58 / 58
最終話
しおりを挟む
それから半年は、かなり忙しい日々が続いた。
アデラは、結婚式と商会を立ち上げる準備。
テレンスはリィーダ侯爵家を継ぐための手続きなどで、ゆっくりと話をする暇もないほどだった。
ティガ帝国から帰国してから、テレンスはリィーダ侯爵家の屋敷に住むようになった。
結婚前に同居することを勧めてくれたのは、アデラの両親だ。
テレンスも爵位の引き継ぎや結婚式の打ち合わせなどで、ほとんどこの屋敷にいることが多かった。それから夜遅くに帰宅する。
そんな彼のことを、アデラも心配していたので、両親がそう言ってくれて安心した。
それに同じ屋敷に住んでいれば、どんなに忙しくても、会って話すことができる。
テレンスは、忙しい時間の合間を縫って、よくアデラに会いに来てくれる。
アデラの元婚約者であるレナードの印象が最悪だったせいが、最初は少しぎこちなかった屋敷の人たちも、アデラに対するテレンスの態度に、少しずつ認識を改めてくれたようだ。
冷たい氷のような人間だと噂されていたテレンスは、実際にはとても愛情深く、心を許した人間には、自然で穏やかな態度で接している。
この屋敷でも、そんな姿を見ることが増えてきたように思える。
アデラはそれを見る度に、何だか切ないような、安心するような、どう表現すれば良いのかわからない気持ちになる。
ただ家族の愛を知らなかったテレンスにとって、ここが居心地の良い場所になれたらと思う。
今日も結婚式の打ち合わせのために、父と出かけているテレンスを待ちながら、アデラは今の状況をゆっくりと思い返す。
結婚式と商会の立ち上げ、そして爵位を継ぐ準備でかなり忙しかったふたりだったが、そこにさらに予想外の出来事が起こった。
現在、このイントリア王国の外交官をしているライド公爵夫妻が、そろそろ高齢で外国に赴くことが難しくなってきたため、補佐を必要としているという。
それに指名されたのが、リィーダ侯爵を継ぐ予定の、テレンスとアデラである。
たしかに、王太子からいずれ外交官を任せたいと言われていたが、彼が即位してからのことなので、まだ先のことだと思っていた。
(それも、ふたりで長い時間話し合って……)
引き受ける決意をしたのは、つい最近のことだ。
さすがにまだ荷が重いのではないかと心配したが、王太子にいずれ外交官になってほしいと言われたときから、この国の外交を担う覚悟は持っていた。
むしろ現役のライド公爵夫妻から、直接指導してもらえる機会を、逃す手はないのではないか。
(国王陛下が、私たちが補佐することを許可してくださったことにも、驚いたけれど)
イントリア王国の国王にとって、アデラもテレンスも、あまり評判の良い人間ではなかったはずだ。
三度目の婚約でようやく結婚する令嬢と、テレンスの父である前オラディ伯爵の醜聞を考えれば、国王の権限で別の人間を補佐に指名してもおかしくはない。
でもそれは、ティガ帝国の皇太子からイントリア国王に届いたあの手紙が関係していると、父が教えてくれた。
「すまない、待たせたね」
ふと声がして、アデラは顔を上げた。
テレンスが戻ってきたようだ。
結婚式、爵位の引き継ぎ、さらに商会の立ち上げに外交官の補佐と、これからはかなり忙しい日々になる。
でも彼と一緒ならば、きっと乗り越えられる。
アデラはそう信じていた。
そうして、結婚式当日。
アデラは鏡に映る自分の姿を、不思議な気持ちで見つめていた。
豪華なウェディングドレスに、帝国産の宝石を贅沢に使った装飾品。
この姿をじっくりと眺めてみても、まだ結婚するという実感が湧かないのは、どうしてだろうと考える。
「アデラ、綺麗だわ」
傍で見守ってくれている母の方が、もう泣き出しそうである。
(結婚するといっても、これからもこの屋敷に住むことには変わりはないのよね。テレンスとも、ずっと一緒にいるもの)
今までとは違い、テレンスと婚約しているときは、不安になったことは一度もなかった。だから、ようやく結婚する日が来たという気持ちにはならないのかもしれない。
「どうしたの?」
不思議そうな娘の姿に気が付いた母が、涙を拭きながらそう尋ねてきた。
「……うん。テレンスと結婚できるのは嬉しいの。でも、今までとそんなに変わらないかな、と思って」
「そうね」
呆れられるかと思ったが、母は優しい顔をして微笑んでくれた。
「それくらい、一緒に居ることが自然になった人と、結婚することができて良かった」
