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18 ギルドマスターは苦労が絶えない(グレイver)
しおりを挟む魔族に分類される吸血鬼。
人類種にとっては滅ぼすべき『敵』以外の何ものでもない存在。
そんな敵な筈の特殊な吸血鬼達。
太陽の下でも活動ができる、デイウォーカーの上位種と思える3人を闇ギルドへ迎え入れた今日先ほど。
時刻は既に午前1時を回っており、今日の業務は既に一通り終えていることもあって別に就寝しても問題はなかった。
しかし眠気は一向にやってこない。
こういった仕事柄、外が暗いうちに活動することが多いこともあり、すっかり夜型の人間になってしまったが寝ようと思えば支障なく就寝することは可能だった。
だが、未だ胸を叩くような激しい動悸は治まらず、どこから感じてくるのか底冷えする寒気と緊張感は止む様子を見せない。
原因は明白だ。
「私にもまだ、こんな感情があったのですね」
依頼書や各支部から届いた共有情報、各国の情勢が書かれた書類を机の片隅に。
手に持った羽ペンを綺麗な所作で、物音一つ立てずに置くと未だ小刻みに震える掌を見つめた。
先日に受けたアルカードの覇気とも言えるプレッシャー。
これまで生きてきた、それなりに長い生涯でもあれ程の覇気を受けたことなど一度としてない。
以前に一度お目通りしたあの方でも、あそこまでのものは持ってないように思える。
「貴方は……何者ですか?」
シンと静まるアジトで自分以外誰も居ない部屋で、やけにその一言が響いたような気がする。
彼女を闇ギルドに勧誘したのは間違った選択だとは思わない。
人材としての価値は一級品、いやそれ以上のこの世に2つとない、超一級品と言えるだろう。
ただ少し扱いが難しいだけ、扱い方さえ間違いなければ何ものにも勝るものとなるのは私の長年の勘が告げている。
であれば、今抱いているこの感情は恐怖ではないのかもしれない。
……ではなにか?
手の震えを見つめながら己の底から感じるのは久しく感じることはなかった緊張と高揚感。
すなわち、"興奮"ではないだろうか。
魔王が討たれてから、いや討たれる前からか。
自身とは関係のない話と情報だけは欠かさずに入手していたが、基本的には表だって動くことのできない者から届く依頼書に適切な人材を派遣する毎日。
今の生活に不満を抱いてるわけではない。
ただ、彼女たちを迎え入れた今の方が、面白い何かを見れる気がする。
指揮系統として彼女たちは私の下についたが、立場としては恐らく、いや間違いなく逆だろう。
だがそれでもいい、私が彼女たちの手綱をしっかりと握れるかの話であり、出来なければそれまでの人間だったというだけのこと。
「ふふ……これから一波乱ありそうですね。 忙しくなります」
グレイはこれから起こりうるであろう人類史にて、世界戦争以上の何かが起こると確信に似た何かを感じ心を躍らせる。
机には瞬時に最低限の身だしなみを整える為に置かれた、彼の好みで選んだ上品な調度の小型鏡。
その鏡面には能面で彫像とも噂される男が、まるで子供のような笑みを零し微笑んでいることに本人すらも気づくことはなかったのだった。
そんなこれからのことに僅かながら気分を良くし、もう少しだけ明日の仕事もしてしまおうと書類に手を付けたところで突如として許容しがたい悪寒が体中を駆けだした。
「これは……――っ!」
思い当たる気に飛び跳ねるように席を立ち、ここ数年間日課としての鍛錬以外で走るということをしなかったグレイはギルドメンバーの上位者と同じか、それよりも少し速く駆け出し悪寒の出所へと向かう。
アルカードの一言により小柄な少女からギルドメンバーへの追撃は免れたが一目見ても被害はかなりのものだとわかる。
(今月の依頼、私自身も受注しないと終わらない可能性が出てきましたね……)
負傷者や死者に対しての比較的軽傷のメンバーに指示を出しながら、事の顛末を状況把握能力のある軽傷なメルフィスに報告させる。
