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49 相対する始祖と大聖女
しおりを挟む斬り払った血剣の刀身はどこか不気味な光を反射させ、鮮血を散らしながら宙に舞うは英雄だった者の覇気なき表情を浮かべた頭部。
それはゴトンッとそれなりの質量を響かせながら地面へと落ちると、ごろごろと数回転がって行き、やがて崩壊した民家の扉へと打ち当たるのだった。
リアはその場で血剣をなんてことのないように振り払い、刀身についた汚らわしい血は地面に弧を描きその赤をべったりと張りつかせる。
「嘘……、クレイヴが……負けた?」
見れば、声が聞き取れる程に聖母は距離を詰めてきており、その傍らには先程リアが腕を切り落とした『Ⅱ』の数字を持つ聖騎士と、『Ⅲ』の数字を持つ鎧の胸元を拉げさせた女性の聖騎士が動揺を隠すことも出来ず、ただ唖然と立ち尽くしていた。
(聖母……大聖女と名乗ってた愚かな女。随分と後回しになっちゃったけど、今なら教皇は手の内にあるし煩い男も消えた。 後に残るは居ても居なくても変わらない聖騎士達)
「レーテ、あの聖母に挨拶しにいってもいいかしら?」
リアは振り返ると後ろに直立不動の姿勢で立って待っていてくれていた、愛しい存在へと問いかける。
「聖母……? っ、大聖女のことですね。はい、かしこまりました。教皇を手に入れた今、リア様の優先すべきことを成されてください」
聖母について首を微かに傾げた彼女だったが、その存在に思い至ったのか。
しかと頷き、そして思わず見惚れてしまう程にまぶしい微笑みを浮かべて口元を緩めるレーテ。
その雰囲気はいつものピンッとした彼女とは明らかに違い、まるで固く結ばれた紐が緩んだような、一目でレーテが上機嫌であると誰の目からわかるほどに愉し気であった。
「……え、ええ、そうさせてもらうわ。でもレーテ、分かってはいるのだけど、そんな汚いものに対して嬉しそうに『手に入れた』なんて ……少し妬けちゃうわ」
リアは困ったように眉を顰め、それでも彼女の気持ちがわかるからこそ強く言えず、どこかモヤモヤした気持ちを感じながら複雑な気持ちを抱いてしまう。
「あっ、いえ、その言葉の綾と申しますか。申し訳ございません、湧き上がるこの感情が自分でも抑えが効かなく……ご不快であれば――んっ」
自分でも気づいていなかったのか。
レーテは珍しく分かりやすい程に動揺を露わにし、そんな彼女が自分の焼き餅に大して申し訳なさそうに慌てて頭を下げる前振りが見え、下がる直前にその唇にそっと人差し指をあて、紡ぐ口を塞いだリア。
「ふふ、ごめんなさい、下らない焼き餅よ。お言葉に甘えさせて行かせてもらうけど、できれば付いてきて欲しいかな。私の領域範囲内なら貴方に傷一つ付けさせないわ、ついでに教皇が死なないようにできるし」
レーテの足元で失神している血だらけの爺に目を向け、確認を取ると蕩けるような微笑みを浮かべ頷いてくれる。
(あぁぁぁぁぁ!! 心臓に悪いわ! いつものクールなレーテは何処へ行っちゃったの? そんな可愛い微笑み浮かべられたら私が持たないわ! 襲いたい……けど、その理由を考えたら彼女の上機嫌な理由がわかるし、それに水を差すのも。 うぅ、もどかしいぃぃ)
表情には出さない、いや微かに顰めてしまった眉から隠しきれていないが、努めて平然を装うリア。
砂煙によって髪にこびり付いた砂を少しでも落とそうと頭を振るい、長い銀の髪をかきあがながら聖母へと目を向けて歩み寄ると、その後ろから失神した教皇を片手で引きずるレーテが追従してくるのを感じた。
聖母の傍らに立つ聖騎士達は立ち姿や重心置き方、それら意外にも小さな動きの数々から今し方まで放心してたであろう事がわかるが、すぐさま我に返ると慌てた様子で聖母の前へと立ち塞がった。
聖母も含め、立ち塞がった聖騎士の二人は分かりやすい程にその雰囲気を戦々恐々としており、とてもじゃないが敵と相対してる騎士が抱く感情としては、不純物のように思える。
(男の方は向かってくれば殺すけど、女性騎士は来ないで欲しいわ。でも負傷状態から考えてもタンク役は女性騎士で男は聖母の最後の壁ってところかな?)
