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30 聖王国への道々
しおりを挟む「あらぁ……、本当にいるわね……」
リアは遠目に都市の正門、西方へと続く正道のど真ん中に巨岩として擬態している自身の黒竜に目を向け、呆気に取られながらも口ずさんだ。
するとその声に賛同するように、どこか感心を含んだ声が後方から聞こえてきた。
「見事に道のど真ん中ですわね」
そう答えたのは聖王国へ一緒に行く事になった可愛い妹、そよ風に黒ドレスの裾を靡かせるアイリスだった。
「ええ、あの子はマイペースだから……。多分、自分が叩かれてることにすら気づいてないんじゃないかしら」
リア達が立っている城壁の上、そこは正門から少し離れた場所にあり、高さは5m程の東門と西門の中間地点に位置する場所。
吸血鬼の視力を持ってすれば数百メートル先の巨岩なぞ、眼の前にあるのと変わらない。
近くに城壁の上から外側へ監視している衛兵もいるにはいるが、現在が真夜中ということもあるのかあまり仕事に熱心とは言えない状態だ。
「あれ程、攻撃されても反応を見せないとは……本当に強靱な鱗でございますね」
遠目に真夜中でありながら巨岩を破壊しようと攻撃している一同を見て、レーテが感心した様子で呟く。
そう、ここには聖王国に行く為に必要な――何故か主道にいる――黒竜を迎えにくる為に、正門へとリア達は立ち寄っていたのだった。
アイリスとレーテ。
二人を部屋へと残し、話が終わるまで高級宿の屋根で特に何をすることなく黄昏ていたリア。
そんなリアの下に数分もしない内にレーテが迎えに来てくれた。
二人がこの短い時間でどんな話をしたかはわからないが、部屋へ戻れば扉を開けたと同時に胸に飛び込んでくるアイリス。
『私はどんな時でもお姉さまと一緒に居たいですわ! お姉さまが許してくださる限りどこまでもっ! ……それが例え、神聖区域に満ち溢れた場所だとしてもです。 だから、同行を許しては……いただけないでしょうか?』
腰に両腕を回し、ぎゅうぎゅうと柔らかな体を押し付けながら上目遣いで懇願するアイリスにリアの思考は止まる。
そして再び動き出した時には、二人が決めたのなら例えレーテに何かしらの事情があっても構わないとふやけた微笑みを浮かべながら同行を認めたのだった。
内心では歓喜の嵐に呑まれ、危うく表情筋が暴走してだらしない笑みを見せそうになったのはリアの秘密である。
そんな訳でグレイから渡されてた印章を2人へ渡し、3人で聖王国へ行く事になったわけだが。
眼下に見える光景、黒竜が擬態している巨岩の周辺には真夜中でありながらもそれなりに人が募っていた。
それは革鎧の様な軽装のものもいれば、鉄鎧を着た衛兵、冒険者の様な数人PTの集団、他にもローブを纏った魔導士達など、様々な姿が視界に映る。
この時間にも睡眠をとることなく集まっているというのが、彼らが何としても巨岩を破壊したいという気持ちが窺える。
「頑張ってるところ申し訳ないけど、あれじゃあ何十年攻撃し続けても壊すことは不可能ね」
リアは中指に嵌めた黒銀色の指輪『従属の指輪』に意識を込める。
すると依然同様に指輪は赤い光を放ち初め、暗闇の周囲を淡い赤色へと染め上げていった。
指輪は一際強い光を周囲へと放つと徐々にその光度を落としていき、やがて手元の指輪へと集束する。
ドーム状にキラキラと指輪の周辺を煌めかせ、まるで小さな命のように柔らかい光を放ち続ける指輪。
遠目には指輪に連動するかのように巨岩がグラグラと揺れはじめ、その周囲の人間達は突然の揺れと変異に、慌てふためいたような動きで黒竜から距離を取り始めたのが目に見えた。
そして、まるで大地をひっくり返す様な、爆破的衝撃音が正門付近全体へと響き渡る。
大地の巨岩はその全容を隠すことをなく大衆へと晒し、突出した際に背に乗せた大地の破片は周囲へとびしびしとぶちまけていく。
その突如として現れた正門にも負けず劣らずの黒竜に周囲の人間たちはパニック状態へ陥ったのだった。
一目散に逃げる者、腰が抜け立ち上がれない者、逃げることを諦め棒立ちとなる者、見た事のない存在に絶望で打ちひしがれる者、そんな様々な反応が見える正門付近。
それなりに恐怖が充満しカオスな状態を作り上げている中で、更に強力な追撃の一手が加えられることとなった。
リアはその瞬間をスローモーションの様な光景で認識しており、止めようと動き出すが―――間に合うはずがなかった。
「グオォォォォォォォォォォ!!!」
目覚めの開口一番の元気なけたたましい咆哮。
