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「君は知らなかったのかい?」
 ローレンにそう問われて、アデラは深く頷いた。
 テレンスがそんな研究チームに所属するほど、地層や発掘に興味があることさえ、今まで知らなかった。
「たまたま、その中にいただけだ」
 アデラは言葉が出ないくらい驚いたのに、テレンスはあっさりとそんなことを言う。
 謙遜などではなく、本当にそう思っている様子だ。
「いや、お前が持ち帰らなければ、あの研究チームの面子では、貴重な宝石だと気付かずに放置していた可能性があった」
 地層の研究のために集められたチームなので、鉱物などに興味のある者は少なかった。だから間違いなくテレンスの功績だと、ローレンは語る。
「そういう理由だから、気にする必要はないよ。当然の権利だからね」
「はい。ありがとうございます」
 それでも、異国人のテレンスに販売する権利を与えてくれたのは、ローレンの好意だとわかっている。アデラは丁重に礼を言った。
 ローレンは話好きだというだけあって、アデラもいつの間にか、婚約が三度目であることまで打ち明けていた。
「幸せになれないと思ったのなら、婚約など何度解消しても構わないと思うよ。もちろん、これからだってね」
「ローレン様、不吉なことを言わないでください。これが私にとってもアデラにとっても、婚約するのはこれが最後ですから」
 テレンスがそう言い、ローレンとアデラは笑った。
 たしかに、これが最後にならなければ困る。
 それからしばらく談笑していたが、ローレンの背後に控えていた側近が、ローレンに何事かを小さく囁いた。
 そうか、と彼は頷く。
 どうやら時間らしい。
「そろそろ行かなくてはならないが、夜には歓迎パーティを開こうと思っている」
 夜にテレンスの留学時代の友人などを招いて、ふたりの婚約を祝うパーティを開いてくれるようだ。
 規模は小さいが、それでもティガ帝国の帝城で開かれるパーティである。
 ローレンがふたりの婚約を祝福していると、国内外に知らしめることができるだろう。
「では、また夜に会おう」
 そう言って、側近や護衛を連れてローレンは部屋を出て行く。
 ティガ帝国の皇太子として忙しいだろうに、こうして時間を取ってくれた。
 そのことに礼を言って、テレンスと並んで彼を見送る。
 これから滞在している屋敷に戻って、夜のパーティのための支度をしなければならない。
 帝城から屋敷に戻る途中で、馬車の窓から町の様子を眺める。
 祖国とは人の流れも建物の多さも桁違いで、こうして見ているだけで目が眩む。
 いずれ、この帝都にも慣れるだろうか。
 アデラはそんなことを考えながら、町の様子を眺めていた。
 借りている屋敷に戻り、少し休憩してから、夜のパーティのための準備をする予定だった。
 だが戻ってみると、侍女たちが騒がしい。
 アデラたちが屋敷に到着したあと、侍女たちは持ち込んだ荷物の整理をしていた。
 どうやら歓迎パーティのために用意したドレスが、見つからないらしい。
「え? ドレスが?」
 今夜のために前もってテレンスが用意してくれて、試着も済ませ、万全の準備をして持ち込んだものだ。それがドレスだけではなく、装飾品なども入った鞄ごと見つからないという。
「それなら、忘れてきたと考えるほうが自然ね」
「出発の際、何度も確認したはずですが……」
 報告する侍女は、涙目になっていた。
 ティガ帝国を訪問するのは、急に決まったことで、準備も慌ただしかった。
 侍女を責めるつもりはないが、今夜のドレスをどうするのか、急いで決めなくてはならない。
 さすがに、今のドレスでそのまま参加するわけにはいかない。
 話を聞いたテレンスが、知り合いに連絡して、帝都内にある服飾店に連絡してくれたようだ。
 そこに今から訪問して、今夜のためのドレスを用意するしかないだろう。
 アデラは休む暇もなくまた馬車に乗り、テレンスと一緒に服飾店に向かった。
 何着か試着してみて、テレンスにも見てもらい、ドレスを決める。
 既製品になってしまうが、これからアデラに会うように調整をしてくれるようだ。
「緊張する暇もないくらいね」
 ドレスが決まって、ようやく少し安堵した。
 休憩室を用意してもらい、そこで一息つく。
「これくらいのハプニングは、これからもあるかもしれないからね。慣れておくのも悪くないだろう」
 ドレス選びを真剣に手伝ってくれたテレンスは、そう言う。
「……そうね。でもあのドレス、気に入っていたのに」
 彼が用意してくれたのは、とても美しいドレスだった。
「また着る機会はあるだろう」
 そう言って慰めてくれたテレンスとは、ここで別れなくてはならない。
 アデラはドレスの調整のためにここに居なくてはならないし、テレンスはこれから、ドレスに合う装飾品を購入してきてくれるようだ。
 ここでまた合流して、最終的な確認をし、そのまま帝城に向かうことになるだろう。
「今のうちに少し、休んでおいた方がいい。なるべく早く戻る」
「ええ。いってらっしゃい」
 テレンスはそう言って、服飾店を出て行く。
 アデラは彼に言われたように、休憩室で少し休むことにした。
 初めての外国。
 長距離移動に加えて、帝城で皇太子と面会。
 さらにこの騒動で、さすがに疲れ果てていた。
 目を閉じると、意識が遠のく。
 少しだけなら、休んでも構わないだろう。
 侍女が傍にいてくれることを確認して、アデラはそのまま眠りに落ちた。
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