百合な始祖は異世界でも理想郷を創りたい!

ひよこのこ

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1 プロローグ

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 風が気持ちの良い満月の夜。

 目を閉じれば感じられる。
 涼しくも頬を撫でるような優しいそよ風。

 大気を汚染するガスや工場から吐き出される煙、昼夜問わず聞こえてくる騒々しいエンジン音さえも聴こえてこない。

 あるのは、草木や土、人工物の少ない自然そのものの匂い。
 そして―――

 形あるものが跡形もなく破壊され、轟音と眩い閃光が交互に飛び交う魔法の爆発音だけだった。


 眼前のそれに目を向ければ、一面が白と白に包まれ、歴史の感じられる古城も風情のある月景も、跡形もなく破壊される。


 あとに残った光景に少しだけシュンとなる私。


 赤と白の点は縦横無尽に駆け回り、一度白く照らされればまるでそれに呼応するかのように白い冷気が立ち昇る。

 一人は灰色に近い銀髪をツーサイドアップに靡かせ、黒のゴシックドレスのようなものを着た小柄な少女。

 一人は金の装飾を付けた白ローブを見に纏い、一目でお偉い様だとわかるシワクチャな老人。

 あとは老人の付き添いだろうか?
 こちらさ簡素な作りをした白ローブの集団である。

 一人の女の子を数人の男が追いかけまわす。
 普通に事案ではないだろうか?


 香ばしい血の香りとけたたましい破壊音に釣られては来たものの、目の前には事案現場という何とも言いづらいこの状況。

 普通に考えて1対多数って時点で卑怯なのに、あの爺はさも当然かのように付き人を囮にした動きで、巻き込み上等魔法ぶっぱする程の徹底的な周到さ。


 これは私も参戦するべきなのだろうか。

 正直なところ迷うとこではあったが、なにより確認したいことがある。


 見た感じ、少女の実力は爺よりも二回りほど上に見える。

 付き人達に関してで言えば実力が離れすぎて、補助や目くらまし程度でしか役に立てていないわけで、それを彼らは理解しているのだろう。

 徹底的とも言える動きで爺の補助に回っているのが見て取れた。


 そんな男達に少女は氷のつぶてや氷柱、多種多様な氷系統魔法を巧みに操り、そのPSは私からしても惜しみない称賛を送りたいほどに仕上がっている。

 だが状況はやや——いや、かなり不利と言えた。

(うーん、相性が悪すぎないかな)

 彼女は日光や聖属性、火属性が面白いくらいに弱点な種族、私と同じ"吸血鬼"だろう。

 多勢に無勢、その上、弱点属性のオンパレード。
 果てには、戦術とはいえ容赦なく味方を巻き込むフレンドリーファイア上等爺さん。

 こうなってしまうと実力の一回りや二回り、簡単に覆ってしまう。

 何故わかるかって?
 ふふんっ、それは私も近しい状況を何度も経験して、この身に何度も味わってるからさ!

 初めてのオンラインゲームということもあって当時は幼かったし『LIA』なんてリアルネームを付けてしまうほどの初心者だったわけだけど。

 今ではそこそこ名の通るプレイヤーになれたんじゃないかと、自分では思ってたりして。


 っとそんな事、今はどうでもいいわ。


 視線の先、見ればちょうど爺の付き人2人が少女を足止めしており、その生まれた僅かな隙に爺が扇状に広がる広域聖属性魔法を行使したのが見えた。

 あの距離での広範囲魔法、回避は間に合わないだろう。

 少女の片腕が灰となって塵と化したのが、眩い閃光の中でうっすらと見える。


「あ、均衡が崩れた」


 無意識に言葉が漏れ出てしまう。
 だが、その言葉がまるで合図だったかのように眼前の戦闘は、はっきりとその勝敗の天秤を傾けたのだった。

 その後も隻腕でありながら善戦する少女。

 しかし、勝負が長引けば長引くほど徐々に傷は増えていき、やがて月明りに照らされた綺麗な黒ドレスは、見るも無残な姿へと変わり果てる。


「あっ」


 無駄に俊敏な動きを見せる爺が、刹那の間に生じた少女の小さな隙をつく。

 その瞬間、先ほどの光とは比べ物にならない、まさに日光そのものともいえるような閃光が、辺り一面を照らし尽くした。

 するとその瞬間、枯れた噴水は轟音とともに崩れ落ちたのだった。

 勝負がついてしまった。

(頑張ってはいたけど、戦略も相性も爺が勝ってた。 でも、ないすファイト)


