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第5話 【緋勇side】弱さと不浄は悪いあやかしを呼ぶ

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 俺を引き取ってくれたあやかし、神の使いの狐、銀翔はこう言った。

『――心の脆弱《ぜいじゃく》さと憎悪や妬みや悪しき思い、それから場や家や気の不浄は、害成す不徳なあやかしや禍《まが》つや穢《けが》れを呼ぶというのじゃ』

 そう話す銀翔は鋭く厳しい瞳《め》をしていた。

 だから俺は、朝起きて一番に稲荷神社の境内をくまなくほうきで掃いて、清らかな水を撒く。

 兄弟になった龍太と掃除を始めて半分ぐらいやったところで、ねぼすけののスズネがやってきて、楽しそうに歌いながら、雑巾がけをしたりする。


 俺、緋勇は朱雀の子。
 龍太は、神獣の青龍。
 鈴音《スズネ》は、神獣の白虎。
 もう一人の神獣の玄武は、人間として育ってきた佐藤薫《さとうかおる》だ。
 四人で四神獣と呼ばれる。
 風森町の加護をする役目を天界より授かっている。

 厳密にいうと、神獣は他にもいる。
 だが、風森の稲荷神社の宇迦之御魂神《うかのみたまのかみ》様の契約使役している神獣は今のところ、俺たち四体なんだ。


 朝はちっちゃな狛犬たちや狛兎に子鬼たちも総出で掃除をするからすっごくにぎやかで、和やかな時間が流れる。


 和服に割烹着を着た、俺の兄になった銀翔が神楽殿の奥から渡ってやって来る頃には、掃除は佳境に入る。
 神楽殿だけは、銀翔とあやかしうさぎの爺ちゃんが掃除する。
 たまに、俺のもう一人の契約主《あるじ》の神獣巫女のナナコも一緒に――。

 ナナコは銀翔の恋人だ。
 前世も神獣巫女だったナナコは、俺の父さんのことも知っていて、一緒に戦ったりしたことがあるという。
 俺が生まれたすぐのころ、母さんと父さんは死んでしまい、俺は母さんの親戚という人たちの家を転々としてきた。
 朱雀の子である俺は、泣く度に周りの物を燃やしたり、目が朱く光るので、ただの人間からしたら脅威だったようだ。
 ……親戚の家では意地悪されたりたたかれたりは日常茶飯事だった。
 気味悪がられて、車で夜中に運ばれ遠くの山に捨てられたこともある。

 銀翔の話によると、稲荷神社の宇迦之御魂神《うかのみたまのかみ》様は時々天界から外界に降りてきては、人間のふりをして俺の居候している親戚の家に援助と加護の力をこめた札を送ってくれていたそうだ。
 だが、異形で異質な俺を、受け入れてはくれなかった。
 血のつながりはあるはずなのに、俺は親戚の家で孤立していた。
 学校でも、親戚の子と一緒に通うからか見比べられては違いに皆がおそれおののく。俺はどこへ行ってもつまはじき者で、居場所なんてどこにもなかった。

 俺はある日、そんな境遇が耐えきれずに、家出をした。

 行き着いた先――、倒れた風森町の綺羅川《きらがわ》で、俺は運命の出会いを果たした。
 なぜか中学校の制服に身を包んだ稲荷神社の神の使いの狐の風城銀翔《かぜしろぎんしょう》と、神獣巫女の藤島ナナコに出会えた。

 銀翔は時に厳しいが優しく、父のようで兄のようなんだと思う。
 ナナコは可愛いお姉さんって感じ。どこまでも優しくって、ナナコが作る料理は美味くって……、それから時々抱きしめてくれる。
 俺のことも、龍太のことも、スズネのことも。
 あやかしの稲荷神社に従事ているあやかしや狛犬や子鬼たちの誰もを、ナナコは母ちゃんみたいに姉ちゃんみたいに、優しく抱きしめて包んでくれる。
 ナナコといるといつでもほっと安心できるんだ。……俺はナナコのことが大好きだ。

 俺も、みんなも、純粋であったかいナナコを好きだ。
 ああ、とうぜん、銀翔もナナコが大好きなんだ。

 ナナコは俺たちを守ってくれる。
 だから、俺たちもナナコを全力で守る。

 ナナコは四神獣のあるじであると同時に、俺たちを愛してくれている。
 感じるんだ。
 絆と、かけがえのないつながりを――。
 やっと、……理解した。
 このごろやっと、受け入れたんだ。
 自分の運命ってやつ。
 だって俺は、ナナコのための、世界を守る巫女のための神獣朱雀の子だから。

 銀翔の話すことは難解な話が多いけれど、俺は何度も銀翔に質問をぶつけ学んだ。
 風森町の歴史や自分の力の源、朱雀のルーツも。
 文献だって読んだし、あちこちの妖怪からだって聞いて回って独自に調べたんだ。



「今日も、暑くなりそうだな」

 俺の独り言は、青い澄んだ空に沁みて消えていく。

 久しぶりに学校っていうものに、行かなくっちゃいけなくなった。
 いちおう、龍太やスズネの護衛というか、俺が世話見守り役ってことで。
 無理強いはされなかったが。

 ああ、学校はキライだ、大っキライ。
 人間も特定の奴以外は好かない。

 俺を異質扱いするし、あいつらは変わった生き物を飼いならしたり虐待する。

 人間よりあやかしのほうが、俺にはよっぽどいい。

 怖えあやかしやずる賢いあやかしもいるけど、そんなん人間にだっているだろう。
 弱い存在の魂や心を喰い物にするのは、悪い人間にも妖怪やあやかしにもいるから。

 俺は身を持って知っている。
 だから、銀翔やナナコに頼まれた時、仕方なく龍太とスズネのお守り、警護をしてやろうと思った。
 俺が「龍太とスズネのために学校に行くよ、仕方ない」と言った時の、銀翔の顔がかすかに嬉しそうに微笑んだ顔は忘れない。
 どうやら成功したようだと思ったんだろう。

