百合な始祖は異世界でも理想郷を創りたい!

ひよこのこ

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64 白い女神に出会う (セレネver)

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 リアの気まぐれによって拾われた兄妹、ルゥとセレネ。

 記憶が正しければ二人はいつも一緒であり、片時も離れることなく時間を共にしてきた。

 しかしもし、あの時ルゥの漂わせていた血の匂いと突如として発現した固有能力アーツが無ければ、兄妹が再び朝日を見ることはきっとなかっただろう。



 少女セレネの最も古い記憶、それは何もない薄暗い牢屋の中から始まった。


 何故ここにいるのか、自分は誰なのか、隣にいる男の子は誰なのか。
 そして何故、こんなに苦しいのか。


(何も……わからない)


 けれど、唯一覚えていることがある。
 それはこの光る妖精さん。

 暗くて怖くて寒いこの牢屋の中で、突然現れては話し相手になってくれる相手。

 昔はもっと見えてた気がするけど、ここで目を覚ましてからは全然姿を見せてくれなくなってしまった。

 もしかしたら、この痛みと関係があるのかもしれない。


「おいっ、時間だ! 起きろ愚図ども!」


 扉が乱暴に開けられ、姿を見せたのは人間という種族。

 ここで立ち上がらないとまた・・痛い思いをすると、何となくわかったことで黙って立ち上がる。

 連れて行かれた先では、よくわからないことをさせられた。

 重い、痛い、何で……?

 両手で持った重い何かを指示された先に運び、それを何度も何度も繰り返す。
 少しでも遅れたり泣いたりすれば、もっと痛いことをされるのを目の前で見たセレネは頑張った。


