海へ出て偶々行きついたのがこの北大陸だったそうだ。
 しかし北大陸は断崖絶壁に覆われており、並の存在では登り切ることは不可能。

 どうにか登る手段はないかと、ドワーフ達は藁にも縋る思いで島をぐるりと一周すると、今は無き洞窟があったという。

 既に塞がれて隠蔽されているようだが、そこに村を造り地上に向けて出口を幾つか設置したそうだ。




「あれから5年……儂らなりにこの大陸の安寧は保ってきたつもりだった。これまで何度か上陸を果たした強者達も居たが、皆何もないと分かると数日もすれば去っていく。……だがお主は」

「ええ、一度は離れるけど、また来るつもりよ? 遊び場所として適しているしね」


 先導するウォードと名乗ったドワーフは感慨深そうな面持ちで呟き、一瞬振り返ると呆れたような目を向けてきた。

 リアはただ村の範囲を教えられながら移動するのもつまらなかった為、いつからこの大陸に住みだしたのか、その経緯を含めて聞いてみたのだ。

 そんなリアの言葉に、冷ややかな視線で見据えてくるウォードはこれ見よがしに溜息をつく。

 本来であればその態度にアイリスが反応を示すところだが、リアが全く気にしていないことを理解すると、顔を顰めはするも無理やり黙らせるようなことはしなくなった。


(ドワーフがこういう性格っていうのは知ってるからね。頑固で偏屈、余所者には厳しく一度内に入れた存在には甘い。そして受けた恩には必ず返す種族。まぁ、例外はいるだろうけど)


「儂が何を言ったところで聞くつもりはないんだろ? ――力を持った存在はいつもそうだ」

「……? 否定はしないわ」


 前を歩く自分の腰ほどに位置するウォードはカンテラを手に持ち、それ以降は無言で歩き進んでいく。
 やがて、足を止めると「ここまでだ」と口にして振り返る。


 10分にも満たない案内ではあったが、地下に存在する村とやらは、リアの想像よりはそれなりに広いことがわかった。
 そしてそれと同時にティーとリアが戯れていた場所は、ちょうど村のど真ん中に位置する場所だとわかり、少しだけやっちゃった感は否めなかったが仕方ない。


(どのくらいの深度なのか知らないけど、確かに真上でティーに暴れられた日になんか地下村の一つや二つ簡単に崩壊するわね。――それにしても見れば見る程、良い大陸だわ。これなら)


 案内が終わり踵を返そうとしたリアの耳に、遠く離れたところから徐々に近付いてくるガシャガシャと金属を打ち付けるような音が聴こえてきた。


「ウォード! 無事かッ!?」

「……オニオか。ああ、儂は大丈夫だ」


 姿を現したのはちぐはぐな恰好をしたドワーフの集団。
 彼らはそれぞれが違う武器を手に持ち、不格好な鎧を着てる者も居れば衣服のままの者もいる。

 村人総出だろうかと思ったリアだが、集団の中に女子供が居ないことから、これらは多くても半数程だと予想する。


(お? 思ってた以上に多い。これは僥倖ね、ますますここで決めても良さそう)


 リアは突然現れたドワーフ達に目は向けているものの、その意識の大半を思考に割いていた為、あっという間に円陣を組まれ囲まれてしまったのだった。

 そして先程ウォードを呼んでいた、全身不格好な鎧で包んだ一際目立ったドワーフはリアとアイリスへと目を向けると息を呑んだ。


「お前ら……吸血鬼か?」

「ってことは、さっきの揺れもこいつらがっ!?」

「オニオッ! 幾ら吸血鬼だろうと相手は二人だ!!」


 一人の呟きを皮切りに、遠目に各々で武器を構えていたドワーフ達が騒ぎ始める。
 その目には警戒の色を強く染め、漂わせる雰囲気からも闘志は感じられるが、残念ながらリアとアイリスからすれば毛ほども脅威にはなりえなかった。


「うん、そうしようかな」

「お姉さま? 私が大人しくさせますわ。少し手荒になるでしょうけど殺しはしません」


 並んで立っていたアイリスはそう口にすると、全身鎧を身に纏ったドワーフに向けて一歩前にでる。

 視線の先では先程の遊びの光景を見ていたウォードだけが、一人この状況に焦りを覚えたのか仲間たちを諫めようと、必死にリア達へ近寄らせないよう押し止めていた。


「主ら待つんだッ! 待て! こ奴らと戦ってはならん!」

「どけ!ウォード!! 何故止める? 奴らが吸血鬼だからか? それでもたった二人だ! 勝算はある!」

「おい! ウォードが眷族になってる可能性は!? 目を見ろ、赤い目だったら手遅れだ!」

「待つんだ!戦ったら殺されるぞ!? こ奴らは普通の吸血鬼じゃない! くっ、離せっ!!」

「大丈夫だ。 眷族はなってない! だとしたら……"魅力"か!? 魅力にかかってる可能性がある! 誰か、こいつを下がらせろ!!」


 ウォードは仲間たちによって両腕を捕まれ、少し荒々しくもその状態を次々と確認されると、円陣の外へと連れていかれてしまった。

 そしてアイリスはそんな光景をただジッと見詰め、終わったところで手を翳し始める。
 律儀に待っていた、というよりは一応は面倒ごとを止めようとする様子に、思わず手を止めてしまったといったところだろう。


