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26 揺れる始祖は癒しが欲しい

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 「ああ、私は確かに聞いた……『大聖女』と」


 そう答える男の目に、嘘はないように思えた。

 首に押し当てた血剣を持つ手が微かに緩む。


 しばし考え込むリアの思考に、既に目の前の男の存在はないものとして処理される。
 グレイが以前に話していた聖女、あれは誰もが知っているような英雄的存在の聖女なのだろう。

 では、今回これが言った大聖女とはどんな存在だろうか?

 これまで聞いてきた存在は悉くことごとくがその存在を知るわけでも、ましてや聞いたことすらないという反応を見せた。

 リアはそれらを見てきて一つの考えに思い至った。


 『もしかしたら……この世界に大聖女は存在していないのかもしれない』と。


 であれば誰もが知らないということにも頷ける上、類似する聖女を連想させるのも理解できる。


 だが、これは確かに言ったのだ。
 ……聖女ではなく、大聖女だと。

 元々の聖女が最近になってそう呼ばれ出したという可能性もなくはないだろう。

 その場合、グレイがそれを知らないなんてことはないように思えるし。
 予め特徴を教えているのだから間違いなく私に恩をきせる為、その情報を教えに来る筈だ。


 考えうる可能性、俄かにはその言葉を信じ切れずにいるリアはありとあらゆるパターンを思案する。

 そして思考の渦から戻った時、目の前の男は突然固まり無言になった暗殺者に対して怪訝な表情を浮かべ、壁際まで後ずさっていた。


 「その大聖女は、どういう容姿をしていたのかしら?」

 そう問いかけるリアに男はビクッと肩を跳ね上げると扉を背に後ずさる足を止め、震えた様子で言いづらそうに顔を顰める。


 「わ、わからない。 私は国人や商人に聞き及んだだけだ。 ……だが、私が聖王国に訪れた時、"誰もが"その存在を敬い祈りを捧げているのをこの目で見た」


 信じて欲しい、そう言わんばかりに真っすぐに震えた眼差しをリアへ向けて胸に手をあて訴える男。


 この状況で男が嘘を言ってるとはもはやリアは思っていない。
 もし、この場でそれが出来るのならその図太さと狡猾さに免じて、この場は見逃してもいいとすら思えてしまう。

 そんなことを考えているリアに男は語り聞かせるように、静かな口調で務めて冷静に話しを続けだした。


 「道行く誰もが口にしていた、『前の聖女様とは違う』『大聖女様は神が遣わしたお方』だと。 ……もし、貴方が大聖女に思うことがあるのなら。 この時期、そう、確かちょうど2週間後に『聖神への祈祷』があった筈。 普段表に出ることはないと言われている大聖女を見るのなら、その時しかないだろう」

 「……そう」

 2週後……。
 場所がわからない以上、正確な残り時間はわからないがそう余裕が残ってるわけでもない気がする。

 (聖王国、聞いたことがないけど中央大陸と言ってた事から近い場所ではない。 んー、黒竜ティーを使えば間に合うかな? この依頼を終えたら調べるのもいいかもしれない)


 思考を打ち切り、後ずさりして扉を背景にリアから離れた男へ向け歩き出す。


 「ひっ、ま、待ってくれ! 情報は話した、嘘じゃない! ほっ本当だっ! た、頼む、私は――」

 「……」


 無言で歩き出し、自身へと向かってくる暗殺者に恐怖を覚えたのか、血相を変えて必死な様子で声を荒げ命乞いをするちょび髭の男。

 リアは手に持った血剣の形状を元の液状へと戻し、地面に滴らせながら怯えた顔で涙する男の横を素通りして部屋を出ていくのだった。




 気づけばリアは高級宿が目と鼻の先の帰路へと入っていた。
 考えを纏めたい気持ちもあり、闇ギルドへの報告は明日にすることを決める。

 そうしてここ3週間近い期間、慣れ親しんだ自身の家のような部屋へと辿り着くとローブのホックを無造作に外し、床に落ちるそれを気にすることもなく大部屋の中央へと歩いていく。

 中央に置かれた長円形なテーブルのソファではなく、それなりに機能性のある良い造りをしていたイスへと身を預ける。

 今のリアの思考は、未だ漸く知りえた大聖女の情報でその大半を占拠されていた。


 転生してから初めて知りえた大聖女の存在。
 そのことにまだ確信はないが僅かながらに光明を得た気がする。

 グレイの話していた聖女とちょび髭男が話していた大聖女、それは別の存在なのだろうか。
 どうしてもその可能性が拭いきれず、何度も何度も同じことをぐるぐると考えてしまっていることにリア自身が自覚し、思わず乾いたため息が出てしまう。