 でも痛いの、体の全部が痛い。


 毎日毎日、痛い体で人間達の大人に言われたことをやり、ボロボロな体で寝床の牢屋へと帰ってくる。

 今日は痛いのが我慢できなくて物を落としちゃった。
 そしたらいっぱい叩かれた。

 何度も何度も鞭で叩かれて、思わず泣いてしまったらもっと叩かれたから必死で我慢した。

 今日は眠れないかもしれない。
 でも寝ないとダメ、背中がヒリヒリしてとっても寒いけど寝ないと。

 でも……身体が痛い。


 寝床で眠れない夜は妖精さんと話す。

 妖精さんはいつも出てきてくれる訳じゃないけど、妖精さんと話してる時は痛いことを忘れられる。

 そして段々と一緒にいる男の子や自分のことを思い出してきた。

 一緒にいる男の子は私のお兄ちゃんだった。

 嫌なことや痛いことを忘れたくて、思い出したくなくて"忘れたフリ"をしてたみたい。



 そして、妖精さんが居ない夜。
 ずっとある痛みがもっと痛くなって、到頭とうとう我慢できずに泣き出しちゃった。


「痛い、……っ、痛いよぉ」

「……セレネ。 大丈夫だ、兄ちゃんが付いてる。兄ちゃんが必ずお前を守るからッ」

 ルゥお兄ちゃんはそう言ってずっと手を握ってくれていた。
 何度も、何度も『大丈夫』と言ってくれて、この時は少しだけ痛みを忘れられることができた。

「……うん」

 泣いてばかりの私にルゥお兄ちゃんは強い笑顔を向けてくれる。

 撫でてくれる頭がぽかぽかして、気づいたら寝てしまっていた。




 無理やりに起こされ、指示に従って働いては心も身体も休まることのないまま寝床につく。

 そんな生活を毎日送っていると、とうとうきてしまった。



 身体が動かなくなっちゃった。



 足や腕に力を入れても耐え難い激痛が走り、立つことすらままならない。

 この痛みを感じるくらいなら鞭で叩かれていた方がマシだと思えるほどの激痛。


 けれどそんなことは関係なかった。
 起きれない私の元に人間達は無理やりに起こしに来る。

 その日は1回だけ、思わず流れてしまう涙を耐え、歯を食いしばって頑張った。
 けれども皆より遅くて回数が少ないと何度も叩かれた。

 叩かれて叩かれて、もう痛いという思いすらわからなくなってきた時、お兄ちゃんが私と男の間に割って入ってきたの。


「俺が! 俺がセレネの分までやる! だからッ、セレネには手を出すな」

「あぁ? 誰に口利いてんだ? 世界から弾き出された獣の分際でッ、誰に言ってんだぁ!? あぁぁ!!?」


 両手を広げて護ってくれていたお兄ちゃん。
 しかし、次の瞬間にはセレネの上を通り過ぎると、壁に大きな音を経てて衝突すると地面へと倒れる。

「ぐはッ、……俺が、俺がやるからっ! だからっ、がはっ」


 顔を上げる力すら入らず、お兄ちゃんの様子を見ることはできない。
 でも、凄く痛い声だよ。 ダメ虐めないで、私のお兄ちゃんを虐めないで。


(もう、やめ……て――)



 気が付けば私は寝床の牢屋でいつものように横になっていた。

 もしかしたら、夢を見ていたのかもしれない。

 よかった、お兄ちゃんの苦しそうな声なんて聞きたくないもん。
 だから全部、夢だったんだ。


 そう思っていた時、上体すら起こせなかったが扉の開く音が聴こえた。
 お兄ちゃんが帰ってきた。


 でも、おかしい。

 お兄ちゃんはその服に赤い染みをつくり、何時もよりも元気がないように見える。


「大、丈夫……?」

 ああ、……私は声すら、まともに出せなくなっちゃったんだ。
 そう思いながら、何とか首だけは動かしてお兄ちゃんを見る。

「ああ、大丈夫だ。必ず守る、……必ずっ」


 その日から人間達は私にご飯をくれなくなり、起きるよう言わなくなった。

 そしてお兄ちゃんが牢屋に戻ってくるのが何時もよりずっと遅くなって、触れ合う時間はなくなっちゃった。


 前より傷が増えて怪我も増えて、それでも必ず私のとこに来ては頭を優しく撫でてくれる。

 妖精さんの姿はもう何日も見てない気がする。


(私に会うのが嫌になっちゃった? 体が動かせないから?)


 前よりもっと全身に力が入らなくなり、ずっと痛みが走り続けるようになった私の身体。

 もう目を開けることも難しい、痛みだってあるのかないのか分からなくなる時がある。


(私は何ができるんだろう? 助けれくれて守ってくれて、優しくしてくれるお兄ちゃん。……神様、お兄ちゃんを助けてください。私はどうなってもいいです、お兄ちゃんを助けてください)

 私は重い物を持たなくて良くなったけど、きっとお兄ちゃんはあれからも毎日持ってる。
 だから帰りが遅くなって、いつもボロボロなんだ。

 食べ物も私の分は貰えないから、いつもお兄ちゃんが分けてくれる。
 私は何もできないのに……。
 
 あれ……?
 私が居なくなれば、お兄ちゃんは助かる?

 そんな考えがセレネの頭を過った瞬間――


二人・・で生きてね。……お兄ちゃんの言うこと、ちゃんと聞くのよ。っ、愛してるわ』


 誰に言われたのか思い出せない言葉。
 それでも、どうしてかその言葉を守らなくちゃと思ってしまった。



 それから数日、もしくは数週間、数カ月。
 時間がわからないセレネはとても長い時間、ただ与えられるがままに感覚のない身体で過ごす毎日。

 自分が生きてるのか死んでいるのかすらわからない、そんなある日。
 目も鼻も口も動かなくなってしまった身体で唯一、残ってる感覚で牢屋に人間らしき気配を3つ感じた。


(ううん、……4つ? お兄ちゃんの、気配。でも……小さい?)


 動かない身体で物を見ることすらできない目。
 そんな状態でセレネは自分が浮いてるような感覚を味わっていると、身体の何処かに何かをぶつけた感触を何となく感じた。

 痛みはもちろんない。

 意識もはっきりとせず、もしかしたらこれは夢を見ているのかとすら思えてくる。
 人間達は何かを話し始めると徐々に、喧嘩するような雰囲気でくぐもった声を荒げ始めた。

 何を話しているのか、まるで自分が水の中にいる様な感覚ではっきりとは聞き取れない言葉。


(あれ、あった……かい? ぽかぽか、する?)


