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 アデラはそう発言したが、もともとローレンの周辺の人たちからも、そんな話が出ていたようだ。
 実行前にメリーサの企みを阻止するよりも、彼女がスリーダ王国の元王太子を呼び寄せ、その証拠もきっちりと抑える。
 それからメリーサの罪を問えば、ピーラ侯爵の動きを抑えることにも繋がるのではないか。
 ローレンも、その計画の有効性は認めていた。
 だが、アデラとテレンスに少しでも危険が及ぶ可能性があるのなら、実行するべきではない。そう考えていた。
 けれどアデラ本人がそれを提案したことにより、状況が変わった。
 もう一度、皇帝や側近たちとも話し合い、メリーサの婚約者であるクリスの意見も聞いて、最終的にどうするか決めることにしたようだ。
「すまないが、もう少し滞在期間を伸ばしてもらえないだろうか」
 そう言われて、アデラはテレンスと顔を見合わせて頷いた。
「わかりました」
 少し前までは、予定を切り上げて早く帰国したいと思っていた。
 でもメリーサが、そこまでしてアデラに報復しようとしているのであれば、受けて立たなければならない。
 それに、メリーサの計画を実行させてしまえばいいと簡単に言ってしまったが、実際にスリーダ王国の元王太子を受け入れるのはティガ帝国だ。差し出がましいことを言ってしまったのかもしれない。
 そう思って詫びると、ローレンは気にするなと笑ってくれた。
「むしろ助かるくらいだよ。私自身も、どうするべきか迷っていたからね」
 彼はそう言ったが、テレンスはローレンの部屋から退出しても、ずっと黙ったままだ。
 そっと様子を伺うと、その顔はやや険しいように見える。
「……ごめんなさい」
 テレンスが怒っているのなら、それは自分があんな発言をしてしまったからだろう。
 そう思ったアデラは、謝罪を口にした。
 結果的に、滞在期間も延長することになってしまった。
 それに、ここはティガ帝国だったから咎められなかったが、祖国のイントリア王国では、女性は政治や領地運営などに口出しをしてはならないのだ。
 それなのにアデラは、皇太子であるローレンに自分の意見を述べてしまった。テレンスが、それを不快に思っても仕方がない。
「アデラ?」
 けれどテレンスは、アデラの謝罪に不思議そうな顔をする。
「あの、私が皇太子殿下にあんな提案してしまったから……。滞在期間も伸びてしまったし……」
「ああ、なるほど」
 そのことに対する謝罪だと告げると、テレンスは納得したように頷いた。
「たしかに、スリーダ王国の元王太子が来るのは不快だが……。アデラが誰のものなのか、はっきりと思い知らせる機会ではある。だから、気にしなくても良いよ」
「……え?」
 今度はアデラが、不思議そうにテレンスを見上げる番だった。
「私が政治的なことに口を挟んだから、怒っているのではないの?」
「そんなことで怒るなど……。ああ、そうか」
 アデラの行動は、イントリア王国では咎められる行為だとようやく気付いたのか、テレンスは納得したように頷いた。
「私はそんなことで、アデラを責めたりしないよ。むしろ思ったことは、どんなことでもすべて話してほしい」
 子どもに言い聞かせるように優しく言われて、アデラは驚く。
「本当に?」
「もちろんだ」
「うん。ありがとう……」
 ティガ帝国に長く滞在していたテレンスだからこそ、こう言ってくれるのだろう。
 あの父でさえ、アデラが領地運営に関わることを嫌っていた。
 少しでも意見を述べると、お前はそんなことを考えなくても良いと、厳しく言われたものだ。
 あの国で生まれた以上、誰と結婚しても、夫に従うしかないと思っていた。
 たとえリィーダ侯爵家の血筋はアデラでも、爵位を継ぎ、領地を運営していくのは夫となった男性だ。
 でもテレンスなら、アデラの話を聞いてくれる。
 どんなことでも、思ったことは話してほしいと言ってくれる。
 それが、こんなにも嬉しい。
「それなら、どうしてあんなに難しい顔をしていたの?」
「それは……」
 アデラに怒っていないのなら、理由が何なのか。
 不思議に思ってそう尋ねると、テレンスは少しだけ躊躇いながら、理由を話してくれた。
「スリーダ王国の元王太子のことだ。会ってしまえば、アデラを気に入るかもしれない。そもそもアデラは私の婚約者だ。それなのに、付け入る隙があると思われるのも、不快だった」
 スリーダ王国の元王太子にアデラを会わせたくなくて、テレンスは難しい顔をしていたのだ。
 そう思うと、ふいに愛しさが込みあげてきて、アデラはテレンスに抱きついた。
 祖国でこんな行動をしたら、大抵の男性は嫌な顔をするものだが、テレンスは違う。
 彼は驚きながらも、しっかり受け止めてくれる。
「私のような女が良いと言ってくれるのは、テレンスだけよ」
「そんなことはない。アデラは綺麗だし、自分の意見をしっかりと持っている。そういう女性を好む男は、意外と多い」
「そうなの?」
 ティガ帝国では、そうなのかもしれない。
 けれど祖国では嫌われる性質だと、アデラもよくわかっている。だからこそ、テレンスと婚約できたのは、アデラにとって幸運だった。
「大丈夫。スリーダ王国の元王太子殿下のような人は、絶対に私のような人を嫌うから。でも心配なら、ずっと一緒にいて?」
 甘えるように、そう言ってみる。
 こんなことを、他の誰にも言ったことがない。でもテレンスならきっと、どんなアデラも受け入れてくれる。
「ああ、もちろんだ」
 想像していたように、テレンスは抱きついていたアデラの髪を、優しく撫でてくれた。
 部屋で待機している侍女たちが、困っているかもしれない。
 でもふたりは、相思相愛の婚約者同士なのだから、これくらいは許してほしい。
 そんなことを考えながら、アデラはそっと、テレンスの腕の中に身を委ねた。
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