婚約者は義妹の方が大切なので、ふたりが結婚できるようにしてあげようと思います。

櫻井みこと

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「会えて嬉しいよ。テレンスに聞いていた通りの人だね」
 そう言って、アデラを見つめる。
(え? テレンスが私の話を?)
 自分のことを、ローレンに話していたのか。
 驚いて、隣にいるテレンスを見上げる。
 すると彼は少し慌てた様子だった。
「いや、それは……」
「今さら隠す必要はないだろう?」
 テレンスとアデラの向かい側に座り、ふたりにも着席を促したローレンは、そう言って悪戯っぽく笑う。
 威厳はあるのに、親しみを感じる笑顔だった。
「テレンスとはそれなりに長い付き合いだったのに、今まで家族やイントリア王国のことをまったく話そうとしなかった。あまり良い思い出がないと言っていたから、こちらから聞くこともなかったが、初めて話してくれたのが、アデラ嬢のことだった。とても興味深い女性だと」
「……私がテレンスに手紙を出したときのこと、でしょうか」
 以前にテレンス本人から、あの手紙でアデラに興味を持ったと聞いていた。
 でもまさか、それをローレンに話しているとは思わなかった。
「そうだね」
 ローレンは頷く。
「テレンスが他人に興味を持ったことに驚いた。しかも女性だったからね。どんな女性なのか、色々と聞いたのは私だが、詳しく話してくれたよ。異母弟の婚約者だということも」
 そう言ってローレンは、アデラを見つめた。
「それを聞いて残念に思った。せっかくテレンスが他人に興味を持ったのに、異母弟の婚約者では、婚約を解消したとしても、テレンスと縁を結ぶことは難しいだろう」
「……はい」
 たしかに彼の言うように、最初は父もアデラも、テレンスと婚約するなんて思いもしなかった。
 二度目の婚約が破綻したからこその縁である。
「だから、ティガ帝国に来ないかと誘った。好きになった女性が他人と結婚するのを見るくらいなら、すべてを捨ててこの国でやり直したほうが、テレンスのためだと思ったからだ。彼が、自分の家も家族も嫌っていることを知っていたからね」
 ローレンの言葉に驚いて、アデラはテレンスを見た。
(えっ……。そんなに前から?)
 彼に愛していると言われたのは、つい最近のことだ。
 だからアデラも、似たような境遇の自分に親しみを覚えてくれて、それから少しずつ恋を変わってくれたのだと思っていた。
 けれどローレンは、アデラが留学中のテレンスにあの手紙を送ったときに、既に好意を持ってくれたのだと言っている。
「ローレン殿下。そんなことを、わざわざアデラに言わなくても……」
 テレンスはそれを否定しなかった。
 ただ、やや紅潮した顔で抗議をするだけだ。
 そんな彼の姿は新鮮で、アデラもつい、頬が熱くなるのを感じた。
「いや。こうして無事に婚約したのだから、隠すこともないだろう。むしろ知ってもらった方がいい」
 ローレンはそんなテレンスの抗議を受け流して、アデラにこう言った。
「君も知っているかもしれないが、テレンスは家族の縁に恵まれなかった。そのせいで人との縁も薄い。だがその分、心を許した相手のことは、とても大切にする男だ。その愛情を少し重く感じるときもあるかもしれないが、どうか受け入れてやってほしい」
 真剣な声だった。
 ローレンは、テレンスの事情を深く知り、ずっと気に掛けてくれていたのだろう。
 テレンスが祖国では冷酷だと噂され、誤解されやすいことも知っていた。
 だから、彼がアデラと婚約したのは策略や政治的な事情などではなく、以前から好意を持っていたのだと伝えて、テレンスとアデラがうまくいくように取り計らってくれたのだ。
「はい」
 その心遣いが、とても嬉しい。
 だから、アデラも真摯に答えた。
 テレンスにもローレンにも、きちんと自分の気持ちを言葉にして伝える。
「私は、テレンスの異母弟のレナードにも、二番目の婚約者にも、ずっと蔑ろにされてきました。だからこそ、テレンスから向けられる愛情は、私に安心と信頼を与えてくれます。負担に思うことなどありません」
 そして、テレンスに告げる。
「むしろ嬉しいくらい。私も、同じくらいの愛情を返せるようにするわ」
「……アデラ」
 テレンスが、机の下でアデラの手を握る。
「私を受け入れてくれて、ありがとう」
「テレンス。私の方こそ、こんな私を好きになってくれてありがとう」
「心配はいらなかったようだな」
 そんなふたりの様子を見て、ローレンが嬉しそうに頷いていた。
「アデラ嬢、テレンスを頼む。私の大切な友人だ」
「はい。もちろんです」
 力強く頷くと、彼の笑みがますます深くなる。
「スリーダ王国の元王太子のことは、任せてほしい。せっかくテレンスが初恋の女性を手に入れたというのに、邪魔をさせるつもりはない。ふたりのためになるのであれば、そちらの王太子にもなるべく手を貸そう。他に何か困ったことはないか?」
 ローレンの言葉はとても心強く、アデラは頭を下げた。
「こんなにも手を尽くしてくださって、ありがとうございます。それに、帝国の名産の宝石のことも……」
 ティガ帝国がテレンスにだけあの宝石を販売する許可を与えてくれたので、リィーダ侯爵家は膨大な利益を得ることができる。
「ああ、あれか」
 けれどローレンはあっさりと頷いた。
「あれはもともと、留学中のテレンスが、我が国の地層調査に参加していて見つけたものだ。この国で見つかったものだが、発見者のひとりだからね。当然、その権利はある」
「え?」
 皇太子の前であることも忘れて、アデラは思わず声を上げる。
 たしかにこの宝石が出回るようになったのは、そう遠い昔ではない。
 まだ流通している量が少ないこともあって、かなり貴重なものになっている。
 でもまさか、その発見にテレンスが関わっているとは思わなかった。
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