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緊張して、眠れないかもしれないと思っていた。でもやはり疲れていたからか、朝までぐっすりと眠っていた。
そのお陰で昨日の疲れも取れて、さわやかな気分で目覚めることができた。
同行した侍女に身支度を整えてもらい、帝城側に用意してもらった朝食を、テレンスとふたりで食べる。
(ティガ帝国の料理は、香辛料がたっぷりと使われているのね。うん、美味しい)
初めての料理も気に入って、満足したアデラだったが、テレンスはまだぼんやりとしている。
こうして一緒に旅に出て初めて知ったのだが、あまり寝起きは良くないようだ。いつも完璧な彼の、意外な一面を知ることができて、嬉しかった。
これから先、結婚して夫婦になれば、アデラしか知らないことがもっと増えるだろう。
そう思うと、アデラは自然と笑みを浮かべていた。
今まで何度も婚約することになってしまったが、結婚後の姿を想像したのは初めてだ。
婚約期間を短くして、もうさっさと結婚してしまおうか。そんなことまで考える。
きっと、父もテレンスも反対しない。
王弟派もスリーダ王国の王太子も、さすがに結婚してしまえば、もう手出しはしないと思いたい。
(このまま帰国してしまおうかしら……)
メリーサの言動には呆れたが、ティガ帝国を離れたら、それほど関わりはない人だ。
報復よりも、テレンスと早く結婚できるように動いた方が良いのかもしれない。
そう考えていたアデラだったが、その後すぐにローレンから話があると呼ばれてしまう。だから帰国の提案もできないまま、テレンスと一緒に彼のもとに赴いた。
早い時間に呼び出したことを詫び、ローレンはさっそく本題に入る。
そこで聞いた話は、少し浮かれていたアデラを現実に引き戻した。
アデラに報復を考えたらしいメリーサが、スリーダ王国の元王太子と連絡を取ろうとしていると言う。
「それは、あまりにも浅慮では……」
驚くと同時に呆れてしまい、アデラはローレンの前であることも忘れて、思わずそう口にしてしまう。
スリーダ王国の元王太子は国を追われ、婿入り先を探している。
そこで彼が目を付けたのが、婚約が解消されたばかりのアデラだ。
だがアデラは一足先にテレンスと婚約して、それをこうしてティガ帝国の皇太子であるローレンに祝福されている。
さらに、スリーダ王国とティガ帝国の関係は、それほど良好ではない。
いくらアデラに対する嫌がらせをしたいからと言って、その国の元王太子を呼び寄せ、ローレンが祝福した婚約を壊そうとすれば、どうなるのか。
敵に回すのはアデラではなく、ティガ帝国そのものである。
今回のことはおそらく、メリーサの暴走だろうと、ローレンは言う。
いくらメリーサの父が、娘の婚約者であるクリスを皇帝にしたいと企んでいるとはいえ、表立って皇太子と敵対してしまえばどうなるか。
それがわからないはずがない。
(きっと、彼女はそこまで考えていないのでしょうね……)
メリーサは、アデラに報復したいだけで、動いている。
彼女の周囲には、その行動をローレンに報告する者はいても、忠告したり止めたりする人はいない。
昨日のように自分の罪を簡単に押し付けるような人間に、そこまでする者はいないのだろう。
「もちろん、すぐに止めさせて、ピーラ侯爵にも厳重に警告するつもりだ。だから安心して欲しい」
「……いえ」
ローレンはそう言ってくれたが、アデラはふとあることを思いついて、首を横に振る。
「アデラ?」
その様子に、難しい顔をしていたテレンスも、不思議そうにアデラの名を呼んだ。
「いっそ呼び寄せてしまえば、良いのではないでしょうか?」
今回のことでメリーサに形式的に反省を促し、謝罪させることはできても、おそらくクリスとの婚約破棄までは事は運ばないだろう。
メリーサは考えただけで、まだ何も実行していない。
ピーラ侯爵も、その辺りは上手く立ち回るに違いない。
ならばいっそ、後戻りできないほどの状況にしてしまえば、メリーサの有責でクリスとの婚約破棄。そしてピーラ侯爵の権力を削ぐことにも繋がる可能性があるのではないか。