 ただ、一つ確かなのは完全に同一人物と決まったわけではないこと。

 リアの記憶が正しければ、初めてグレイと対面し探し人について質問した時、グレイは聖女に対して『そう呼ぶものもいた』と話した。

 そして今回、ちょび髭の男は大聖女について『誰もが前の聖女とは違う』と答えたのだ。

 これは聖女とは別に新たな大聖女が現れたと考えるべきなのだろうか。

 もしかしたら漸く見つけた手がかりに、そうでなかった場合の予防線として、自分はどこか慎重になってしまっているのだろうか、と思わず自嘲が漏れてしまう。


 「いま考えても、答えは出ない……か」


 ある程度考えが固まり、やはり早いうちに行動してしまおうと上体を起こすと、ソファから立ち上がろうとしてその動きをピタッと止める。

 そういえば今週はグレイが何かしらの用事で支部に居ないと言ってた気がする。

 (そうだったわ、確か明日に戻ってくるんだっけ? もう、相当動揺してるわね私)


 意気込んで立ち上がったものの、その存在が居ない事に気づいてぽすんっと力の抜けた体がソファへと音を鳴らす。

 明日、確認のついでに報告にいって、その帰りにでも街で情報集めをするのもいいかもしれない。

 そう結論至り、今日はもう何もしたくない考えたくないと背もたれに身を投げ出すリア。



 視線の先には長円形のテーブルに置かれた、ルームサービスの果物のバスケット。
 そこに積まれている、ブドウの様な紫の果実を見てふと思い出す。

 2,3日前に紫髪の男に深夜の帰り道に絡まれたことを、最近は以前にまして絡まれる頻度が増えてるような気がするのだ。

 昨日も一昨日も、街にでると必ずではないにしろ、高確率で絡まれる。
 治安悪すぎではないだろうかこの都市。

 商業都市なのだから人の出入りが激しく、そういった輩も多くいるのは仕方ないがそれにしてもおかしいと考え内心で愚痴る。


 リアは基本、宿と特定の夜以外ではローブとカラーコンタクトを常時つけている。
 故に、目を惹く容姿やましてや女性だとは、外からはわからない筈なのだ。


 (やっぱりローブ越しでも骨格や姿勢、歩き方は隠せないってこと? 結構意識して隠してるつもりなんだけどなぁ……どうしたものか)

 基本的に殺さず無力化しているが、度が過ぎたり人気がないとつい殺ってしまうことがある。


 (全部構わず殺しちゃえれば楽なんだけど、そういうわけにもいかないよね)

 あまり殺し過ぎると都市内で変な噂になり、より面倒な事英雄たちが集まってくる。
 だから何も考えずに殺し過ぎるのも―――


 (あれ……殺し、過ぎる?  なんで私、平然と人を殺すことを考えて……ん、いやエリア内の人型mоbを殺す狩ることなんて普通のこと、邪魔だから殺す。 良くて経験値にしかならないけど―――っ、違うっ! 人型の餌なんかじゃっ、彼らはちゃんと生きてる人でしょ……!? なんで私はそんなことを当たり前に考えてっ―――あれ? 私は何を……、あぁ、またこれか)


 自分が何について悩んでいたのか、ふとした瞬間に忘れてしまったが、大したことではないだろうと結論付ける。

 それはまるで大事だったことが何かの拍子に価値観が変わり、突如として無価値になってしまったかのような、コインの裏表が入れ替わるような呆気ないなにか。


 本人からすればまたこれか・・・・・、という他ない。
 彼女の中では転生してから数日に1度は起こる"うっかりど忘れ"のようなもので、何かしらのトリガーのようなものがある気がするのだがわからない。

 しかし、最近は少しずつその頻度が減ってきたのだ。

 (このアバターわたしが馴染むのにも時間がかかってみたいなものかな?)