そう言ってまた泣き出してしまった母を慰めていると、様子を見に来た父まで号泣してしまった。二度も婚約を解消した娘の将来を、ずっと心配してくれていたのだろう。
そんな両親からの愛に、アデラも感動してつい涙ぐんでしまう。
様子を見に来たテレンスは、アデラのドレス姿に見惚れていた。綺麗だと繰り返し言われて、恥ずかしくなって俯く。
そんな姿を優しく見守ってくれた侍女たちも、式の時間になると慌てた様子でアデラと母の化粧を直し、ドレスの乱れを直してくれた。
イントリア王国では、貴族の結婚式でも身内のみで執り行うことが多い。
代わりに後日、新婚夫婦が主催でお披露目パーティを開くことになっている。
だから今日の結婚式も、リィーダ侯爵家の縁戚と、オラディ伯爵家を継いだテレンスの従姉のフローラ、そして現オラディ伯爵のソルーとその近しい身内だけが参列している。
立会人だけは外部の人間に依頼することになっていて、ほとんどは神官などだが、アデラとテレンスの結婚式の立会人は、何とイントリア王国の王太子が務めてくれた。
「ふたりの婚約を決めたのは、私だからね」
そう言って笑う王太子は、ふたりが外交官補佐になることをとても喜んでくれた。
「今からしっかりと勉強して、私が即位したときは支えてほしい」
そう言われて、テレンスとふたりで真摯に頷いた。
結婚式が終わると、次はお披露目パーティである。
テレンスがリィーダ侯爵家を継ぐこと。そしてアデラが宝石を取り扱う商会を立ち上げることも発表する予定なので、結婚式の余韻に浸る間もないくらい、忙しかった。
パーティには元々のアデラの友人たちだけではなく、ティガ帝国からテレンスの友人や、宝石を通じて仲良くなったイリッタ公爵令嬢のリンダも参加してくれた。
もちろん、商談も兼ねているのだろう。彼女から学べることは、まだたくさんある。
さすがにティガ帝国の皇太子は参列できなかったが、手紙で結婚を祝ってくれた。
たくさんの人たちに祝福され、後から思い出してもしあわせな気持ちになるくらい、特別な一日だった。
結婚式もパーティも終わり、ようやくふたりきりになった。
「テレンス?」
肩の荷が下りてほっとしていたアデラは、テレンスがぼんやりと窓の外を見つめていることに気が付いて、声を掛ける。
「どうしたの?」
「……まだ、信じられないような気がする」
テレンスは困惑したような顔で、アデラを見つめた。
アデラは無理に聞き出そうとせず、黙って彼の隣に立った。
「帰る場所も、家族も。ずっと私には縁のないものだと思っていたから」
どう声を掛けたらいいのかわからず、アデラは咄嗟にテレンスの腕に抱きついた。
ずっと傍にいる。その意思表示を示したつもりだった。
それはテレンスにも伝わっていたらしく、彼は優しく笑ったあと、アデラの肩をそっと抱き寄せる。
互いに、大きな遠回りをして辿り着いた道だった。
けれどこれからは、ふたりの道が分かれてしまうことはないだろう。
静かな夜。
ふたりは、いつまでも寄り添うように抱き合っていた。
それからも、忙しい日々が続いた。
爵位をテレンスに譲った父は、母を連れて領地に戻ってしまった。
両親と別れて暮らすのは少し寂しかったが、父も母も社交界があまり得意ではない様子だったから、かえって生き生きとしているようだ。
リィーダ侯爵となったテレンスは、王太子の補佐をしながら、ティガ帝国の皇太子とも友人関係を続いているようだ。
アデラも宝石などの装飾品を取り扱う商会を立ち上げ、宣伝や商談も兼ねて、リィーダ侯爵夫人として忙しく働いていた。
外交官補佐として、外国に赴くこともある。
イントリア王国でのアデラの評判や、ティガ帝国でのこと。さらにスリーダ王国の元王太子との出来事が原因で、婚約破棄絡みの事件ならば、イントリア王国の外交官補佐に頼めば解決できる、などという話が出回ってしまい、少しだけ困ったことにもなった。
(まさか、学園を卒業して結婚してから、学生として他の学園に潜入捜査をすることになるなんて思わなかった……)
ある国で国王に懇願され、暴走した第二王子の素行調査のために学生に扮していたアデラは、その第二王子に一目惚れされてしまい、大変な目にあった。
いくら人妻だと言っても信じて貰えず、強制的に連れ去られそうになってしまった。
テレンスはそんな彼を淡々と第二王子を追い詰め、今はもう王族ではなくなっているらしい。
その素行調査のお陰で、国同士で結ばれた条約はかなりイントリア王国にとって有利になったらしいが、もうこの手の仕事は引き受けたくない。