アデラはそう思った。
それを説明すると、ローレンもテレンスも考え込む。
たしかに非公式とはいえ、友好国とはいえないスリーダ王国の元王太子を国に引き入れるとなると、そう簡単なものではないのだろう。
アデラの考えこそ、浅慮だったのかもしれない。
けれど、メリーサとクリスの婚約を解消させるには、これが最善ではないか。
「もちろんスリーダ王国の元王太子殿下には、すぐに国に帰っていただきます。ピーラ侯爵令嬢と一緒に」
「メリーサと?」
「はい」
アデラは頷いた。
「対面してみればすぐにわかると思いますが、スリーダ王国の元王太子殿下のような方は、私みたいな女性は好みません」
以前の婚約者たちを思い浮かべながら、アデラはきっぱりとそう言った。
スリーダ王国の元王太子も、彼らと同じく婚約者がいながら他の女性と懇意にしていたらしい。
そう言う男性は、アデラのような気の強い女性を嫌い、見た目は可愛らしい、甘え上手でやや幼い感じの女性を好む。
メリーサも、見た目はまさにそんな女性である。
そして取り巻きの男性たちには、あまり我儘を言わずに甘えたりしているらしい。
そんな彼女の取り巻きの男性は、綺麗な顔ばかりであった。
そしてスリーダ王国の元王太子は、外見だけは極上だと聞いている。
そんなふたりが出会ってしまえば、リーダ王国の元王太子殿下が婿入り先を探さなくてはならないことも、メリーサは自分がローレンの従弟であるクリスの婚約者であることも忘れて、互いに夢中になってしまうかもしれない。
ああいう人たちは、禁断の恋が好きなものだ。
「そうなれば、彼女の有責で婚約破棄。そして、ティガ帝国の皇族の婚約者に手を出したと言って、元王太子殿下をスリーダ王国に叩き返すことも可能かと」
さらに醜聞を重ねた元王太子を、もう他国に婿になど出せないだろう。
責任を取ってメリーサを娶り、スリーダ王国で細々と暮らすしかない。
もちろんふたりが出会ったからといって、こちらの思惑通りに事が運ぶとは限らない。
けれどアデラは、彼女たちのような人間をよく知っている。
きっとそうなるだろうという、確信があった。
そのお陰で昨日の疲れも取れて、さわやかな気分で目覚めることができた。
同行した侍女に身支度を整えてもらい、帝城側に用意してもらった朝食を、テレンスとふたりで食べる。
(ティガ帝国の料理は、香辛料がたっぷりと使われているのね。うん、美味しい)
初めての料理も気に入って、満足したアデラだったが、テレンスはまだぼんやりとしている。
こうして一緒に旅に出て初めて知ったのだが、あまり寝起きは良くないようだ。いつも完璧な彼の、意外な一面を知ることができて、嬉しかった。
これから先、結婚して夫婦になれば、アデラしか知らないことがもっと増えるだろう。
そう思うと、アデラは自然と笑みを浮かべていた。
今まで何度も婚約することになってしまったが、結婚後の姿を想像したのは初めてだ。
婚約期間を短くして、もうさっさと結婚してしまおうか。そんなことまで考える。
きっと、父もテレンスも反対しない。
王弟派もスリーダ王国の王太子も、さすがに結婚してしまえば、もう手出しはしないと思いたい。
(このまま帰国してしまおうかしら……)
メリーサの言動には呆れたが、ティガ帝国を離れたら、それほど関わりはない人だ。
報復よりも、テレンスと早く結婚できるように動いた方が良いのかもしれない。
そう考えていたアデラだったが、その後すぐにローレンから話があると呼ばれてしまう。だから帰国の提案もできないまま、テレンスと一緒に彼のもとに赴いた。
早い時間に呼び出したことを詫び、ローレンはさっそく本題に入る。
そこで聞いた話は、少し浮かれていたアデラを現実に引き戻した。
アデラに報復を考えたらしいメリーサが、スリーダ王国の元王太子と連絡を取ろうとしていると言う。
「それは、あまりにも浅慮では……」
驚くと同時に呆れてしまい、アデラはローレンの前であることも忘れて、思わずそう口にしてしまう。
スリーダ王国の元王太子は国を追われ、婿入り先を探している。
そこで彼が目を付けたのが、婚約が解消されたばかりのアデラだ。
だがアデラは一足先にテレンスと婚約して、それをこうしてティガ帝国の皇太子であるローレンに祝福されている。
さらに、スリーダ王国とティガ帝国の関係は、それほど良好ではない。
いくらアデラに対する嫌がらせをしたいからと言って、その国の元王太子を呼び寄せ、ローレンが祝福した婚約を壊そうとすれば、どうなるのか。
敵に回すのはアデラではなく、ティガ帝国そのものである。
今回のことはおそらく、メリーサの暴走だろうと、ローレンは言う。
いくらメリーサの父が、娘の婚約者であるクリスを皇帝にしたいと企んでいるとはいえ、表立って皇太子と敵対してしまえばどうなるか。
それがわからないはずがない。
(きっと、彼女はそこまで考えていないのでしょうね……)
メリーサは、アデラに報復したいだけで、動いている。
彼女の周囲には、その行動をローレンに報告する者はいても、忠告したり止めたりする人はいない。
昨日のように自分の罪を簡単に押し付けるような人間に、そこまでする者はいないのだろう。
「もちろん、すぐに止めさせて、ピーラ侯爵にも厳重に警告するつもりだ。だから安心して欲しい」
「……いえ」
ローレンはそう言ってくれたが、アデラはふとあることを思いついて、首を横に振る。
「アデラ?」
その様子に、難しい顔をしていたテレンスも、不思議そうにアデラの名を呼んだ。
「いっそ呼び寄せてしまえば、良いのではないでしょうか?」
今回のことでメリーサに形式的に反省を促し、謝罪させることはできても、おそらくクリスとの婚約破棄までは事は運ばないだろう。
メリーサは考えただけで、まだ何も実行していない。
ピーラ侯爵も、その辺りは上手く立ち回るに違いない。
ならばいっそ、後戻りできないほどの状況にしてしまえば、メリーサの有責でクリスとの婚約破棄。そしてピーラ侯爵の権力を削ぐことにも繋がる可能性があるのではないか。
アデラはそう思った。
それを説明すると、ローレンもテレンスも考え込む。
たしかに非公式とはいえ、友好国とはいえないスリーダ王国の元王太子を国に引き入れるとなると、そう簡単なものではないのだろう。
アデラの考えこそ、浅慮だったのかもしれない。
けれど、メリーサとクリスの婚約を解消させるには、これが最善ではないか。
「もちろんスリーダ王国の元王太子殿下には、すぐに国に帰っていただきます。ピーラ侯爵令嬢と一緒に」
「メリーサと?」
「はい」
アデラは頷いた。
「対面してみればすぐにわかると思いますが、スリーダ王国の元王太子殿下のような方は、私みたいな女性は好みません」
以前の婚約者たちを思い浮かべながら、アデラはきっぱりとそう言った。
スリーダ王国の元王太子も、彼らと同じく婚約者がいながら他の女性と懇意にしていたらしい。
そう言う男性は、アデラのような気の強い女性を嫌い、見た目は可愛らしい、甘え上手でやや幼い感じの女性を好む。
メリーサも、見た目はまさにそんな女性である。
そして取り巻きの男性たちには、あまり我儘を言わずに甘えたりしているらしい。
そんな彼女の取り巻きの男性は、綺麗な顔ばかりであった。
そしてスリーダ王国の元王太子は、外見だけは極上だと聞いている。
そんなふたりが出会ってしまえば、リーダ王国の元王太子殿下が婿入り先を探さなくてはならないことも、メリーサは自分がローレンの従弟であるクリスの婚約者であることも忘れて、互いに夢中になってしまうかもしれない。
ああいう人たちは、禁断の恋が好きなものだ。
「そうなれば、彼女の有責で婚約破棄。そして、ティガ帝国の皇族の婚約者に手を出したと言って、元王太子殿下をスリーダ王国に叩き返すことも可能かと」
さらに醜聞を重ねた元王太子を、もう他国に婿になど出せないだろう。
責任を取ってメリーサを娶り、スリーダ王国で細々と暮らすしかない。
もちろんふたりが出会ったからといって、こちらの思惑通りに事が運ぶとは限らない。
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