 聞くことしか、感じることしかできないセレネ。

 何となく人間達のよくわからない言葉を聞いていると、感じる筈のない身体にじんわりとした温かいような感覚が感じ取れた。


 そして次の瞬間。
 何度も何度も身体に強い揺れが走り、揺れる度に呼吸がし辛くなり、息が苦しくなった。


(苦しいっ、痛い……痛い? お兄ちゃん? お兄ちゃんって、あれ……ここにいる? でも、居ない。水浴びしてるみたい、気持ちぃ。あれ、でもお兄ちゃんは、どこ……?)


 薄れゆく意識の中、セレネは引き剥がされまいと必死に魂が肉体にしがみつくように耐える。

「ぐっ、……セレ、ネ」

 誰かの声が聴こえた気がした。
 だからセレネは周囲の気配を辿っていたが、確かに感じた筈の兄の気配は見つけられないまま、意識を手放すのだった。




 再び意識が戻った時、冷たい水を感じ・・少しびっくりしてしまったけど、気持ちの良い感触に思わず身体を預けてしまう。


(冷たい? これ冷たい、でも気持ちいい。 ―― 赤色……っ、誰!?)


 開く筈のない瞼が開き、長い時間見ることのできなかった目は、ぼんやりと目の前の光景を映し出した。


 (また、叩かれるっ! 痛い、痛い? あれ、身体……動いてる。 逃げなきゃ逃げなきゃっ、あっ)


 頭に白と黒がちかちかと点滅し、これまで当たり前だった感覚が再び戻ってくるのを感じる。
 逃げたい、痛い、身体が動く、なんで、でも動かなくなっちゃった。

 頭がぐちゃぐちゃになり、自分が何を考えているのかわからなくなってくるセレネ。


 そんな時、突然動かなくなってしまった身体が何かに包み込まれるようにして安心が広がっていくと、逆に見えていた筈の景色は真っ暗に見えなくなってしまった。


「落ち着いて、セレネ」


 私の名前を呼ぶ声がすぐ耳元から聴こえてくる。
 すると、色々な煩いものが、綺麗な声と一緒に全部なくなっちゃった。


(すごい静か……暖かい)


 はっきりとした感覚で身体を感じ、耳を澄ませばシンと静まった世界。


 「深呼吸しましょう」とそんな声に、再び意識を戻したセレネ。

(あの声だ。 でも……深呼吸って、なに?)


 指示されたことはやらなくちゃいけない。
 それがセレネの当たり前だったが、言われたことがわからないのだからやりようがない。

 けれど、やらなければまた叩かれる。

 無意識に身体を強張らせるセレネに、耳元で再び囁かれた。


「吸って吐いて、吸って吐いて……――」


 あ、これ知ってる。

 言われるがままにすると、静かになった頭はもっと静かになった。

 (もう苦しくない。 ちょっとだけ痛いけど、我慢できる)


 余計なものが消えてなくなり、落ち着いた感覚で感じたのは消えることのない微かな身体の痛み。


「よく出来ました。偉いわ」


 また聴こえてきた、綺麗な、それでいて優しい声。

 この声を聞いていると、身体にあった小さな痛みまでもがあまり感じなくなる。 どうしてだろう。


(偉い? 私、偉いの? っ、……えへへ)



 記憶のある限り、セレネが褒められたことは兄のルゥを除いて一度としてない。
 何に褒められたのかは定かではないが、褒められたことにたいして内心で喜ぶセレネ。

 感覚的に誰かが近くに居るのはわかるが、それが更に近付いてくるのを感じると反射的に身体を震わせてしまう。

 しかし、その存在はセレネを鞭で叩くことも怒鳴る事もしなかった。

 唯々「大丈夫」「貴方の味方」と聴こえてくる声に、微かにくすぐったさも覚えながらも嫌な気はしない。

 それどころか、気が付けばセレネは自分で身体の力を抜いていた。


(優しい声……、大丈夫? 私は大丈夫なの? 味方……私の味方。じゃあ大丈夫?)