(はぁ、……元気な咆哮でなによりです。でも、そこではやらないで欲しかったなぁ……)
正門が目と鼻の先にある位置での遠慮なしの咆哮。
それは間違いなく都市全域へと響き渡り、正門付近ならず都市にも恐怖を撒き散らしたのは間違いようのない事実。
「はぁ……早くここを立ち去りましょう」
「で、……ですわね」
「民衆も、今ので起き始めたようです」
レーテが城壁の上から見下ろす先、都市内では点々とした僅かな光が見えるだけだった夜の街に、ぽつぽつと明りが灯されていく。
それは視線を向けている今尚、1つまた1つと灯され続け、やがて見える範囲内では暗闇より明りの方が勝るほどへとなっている。
そうした中、頭上から照らされ続けていた月明りが突如として遮られ、微かな風がリアの頬を穏やかに撫でると―――
影は急速に広がり、すぐ真横の大地に巨影が舞い降りた。
ドシンッという響きが城壁の横から響き渡り、直接触れたわけでもないのにリア達の足場までその衝撃が響き渡る。
「お、おまえたちっ……な、なにをやってっ」
城壁の最も近くで警備していた衛兵が怯えた様子でリア達へ槍の切先を向けながら、驚愕の表情で声にならない声をあげる。
リアは甘えた声で首を伸ばし鼻先を押し付けてくる黒竜に手を当て、優しく可愛がるように撫でる。
そして煩く騒ぐ衛兵には興味のない、まるで道端の雑草を見るかのような瞳をチラリと向けるだけだった。
「お、……おい、その竜、……お、お前、なに」
煩く騒ぎ立てる衛兵に眉を顰めるリア。
そんな始祖に確認の意思を含めてレーテが一歩前、リアの隣へと歩み出る。
「レーテ」
「はい」
リアの一言により隣に並んでいたレーテの姿が消える。
いや、正確にはリアやアイリスの視界には映って居たが、怯えた衛兵の目にはいつのまにか一人消えたように映っていたことだろう。
時間にして5秒、もしかしたらもっと短い刹那の時間だったのかもしれない。
衛兵の頭部は宙を舞い、声は聞こえない筈なのに未だに騒ぎ立てるような、そんな表情を貼り付けたまま見開いた目がリアの目と一瞬、交差した気がした。
そして次の瞬間には、城壁の上、リア達の踏む煉瓦タイルにゴトンッという鈍い音を鳴らし地面にその首を転がしたのだった。
(大人しく隅で怯えていればよかったのに……)
内心で呆れるようにため息を吐くリア。
そんな彼女はグイグイと押し付けてくる黒竜の鼻先を撫でながら、額を口先にコツンと押し当てる。
「また、貴方の力を貸してもらうわ」
「ギュロロロロロッ」
見上げても尚、高い位置に頭が置かれている黒竜はリアのお願いに喉の奥から響くような同意の鳴き声を鳴らし、尻尾を嬉しそうにぶんぶん振り回す。
「ここに連れてって欲しいの―――『思念伝達』」
額と額を再度合わせ、従属専用スキルを使用して情報共有を図るリア。
このスキルはお互いに考えていることを共有することのできる便利なスキルではあるが、発動中常に交換をしているわけではなく、その都度額と額を合わせなくてはならない。
故に、戦闘などには使えず、予め動きを決めていたり今回の様な移動の時にしか使えないスキルなのであった。
スキルの発動が確認でき頭を離して見上げるリア。
黒竜はそんなリアに理解したように頷きを見せ、異形な腕をまるで乗用の為の道のように城壁の屋上へと伸ばしてくるのだった
(ふふっ、跳べば届くから別に大丈夫なんだけど。紳士的な気遣いありがとう、ティー)
リアに限らずアイリスやレーテも含めてそんなものは必要なかったが、どういう風の吹き回しか黒竜がやりたがっているのだから、それに甘えることにするリア達。
そうして夜中とは思えない都市の眩い光に背を向け、ティーは異形な腕で翼を模り暗い夜空へと羽搏き飛び立つのだった。
商業都市イストルムを発ち、黒竜の背に乗ることおよそ30分程。
どこまでも続くような暗闇の大地が広がり続け、流石のリアも飽きてしまいレーテの膝枕を堪能しながら夜空を見上げていると頭上から声がかかる。
「リア様、都市が見えてきました。恐らく、農業都市ヴィロースかと」
「……あぁ、もう1つ目なの。それで、どうしたの?」
リアはムニムニする太ももの感触を後頭部で楽しみながら、レーテの物言いたげそうな顔に先回りして問いかける。
するとレーテは月明りに反射して幻想的な美しさを見せる表情で、赤い瞳を輝かせながら頷く。
「ヴィロースにて一度用事を済ませたいと思うのですが、よろしいでしょうか」
(用事? ……この都市に? まぁ、急いでるっていってもこの子の飛行なら余裕で間に合うのは、既にレーテが導き出してくれてるからいいんだけど。 どうしたのかな)