 このままいけば爺は瀕死な少女に止めを刺し、その息の根を止めることだろう。

 遠目にもわかる。
 爺が醜悪な笑みを浮かべ、少女に意気揚々と歩み寄る姿が。

 パクパクと金魚のような間抜け面を晒してることから、勝者として何かを言っているに違いない、この魚め。


 だがこうなるパターンも、これからの行動の選択肢として視野には入れていたのだ。

 だからこそ、リアは口元を歪ませる。


 大方、打ち負かした少女を煽り散らかし、勝利の美酒に酔って悦に浸ってるのだろう。

 付き人全員やられてる癖に。

 己の勝利だけを見て自信満々に煽っているその姿は、実に滑稽である。

 でもさ——


「私が可愛い子、それも同族の子を見殺しにするわけないじゃん?」


 ある程度の実力もわかったことだし、これ以上静観する必要もないだろう。

 私の前で可愛い子を甚振ってくれた罪、どう償って貰おう。

 爺を甚振ると決めたリアは崩壊してない安全な古城の屋根から飛び降り、噴水に近い場所でわざと聞こえるように踵を鳴らす。


 するとペラペラとよく喋っていた爺の口が閉じた。
 視線だけをジロリと向け、態とらしくため息を吐く。


「招待状を送った覚えはないのだがね? 今更になって主人を助けにくるか。……だが、もう遅い」


 主人?
 お前は何をいってるんだ? と某格闘家の台詞が脳裏をよぎる。

 でも可愛い子に仕えるなら、それはそれであり!

 あるはずのない未来を妄想し、少しでも自分の妄想の足しにしたいリアは、爺さんの後方で力無く噴水に背を預ける少女へと目を向けた。



 …………………………わぁお。



 目に入ったのはやはり中学生くらいの少女。
 月明りに照らされた紅い瞳はルビーのように輝き、弱りきった様子で見上げるその仕草は、非常に保護欲をそそられる。

 透き通るような白い肌、儚げな表情。
 思わず見惚れてしまうその整った顔立ちは、つい襲いたくなってしまう程だ。

 私と視線をまじ合わせたぽかんとした表情には愛らしさしか湧かないが、消失した片腕を見た瞬間、猛烈な殺意が湧き上がってくる。


「いや湧いたわ」

「なにぃ?」


 大丈夫かな、私の情緒。

 これ以上、この変態ゲス爺と話すことは無い。
 親指を口元に運び、慣れ親しんだ仕草で腕を払う。

 宙へと飛び散った血はまるで意思を持ったかのように利き手へと収束し、瞬く間に剣の形へと変貌する。

 血統系【鮮血魔法】――"血剣"