 お兄ちゃん以外に感じたことのない安心。

 その声に言われるがままに身体を預けていると、首元に違和感を覚えた。
 けれも既に消えており、セレネの気のせいだったのかもしれない。


(あれ、痛いのがなくなっていくような……ううん、無くなっちゃったんだ。どうして?)


 疑問を浮かべながら、安心できる暖かくて柔らかい感触を感じていると少しずつ視界に光が入ってくる。


(わぁ……っ)


 ぼやけてしまってはっきり見えなかった視界はクリアになっており、暗闇の中でありながら一際目立つ存在。

 月の明かりを浴びてキラキラと光る白い髪。

 真っすぐに向けられる血の様に赤い目は獣よりも鋭く怖いはずなのに、不思議と怖いと思えなかった。


(……女神、様?)


 綺麗で、優しくて、ぽかぽかする。

 見えなかった目は見え、何も感じなかった身体は気持ちの良い暖かさを感じている。
 どれだけ頑張っても動かなかった手足は動き、消えることはない痛みは今は何も感じない。


 もう手にすることはできないと、薄々は自分で思っていたもの。
 はっきりとした感覚と、始めての解放感にセレネの心が静かに呟いた。


(もう、……大丈夫?)


 見えるようになった視界は歪み、抑え切れないモノが身体の内から溢れだして止まってくれそうにない。
 でも、何かが引っかかってそれは上手くいかない。


 ずっと前はもっと上手く出来てた気がするそれは、まるでやり方を忘れてしまった様にギリギリの所であと一歩足りない。


「おはよう」


 記憶にない、それでもずっと昔に誰かと言い合っていた当たり前だった筈の言葉。
 そんな時、女神様の絶対な安心が感じられる声と優しい微笑みで、引っ掛かりが抑えられない程の激情が溢れだした。


「……うわぁぁぁん、っぐす、ひっく、……ひっく」


 当たり前のものだったはず。
 そんな当たり前を返したいのに返せない、身体が、呼吸が、心が邪魔をする。

 それでも何度も何度も邪魔をする口や身体の隙間を掻い潜って、ようやく"当たり前"を返せた。


「……、っぐす、ひっく、……おは、よぅ」


 何度も何度も間違えてしまったのに、女神様は怒ることも叩くこともなかった。

 ただ、また見えなくなった目が見えるよう、優しく傷つけないように出続ける涙を拭い取ってくれる。


 女神様は何も言わない。
 ただ、静かにその身体で包み込んでくれると、昔に誰かがやってくれていた様に背中を優しく叩いてくれるだけだった。


(もう叩かれない、もう痛くない。大丈夫、大丈夫)


 与えられる心地良さに、ずっとここに居たいと思っていると、全身を包み込むような暖かさは離れていってしまう。


「私はリア・アルカード。貴方の名前を教えてくれる?」


(リア、アルカード? それが女神様の名前? 私の……名前は)


「セ……セレネ」


 お兄ちゃんが教えてくれた名前。
 お兄ちゃん以外、呼んでくれる人のいない名前。

 すると女神様は楽しそうに笑った。


「そう、よろしくセレネ。さっ、いつまでもここに居ては冷えるわ」


(名前、……呼んでくれた。冷える? 寒いってこと? すごい暖かいよ)


 セレネは言われた言葉に疑問を浮かべ、身体を包むようにして感じる暖かさに無意識に口元を緩めていた。

 するとゆっくりと地面に降ろされ、女神様は何かをし始めたのだった。

 久しぶりの足の裏の感覚、ジメジメしない綺麗な手足。

(硬い、ごつごつしてる。 地面、ずっと前ぶりだね。……えへへ)


 思わずまじまじと、視界に入った自身の身体を見詰めてしまい。
 そうして視界の端に見えた、女神様の持つ物に目が自然と引き寄せられる。


(服……? ふわふわしててかわいい、暖かそう。女神様の服? ……いいなぁ)


