百合な始祖は異世界でも理想郷を創りたい!

ひよこのこ

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25 始祖、変質の徴候

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 ガヤガヤとした喧噪が絶え間なく聞こえ、店内の端に用意された舞台では楽器を持った人間が数人、パイプやフィドルを使ってケルト音楽のようなリズムある曲を奏でている。

 
 途絶えることのない演奏、暇を潰す意味も含めて耳を傾けていると、待ち人が2つのジョッキを持ってカウンターから戻ってきた。


 「待たせたな。 で、あんたが他に知りたいことはないのかい?」


 男は手に持ったジョッキを1つ樽の上のリアの手元へと置き、もう1つのジョッキは自身の手元で樽から浮かしていた。

 壁に背を付け、あおるようにジョッキに口を付け傾けた。


 ごくごくっと喉を1回動かすことにみるみるうちにジョッキの中身は量を減らしていき、男の体内へと吸収されていく。


 「そうね、聞きたいことは粗方聞けたけど。 ああ、『次元ポケット』も聞いておこうかしら」


 リアは手元に置かれた自分の分であるジョッキにフード越しに目を向け、興味が湧かずに目の前の男へ視線を戻す。


 目の前の男、それは先日の依頼を終えた時に報告と一緒にグレイに頼んでおいた情報屋との橋渡し。

 渋々といった感じで了承したグレイだったが、二日後には条件付きで連絡があり、相手の指定でこの酒場で出会うことになった。


 情報屋ケイサム。

 一見、街中で何処にでもいるような風貌をした男ではあるが、その飄々とした態度からは想像もできないほどの見聞と知識量を持ち合わせている。

 彼から知り得る情報はレーテをも上回る情報が引き出され、常識や風習、個人の情報から組織の情報、果ては魔族や魔物の居場所、現在の最前線の情報など多岐にわたる。

 どこからそれほどの情報を得てるのかは知らないが、警戒するに値する男とリアは判断した。


 (趣味は悪そうだけど)

 樽の縁に手を置く彼の指、そこに嵌められた底気味悪い小さな腕が何重にも重ねられた指輪を見て思う。

 (呪いの類いの装飾品? あの気配・・・・ありそう)


 「次元ポケット? そんな常識を知ってどうする? いや、詮索はなしだな。 アンタが知りたいと言うなら俺の持つ限りは教えよう」


 はじめは怪訝な表情を浮かべたケイサムだったが何かを思い至ったのか、ジョッキの持たない手の指をピンッと突き立て1を形作ると語り出す。

 ケイサムが次々と語る次元ポケットは大方、リアの予想していたインベントリ機能そのものだった。

 次元の狭間に存在する個人所有の絶対不可侵な倉庫。

 その起源や理屈についてはケイサムでさえ不明だそうだが、それ以外は蛇口を締め忘れた水のように止まることなく話し続けた。

 次元ポケットを持つ存在は珍しいらしく100人に1人も居ないんじゃないか、と話すケイサム。

 加えて重宝される能力であることから、それだけで良職場や高待遇な環境を望めやすい。
 
 『・・・・だが』と付け加える。
 ケイサムは組んだ両腕を樽の上へと乗せ身を乗り出すと、勿体ぶるように小声で話しはじめた。


 「その分、次元ポケット持ちの情報は高額に取引される。 拉致監禁なんてこともザラにあるぜ?」


 そう話すケイサムの目は真っすぐとフードの下にある、碧い瞳のリアと目が合わさる。

 (これ、気づいてるのかな? 私がこれの言う『ポケット持ち』だってこと。 気づいてそうだなぁ)

 狙われることに関しては問題ないが、絶え間なく狙われるのは勘弁だ。

 面倒だし疲れる。
 来るならいっぺんに来ないかなぁ、と考えるリア。


 「それで? まだあるんでしょう」


 探るようなどこか確信めいた瞳で見つめてくるケイサムに、リアは瞼を閉じて催促する。


 「ああ、あるぜ」


 そうして、奇妙な空気になった空間が霧散するかのように平然と続きを話し始める。

 次元ポケットの中身は詮索がタブー、容量は個人によってまちまちで、財布レベルに小さいのも居れば馬車なみに物を入れることができる規格外もいるそうだ。

 その場合は複数の組織総出で狙われることもあるらしく、国に申し出れば条件付きではあるものの保護してもらえるそうだ。


 ちなみにリアは課金をそれなりにしていたことから、インベントリの容量は学校の体育館と同規模だったりするのだが。

 (うん、絶対バレたくないわ。 もし、バレたら傘立て剣の収納スペースで押し通そう)