 銀翔もナナコも俺に学校に行ってほしかったみたいだから。

 俺は半妖のくくりにいる。
 そして、龍太とスズネは同じ神獣でありながら、人間の血は入っていない。
 神獣玄武の佐藤薫は俺と同じ半妖のくくりにいるんだ。
 だが……、薫も少し変わっている。
 薫は玄武で人間、玄武の遺した血脈をどこかで受け継いでいるとも伝わっている。

 だが……、遠目に見た薫の妹の葵には、まったくといっていいほど、なにも感じなかった。
 妖気のカケラも、ましてや人間にはない能力《ちから》の片鱗も、一ミリだって伝わってこない、感じない。

 仲間のオロチが「先祖返りじゃねえか?」だと言っていた。
 銀翔とナナコと仲の良いヤマタノオロチの末裔のオロチは、祖先の伝説の影響で残虐だと勘違いされ忌み嫌われてきたが、とにかく男気があっていいヤツだ。
 大蛇大妖怪なくせに、基本は肉食ではなく、草食で野菜が大好きだ。
 薫の家の八百屋のトマトや夏野菜がめっぽう好き。
 そして……、実はスズネの前世は猫で、オロチは飼い主でもあった。


「おはよう、皆の衆。息災か? 誰か具合の悪いものはおらんか?」
「「おはようございまーす」」
「あるじー」
「ギンショウさまー」
「「だいじょうぶでーす。おりませーん」」
「元気でーす」

 ほうきや打ち水隊のあやかし連中もにこにこ笑って、銀翔に返事をする。

「おはよう、緋勇。変わりないか? 今朝はどんな気分じゃ?」
「銀翔、おはよう。……どんな気分ってさ。……良い気分なわけ無いじゃん」
「緋勇なら、大丈夫じゃ。風森の学校でなら上手くやっていける。わしの加護を受けた学校じゃからな。今日は格別良い気を流しておいたのじゃ。まっ、気にくわなくてほんに辛い時はの、逃げたって全然構わん」
「に、逃げねえしっ!」
「いいや、逃げるのは悪いことではない。わしは緋勇をからかったのではないのじゃ。時には逃げることも大切な者を守ることになるからの。それから己も。立ち向かうべき日和には、わしらは全力で戦う。機を見るためにいったんその場から引くことも大事ぞと、……わしはお主にそう伝えたい」

 何百年だか何千年だか生きている銀翔の言い回しはなんかこう、やっぱりいつでも小難しい。
 だけど、言いたいことは分かった。俺には伝わった。

「要はやるだけやってみろ、ってことだろ? 銀翔」
「まあ、そうじゃ。簡単に略したのう。ふははは」
「銀翔の話は自分なりに解釈したり端折ってみないと、まだ10才のガキの俺にはよく分かんねえし」

 銀翔は優しいまなざしを俺に向けて微笑んだ。
 ぐしゃぐしゃっと頭を撫でられる。

「わしには甘えて構わん。お主はわしの弟になったんだから」
「……甘え方なんて分かんねーよ」
「ふふっ。ナナコには簡単に甘えるではないか」

 俺はナナコの話を出されると弱いです。
 顔が急にぶわっと熱くなった。

「ふははっ、緋勇が照れておる、照れておる」
「銀翔、なんだよ、やっぱし結局は俺のことからかってんじゃん」
「つい、な。お主をからかうのはからかいがいがあるからじゃ」
「ひでえなあ」

 でも悪い気はしない。
 銀翔はこう優雅だし、不快な意地悪やからかいをするわけではない。

 雅《みやび》な言葉遊びの領域《りょういき》なんかな。

「ナナコは今ごろ、学校の支度をしておるかのう」
「銀翔はナナコに毎日会ってんのに恋しいのかよ? 女々しいなあ」
「ふふっ、女々しいか。好きな者が出来ればお主にも分かる。会いたくて会いたくて仕方がなくなるでのう。まるで胸が焦がれるようようじゃ。相手を思い、相手の心配もする。いつだってわしはナナコのそばにいてやりたいし、ナナコにはわしの腕のなかで安らいで欲しい。ナナコの笑顔をいつ如何なる時も愛でていたいのじゃ」

 ……俺はナナコを思うとあったかい。

 女の子を愛でていたいってのはよく分かんねえ。

 ナナコは銀翔の恋人だ。
 そんなん、分かりきっている。
 仲良し、イチャイチャした二人を見るのは、こっちだって笑顔になる。

 なのに、チクリっとした気もする。

 だってナナコを独り占めしてみたいとか、恥ずかしすぎて言えるかっ。

 たまには母さんに甘えたいと思うのと、きっと一緒だ。

 顔も知らない母さん。
 なのに、ナナコを見てると母さんを無性に感じる。

 同じ匂いがする気がした。
 陽だまりの花のような……、良い匂いだ。

 それは、ナナコが母さんと同じ神獣巫女であるからか。

 優しいナナコの声は、俺を癒やすのに名前を呼んでくれるだけで充分だった。

 
 
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