報告を聞きながら目の前に横たわる、未だ治療が行われている今回の首謀者ガイルへと目を向ける。
幸か不幸か、彼は話によれば他の誰よりも最前列にいながらも一命を取り止めたようだった。
これは彼が元A級冒険者だからこそ耐えうるスキルでその効果を軽減したのだろうか。
正直、反撃の魔法をあの少女ではなくアルカードが行っていた場合わからない。
彼女の装いはドレスコートのようでいて純白の騎士の様に甲冑が装飾されていることから、恐らく武器を用いての接近戦が得意なように思える。
だがあれだけの覇気とオーラを感じさせる上位種以上の吸血鬼、そんな存在が魔法を使えないなんてことはないだろう。
ガイルの容態は瀕死一歩手前の一言に尽きる。
目を覚ました後、何かしらの障害を抱える可能性も少なくないが、彼女たちの魔法を耐えたのは彼の生涯の中で最も誇れる武勲となるのは確かだろう。
今はそんなことより。
メルフィスからの報告によればこれだけの惨状、たった1回の魔法で作り上げたらしい。
この規模の魔法行使に数秒もかからず発動させた吸血鬼の少女。
話が本当なのであれば、彼女は間違いなく上位の吸血鬼。
英雄でなければ討伐することは難しい存在の1角。
そんな存在を言葉一つ、視線一つで制止させるだけの個体。
即ち、…………真祖。
「ありえるのか……?」
普段、相手によって口調を変えないグレイ。
そんな彼から無意識化に敬語が外れるくらい、動揺が隠せずにいることに本人は気づかずにいた。
吸血鬼という種は元来、生まれながらにして強靱な肉体を持ち、加えて他種を圧倒する再生能力すらも兼ね備えた生物ヒエラルキーの頂点に位置する種族だ。
太陽光や光、炎など弱点は明白ではあるがそれらを鑑みても生物として強者であることは間違いない。
故に吸血鬼はプライドが高く他種を見下してる傾向がある、それはアルカードの態度を見れば明らかであり、あれが吸血鬼として誰もが思い描く姿でもあった。
(明らかに上位種以上の存在、真祖と言われた方がまだ納得できますね。 ですが、そんな存在がたかが人探しの為に、見下してる筈の人間の指揮下に入るというのですか? ……ありえない、では彼女は何者?)
彼女に名前を教えられた時、名前に敬称を付けなかったのは少しでも腹の内が知りたかったから。
殺される可能性は十分にあった、高い分の悪い賭けであったのも理解しているが、何故か見逃された。
先日の気を当てられた時、彼女の存在の格を理解したつもりであったが、それでもまだ過小評価していたのかもしれない。
立ちながら思考に耽るグレイ。
「――い、おいマスター。 おいっ、聞こえてるのか!」
そんなグレイの意識は座り込みながらある程度治療を終えたメンバーの一人の声によって引き戻された。
「モリル、もう動けるのですか。それなら明日以降の仕事もできそうですね」
冗談半分、本気半分で自身がやらなければならない可能性のあった依頼、それが1つ消えたことに安堵しながら茶化すグレイ。
「んなことよりっ! あいつら何者なんだ? こいつらに呼ばれて来てみたがアレは異常だ。 あの魔法の練度……詠唱速度、効力、なにもかもが常軌を逸してやがる」
仕掛けたのは自分たちではあるものの、手痛いしっぺ返しに悔しさと後悔を隠せずに愚痴るモリル。
「だから手を出さぬよう言ったのです。 私も彼女たちが何者かはわかりません。 ただその戦闘能力だけは確かです」
「だから、使うと? 首輪はしっかり繋がれてるのか? 犬に噛まれる、どころか首を噛みちぎられるのは勘弁だぜ」
口調はおどけているモリルだったが、グレイに向けるその視線は本気の視線そのものだった。
誤魔化すことは容易。
だがグレイは事実のみを伝えることに決め、『一応』と心の中で呟くとアルカード達が出て行った扉に目を向けながらハッキリとした口調で答えた。
「ええ、わかってます。 安心してください、首輪はありますよ」
(……錆びついて今にも外れそうな脆い情報が、ね)
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