 大体の内容を話し終えるケイサムは「っとまぁこんな感じだ、ふぅ」と樽から腕を放し、一息つくように腰に手を伸ばし逆くの字になって体を伸ばし始める。


 リアは今回、一番大事な情報は残念ながら得られなかったが、それなりに知りたいことも知れて満足していた。

 そろそろ酒場を出ようと壁に預けていた背を放し、樽の上に金貨が入った袋をドシャッと適当に放り歩き出す。

 「追加の気持ちよ。 またよろしく」


 だがケイサムはまだ話し足りないのか、「それなら」と口ずさみ明らかに何かを話す素振りを見せると。

 リアの元に歩み寄り、フードの上から声を潜めて語り掛けてきた。


 「チップの礼にもう1つ、次元ポケットを持つ者は何かしらの強力な固有能力アーツを持ってることが多いらしい。 真偽はわからないが、そういった噂もあるとだけ伝えておく。 ―――アンタもあるんだろ?」


 その言葉にリアはゆっくりと顔を上げ、またしてもその探るような目と視線が交差する。

 (まぁ、気づくよね。 揺さぶる気でいるのか何なのかは知らないけど・・・・)


 「っ!?」

 リアは爪で斬った指から血の短剣を作り、ケイサムの喉元に押し付ける。


 「それ以上は止した方がいいわ。 ここで死にたくはないでしょう?」


 喉元に押し付けた短剣の刃にツーっと血がつたり、徐々にその力を強めていく。

 するとケイサムはいつのまにか自身の首に短剣が押し当てられてることに気づいたのか、その飄々とした顔を引きつらせ、両手をゆっくりと上げた。


 「ま、待て、冗談だ・・・冗談だったんだよ。 ん? ていうか、この短剣・・・・血?」


 リアはこの瞬間、市販の短剣や直剣を買うことを決心した。

 (私の馬鹿馬鹿、更に情報与えてどうすんのよ。 あぁ、うっかりだぁ・・・。 仕方ない、もう1つ情報を与えちゃうけど)

 短剣に目を向け、何かに気づいた目をしたケイサムは徐々にその視線を動かし、驚愕とした表情を浮かべる。


 「あ、あんた・・・・――っ!」

 「今後、一言でも私に関する情報をその口が紡いだ時、何をしようと何処にいようと必ず貴方を見つけ出して・・・・生まれたことを後悔させてあげる」


 【祖なる覇気】を半分ほどの出力でこの場に居るケイサムのみへ、その覇気の波は途切れることなく突き刺さり続けた。

 彼が今どういった状況でどういった心境なのかは知らないが、アイリスに誤って使ってしまった時やグレイに使ったときのことを考えると、決して楽観的な心境では居られない筈だろう。


 見ればケイサムの顔色は死人のように青白く変化しており、その額にはとめどなく汗が浮き出している。

 リアへ向けたこれ以上にないほどに見開いた視線は探るようでも、ましてや観察するようでもなく、只々、悍ましい何かを見てしまったように視線を逸らせずにいた。


 既に限界なのだろう。
 足は一目で見てわかるほどにガクガクと震わせ、口元の端には僅かに泡立った唾液が見える。


 「今はまだ殺さないわ。 貴方が有能な限りは、ね」


 そう言って【祖なる覇気】を解除すると、リアは酒場を後にするのだった。

 その後、どうなったかはリア自身知らない。

 しかし酒場を出た後、後方からガラスの割れるような甲高い音と騒々しくなった店内の様子から、何かがあったのは確かだろう。





 そして幾分か経ったある日の夜。

 リアは数日に1回、こなす暗殺依頼に慣れてきた頃。
 いつものように依頼対象ターゲットの住まいへと侵入していた。


 アイリスとレーテには別の依頼を任せている。
 暗殺依頼をこなし、数回目くらいになった時だったからか、薄々気づいては居たが離れたくないが為に言わずにいた現実を直視することになった。


 3人で1つの依頼こなすの過剰すぎない?っと。


 リアが提案したとき、アイリスとレーテは瞬時に目を逸らしたことで二人も薄々感じてはいたのだろう。
 それ以降、リアは涙を飲んで情報を得る為、効率化を測り一人一依頼でこなすようになっていた。

 後から知った話ではあるが最初の豚の屋敷。
 あの豚の暗殺は半年以上前から依頼されており、既に何度も暗殺を失敗しているそうだ。

 原因は豚の雇った冒険者の実力とその数。

 リアは見ることはできなかったがSランクとAランクの冒険者が並みの強さではないらしく、数度失敗すると他支部から強力なギルド員を呼ばなければ達成は困難と判断され、それ以降依頼はなかったかのように滞留していたらしいのだ。