そんなことを考えながら領域範囲内まで歩み寄るリアに対し、聖母は唖然と小さく何かを呟き、思い出したように鋭い目を向けながら全身で攻撃的な雰囲気を露わにしたのだった。
「また、新たな真祖……――ッ! 来ないでっ! それ以上近づくなら」
「近づいたらどうするの? そこの聖騎士二人で私をどうにかできると思う?」
リアの深紅の瞳と聖母の金色の瞳が聖騎士を挟んで交差し、綺麗な唇を噛みながら皺を寄せる聖母。
見れば見る程に不快な存在だ。
その蔑む瞳にその在り方も、大聖女を騙ったことや、考えや立ち振る舞い、何もかもが気に入らない。
リアと彼らの戦力差は剣聖を補助していた彼女自身が一番理解してる筈、それでも気丈に振る舞いまだそんな目ができるのなら、聞いてみるのもいいのかもしれない。
「貴方が……"大聖女"?」
すぐに戦闘に入ると思ったのか聖騎士達は動揺を微かに見せ、聖母は突然のリアの質問に怪訝な表情を浮かべた。
だがすぐに持ち直したのか、喉に引っかかるような声を上げながら口を開くのだった。
「え、ええ……そうですが。わかっているのですか? 私に手を出せば周辺国家のみならず、全大陸中から貴方を討ち取る英雄達が募ることになります。いいえ、既に公国と王国へは書状が送られた筈ですので、広がるのは時間の問題でしょう」
「……」
黙って話しに耳を傾け、真っすぐに見つめるリアに何を思ったのか、怯えた目は隠せずにいた聖母はぎこちない引きつった笑みを浮かべ出す。
「こちらは多大な被害を受けましたが。今すぐに立ち去ると言うのであれば、こちらから引き留めることも追手をかけることはありません。 どうしますか? 向かってくるというのならどんな手を使ってでも、……貴方をこの場に縛り付けます」
決死の覚悟を決めた表情を浮かべ、その揺れた瞳を向けてくる聖母。
(縛り付ける、ね。 確かに聖母ならある程度の時間それは可能だけど、本当に覚悟はできてるのかしら? 前世だった頃なら使うのも理解できるけど、【最期の誓願】を使う代償は使用者のHPの全損、つまり死ぬということ)
そんな聖母にⅡの数字を持った聖騎士は驚いた様子で鎧をビクッと震わせ、顔の向きは変えずに視線だけ聖母へ向けると、片腕で握った赤い刀身の剣を烈火のごとく炎で迸らせた。
「大聖女様!? なりません! 私が此奴を引き留めている間、貴方様はお逃げください!!」
立ち込める業火は周囲にその熱気を撒き散らし、隻腕で重傷を負っている者の効力とは思えない程に、その存在感を強めてメラメラと絶え間なく煌めく舌をはいて燃え盛らせていた。
そんな騎士に少しだけ関心の目を見せるリア。
本来であれば火属性が弱点である吸血鬼にここまでの聖属性を含ませた炎を見せれば、状況の有利は間違いなく聖騎士であり、ここまで楽観視することはできなかっただろう。
だが、残念なのはリアと聖騎士の差には圧倒的な開きがあり、更にはレーヴァテインが帰属してからは火属性が弱点になりえなくなったことで、どれ程火力を上げようと耐性を抜ける域にはないということ。
「セシルっ! 駄目です、下がりなさい!!」
「お逃げください、時間は稼いでみせます! いくぞッ、うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ッ!」
男の聖騎士は炎属性を纏わせた炎剣を垂らし持ち、リアへ向けて疾走を始めると、数秒にも満たない時間で手に持った剣の間合いへと入りこむ。
そしていつの間にか、リアを挟みこむようにして女性の聖騎士がその全身に蒼雷を纏わせ、剣を振り抜く体勢を取っていた。
業火と迅雷。 その規模は近づくだけで対象を燃やし尽くし、また触れることなく感電を引き起こして、蒼雷を纏う身に神速の恩恵を齎すことだろう。
リアは感情を見せないその目を横目に、既に領域内であることから手に取るようにその動きを感知しており、奇襲は奇襲になりえずに手に持った血剣が無情にも振り抜かれたのだ。
(はぁ……正直殺したくなかったけど、向かってくるなら仕方ないかな。邪魔されるのも嫌だし、万が一レーテに何かあったら悔やんでも悔やみきれない。……さようなら)
振るわれた血剣は易々と白銀の鎧に斬り込み、まるでバターの様に2つの存在を振られるよりも速く切り刻み、周囲に大量の血を振りまいた。
びしゃびしゃっとした水音を響かせながらアスファルトを鮮血に染め、遅れて複数のある程度質量を感じさせる打ち付けた衝突音が聴こえてくる。
「それで?」
リアは向かってきた聖騎士に一切の感情を含ませず、後方のレーテが傷一つ付けず変な血を浴びていないかだけを【戦域の掌握】で確認しながら、内心で安堵の息をつく。
