百合な始祖は異世界でも理想郷を創りたい！

４ 目覚めた始祖は異世界を知った

　『お姉さま』


　これ程に響きの良い呼称が他にあるだろうか？
　今までそう言った呼ばれ方は１度としてされたことがなかった気がする。

　それ故に仲の良い姉妹を見ると常々、羨ましい自分もそんな関係を築いてみたい、そう願い欲して止まなかったリアにとってその一言は痛恨の一撃となる。


　アイリス本人からしてみれば至って真面目、いや、もしかしたら勇気を振り絞った一歩だったのかもしれない。

　それは彼女の纏う雰囲気なようなものから、どこか踏み出しきれない遠慮のようなものが微かに感じられることからそう思った。

　（もしかしたら、私の気のせいかもしれない）

　だが、表面上だけだとしても彼女はやってのけたのだ。
　これが育ちの差、はたまた暮らす世界の差だろうか。

　やろうと思ってできることでは決してない。
　しかし彼女はやってのけた、『お姉さま』そう言ったのだ目の前の少女は。


　アイリス……、なんて恐ろしい子なの。


　戦慄するリアを他所に。
　自分が呼びかけてから未だ返事のない始祖に対して何か不快なことをしてしまったかのかと、探るような目でおろおろと盗み見るアイリス。

　しかし彼女がそんな心境を抱いてることなど夢にも思わないリアはそのかけ離れた思考で悠長にも小動物を見るような気分で頬を緩めるだけだった。

　先程まで見せていた現実、前世のリアルで言うなら超常とも言える戦いを繰り広げていた少女。
　とてもじゃないが同一人物などとは思えず、そのギャップも相まってリアの中の愛しさがこれ以上にない程に溢れ出した。


　「お姉さま……ふふっ。　ええ、そう呼んで頂戴」

　嘘偽りのない笑みでそういうとアイリスは胸を撫でおろすようにほっとした様子で笑顔を見せる。

　「……っ、はいですわ！」


　こうやって話してみるとアイリスは見た目の印象とは少し違って素直で可愛げのある良い子だ。

　とっても可愛い容姿でもちろんコーデもばっちりではあるが、その切れ長な目元やゴスロリちっくなドレス、加えてあれだけの力があれば高圧的な態度を取ってきてもおかしくない。

　（というより見た目の印象からイメージ通りだわ！　そうなったら絶対可愛い、見てみたいかも）


　そんなことを考えながら目の前に座る彼女を見て、呼び方変更の提案をしたのは間違いじゃなかったと微笑む。

　何故なら、最初と打って変わって明らかにアイリスは自分の意志や感情を表に出し私に見せてくれるようになったからだ。

　彼女は今の気持ちはすごくわかる…………いや、わかりやすすぎる。

　アイリスは目を見開き、姿勢はどんな状況にも対応できるようにと臨戦態勢を維持しながら、まるで体全体を使ってその意志を表現してくれていた。


　「なんでもお聞きください！　私でわかる範囲になってしまいますが、リアお姉さまは何がお知りになりたいのですか？」


　せっかく頑張って答えようとしてくれている、水を差すのは野暮ってものでしょう。　可愛い。

　「そうね、じゃあまずはじめに。　貴方のレベルを教えて頂戴」


　とりあえずは最初の質問として差し当たりのない、まるで今日の天気の話でもするように当たり前に答えられるだろう現在のレベルを聞いたつもりだった。

　返ってきた質問に対しての回答は困惑した表情で眉を顰め、明らかに困った様子を見せるアイリスだった。


　１つ目の質問で躓いてしまい出鼻を挫かれた様子で申し訳なさそうに口を開くアイリス。


　「あ、あの、お姉さま。　レベルって、……なんでしょうか？」

　「……あ」


　返ってきた言葉に理解する。

　(レベルの概念がないというの？　さっきの戦闘からここがＬＦＯじゃなくても類似した世界もしくは元となったような世界だと確信できた。　だから当然あるものと思ってたけど、仕方ない。　ないのであれば、まずは指標を作っておいた方がいいかな)