 格下の存在、数と相性、その他諸々で勝ってマウント取るような中級者以下の爺に、ガチ武器なんて耐久値が勿体ないし、何より私のプライドが許さない。

 すぐに終わらせるんじゃなく、甚振る目的ならMP燃費最強のこれ一択。


「吸血鬼如き、何体来ようが変わらん! この星位六大賢者、陽光のケイリッドの前ではなぁ!!」


 吸血鬼を蔑むような発言と意味の分からない称号を掲げ、意気揚々と杖を突き出す爺。

 次の瞬間、放たれた魔法は【日光魔法】による少女の片腕を消し飛ばした扇型の放射魔法だった。

 触れれば吸血鬼なら塵コース。
 いや、もしかしたら私のステータスなら耐えれるかもしれないけど、それは癪に障るから却下である。


 辺り一面が一瞬にして白に染まり、古城もろとも飲み込む勢いで放出された光の奔流。
 それは観察していた限りでは、今日一番の魔力が込められたように見える。

 永遠に続くかと思われた白い光は徐々に勢いを弱らせていき、やがてその場には破壊され尽くした無残な古城と焼けこげた黒い大地のみが残る。


 肩で息をする爺は辺りを見渡し、塵一つ残さず真っ新な状態にした光景を見て、再びその顔を醜く歪めた。


 風を切るような、耳を澄ませば聴こえる微音。
 それが空気に溶け込んだ瞬間――


 白い衣類を纏った片腕が宙へと舞う。
 それが自分の腕だと気づくのに、時間を要した爺。


(その顎を砕いて、二度と醜い表情をできなくしてあげるわ。この変態爺め!)


 皺だらけの顔には未だ唖然とした表情が浮かべられ、次の瞬間には歪んでひしゃげた。

 懐へと潜り込み、掌底を顎へと打ち放つリア。


(この程度で死なないでよ? なんちゃら賢者のケイなんちゃらさん♪)


 加減に加減を加えた打撃、それでも簡単に宙に身を投げるケイなんちゃらさん。

 そんな彼に一発一発殺意を持って拳打を打ち込み、拳が刺さる毎に髭だらけの口から大量の血を吹きこぼす。

 殺さずに甚振り属性全振りの拳をお見舞いしてる筈が、打ってる内に段々と困り顔を浮かべ、困惑してくるリア。

 爺が軽量なのか拳打の力加減がちょっと強いのか。
 打つ度に空気が破裂した音が鳴り響き、同時にミシミシッと骨の軋む感触が伝わってくるのだ。

(修練場のサンドバックの方がまだ打ち応えがあるわ。これは想像以上に低ステータス!?)

 心配なら一度手を止めるべきだと言う人もいるのかもしれない。でもそれはそれ、これはこれである。

 この程度のサンドバック以下の男が、私のになるかもしれない子を虐めていたと思うと虫唾が走る。

(それに! なにより!! 同族の子をよくもっ!!!)

 どれだけ拳を叩き込んだだろう。

 いい加減飽きてきたリアはその顔面に数発打ち込み、おまけにと急所に力を込めた一撃を持ってフィニッシュとする。

 ミチミチッと何かが粉砕される感触を覚え、これ以上は触りたくないと思うリア。

 体を浮かせる要因が消え、重力のままに地に落ちるばっちぃ爺に回し蹴りを入れ、自身から少しでも遠ざける。

 すると離れた古城へと吹き飛んでいき、およそ人間が出していい音ではない衝撃音と共に、辺りに砂煙を撒き散らした。


(はっ! 思わずやりすぎちゃった。……い、生きてるよね?)


 少しだけ焦ったリアは砂煙を見つめる。
 そして徐々に浮かび上がってきたシルエット。

 崩壊した瓦礫に体を預け、おおよそ虫の息ではあった爺を見て胸を撫で下ろすリア。
 思わず微笑みを漏らしてしまい、そのまま数本の血剣を作ってついでと言わんばかりに投擲する。

 投げたソレはなんの抵抗もなく手足を貫通し、壁に縫い付けるような形で埋め込まれると、リアは満足して踵を返した。


「まぁ、加減しても変わらないか」


 もうちょっと痛めつけようと思ったけど、ダメだ。
 恐らく何をしても死ぬ。

 賢者とか言ってたけどたかが三次職。
 せめて聖人に種族進化して、『理ノ賢者』くらいにならないと勝負にすらならない。

 MMOの理不尽さだよねぇ。

(さぁ、邪魔者は居なくなった。可愛い子はっ!)


 やる事を終えたリアは噴水へと振り返り、その縁へ体を預け弱り切った少女を見る。

 少女はその視線に気づいたのだろう。

 身体をビクッと跳ねさせると、それ以降の動きはなく、ただジッとその紅い目で見つめてくるのだった。


自然治癒リジェネは進んでるけど、被ダメが聖属性なこともあってやっぱり治りが遅い。うーん……あっ)


 自身の指に歯を立て、血の滴るそれを少女へと差し出す。


 「再生に弱体効果デバフがかかってる。飲んで」


 状況を飲み込めてないのか、意味がわからないのか。
 少女はしばらくリアの瞳を見つめていたが、次第に自分へと差し出された指を見つめ出す。


 少女が躊躇いがちにゴクリと喉を鳴らし、徐々にその可愛らしい顔を近づけていく。


 その様子を固唾を飲んで見守っていたリアの表情は


 『無』


 この一言に尽きた。

 リアの今の容姿はアバターであることから作られた姿ではあるものの、現実の彼女自身を元に色素だけを調整した超手抜きキャラメイクである。

 そして現実の彼女は道を歩けば十人に九人は振り向くという絶世の美女であり、ゲームであってもそれは変わらない。

 そこに種族としての特徴も合わさって、視線を合わせれば深みにハマりそうな深紅の瞳に加え、月明りが反射してまるで絹のように透き通った白銀色の髪はサラサラと宙へ靡かせている。

 顔立ちはおよそこの世のものとは思えぬほど整っている上、頭の天辺からつま先まで、その造形は存在そのものが一つの芸術ともいえるほど完成された美女であった。

 そんな存在が見下ろしながら自身の手を差し出す構図は、それなりに目の前の少女に衝撃を与えていることを、リアは無自覚だったのだ。


 躊躇いが見て取れるほどには、口を開けては閉じてを繰り返す少女。

 やがてリアからの視線をしばらく受け、決心がついたのかパクッという擬音語が聞こえてくる仕草で口に含み出す。

 雛鳥が親鳥から餌を貰うような光景を目の当たりにし、リアの中で感動の波が揺らいだ。

 何でもないよう無表情を努めてはいたが、内心大はしゃぎどころの騒ぎではなかった。



 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!


 え、ちょ、まっ、ダメ……可愛すぎる!!


 え、ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!

 あれ? 助けようと思ったけど、これ殺しにきてない?
 ……結婚したい。あっ、でも私には心に決めた人たちが。


「……ちゅうっ……ふぁぁ……はむっ、ちゅっ、んちゅうっ」


 ぴちゃぴちゃと音を鳴らし、まるで別の生き物のように舌を動かし指を舐め続ける少女。

(あ、あっ、すごい……あんなにとろんとした表情で私の指をっ、……そんなに美味しいのかしら)


「ちゅっ、はぁ、はむぅっ、はぁ……ちゅううっ、んちゅっ、れろぉっ」

(あぁっ)

 少女の顔は憂いを帯び、熱でもあるかのように顔を赤らめて、とろんとした紅い瞳をリアへと向けてくる。

 ただの吸血行動。
 そういうにはあまりにも激しく、肩で息をするほどには体力を消耗しているように見える。

 必死に舐める少女を傍らに、消失した筈の腕は徐々に再生を始め、リアが外面を取り繕うのが苦しくなってきた頃には腕だけに留まらず体全体の傷が完治していた。


 指を離し、一瞬憂いな表情をちらつかせた少女だったが、その様子は次第に落ち着きを取り戻していく。

 乱れた呼吸を整えると口元を拭い、一呼吸挟んで躊躇いがちに口を開く少女。


「あ、貴方……様は……」

「私? 私はリア。察しの通り同族よ」

わたくしはアイリスと申しますの。先程は無様な姿をお見せしました、その……これでも上位吸血鬼ですわ」


 胸に手を当て、畏まった姿勢でアイリスと名乗る少女。

 その様子は口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返し、何かを言いにくそうに「その……」とだけ発しては、言葉を中途半端に切る。


 何か聞きたいことがあるのだろう。

 そしてそれは恐らく、リアの予想しているものである。
 以前にも同じようなシチュエーションがあったから。


 こういうのは、なんでもないことのように伝えるのが大事。
 変に勿体ぶってもいいことなんてないわ。

 だからリアは躊躇わず、そして大胆に微笑んでみせた。


「私は、始祖よ」

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