「アイリス、その必要はないわ」


 にんまりと笑みを浮かべるリアへ、振り返ったアイリスは不思議そうに首を傾げる。
 リアは抱きかかえたルゥに視線を移す。

(こんなに騒がしいのによく眠れるわね。睡眠が深い方なのかな? それとも疲れてたのかしら? まぁいいわ、さっさと本題に入りましょう)


 抱きかかえた腕とは反対の手を口元に運び、自然な動きで【鮮血魔法】を発動する。
 その挙動に一瞬、緊張が走らせ動揺を露わにしたドワーフ達は黙り込み、即座に戦闘の姿勢を取りはじめた。


 リアが造りだした物。
 それは巨大な紅いスライムのような形をしており、ぷるぷると振動で震える液体は徐々に形どっていくと、やがて強固な固体としてソファへと変化したのだった。

 ドワーフが囲む中、その中央へ堂々と置かれた赤黒い通常よりも大きなサイズのソファにリアはルゥを降ろして腰掛ける。

 そして忘れちゃならないと、座りながらアイリスへと手を伸ばし引き寄せると、その胸に抱きこむリア。


「ひゃっ! ……お、お姉さま、これは一体?」

「ん~、良い匂い。アイリスの抱き心地は最高ね」


 抱きしめる腕や乗せる足から感じられるはぷにぷにとした感触に加え、すらっとした抱き心地のいい身体。
 フリル付きの黒ドレスは手触りが良く、漂わせる香りは愛しい妹の匂いを十分に沁み込ませリアの鼻腔を刺激してくる。


「そ、そうですの? えへへ、も、もっと強く抱きしめてもいいですよ?」

「そう? じゃあもう少しだけ。ぎゅ~!」

 
 いきなり魔法を使われたかと思えば、出てきたのは殺傷能力のない血で出来た大きなソファのような物。

 それだけでも意味が分からず、思わず動きを止めてしまうには十分な理由だったが。
 続けてドワーフ達の眼前で行われるのは、二人の吸血鬼が仲睦まじい光景を見せつけてきたのだ。

 手が止まるどころか、思考が止まっても可笑しくはない。


「……な、何をやっている?」

 困惑をありありと見せるドワーフ達の中、代表して一際目立つ鎧姿のドワーフが口を開く。


「何って、イチャイチャしてるのよ。それで? 話が出来るくらいには落ち着いたのかしら」

「……状況がわかっているのか? お前らは今、儂らに囲まれておるのだぞ?」


 ドワーフは理解できないといった様子で髭ずらの顔を顰め、無意識なのか構えた武器を徐々に降ろしていく。


「そうね、でも吹けば飛ぶような包囲に意味はないわ。それより……私と取引しない?」

「取引……だと? ウォードの奴、何を喋った」


 リアの唐突な提案に増々意味がわからない、といった顔を浮かべるドワーフ。
 何のことを指しているのかはわからないが、後半に小さくぼやいた言葉はリアはバッチリ聴き取れている。


「彼には貴方達の村のことについては地下にある、としか聞いてないわ。それと取引の内容だけど、この大陸に私たち・・・の家を建てて欲しいのよ」


 そう言ったリアの言葉に、場はしんと静まり返る。

 しかし次の瞬間には事の内容を理解したのか、反発の意志を剥き出しにしてドワーフ達は騒ぎ立て始めたのだった

 予想はしてたが、そんなに怒るようなことだろうか?

 各々に不満や不安を口にする中、リアは抱き締めるアイリスの肩に顎を乗せながら更なる爆弾を投下する。


「報酬は『貴方達をドワーフの国へ無事に送り届けること』なんて、どうかしら?」

「なっ!? ほ、本気で……言ってるのか?」


 リアの言葉に鎧のドワーフのみならず、周囲のドワーフ達は先程よりも更にどよめきを広げていく。

 抱き締めるアイリスの体温を感じながら、全方位360度から聴こえてくる野太い声の数々。
 その大半が不信と怒りの声だったが、中にはリア達の真意を計ろうというという疑問の声も混じっていた。


「仮に! 貴様の家というやつを建てたとして、用済みになったら儂らを殺すつもりじゃないのかッ?」

「んー、殺す必要性を感じないわね。今みたいに対峙するだけじゃなく、攻撃してくるなら滅ぼすけど。そうじゃないでしょ?」


 リアは声の聴こえた方へ振り返り、喋りながら彼らから返される反応によって、問いかけてきた人物を特定し見据えた。

 すると今度は別の方から、どよめき声に埋もれることなく一際大きな声が上がってくる。


「ぐっ……だ、だが殺す必要がないとお主は言ったが、お主ら吸血鬼は血が欲しい為だけに、多くの命を無意味にその手にかけてきた筈だ! 吸血鬼の言うことなぞ信用できぬ!」


