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最終話 本能寺の変

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 天正10年6月2日(1582年6月21日)
 ――京都本能寺にて。

 運命を分けたこの日――、絶対的君主、織田信長は本能寺にいた。
 
 天下統一布武まであと少し。
 誰もが疑う事なく、天下は、信長のものと思い信じていた。

 この運命の日に――。

 織田信長は、信頼する僅《わず》かばかりの家臣数名と恋しい美濃の濃姫とともに、京都本能寺に入っていた。

「蘭丸。そろそろやってくれ」
「御意。大殿、我が姫様と光秀様を頼みまする」
「ああ、心配すんな。任せておけ、俺が二人を幸せにするぞ」

 織田信長が後ろの暗がりに潜む森蘭丸に命ずると、蘭丸は掠《かす》れた声で答えを主《あるじ》に返してから音も立てずに姿を消した。

 森蘭丸は斎藤道三の統治する忍びの里の源頭忍衆の一人で、濃姫と光秀の幼馴染みであり姉弟のように育った仲であった。
 当然、信長とも旧知の仲で、最近新たにそばに召し上げていた。
 信長が立てた策の遂行のためには、を背負っていない者が必要だったからだ。

 蘭丸が暗がりに消えてから、少しばかりの時間が経った頃。
 本能寺に焔《ほむら》が立った。
 あたりは焦げ臭く、本能寺からは轟轟《ごうごう》と黒煙が上がっていた。
 誰もが織田信長は討ち死にしたと思った。

ゴォォ…ゴォォ…。
 あっという間に本能寺を包む豪炎《ごうえん》を少しだけ離れた山里に人影が何人かいてじいっと見つめていた。
 そこまで激しい炎と黒煙に覆われる本能寺の木材の燻《くすぶ》る匂いと音が響いていた。


「ああ、上出来だ。これは首尾はよし、至極上出来じゃねえか? なあ、濃。光秀」

 ハッハッハッ!

 織田信長の豪快な笑い声が軽快に山里に響く。
 濃姫の耳元にも心地よく信長の楽しそうな笑い声が響いていた。
 馬にまたがる信長は濃姫を抱きながら乗せて、本能寺を背に馬を返す。

 軽やかに馬を走らせて海へ向かう。

 あとには光秀と僅《わず》かばかりの家臣と忍びの者が続いて行った。

 数騎の馬の蹄《ひずめ》の音が鳴る。


【織田信長は
 君主からの
 度重なる耐え難い屈辱に
 ついに反旗をかざした
 家臣明智光秀の
 謀反《むほん》により
 炎にまかれて死亡する。】

 いや。
 それは信長の作りし
 策のうちの
 一つ。
 
 信長は家臣の森蘭丸に命じて放った本能寺の炎は新しい門出のために仕込んだ最後の仕上げ。

 華々しく歴史から散る。

 信長と濃姫と光秀を歴史から消した。
 三人の幸せのために。
 

 織田信長は家臣の明智光秀に
 討たれてなどいない。

 織田信長は濃姫と
 死んだことになったが
 意気揚々《いきようよう》と生きて
 世界中を旅しに出掛けた。

「日本は狭い。
 あとは
 猿(木下藤吉郎)でも狸(竹千代)でもが
 好きにすればいい」
 
 弥助という異国人の
 信長の家来が手配した外国船が
 船旅を始めていた。

 信長と濃姫と弟の明智光秀とを連れ。

「濃。この間の合戦で
 死んだふりして忍者の里で
 世間を欺《あざむ》き
 生き延びておるお前の父。
 しぶといマムシには
 文を送っといたぞ」
 斎藤道三も歴史上では
 この本能寺の変の時には
 もういない。

【娘婿も娘も息子も本能寺にて死す】
 死んだことにしといてくれ。
 
 信長はそう伝えるように
 忍びに命じていた。


 豪族御用達の商用の帆船からは、穏やかな波が立つ海洋が広がる。
 
 信長は濃姫の肩を抱きながら
 どこまでも広がる
 水平線を眺めていた。

「本当によろしかったのですか?
 もう少しで天下統一でしたのに」
「ハッハッハ。
 惚れた女の濃と光秀と
 少しの家臣さえいれば
 俺には
 充分だろう!」


 信長は本能寺の変を作り上げ
 大芝居をうち
 愛しい濃姫と義弟の明智光秀と
 大海原《おおうなばら》に旅立って行った。

 信長は広い世界に
 外《そと》の国に
 愛しい濃姫と光秀と
 冒険しに行くのだ。

 まだ見ぬ面白きものを見聞しに――、愛する女子《おなご》と共に参る。

 大切な家族と共に異国に一緒に見に行くなどと、なんと愉快痛快。

 この旅、楽しきことだろうかと思いながら。




       完


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