 そんなこんなで今では一人一依頼でも問題なく終えれており、リアも一人寂しく帰りに待っている温もりを求めてこなしていた。

 豚の時ほどではないにしろ、それなりに広い屋敷が今回の職場。


 「はぁ・・・・最近、イチャイチャ養分が足りないわ」

 「っ、・・・・・」

 
 目に見えた騎士を背後からヘルムごと掴み、首をねじ切ると慣れた手つきで床に寝かせる。


 「今回も外れかしら・・・・。 もう、何回目だろう。 三週間に差し掛かる?」

 「がっ、・・・・」


 暗闇の廊下をランタンを持って歩いていた執事らしき男、認識する前に首を斬り飛ばす。
 宙に舞った首を空中でキャッチし、体の上に乗せて歩き出す。


 これまで、それなりの闇ギルドの依頼をこなし、数えるのすら面倒になるほどの人間を殺してきた。


 商人殺して盗賊殺して冒険者殺して衛兵殺して

 その中に子供と女性の暗殺依頼もあったが、リアはそういった暗殺依頼は拒否していた。
 弱点を晒すようで非常に癪だったが、しようと思えないのだから仕方ない。

 グレイはそんなリアに大して、以外そうな顔をしていたがまぁいいだろう。


 (殺すことに躊躇いはない。 前世ゲームと何ら変わらない、最近は初日より少し薄まってきてるような感覚がするが、前世ゲームのmobをやってるような感覚である。 牛や魚と一緒、かわいいと思えるけど食用として捌かれることにわざわざ感情を回さないのと一緒)


 そんなことを考えていると、いつのまにか視線の先では怯えた男が醜態を晒し後ずさっていた。


 「ま、待て! ・・・・何が望みだ。 だ、誰がこんな――」

 ああ、どうやら無意識に依頼対象ターゲットを見つけてたみたいだ。 全然見てなかったわ。

 「死にたくないかしら? じゃあ、質問に答えてくれる?」


 そう言って手に持った血剣を首元に添えてあげる。
 するとチョビ髭を生やした少しやせ細った貴族風の男は首を忙しなく上下させた。


 「智天使、古代種、大聖女・・・・この中で知ってるものはある?」


 もう何度この質問をしただろうか。

 依頼対象ターゲット全て、一人の漏れもなく聞いてきたが、未だに答えれた者は居ない。
 そして、今回の目の前の男こいつも答えてはくれないのだろう。

 フード越しに碧い瞳で真偽を見極めるために見つめるリア。


 質問の内容がわからないのか、難しいのか、答えたら殺されると思っているのか。

 目の前の男は真剣な表情で思案顔を浮かべ、そして落ち着いた口調で答えた。


 「智天使、古代種、というのは私にはわからん。 だが、大聖女と呼ばれる存在は聞いたことがある」

 「・・・・・・・・・それは本当?」


 一切の嘘も抜けることのないよう、男の瞳に穴が開いてしまうくらい凝視するリア。
 そんなリアの質問に、目の前の男は怯えた様子が鳴りを潜めていき、ゆっくりと頷いた。


 「確かだ。 中央大陸の東北、聖王国に二週間前訪れた時、喜々として話す者をそれなりに見た」


 男の瞳に嘘は見えない。

 真剣な表情で、もちろん死にたくない一心で答えてる部分もあるだろうが、今この時この答えに、嘘はないように見える。


 「二週間前」


 聖王国が何処にあり、どれほどの距離があるのかは知らないが仮に一週間だとして。
 合わせて三週間・・・・リアがこの世界に転生し、今に至るまでの期間とほぼ同じ日数だ。

 あの時、ボスを倒して鳴り響いたアナウンス。


 『次なる世界へと続く道が開かれました、進む覚悟はありますか』


 あれに答えた瞬間が皆が同じタイミング、もしくは少し後だったとした場合。
 結果的に同じように転生したのなら、今その情報が入ってきても可笑しくはない。

 だが、ふっと冷静になった頭でリアは改めて問う。


 「私が探してるのは大聖女。 『聖女』如きではないわよ?」


 添えた剣が頬を撫で、浅い切り傷を付けていく。
 男は剣の切っ先に目を降ろし、僅かにその目に怯えを再燃させるが、喉をゴクリッと鳴らし覚悟を決めたように答えるのだった。




 「ああ、私は確かに聞いた・・・・・『大聖女』と」
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