「アデラ」
そんなことを思い出していたアデラは、テレンスの声に反応して振り向いた。
「どうしたの?」
「レナードが再婚したそうだ」
テレンスはそう言って、手にしていた報告書をアデラに見せてくれた。
「まぁ、レナードが?」
元婚約者の名前を聞いて、アデラはさっそくそれに目を通す。
レナードとシンディーは結局別れて、彼女の方はもう行方知れずになっていた。他国に逃げて裕福な商人の愛人になっているとか、身を持ち崩してスラムで娼婦になっているとか、色々な噂があるようだ。
ふたりが別れたことによって支援を打ち切られたレナードは、救貧院に辿り着き、そこで暮らしているらしい。
今は貴族の子息だったとは思えないほど簡素な暮らしをしているようだが、さすがに苦労したからか、以前のような横柄な態度は取らず、むしろ積極的に老人や子どもの世話をしているようだ。
過去の行いを反省して真摯に生きているのならば、アデラとしても、彼のしあわせを祈りたいと思う。
「再婚って、そこの救貧院の人と?」
「ああ。私の弟の妻になったのだから、アデラにとって義妹か」
義妹。
懐かしいような、聞きたくないような、そんな複雑な言葉に、アデラは黙り込む。
それを見てテレンスが笑っていた。
「もう。……でも、過去のことよね」
あの日のことを笑って話せるくらい、今は幸福なのだと実感する。
三度目の婚約で見つけたしあわせは、きっとこれからも続いていくのだろう。
※
完結しました!
途中、体調不良のために時間が空いてしまって申し訳ございません。
こちら、書籍化とコミカライズが決定しております。
詳細は後日、お知らせできればと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
また次作でお会いできたら嬉しいです。
アデラは、結婚式と商会を立ち上げる準備。
テレンスはリィーダ侯爵家を継ぐための手続きなどで、ゆっくりと話をする暇もないほどだった。
ティガ帝国から帰国してから、テレンスはリィーダ侯爵家の屋敷に住むようになった。
結婚前に同居することを勧めてくれたのは、アデラの両親だ。
テレンスも爵位の引き継ぎや結婚式の打ち合わせなどで、ほとんどこの屋敷にいることが多かった。それから夜遅くに帰宅する。
そんな彼のことを、アデラも心配していたので、両親がそう言ってくれて安心した。
それに同じ屋敷に住んでいれば、どんなに忙しくても、会って話すことができる。
テレンスは、忙しい時間の合間を縫って、よくアデラに会いに来てくれる。
アデラの元婚約者であるレナードの印象が最悪だったせいが、最初は少しぎこちなかった屋敷の人たちも、アデラに対するテレンスの態度に、少しずつ認識を改めてくれたようだ。
冷たい氷のような人間だと噂されていたテレンスは、実際にはとても愛情深く、心を許した人間には、自然で穏やかな態度で接している。
この屋敷でも、そんな姿を見ることが増えてきたように思える。
アデラはそれを見る度に、何だか切ないような、安心するような、どう表現すれば良いのかわからない気持ちになる。
ただ家族の愛を知らなかったテレンスにとって、ここが居心地の良い場所になれたらと思う。
今日も結婚式の打ち合わせのために、父と出かけているテレンスを待ちながら、アデラは今の状況をゆっくりと思い返す。
結婚式と商会の立ち上げ、そして爵位を継ぐ準備でかなり忙しかったふたりだったが、そこにさらに予想外の出来事が起こった。
現在、このイントリア王国の外交官をしているライド公爵夫妻が、そろそろ高齢で外国に赴くことが難しくなってきたため、補佐を必要としているという。
それに指名されたのが、リィーダ侯爵を継ぐ予定の、テレンスとアデラである。
たしかに、王太子からいずれ外交官を任せたいと言われていたが、彼が即位してからのことなので、まだ先のことだと思っていた。
(それも、ふたりで長い時間話し合って……)
引き受ける決意をしたのは、つい最近のことだ。
さすがにまだ荷が重いのではないかと心配したが、王太子にいずれ外交官になってほしいと言われたときから、この国の外交を担う覚悟は持っていた。
むしろ現役のライド公爵夫妻から、直接指導してもらえる機会を、逃す手はないのではないか。
(国王陛下が、私たちが補佐することを許可してくださったことにも、驚いたけれど)
イントリア王国の国王にとって、アデラもテレンスも、あまり評判の良い人間ではなかったはずだ。
