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 急遽開いた小規模のパーティだと聞いていたが、さすがに公爵家だけあって、想像していたものよりも豪勢なものだった。
 ただ参加する人数は厳選してくれたようで、もともとお茶会の予定だったからか、令嬢が多い。
 中には、ひとりで参加している令嬢もいた。
 突然の開催だったため、リンダは招待状に、パートナーなしで参加しても良いと書き記しておいたようだ。イントリア王国では考えられないことだが、さすがにティガ帝国でも、ダンスパーティはパートナー同伴が基本だった。
 彼女たちは皆、装飾品や宝石が好きで、リンダのように自らデザインする令嬢もいれば、お気に入りの装飾店に出資していたりするらしい。
(それも、イントリア王国では、考えられないことだわ)
 ティガ帝国では、女性も自由に活動している。どちらの方針が国を発展させるのかは、両国の国力の差を考えても明白だ。
 女性の自由がないイントリア王国では、結婚相手の選択が、とても重要になってしまう。だからあのシンディーやリーリアのように、他人を陥れて、奪ってまでも良い条件の男性を求める女性もいるのだろう。
 もし女性が自由に生きられる世界だったら、彼女たちだって、そこまでしなかったのかもしれない。
(もちろん、あの人たちに罪がないとは思わないけれど)
 同じ境遇でも、誠実に生きている女性はたくさんいるのだから。
 だがこのままでは、アデラのような目に遭う女性は、今後も出てしまうかもしれない。
 今までは、そういう国に生まれたのだから仕方がないと思っていた。
 でも、このまま王太子が何事もなく即位すれば、テレンスは外交官に任命される。
 そしてアデラは、そんなテレンスの妻になるのだ。
 インドリア王国では、王妃と外交官の妻だけが、政治に参加することが許されている。せっかくそんな立場になれるのなら、あの国でも女性が活躍できるように、働きかけることはできるのではないか。
 アデラを快く思わない者もいるかもしれないが、今さらだ。
(どうせ今だって、二度も婚約に失敗した女だと言われているのよ。だったら自分の思うように、動いてもいいのかもしれない)
 きっとテレンスは、そんなアデラを咎めない。
 父は肩身の狭い思いをするかもしれないが、もともと王都よりも領地が好きな父だ。そんな状態になれば、社交はテレンスとアデラに任せて、領地に籠ってしまう可能性が高い。
 父にとっても、その方が良いのかもしれない。
「アデラ」
「え?」
 ふとテレンスに名前を呼ばれて、我に返る。
 顔を上げると、こちらに近付いてくるリンダの姿が見えた。
 彼女は、複数の女性を連れていて、アデラに微笑んだ。
「アデラ様。向こうで少しお話をしませんか?」
 庭に大きなテーブルがいくつか出してあり、お茶会のようなこともできるらしい。
 普通のダンスパーティではあり得ないかもしれないが、今日はイリッタ公爵家主催である。だから、リンダもこうして自由にしているのだろう。
 そのリンダが連れている令嬢たちは、彼女と同じように装飾品や宝石が好きな仲間のようだ。
「ありがとうございます。ですが……」
 アデラは、ちらりと隣のテレンスに視線を向ける。
 女性だけの話に、彼を同行させるわけにはいかない。
 傍から離れないと約束したのだ。残念だが、ここは断った方が良いだろう。
 そう思っていたのに、リンダはアデラが断る前に、テレンスも誘った。
「テレンス様も、どうぞご一緒に」
「……そうだな。行こうか」
 彼は即座にそう答える。
「えっと、テレンス?」
 彼は戸惑うアデラの手を引いて、そのままリンダの後に付いていく。
「大丈夫です。テレンス様が目立たないように、お兄様も連れてきました」
 彼女の言うように、先ほど会ったリンダの兄が、女性たちに囲まれてニコニコと笑っていた。
「こちらのことは気にしなくても良い。傍にいるから、大丈夫だ」
 テレンスはそう言って、友人とともにアデラたちのすぐ後ろにある席に座る。
 彼がそう言ってくれたので、アデラは少し躊躇いながらも、リンダたちの輪の中に入った。
「初めまして」
 挨拶を交わし、ドレスと装飾品を褒められたので、ドレスはテレンスからの贈り物で、髪飾りと首飾りは、リンダのデザインしたものだと答えた。
 予想していたように、皆、何らかの形で宝石や装飾品店に関わっている女性ばかりで、とても有意義な話を聞くことができた。
 その間、テレンスはとくに友人と話し込むわけでもなく、ただ静かに会場内を見たり、アデラたちの話に耳を傾けていたりする。
 イントリア王国では女性たちのお喋りを嫌う男性が多いが、テレンスはその中には入らないようだ。際限なく続く会話に呆れた様子も見せず、口を挟むわけでもない。
 傍で見守ってくれている彼のお陰で、アデラも楽しい時間を過ごすことができた。
 すっかり話も弾み、喉も乾いてしまった。
 花の香りがするお茶をカップに注いでもらったところで、ふと会場の入り口が騒がしくなった。
「入れないって、どういうことなの? わたしが誰なのか、まさか知らないわけではないでしょうね」
 激しく責め立てる声が聞こえてきて、アデラは思わず、背後のテーブルに友人と座っていたテレンスを見る。
(あの声は……)
 間違いなく、メリーサだろう。
 招待されていないにも関わらず、アデラが参加していると聞きつけて、ここまでやってきたのか。
「大丈夫です。どんな方でも、招待状なしでは会場に入ることはできませんから」
 けれどリンダは、きっぱりとそう言ってくれた。
 その言葉通り、メリーサの声は少しずつ離れていく。
 誰かに連れ出されたようだ。
(よかった)
 声は聞こえたが、顔を合わせずに済んだことに安堵する。
「ありがとうございます」
 お礼を伝えると、リンダは笑って首を横に振る。
「こちらで招待させていただいたのですから、安全を確保するのは当然ですわ」
 そして会場に押し寄せてきたときのメリーサは、パートナーを連れていたと教えてくれた。
 もちろん、彼女の婚約者のクリスではない。
「スリーダ王国の元王太子だったかもしれない。アデラを見られなくてよかった」
 テレンスはそう言って、アデラの背に腕を回す。
「ええ。そうね」
 アデラは頷く。
 けれど本当に、メリーサはスリーダ王国の元王太子をティガ帝国に連れ込んでしまったのだ。そこまでやってしまった以上、もう引き下がることはできないだろう。
(何だか、嫌な予感がする……)
 アデラは、テレンスの肩にそっと寄り添い、その予感が当たらないようにと祈っていた。
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