 なるほど、それは好みによるだろうが確かにそういう吸血鬼が居ても可笑しくはない。
 しかし、どの種族にも例外は居る。

 それを口にしようとすると、アイリスはリアより先に溢れんばかりの殺気を垂れ流しながらその美声を響かせた。


「お姉さまの慈悲に甘え……言わせておけばッ! 貴方達がいま生を謳歌できているのは、一重にお姉さまが害そうと思っていないからに他ならないの。いいですの? 私を含め他の有象無象な吸血鬼共と、この方を一緒にするのは許しませんわッ」


 アイリスの殺気に当てられ、引き攣った表情でその言葉を聞いていたドワーフ達。
 言葉の一つ一つに怒気を含ませ、時間の経過とともに場の空気は氷付き空間を支配する。
 ここまで怒っていながらも、アイリスが虐殺するのは容易いドワーフ達に手をかけないのはリアがその気がないとわかっているからだろう。

 その場には一時的な静寂が広がると言いたいことを言えて満足したのか、徐々にその殺気を収めていくアイリス。


「貴方が他の有象無象な連中と"同じ"なわけないでしょう? 私の気を引く為にわざと・・・自身を貶めたのかしら? だとしたら見事に術中に嵌ってしまったわ。本当にイケない子」

 声音からしてアイリスの本心だというのは、リアだって理解している。
 だが、その認識のまま看過できるかと言われれば、答えはNOであった。

 抱き締める力を強め、ぎゅうぎゅうと胸元や体を押し付けながらその耳元で吐息をかけつつ囁くリア。


「ひゃっ!? ち、違いますわ。私はただ本心を述べただけで、お姉さまの気を引こうなどと……」

「それなら尚更ね。 何度言えばいいの? それともわかるまで教えてあげた方がいいのかしら? 貴方は私の大切な、そして愛する妹なのよ? アイリス」

「あぅ……」

 顔を赤らめ、耳まで火照らせるアイリスの可愛さに、胸の内から沸々と愛しさがこみ上げてくる。

「お、お姉さま? 眷族にして言うことを聞かせるのでは、いけませんの?」

「それはできないのよ、アイリス。 彼らを吸血鬼にしてしまえば、その創造の魂パッシブが失われてしまうからね。私は最高の家が欲しいの」

「なるほど、だからここまで慈悲をおかけになるのですわね……」


 武力による強制をしない理由に、アイリスは納得いったように頷きその可愛らしい顔を沈ませる。
 そんな妹を食べたくて仕方ない気持ちを抑え、それだけじゃないんだけどなぁっと純粋にドワーフのことを好んでいるリアは微笑みを浮かべる。

 しかし状況が状況なだけに、このままイチャイチャするというのは難しいらしい。


「その吸血鬼の言い分も確かにわかるのぉ、あんたが儂たちの知ってる吸血鬼とどこか違うのは確かだ。だから聞きたい、仮にドワーフ王国まで儂らを連れて行くとしてどうやる? まさか人間どもの大陸に渡る、なんて言わんだろうな?」


 アイリスとのイチャイチャに水をさされたのは少しばかり残念だったが、ドワーフ達が徐々に聞く耳を持ち始めたことに口元を歪めるリア。
 気づけば最初のドワーフ、ウォードは開放されており、鎧のドワーフの隣へと立っていた。

 リアは「見せるわ」とだけ呟くと、口で説明するより見せた方が早いと思い指に嵌めた黒銀の指輪を光らせる。


 辺りには赤黒い光が照らされ、徐々に光が収まってくると上空には巨大な影ができた。

 ドワーフ達は徐々に降りてくるティーを見ると一目散に鎧のドワーフの元へと駆け出し、遅れて暴風を巻き起こしながらリアの座る椅子の後方へと、その巨体を降ろしたのだった。


「この子に全員乗せて送り届けるつもりよ」


 振り向きながらティーを見上げ、ドワーフへと向き直るリア。
 そんなリアとティーにドワーフ達は目を見開き、驚きのあまり声が出ないといった様子で立ち尽くしていた。

 反応がない彼らを見てリアは口元をニヤリと歪めると、ついでとばかりに更なる追撃の手を加えた。
 プッシュである。


「貴方達が村の中で感じ取ったもの。それは私とこの子の遊びで生じた余波ね」

「「「………………」」」


 とうとう黙りこくってしまった鎧のドワーフとその周りの男達。

 その中でも実際に目にして知っていたウォードだけが意識を保ってはいたが、それでもやはり恐怖は覚えるものなのだろう。

 血のソファ越しに甘えるようにして、その巨大な鼻先をリアへと押し付けるように突き出すティー。
 リアは微かに声帯を振るわるティーを慈しむように撫でながらドワーフ達へと横目に視線を向けた。

 あの様子からして反応したくてもできない、目の前のティーの存在感に当てられて目が離せないといった所だろうか?

 そうリアが予想していると、ドワーフ達の中からぽつりと思わず漏れてしまったような呟きの言葉が聴こえてきた。


 ――"魔王"と。

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