三度目の婚約でようやく結婚する令嬢と、テレンスの父である前オラディ伯爵の醜聞を考えれば、国王の権限で別の人間を補佐に指名してもおかしくはない。
でもそれは、ティガ帝国の皇太子からイントリア国王に届いたあの手紙が関係していると、父が教えてくれた。
「すまない、待たせたね」
ふと声がして、アデラは顔を上げた。
テレンスが戻ってきたようだ。
結婚式、爵位の引き継ぎ、さらに商会の立ち上げに外交官の補佐と、これからはかなり忙しい日々になる。
でも彼と一緒ならば、きっと乗り越えられる。
アデラはそう信じていた。
そうして、結婚式当日。
アデラは鏡に映る自分の姿を、不思議な気持ちで見つめていた。
豪華なウェディングドレスに、帝国産の宝石を贅沢に使った装飾品。
この姿をじっくりと眺めてみても、まだ結婚するという実感が湧かないのは、どうしてだろうと考える。
「アデラ、綺麗だわ」
傍で見守ってくれている母の方が、もう泣き出しそうである。
(結婚するといっても、これからもこの屋敷に住むことには変わりはないのよね。テレンスとも、ずっと一緒にいるもの)
今までとは違い、テレンスと婚約しているときは、不安になったことは一度もなかった。だから、ようやく結婚する日が来たという気持ちにはならないのかもしれない。
「どうしたの?」
不思議そうな娘の姿に気が付いた母が、涙を拭きながらそう尋ねてきた。
「……うん。テレンスと結婚できるのは嬉しいの。でも、今までとそんなに変わらないかな、と思って」
「そうね」
呆れられるかと思ったが、母は優しい顔をして微笑んでくれた。
「それくらい、一緒に居ることが自然になった人と、結婚することができて良かった」
そう言ってまた泣き出してしまった母を慰めていると、様子を見に来た父まで号泣してしまった。二度も婚約を解消した娘の将来を、ずっと心配してくれていたのだろう。
そんな両親からの愛に、アデラも感動してつい涙ぐんでしまう。
様子を見に来たテレンスは、アデラのドレス姿に見惚れていた。綺麗だと繰り返し言われて、恥ずかしくなって俯く。
そんな姿を優しく見守ってくれた侍女たちも、式の時間になると慌てた様子でアデラと母の化粧を直し、ドレスの乱れを直してくれた。
イントリア王国では、貴族の結婚式でも身内のみで執り行うことが多い。
代わりに後日、新婚夫婦が主催でお披露目パーティを開くことになっている。
だから今日の結婚式も、リィーダ侯爵家の縁戚と、オラディ伯爵家を継いだテレンスの従姉のフローラ、そして現オラディ伯爵のソルーとその近しい身内だけが参列している。
立会人だけは外部の人間に依頼することになっていて、ほとんどは神官などだが、アデラとテレンスの結婚式の立会人は、何とイントリア王国の王太子が務めてくれた。
「ふたりの婚約を決めたのは、私だからね」
そう言って笑う王太子は、ふたりが外交官補佐になることをとても喜んでくれた。
「今からしっかりと勉強して、私が即位したときは支えてほしい」
そう言われて、テレンスとふたりで真摯に頷いた。
結婚式が終わると、次はお披露目パーティである。
テレンスがリィーダ侯爵家を継ぐこと。そしてアデラが宝石を取り扱う商会を立ち上げることも発表する予定なので、結婚式の余韻に浸る間もないくらい、忙しかった。
パーティには元々のアデラの友人たちだけではなく、ティガ帝国からテレンスの友人や、宝石を通じて仲良くなったイリッタ公爵令嬢のリンダも参加してくれた。
もちろん、商談も兼ねているのだろう。彼女から学べることは、まだたくさんある。
さすがにティガ帝国の皇太子は参列できなかったが、手紙で結婚を祝ってくれた。
たくさんの人たちに祝福され、後から思い出してもしあわせな気持ちになるくらい、特別な一日だった。
結婚式もパーティも終わり、ようやくふたりきりになった。
「テレンス?」
肩の荷が下りてほっとしていたアデラは、テレンスがぼんやりと窓の外を見つめていることに気が付いて、声を掛ける。
「どうしたの?」
「……まだ、信じられないような気がする」
テレンスは困惑したような顔で、アデラを見つめた。
アデラは無理に聞き出そうとせず、黙って彼の隣に立った。
「帰る場所も、家族も。ずっと私には縁のないものだと思っていたから」
どう声を掛けたらいいのかわからず、アデラは咄嗟にテレンスの腕に抱きついた。
ずっと傍にいる。その意思表示を示したつもりだった。