一瞬の出来事であり、予想していた状況と異なることから、反応と認識が追いついていない聖母。
「え? ……あ」
「仕掛けるなら好きにすればいい。それで何故、貴方如きが大聖女と呼ばれているのかしら?」
聖母は腰の引けた体勢を見せると、言葉の意味がわからないのか、それとも聞かれた意味がわからないのか。
唖然とした表情を浮かべながら不快感を露わにして眉を顰め、憎々し気に口を開いた。
「なにをッ……、私はっ大聖女ですよ? 薄汚い魔族なぞにはわからないのでしょう、控えなさい!!」
その態度にリアは黙って聞いていたが、その瞳には計り知れない程の怒りを含ませていた。
目の前の存在と大聖女との差に、今すぐにでもその口を塞いでやりたいという気持ちが、無意識に【祖なる覇気】となって漏れ出していた。
前世では、大聖女になる為に数々の条件が必要であり、ヒイロがそれを習得するのにどれだけ頑張っていたかを一番近くで見ていたリアは知っている。
数多く存在する条件の中の1つに『LV20上の対象に4人以上のPTで最前衛をこなす』というふざけた条件。
その判定は非常にシビアで、少しでも対象と受注者の間に味方が入ろうものなら達成にはならず。
召喚獣やペット、分身、眷族、ありとあらゆるNPCが味方判定になり、抜け道のないソレは地道に慎重に、PSを上げて取り組むしかないものであった。
だというのに――
コレは聖騎士の後ろに隠れてばかりで、自身が聖騎士を護ろうとしない。
聖女の期間を過ぎるほどき永くやってるのなら、持ってる筈なのである。
超近距離限定の、他の障壁とは一線を画す障壁を。
(確かにCTはあることから使いどころが限られる。だけどそれを上手く回せば死ななかった聖騎士も居たかもしれない。回復役《ヒーラー》としての立ち回りなら正解だけど、大聖女を名乗るならその立ち回りは馬鹿にしているとしか思えない。そんな簡単なクラスじゃないわ)
聖母は目の前のリアから溢れだす【祖なる覇気】によって、その表情を蒼白させ滲む汗によって赤髪をべったりと額に張りつかせていた。
目を見開き、抑えきれない震えによって歯を打ち鳴らす姿は実に滑稽である。
だがふと我に返ったリアは慌てて【祖なる覇気】を解除すると、後方で感じられるレーテの様子に内心で何度も平謝りし、間接的に使わせた目の前の聖母を憎しみと怒りを増幅させて睨みつけるのだった。
さっきまでの噛みつく様子は完全に鳴りを潜め、そこに居るのはただ実力差に絶望し、数多のデバフが付与された大聖女を騙った雑種。
この怒りをどう処理したらいいかわからず、取り合えずその見るに堪えない聖女の片腕を斬り飛ばすことにする。
数え切れないデバフによって意識が朦朧としている中、突然与えられる違和感。
涙と涎を垂らしながら蒼白させた表情を浮かべ、歯を打ち鳴らして身体の芯から震える様子を見せる聖母は唖然とした表情に加え、きょとんとしていた目を見開いた。
ボトッとした物の落ちる音に、連動するかのように絶叫を都市内に響き渡らせる聖母。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 私、私のっ、腕っ? あぁぁぁ!!」
聞くに堪えない断末魔の叫び、都市全体に響かせてると思える程の叫び声に眉を顰めるリア。
これ以上、これに用はないと更に血剣を持った手に力を加えると、何故か今になって脳裏にグレイの言葉が木霊した。
『魔族の抑止力となる聖女を一人、もしくは二人も消されてしまっては困るのです』
そう言って真剣な顔で話すグレイを思い出し、リアの動きが一瞬硬直する。
目の前の聖母は絶叫を沈ませ、今は膝を折って蹲るようにして切断された腕を押さえながら呻き声を上げ続けている。
一振りもしくは一蹴りするだけで簡単に目の前の聖母は死に至る。
確かにグレイに殺すのは止められていたが、それは"私からは"何もしないと話していた。
だからここで不愉快な聖母を殺そうと何も問題はない、どうせ都市ごと滅茶苦茶に壊すのだから。
そう結論付け、手に握る血剣を改めて振りかざすと――
「……ぐっ!」
――握った掌から血剣は零れ落ち、籠ったような低音を響かせて地面へと跳ね落ちた。
「……リア様?」
なんとか倒れ込むことなく体勢は保てているが、突如として身の内を侵蝕しだすかのような溢れ出す不快感に。
耐えかねたリアは髪の上から額を手で押さえ込む。
絶えず聴こえてくるは許容することのできない程に不愉快な何か。
意識が混濁して思考が定まらない中、リアの耳にはレーテの憂いを含んだ心配の声が、幾度も響き渡るのだった。
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