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第12話 焔の朱雀刀

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 わたしは止めようとしてもぶるぶると勝手に震えてきてしまう体を、自分で抱きしめたの。
 だけど、震えはどうしても止まってくれない。
 怖いんだ、わたし。
 いくら目の前の恐ろしい光景を、幻とかって誤魔化そうと思っても体は正直に反応してしまうんだね。

 澪華ちゃんに取り憑くもの、誤魔化しきれない、立ち昇るまがまがしい妖気……。

「【いいわねえ。その顔! 恐怖に満ち満ちた顔はとっても素敵よ、佐藤さん。それに……、とっても恐れの感情が美味しそうね。ウフフフフッ!】」
「素敵って……ひどい。ふざけないで、澪華ちゃん」

 もはや笑う声が、わたしの知ってる澪華ちゃんの声じゃなかった。
 あたりに不気味に笑い声が響いてる。

 澪華ちゃんの肩にあるほのかに光る黒い鏡と黒い手から、真っ黒い小さな渦が起こる。
 黒い渦はたちまち澪華ちゃんの体を包んでしまった。

「れっ、澪華ちゃんっ! 大丈夫っ!?」
「【ウフフフフフッ。ぜんぜん、大丈夫よ】」

 わたしは駆け寄って、澪華ちゃんの体にまとわりつく黒い渦を払おうとした。

「――葵。やめろっ!!」
「えっ?」

 わたしの腕がぐいっと引っ張られて、誰かに抱きとめられる。
 振りあおぐと……。

「ああっ! 緋勇くん!」
「はあっ、はあっ。……悪《わり》い。結界を解くのに手間取った。……すまない。俺の力不足でお前を怖い目にあわせちまったな。自分にも、ソイツにも腹が立つぜ」

 緋勇くんは息を切らして、肩が上下してる。

 前に進み出た緋勇くんはわたしを背中にかばうと、彼は両手を広げて、守ろうとしてくれてる。

「そ、そんな……。大丈夫だよ……。来てくれたし。それより、あの影、澪華ちゃんにくっついてるのってなに?」
「大丈夫じゃねえだろうが。……葵、お前震えてる」

 わたしは急にホッとした。
 緋勇くんが来てくれて。
 必死に駆けつけてくれたもの。
 わたし、緋勇くんの顔を見たら安心した。

「まったくもって、許せねえな。俺の張った結界内で好き勝手しやがって。どこの怪異だ?」
「【おやおや。この学校が神獣さまたちの結界の中にいたのは知ってますよ。さらに内側に迷路の結界をほどこし張らせていただいてましたもの】」
「お前、鏡の異界に逃げ込んでたんだな」
「【ふふふっ。ワタクシ、鏡の怪異ですから】」
「やけに妖気が強えな。そんなに力を持つまで人間の感情を喰いもんにしやがって」
「【そこの娘の感情も取り込んで。美味しく食べさせていただきたいのですが。朱雀さま、ここは一つ見逃してはもらえませんかね?】」
「断る! ……ふざけんな。冗談じゃねえぞ、そんなことしたらただじゃおかねえからな」

 緋勇くんが、めちゃくちゃ怒ってる!
 ごおぉっと火柱が緋勇くんの体から出てきた。

「俺の大事な葵に指一本触れさせねえ」
「ふえぇっ? だ、大事な?」

 今、緋勇くんってば、わたしのこと「大事な葵」って言ったの?

 こんな非常事態に、わたし、そんな悠長なこと考えてる場合じゃないんだけど。
 ああーっ、ごめんなさいぃっ!
 だって嬉しすぎて、わたしのなかの乙女心が反応してしまいます。
 そ、そりゃあね。分かっていますよ。「大事な葵に」って……大事なってさ、友達としての大事ってことでしょ?
 分かってはいます。
 そんな特別な女の子としての大事とは違うだなんて、分かっていますよーだ。

 でも、……嬉しいんだ。

 メラメラと燃える炎が緋勇くんから発せられると、わたしが彼と初めて出会った時みたいに、彼の背中から赤い火で出来た翼が広がった。

 真っ赤だ、真っ赤な怒りの火炎が巻き起こる。

「俺の内なる焔の烈火を呼び覚ませ――、朱雀の紅蓮の炎を湧き起こせ」

 緋勇くんの足元から、次には体中からぼわっと出て、いくつもの火柱が生き物のように動く。

「葵に怪我を少しでもさせてみやがれ。俺が穢れた邪悪なお前を神聖なる火炎で灼き尽くす」

 火の焔柱はやがて緋勇くんを包みこんで、激しい赤をまとった彼はニヤリと笑った横顔が見えた。
 朱く紅くまばゆく光る。

「あっ! ……ああっ! 緋勇くんっ!」

 ――ねっ、ねえ、熱くないの?

 わたしは不安が強くなって、火焔の中の緋勇くんの背中の服を思わず掴む。
 ……あっ、熱くない?

 緋勇くんの力がつくってるから? この炎は普通の火とは違うんだ。

「緋勇くんっ」
「――葵」

 視線が合うと、緋勇くんは心地よいとでもいいたげに笑う。

「心配すんな。ちったあ、信用しろよ。葵、俺がお前を守る」

 緋勇くんは天井を仰ぐと両手を広げた。
 彼の背中から現れた翼が大きく広がる――!

 緋勇くんの目の前に炎をまとまりつかせた刀剣が出てきた。

「禍つ者、邪霊のあんたを祓う」
「【お、お前はだれだ!】」

 さっき、澪華ちゃんに取り憑いてる怪異はわたしに話している時は、緋勇くんが朱雀だって知ってるようだったのに。
 おかしい……?
 黒い手の怪異と鏡の怪異、それから他にもいるの?

「じゃあ、最期の前に教えてやる。俺は緋勇。神獣朱雀の子だ」
「【お前が神獣だと!?】」

 後ろを振りかえった緋勇くんの瞳がわたしを一瞬見つめた。

「目をつむれよ、葵。お前にはあんまし、見せたくない」
「……緋勇くん」

 わたしには、怪異を倒すとどんな風になるかは分からない。
 でも、緋勇くんが見るなというなら、今は素直に彼のわたしを気づかう言葉に従おうと思った。

「れ、澪華ちゃんは大丈夫?」

 緋勇くんが剣で怪異を斬ってしまうなら、取り憑かれている澪華ちゃんはどうなっちゃうんだろう?

「大丈夫なの? 怪我しない?」
「しねえよ。この焔の朱雀刀は俺の神獣力で出来てるから。人間は傷つけねえ。ただし、生きてる人間だけな」

 澪華ちゃんは両手を出した。
 すると黒い手がいくつも空中に現れて、わたしたちに襲ってきた!

 緋勇くんがわたしを背にかばいながら、剣で斬りつけて倒していく。

「きゃあっ」

 後ろに下がったら、わたしは体勢をくずして、つまずいた。

「葵っ!」

 さっと緋勇くんがわたしの転びかけた体を抱きとめてくれて、彼が翼の羽根をさらに広げた。
 わたし! 緋勇くんに横抱きにされて、空中に浮かんでる。
 どきどきどき。
 こんな大変な場面なのに、ピンチかもしれないのに。
 どきどきどきっん。
 心臓の鼓動が、早くなる。

 だって、緋勇くんの顔がドアップで、すっごい近くって。
 恥ずかしいっ。
 
「あ、ありがとう」
「べつに……。けがはねえか?」
「うん」
「良かった。一気に倒しちまうから」

 緋勇くんはわたしを両手で抱き上げたまま。
 お姫様抱っこしてたら、どうやって剣を振るうの?

「剣はどこ?」
「ふははっ。葵、お前って面白いやつだなあ」
「えっ?」
「怖がりかと思えば、わりと冷静」

 空中にいても、澪華ちゃんに取り憑いた怪異からの攻撃は続いている。
 ひらりひらりと、わたしをお姫様抱っこした緋勇くんが器用に黒い手の襲撃をかわしていく。

「よっと。……朱雀刀は握らずとも俺の意のままに動き敵を斬る」
「あっ……」

 その言葉どおりに。
 炎をまとった剣は緋勇くんとわたしの頭上に浮いていた。

「これからちょっと俺、暴れっから。葵、振り落とされないようにしっかり俺につかまってろっ!」
「え、うん」

 わたしは緋勇くんの首に両腕をからめて、ぎゅっと抱きついた。
 ひゃーっ、刺激が強すぎ。
 ほんとうはこんな状況じゃなかったら、大好きな少女漫画のひと場面みたいで浸っていたい。
 ときめき胸キュン神回シチュエーションじゃないですか!

 ふと、見てしまう、緋勇くんの顔。
 キリリと勇ましくって、カッコイイっ!
 強い光の瞳がきらきらしてる。
 ……ほんと、カッコイイな。
 一瞬、戦いのさなかだって忘れちゃったし、緋勇くんに見惚れちゃうよ、わたし。

 だってしょうがないですよ。
 み、密着してるんだもの。
 ――すっごく大好きな相手と。

 ご、ごめんなさい。
 煩悩ぜんかいで。
 緋勇くんは真剣そのものなのに。

「大丈夫か、葵。お前、なんか熱いんだけど?」
「だ、だだだだ、大丈夫でーす」

 緋勇くんが近すぎ、近すぎ、近すぎだよー。
 わたし、可愛い女の子でいたいのに、興奮して鼻血が出そう。

「宇迦之御魂神《うかのみたまのかみ》と神狐、それに神獣巫女の力の源《もと》と共に我が朱雀のちからは天に魂を帰す正義を受けた。ゆえに、俺はお前を祓う。さあ、あるべき場所に帰れ。大人しくしろよ? ――祓い給え、滅せよ。我が焔の朱雀刀の餌食《えじき》と化《か》せ」

 緋勇くんがすらすらと言った言葉は、わたしには内容がよくは分からなかったけど。
 わたしたちの頭上に浮かんであった朱雀刀は、目にも止まらぬ速さで、澪華ちゃんに向かっていく!

「きゃあっ」

 澪華ちゃんに朱雀刀はそのまま刺さっちゃうの?
 緋勇くんが大丈夫だって、澪華ちゃんは怪我しないって言ってたけど。

 ――わたしは思わず目をつむった。
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