 漸く、思考の渦から出てくるリア。
 気づけば部屋にはランタンの明りが付いており、どこか近い位置からぴちゃぴちゃとした水気が跳ねるような淫らな音が響いていた。


 「あ、アイリス様……今は、んっ、……ぁ」

 「はむっ……んっ、大丈夫、……よ。 ちゅぅっ」

 「……んっ、ですが、リア様、がっ……」

 「ちゅぅぅ……ぱっ、……れろっ、んっ。貴方は、んっ……黙ってなさい」


 息を切らしながらも、つどつど聞こえてくるレーテの我慢するような潜めた声。
 それに呼応するようにアイリスの艶気の含んだ抑えた声が返される。


 ギシッとベッドの軋む音が部屋に響き、連なるように質量のある布が動いた音がかさかさっと聞こえてくる。


 リアは今日は何もしたくないし考えたくないと思っていたが、こうもそそられる音と甘ったるい香りを漂わされては黙っていられなかった。

 自分の為に声を抑えてくれる配慮はとても嬉しかったが、リアの為と思うのならばそんなことより誘って欲しかったというのが本音だ。

 時間の経過とともに甘ったるい酔ってしまいそうな香りを撒き散らし、妖艶な声をあげ始めるレーテの美声に耐えきれずにソファを立ち上がり振り返る。


 「はぁ、もう……貴方達。 私も混ぜて頂戴」


 振り返った先、そこには何とも目を覆いたくなるような素敵な世界が広がっており、もう少し見ていたくもあったリアだったが溜まらず近寄っていく。

 レーテは後ろ手にベッドへ両手を付き上体を起こし、その上に跨ったアイリスが両手を脇から回し抱きしめ固定しながら、その真っ白で美しい首元に顔を埋めていた。

 ちゅぱっ、と溜めた空気が破裂するような小さな音を響かせ振り返るアイリス。


 「あっ、……もう、よろしいんですか?」


 何について聞いてるかはすぐに思い至り、その気遣いに笑みを零しながら頷く。

 「そんなことより、あなた達と楽しめないほうが辛いわ・・・・だから、ね?」

 キングサイズのベッドに手を付き、布の擦れる音を鳴らしながら四つん這いになって二人の下へ近寄って行くと先にレーテに目を向けた。


 「……んっ、はぁ……はぁ……、喜んでこの身を――」

 「貴方にはこれを上げるわ。 飲んでから楽しみましょう?」


 熱の籠った声を微かに荒げた様子で色っぽい雰囲気を醸し出しながら、いつもはきっちりと着こなしているメイド服のブラウスボタンを上段から数個外し乱れた様子で迫ろうとしてくるレーテ。

 そんな彼女に最近ハマっているみたいな『エルフクイーンの血気』を手渡し、休憩を言い渡す。

 両手を広げ、視線を向けた先では血の入った試験管を持つレーテを、まるで物欲しそうな目で見つめるアイリス。

 そんなあからさまな態度に吹き出してしまいそうになり、可愛い迷子さんを呼び寄せる。


 「ふふ、貴方にも後であげるから。 アイリス、おいで……貴方が欲しいわ」


 そうして、可愛くて愛しいアイリスを存分に味わうと、妙に艶々として表情で僅かに嬉しそうな気配を漂わせたレーテの乱入で3人で夜明けまで楽しむのだった。






 翌日、カーテンの開けた窓から見える暗闇の景色に、十分すぎる睡眠を取れたと満足したリアは胸元に感じる僅かな圧迫感と暖かみに気づきその正体に目を向ける。

 腰からがっちりと腕を回し、コアラのように抱き着くアイリス。

 それなりに同じことを経験しているが、未だに慣れる事はない最高の幸せシチュエーション


 「んん……、すぅ……」

 「ふふ、可愛い……んっ」


 リアはそんな夢の中にいるアイリスを抱きしめ返し、頭にチュッとキスを落とし「ちょっと行ってくるね」と腰に巻かれた腕を優しく解いていく。

 未だ目が冷める様子のないアイリスの顔を少しの間見つめ、ベッドから足を投げ出すと部屋の扉が開かれた。

 入ってきたメイドは起床していたリアに気づき、その後方に目をやる静かに扉を締める。


 「おはようございます、リア様」

 いつも通り、すんなりと耳に入ってくる心地の良い声音に、皺が一切見えないメイド服を身に纏った表情のないレーテ。

 そんないつものレーテがリアの中ではデフォルトになっており、平穏と安心を与えてくれる。
 よく見れば微かに上がってる口角に気づき、思わずにんまりしてしまいそうになる表情を精神力で抑え込む。


 「ええ、おはよう。 グレイに会ってくるわ。 そろそろ……いや、まだわからないからいいわ」

 「……はい、私もお供してもよろしいですか」


 意識してなければ気づかない程、極小の瞬間、体をピクと震わせたレーテは同行を申し出る。

 (んー、といってもちょっと確認することがあるだけだからなぁ。 付き合わせるのも悪いし、できれば帰ったときにおかえりのハグとかして欲しい! っとその前に着替えないとね)


 リアは指先を牙に当て【鮮血魔法】で血のカーテンを作ると、インベントリからいつものガチ装備を取り出し、数秒で着替えが完了するとカーテンを指先に集束させていきパクンッといつものルーティーンを済ませる。


 「大丈夫よ、すぐに戻ってくると思うから」

 「かしこまりました、では準備をしてお待ちしております」


 付き合わせるのも悪いと思い断ったのだが、気のせいでなければレーテの纏う雰囲気がどよーんとしてるように感じるリア。

 苦笑が漏れてしまい、扉の前で直立不動なレーテに歩み寄ると肩と腰に手を回し抱きしめる。
 メイド服とリアのドレスコートがぴったりと隙間なく埋まり、少し形ある柔らかい物が互いに形を変えると気持ちの良い暖かいものが流れ込んでくる。


 (あぁ、癒されるぅぅぅ、これだよこれ!  朝はやっぱり二人のハグがないと駄目だなぁ……、うん、よしっ!)


 30秒ほど抱きしめると、肩に顎を乗せ「行ってくるわ」と呟いて頬にキスをすると、名残惜しくもリアは部屋を後にするのだった。
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