 見ちゃダメだと分かっているのに、まるで目がくっついたように離せない。

 女神様が持つ服が揺れ動くと、無意識に目が追ってしまい、気づくと裸の自分の身体にあてがわれていた。


 「うん、合いそうね」そう言う女神様。

 よくわからない。この服は、女神様の物なのに。

 浮かび上がる疑問は留まるところを知らず、あれよあれよと知らぬうちに、あっという間に憧れていた服を自分が着てしまっていた。

 何で、どうして? 私が女神様の服を着ちゃってる……。 私汚いよ、獣だよ? どうしよう、どうしたらいいかな。


 何故か着せられている服に、内心で疑問が尽きないセレネ。
 何か言わなきゃいけないのに、何を言ったらいいのかわからない。

 そうして何一つ言葉にできずあわあわとしていると。
 女神様がいつの間にかその隣に居た、もう一人に笑いかける。


「ふふ、私の見る目も捨てたものじゃないわ。 貴女もそう思わない?」

「悔しいですが……ええ、確かに可愛らしいと思いますわ」

(白い髪に赤い目。もう一人の、女神様? でも、ちょっと怖い)


 やり取りの内容はよくわからなかったが、向けられるこれまでと違った視線に、思わず身体をもじもじとさせてしまう。


 すると、そんなセレネの耳によく知った声が響き渡った。


「セレネッ!」


 頭が真っ白になる。
 他のことを忘れ、女神様すら消えてしまった世界で声の聴こえた方へと振り返る。


「セレネッ! セレネ、セレネ! よかった、……よかっだぁぁ!!」


 記憶より幼く見えるのに、ずっと大きくなったお兄ちゃん。

 その強い力に思わず倒れそうになるも何故か倒れず、嫌じゃない痛みが身体を巡ると身体の内側から、再び大きなものが溢れだしてくるのを感じた。


「……お兄、ちゃん?」

 声に出してしまえば、それは我慢できるものじゃないことを悟った。

「……っ、ひっく、ふぇぇ」


 次から次へと溢れだすそれを、身体の全身から出し続けるが一向に止まりそうにない。
 それでも、抱き締められる体からは胸を一杯にするものが沢山流れ込み、セレネの感情の波は収まりそうになかった。

 「わっ」と言う声と同時に、安心と温もりをくれるお兄ちゃんが目の前から居なくなる。

(お兄……ちゃん? どこにいっちゃったの? セレネを、セレネを置いていかないで)


 あまりの驚きに止まりそうにない涙は止まり、途端に世界に一人だけになってしまった感覚を味わっていると。

 お兄ちゃんとは別の人がセレネを抱きしめてくれた。女神様だ。

 次の瞬間、川の方からびっくりしてしまう程の大きな音が聴こえてきた。


「ぶっ、……な、なにすんだよっ!」


 見ればそこには居なくなった筈のお兄ちゃんが居て、よくわからないけど怒っているように見える。

(よかった、お兄ちゃんだ。でも、何でそこにいるの?)


 リアに抱擁されながらも胸を撫でおろし、セレネは眉を顰めて疑問に思う。


「貴方、そんな汚い恰好でまたセレネを汚すつもり?」


 女神様はさっきまでの優しい声とは違った、まるで怒ってるような低い声を出す。

 そんな女神様の様子にセレネは何となく気づいてしまった。


(お兄ちゃんをああしたのも目の前の女神様、じゃあお兄ちゃんはまた虐められちゃうの? なんで、どうして?)


 安心できていた気持ちが徐々に不安の色に染まり、また自分のせいで兄が傷つくと思うと無意識に身体を震わせてしまう。

 すると女神様は慌てた様子でセレネを抱き締めると、「虐めてない」と何度も口にした。

(女神様はお兄ちゃんが嫌いじゃない? 戯れてた? よくわからないけど、遊んでたってことかな? うん、女神様がお兄ちゃんを叩くわけないもん。よかったぁ)


 そう思っていると川から出てきた後のお兄ちゃんは、私と同じように綺麗でカッコイイ服を着ていた。

 やっぱり、女神様はお兄ちゃんを嫌ってなんかないとわかり、セレネはほっとしたのだった。
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