　考えが纏まり、まずは何から質問をしていこうかと悩んでいると咄嗟に何故か、脳裏に憎たらしい爺の顔が浮かんだ。


　「あ、さっきの爺は貴方の顔見知りなの？　何か因縁ありそうな雰囲気を感じたけど」

　「えっ？　あ、その、会ったことはないですわ。　ただ、ユースティア共和国が所有する賢者の一人。基本六属性の内の聖属性の賢者だということは存じております」

　「聖属性か、偶然ではなさそうね」

　「はい、不死者、特に吸血鬼に対しての執着が強い賢者で有名だったかと。　ここに私が居ることも確信した様子でしたので間違いないですわ。　　……どこで知ったのやら」


　終始説明口調であったアイリスは言い終えると賢者を思い出したのか、その場で吐き捨てるように眉間に皺を寄せぼそりと呟く。


　「なるほど、一方的な執着かしら。　そういえば殺す前に何か口走っていたわね、世界戦争がどうとか。　あれはなに？」

　『この"世界戦争"は既に我々、人類種の勝ちなのだ』そう吠える爺を思い出す。
　その様子はどこか勝ち誇っていたようにも見え、その言葉の真意がわからずにいた。


　「ああ、それは言葉の通りですわね。　私も全容を把握してたわけではありません、気づいたら始まってて気づいたら終わってたので。　ただ、長い間続いていた人類種と魔族の戦争を今では世界戦争というらしく。　そんな世界戦争が６年前、人類種の英雄達に魔王が討たれたことで戦況が大きく傾いたみたいです。　かつて４大陸まで差し迫っていた魔族陣営も、今や活動領域は６大陸中１大陸のみ。　既に後がない状態まで追い込まれているんだから全滅してないのが不思議ですわ」


　赤い瞳を真っすぐに向け自分には関係ないと現在の情勢を淡々と話していくアイリス。
　だが、説明していくうちに徐々に伏目がちになり、最後は説明というよりは彼女が思ってること漏れたという方が正しい気がする


　(でもまぁ、４大陸まで侵攻していたのが今じゃ１大陸って……やばくない？もはや風前の灯火ね。　ていうかさぁ……魔王頑張ってぇぇ！！！　まさか一人で英雄達とやりあったんじゃないでしょうね？　同階位帯で人数差あればそりゃ負けるでしょう。　人類側は誰か一人でも減らせたのかしら？　いや、その場合、領域がここまで縮められることはないわね。　リンチにあっちゃった感じかぁ……)

　そこでふっと、今ならちょうどいいと質問を掘り返す。

　「魔王とさっきの賢者、強さを数で表すならどのくらいかわかるかしら」

　「…………１０と４。　補足致しますと、私はどれだけ緩く見積もって６～７くらいかと」


　アイリスの目を信じて魔王のＬＶを推測するなら、爺は戦ってみた感じLv５０後半から６０を超えた辺りに思えた、であればアイリスは７０前半で魔王は８０中盤っといったところだろうか。

　一概にそうとは断定できないが目安としてはそのくらいで考えておこう。

　いや、もしかしたら私のように現実世界からこちらに転移してきてるプレイヤーが加担してる可能性もあるのかな？


　「アイリス、貴方を見くびってるわけじゃないと先に言っておくわ。　その上で聞きたいのだけど、貴方より強いと思える存在はどのくらい居るの？」

　「６――いえ、７人ですわ。　これでも２００年ほどそれなりに長いときを生きてきましたがその中でも魔王を除いて５人。　そしてその中でも圧倒的に格が違うのが、御一人だけ」


　不自然に切った言葉、見ればアイリスの節目がちな視線はリアへと注がれている。

　アイリスの話が事実であれば、少なくても６年前まではプレイヤーは居なかったのかもしれない。
　もしくは上手く隠し通してるかのか既に死んでしまった短命種のいずれかだろう。

　おおよそこの世界の情勢、平均レベルを把握することができたリアは今後どうしようかと悩む。


　ようはこの世界、人類種以外とても生きづらい世界となっているのだろう。

　なかなか面倒そうな世界に来てしまったなと、ソファに身を預けげんなりするリアだったが、一番重要なことが聞けてないことにさっと身を起こす。


　「ありがとう、教えて貰えて助かるわ。　あと、最後に１つだけ、どうしても聞いておきたいことがあるのだけどいいかしら？」

　「もちろんですわ！　なんでしょう？」


　何を聞かれても答える、そんな意思が感じられるアイリスの態度に気を良くするリア。

　務めて落ち着いた態度を取りながらソファを立ち上がり、軽快な足取りで向かい席のアイリスの隣へと高ステータスにモノを言わせ一瞬で回りこむ。


　始祖であるリアが突然立ち上がったことで疑問と不安を含ませた表情で無意識に警戒する態度を取ったアイリス、だがリアはそのことに気にした様子を見せずにただジッとアイリスを見つめた。

　これから何を言われるのか、何をされるのか、自分はまた何かしてしまったんじゃないだろうか、そういった不安がアイリスの思考を埋め尽くす中。

　リアは内心で数秒躊躇い、漸くの思いで口を開いた。



　「貴方、想い人はいるの？」

　「………………はい？」


　一瞬の緊張、静寂が満たされた密室の部屋。

　そんな部屋にはアイリスの呆けた声が響き渡るのだった。