「うん、いいよ、いってきなさい。ティー」
レーテに許可を出したリアはティーの背中をリズムよく5回、それなりに力を入れて叩きだす。
叩く度に小さな衝撃波と髪を靡かせるほどの風圧がティーの背中に波打ち、その数秒後には急降下が開始される。
これは『思念伝達』によって予め共有されていた、『リアの乗用合図 計6種類』の効果でもある。
『リアの乗用中の合図 計6種類』は、《加速、減速、停滞、上昇、降下、着地》の6種類を指し、それぞれ決まったリズムで決まった回数、リアの高ステータス殴りをしないと反応しないリア専用シグナルである。
都市から少し離れた場所で着地し、遠目にレーテが都市の城壁を登っていきその姿を消していくのを見届ける。
そんな様子を離れた大地にて眺めているリアとアイリス。
リアは彼女が何の用事で都市に寄ったのかは知らない。
レーテが行きたいと言ったから、許可を出したに過ぎない。
「どうしたのかしら」
思わず漏れ出てしまった疑問。
そんな言葉に、リアの傍に歩み寄りながら答えてくれるアイリス。
「恐らく、眷族を増やしに行ったんだと思いますわ」
「眷族、……ふぅん」
(眷族ねぇ……。正直、前世でも全然創った事ないからあんまり知らないんだよね。使い勝手悪かったし制限多いし、皆でわちゃわちゃやりたいって人くらいしか造ってるところみたことないよ。……確か眷族の作り方は、【魅惑】で止めて一定量自身の血を対象に飲ませることだったかな? 眷族化できるかは運次第だけど、レーテが吸うわけじゃないから血の味が損なわれることはないだろうし、大丈夫かな)
前世時代のことに思い出し、真っ暗な城壁を見つめていると隣に立つアイリスが思い出したかのように口を開く。
「お姉さまは吸血鬼の祖であられながら、眷属をあまり創らないご様子……何故でしょう?」
今更ではあるものの当然の疑問だろう。
ある意味、設定としては始祖の眷族は"吸血鬼"という種全てであるのだが、アイリスはそういうことを聞きたいわけではない筈。。
特定の眷族は作らないのか、ということだと思うのだけど、それに対してのリアの回答は――
「そうね、必要ないからかしら?」
リアは素直に思ったことを口にするが、アイリスはきょとんとした顔をつくり、やがて納得がいったように笑みを見せた。
「そうですわよね。 お姉さまであれば眷族にしなくても身の回りのことは勿論、欲しいものは全て手に入りますものね! 確かにわざわざお姉さまが眷族にしてさしあげる程でもないですわ!」
違う、そうじゃない。とリアの脳裏にグラサンをかけたおじさんの顔が出てきた気がしたけど、目をキラキラと輝かせるアイリスが可愛いから何でもいいやと結論づけるリア。
「そんなことないわ、ただ……」
(ただ、創っても用途が限られてるのよねぇ。 ……あれ、でもこの世界の眷族は違うんだよね? 前世との違いがどこまであるのかわからないけど、その辺が変わってるのなら……)
内心、これまで持っていた眷族に対する理解と考えたこともなかったこの世界の眷族の違いに、一種の閃きのようなものを感じ思考に耽るリア。
そんなリアの突然言葉を切った様子に、アイリスは気を利かせるように話題を変えだした。
「レーテの眷族の使い方は私より上手ですわ、あらゆる地域に目や耳を増やし情報を常に手に入れる。 行く先々で増やすものだから、その数も中位吸血鬼とは思えないほど数多なんですわ」
普段、気にもとめない様子のアイリスが僅かに嬉しそうな気配を漂わせて、レーテを褒める様子にリアは心和やかに微笑む。
この気持ちをどう表せばいいのか、そう考えたリアは無言でアイリスを引き寄せ、胸の内にピッタリと収める。
「ひゃっ! お、お姉さま……? えっと、どうされたんですの……?」
「ん? ただ、私の妹は可愛いなぁって思っただけよ」
抱き寄せながら、間近に見える真っ赤な耳に笑みを深め、更に抱き寄せる力を強める。
(はぁ、いい匂い……ずっとこうしてたい。――眷族、か。前世では従者システムがあったから、数や使用条件に色々制限がある眷族はペットやバディ的立ち位置になっちゃってたんだよね。でも、この世界ならそういった上限や別の用途で使えるのかしら? それなら眷族を創ってみるのもいいのかもしれないね)
始祖になって初めての眷族はどういった人物にしようかと思考するリア。
そんの彼女の目には今にも倒れそうな、茹蛸のように顔を赤らめたアイリスに気づく気配はなく、レーテが戻ってくるまでぎゅうぎゅうと抱きしめ続けるのだった。
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