それはテレンスにも伝わっていたらしく、彼は優しく笑ったあと、アデラの肩をそっと抱き寄せる。
互いに、大きな遠回りをして辿り着いた道だった。
けれどこれからは、ふたりの道が分かれてしまうことはないだろう。
静かな夜。
ふたりは、いつまでも寄り添うように抱き合っていた。
それからも、忙しい日々が続いた。
爵位をテレンスに譲った父は、母を連れて領地に戻ってしまった。
両親と別れて暮らすのは少し寂しかったが、父も母も社交界があまり得意ではない様子だったから、かえって生き生きとしているようだ。
リィーダ侯爵となったテレンスは、王太子の補佐をしながら、ティガ帝国の皇太子とも友人関係を続いているようだ。
アデラも宝石などの装飾品を取り扱う商会を立ち上げ、宣伝や商談も兼ねて、リィーダ侯爵夫人として忙しく働いていた。
外交官補佐として、外国に赴くこともある。
イントリア王国でのアデラの評判や、ティガ帝国でのこと。さらにスリーダ王国の元王太子との出来事が原因で、婚約破棄絡みの事件ならば、イントリア王国の外交官補佐に頼めば解決できる、などという話が出回ってしまい、少しだけ困ったことにもなった。
(まさか、学園を卒業して結婚してから、学生として他の学園に潜入捜査をすることになるなんて思わなかった……)
ある国で国王に懇願され、暴走した第二王子の素行調査のために学生に扮していたアデラは、その第二王子に一目惚れされてしまい、大変な目にあった。
いくら人妻だと言っても信じて貰えず、強制的に連れ去られそうになってしまった。
テレンスはそんな彼を淡々と第二王子を追い詰め、今はもう王族ではなくなっているらしい。
その素行調査のお陰で、国同士で結ばれた条約はかなりイントリア王国にとって有利になったらしいが、もうこの手の仕事は引き受けたくない。
「アデラ」
そんなことを思い出していたアデラは、テレンスの声に反応して振り向いた。
「どうしたの?」
「レナードが再婚したそうだ」
テレンスはそう言って、手にしていた報告書をアデラに見せてくれた。
「まぁ、レナードが?」
元婚約者の名前を聞いて、アデラはさっそくそれに目を通す。
レナードとシンディーは結局別れて、彼女の方はもう行方知れずになっていた。他国に逃げて裕福な商人の愛人になっているとか、身を持ち崩してスラムで娼婦になっているとか、色々な噂があるようだ。
ふたりが別れたことによって支援を打ち切られたレナードは、救貧院に辿り着き、そこで暮らしているらしい。
今は貴族の子息だったとは思えないほど簡素な暮らしをしているようだが、さすがに苦労したからか、以前のような横柄な態度は取らず、むしろ積極的に老人や子どもの世話をしているようだ。
過去の行いを反省して真摯に生きているのならば、アデラとしても、彼のしあわせを祈りたいと思う。
「再婚って、そこの救貧院の人と?」
「ああ。私の弟の妻になったのだから、アデラにとって義妹か」
義妹。
懐かしいような、聞きたくないような、そんな複雑な言葉に、アデラは黙り込む。
それを見てテレンスが笑っていた。
「もう。……でも、過去のことよね」
あの日のことを笑って話せるくらい、今は幸福なのだと実感する。
三度目の婚約で見つけたしあわせは、きっとこれからも続いていくのだろう。
※
完結しました!
途中、体調不良のために時間が空いてしまって申し訳ございません。
こちら、書籍化とコミカライズが決定しております。
詳細は後日、お知らせできればと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
また次作でお会いできたら嬉しいです。
2,606
お気に入りに追加
5,688
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った
五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」
8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。
ふまさ
恋愛
伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。
けれど。
「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」
他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる