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 だが、彼女への報復よりも先に、今夜のパーティのドレスを何とかしなくてはならない。
「まず、テレンスに連絡しないと」
 きっと今頃、あのドレスに似合う装飾品を探してくれていることだろう。
 後で先ほどの服飾店に迎えに来てくれる予定だったので、屋敷まで帰る馬車もない。
 どうやってテレンスに連絡を取るか考えていると、ふと服飾店の前に馬車が止まっているのが見えた。
 見覚えのある馬車だったので、侍女を連れて店を出る。
「アデラ様」
 その馬車から降りてきたのは、屋敷に残してきた侍女のひとりだった。
「インドリア王国からドレスが届きました。荷物を忘れたことに気が付いた奥様が、急いでお送りくださったようです」
「お母様が?」
 どうやら向こうの国に忘れてきてしまった、テレンスが仕立ててくれたドレスと、そのために用意してくれた装飾品が届けられたようだ。
「……よかった」
 それを聞いて、アデラは安堵した。
 父は、ドレスは向こうでも用意できるだろうから、わざわざティガ帝国まで届けることはないと反対したようだ。
 けれど母は、せっかくこの日のためのドレスなのだからと、その反対を押し切って送り届けてくれたのだ。
 たしかに父の言うように、国を越えてまで送らなくても、ティガ帝国で用意することは可能だった。
 でもそのドレスを汚されてしまったので、結果として母の行動には助けられたことになる。
 さすがに、今からドレスを用意するのは、大変だったと思われる。
 でもこれで、今夜のパーティに着ていくドレスを確保することができた。
 しかもテレンスがアデラのために用意してくれた、最高級品である。
 屋敷に残っていた者たちはテレンスにも連絡してくれたらしく、アデラはそのまま馬車に乗って帰ることにした。
(帰国したら、お母様にお礼を言わないと)
 母の機転が、アデラの窮地を救ってくれたのだ。
 屋敷に戻ってすぐ、ドレスと装飾品を確認する。たしかに、テレンスが今夜のために用意してくれたものだった。
 銀色のドレスは、テレンスの髪色と同じである。
 光沢のある美しい布地は、祖国であるイントリア王国の特産品だ。生産量が少なく、輸出はしていないので、ここでも珍しいに違いない。
 ドレスはインドリア王国で流行しているような、フリルや刺繍を多用しているものではなく、シンプルで大人っぽいデザインである。
 アデラの赤みを帯びた金色の髪は、とても目立つ色なので、これくらいシンプルなドレスのほうが似合うと、自分でも思っている。
 もちろんサイズも、アデラに合わせたものだ。
 装飾品には、帝国の特産であるあの宝石をあしらっている。
 宝石も大振りで華やかな首飾りは、シンプルなドレスによく映える。
 手直ししてもらったティガ帝国の服飾店のドレスも素敵だったが、テレンスが用意してくれたこのドレスが、やはり自分に一番似合っているのかもしれない。
 やや遅れて、テレンスも戻ってきたと報告があった。
 彼が戻るまで部屋で休んでいたアデラも、そろそろパーティのための順次を開始しなくてはならない。
「おかえりなさい」
 その前にテレンスを出迎える。
 彼は難しい顔をしていたけれど、アデラの声に顔を上げると、柔らかく微笑んだ。
「ただいま。向こうでは大変だったようだね」
 どうやらすでに、服飾店で揉め事があったことを知っているようだ。
「もう聞いたの?」
 つい先ほどのことなのにと、アデラは驚く。
「屋敷にリィーダ侯爵家からドレスが届いたと報告があったが、確認したいことがあって、服飾店に立ち寄った」
 そこでアデラのドレスを汚してしまった従業員が、涙ながらに謝罪したようだ。
「彼女のせいではないわ。あの令嬢がわざとぶつかって、転ばせたのよ」
「……ピーラ侯爵家のメリーサ嬢、だったな」
 すでに名前まで知っていた彼に、アデラはこくりと頷いた。
 もともと隠すつもりもない。
 テレンスが帰ってきたら、詳細をすべて報告するつもりだった。
「メリーサ嬢は、ローレン殿下の従弟の婚約者。そしてピーラ侯爵は、昔からその従弟を皇太子にしたくて、色々と画策していた策略家だ」
「……そうだったの」
 ただの我儘令嬢だと思っていたが、予想以上に身分が高かったようだ。
 だからといって、あの振舞いを許すつもりはない。
「一番、権力を持たせてはいけない人のように見えたけれど」
 アデラに文句を言うだけならまだしも、自分ではやらずに従業員の女性を使った嫌がらせは、卑怯な振舞いだ。
「たしかに、そうだな」
 はっきりと言ったアデラに、テレンスは同意する。
 ローレンの従弟にはそんな野望はなく、むしろローレンを尊敬しているらしい。
 けれど、物静かであまり自分の意見を述べない優しい人間のため、メリーサは皇族の婚約者としてやりたい放題のようだ。
 優しいのは悪いことではないが、自分の婚約者になれば、相手に権力を与えてしまうことになるのだ。その自覚が必要ではないか。
 先ほどのことだって、アデラが本当にこの国の貴族であれば、泣き寝入りするしかなかった。
 だから、きちんと注意するなりして制御しなければ、不幸な人間を増やすだけだと、アデラは思う。
 ローレンも、ピーラ侯爵を警戒している。
 だが従弟とメリーサの結婚を決めたのは、前皇帝である彼の祖父らしく、まだ皇太子でしかない彼が婚約を解消させることはできないようだ。
「そんな事情なのね」
 テレンスが詳しく語ってくれたので、アデラも状況を理解して、頷いた。
 メリーサのあの性格では、いずれ大きなトラブルを招くだろう。
 ローレンがあのまま彼女を放っておくはずがないが、これ以上犠牲者を増やさないためにも、今回のことは良いきっかけになれるかもしれない。
 テレンスと一旦別れ、パーティに参加するための準備をしながら、アデラは静かに考えを巡らせていた。
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