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 まさか彼にそんなことを言われるとは思わず、アデラは戸惑った。
(愛する? テレンスが私を?)
 すぐには信じられなかった。
 でも彼が、普通の家庭に憧れていたと聞くと、胸が痛くなる。
 最初はレナードとの婚約を解消するために、テレンスに協力してもらえたらと思って手紙を出しただけだった。
 けれど帰国した彼と再会して、同じ境遇の彼に親近感を覚えるようになった。
 ティガ帝国に行ってしまうことを、寂しいと思っていた。
 そして婚約者となり、彼の過去を知った。
 アデラのテレンスに対する想いは、少しずつ変化してきている。
 冷酷で、人と関わるのが嫌いだと思っていたテレンスは、誰よりも人のぬくもりに、愛情に飢えていたのだ。
 幸せにしたい、と強く思った。
 空っぽの器のような今のテレンスを、愛情で満たしてあげたい。
 きっと、ただのパートナーにこんな想いを抱くことはない、
 ならばアデラもきっと、彼を愛するだろう。
「テレンス。困ったわ。私はもう、あなたに惹かれているみたい。愛さないようにするのは、無理かもしれないわ」
 少しおどけた感じで伝えると、テレンスは驚いたように目を見開いて、そのまま硬直したように動かなくなってしまった。
 アデラからの愛を、まったく期待していなかったようだ。そんな彼の姿に少し切なくなる。
 本当は、愛すれば愛されたくなるはずだ。
 それなのにテレンスは、自分は愛されるはずがないのだと、最初からその可能性を捨ててしまっている。
 アデラはテレンスの背に腕を回して、そっと抱きしめた。
「ふたりでゆっくり頑張っていきましょう。いつか、あのライド公爵夫妻みたいになれるように」
 外交官としても夫婦としても、並び立つ存在になれるように。
 これから年月をかけて、愛情を育てていきたい。
「だから婚約破棄なんてしないでね。四回目は、さすがにご免よ」
「するはずがないだろう。アデラはもう、私のものだ」
 包み込むように抱きしめられて、どきりとする。
 もしかしたらテレンスは、独占欲が強い人間なのかもしれない。
 でも、それでもかまわないとアデラは思う。
 最初の婚約者のレナードも、二番目の婚約者のクルトも、アデラを蔑ろにしてばかりだった。
 アデラだって、誰かの一番になりたい。
 大切されたいと思ってしまう。
 だから、テレンスくらい独占欲が強い方が安心する。
 もしかしたら相性が良いのかもしれない。
 そう思うと嬉しくなって、アデラは微笑んだ。

 それから、五日後。
 アデラは礼儀作法も言葉も、何とか必死に詰め込んで、出発の日を迎えた。
 ティガ帝国までは、馬車で三日ほど。
 途中で何度か町に立ち寄り、宿泊する予定だ。
 侍女と護衛も同行するので、なかなか大人数になるが、父は護衛をもっと増やしたい様子だった。
 王弟派や、スリーダ王国の動きが気になるようだ。
 心配してくれるのは嬉しいが、他の国に向かうのだから、過剰な護衛は避けたほうが良い。
 その代わりに、王太子が馬車を用意してくれることになっていた。
 王弟派がまだ諦めていないようなので、少しでも危険を避けるためだ。
 けれどティガ帝国の皇太子が、迎えの馬車を寄越してくれることになった。
 こちらで呼び寄せてしまったのだから、ということだったが、ティガ帝国の馬車ならば、スリーダ王国でも手が出せない。
 これで道中は心配いらないだろう。
 アデラは馬車の中にも資料を持ち込み、必死に勉強をしていた。
 帝国の馬車はとても大きくて快適で、振動もほとんどない。
 それでも、今まで寝る間も惜しんで勉強をしていたせいで、いつの間にかうとうとしていたようだ。
 ふと目を覚ましてみれば、テレンスの肩に寄りかかっていた。体には、彼の上着が掛けられている。
「あ……」
 眠ってしまうつもりはなかった。
 慌てて謝罪しようとしたが、そっと抱き寄せられる。
「ティガ帝国までは、まだまだ遠い。もう少し休んでいたほうがいい」
「うん、ありがとう」
 背中を包む上着と、頬に触れるテレンスの肩から感じる温もりが、とても心地良い。
 アデラはそのまま目を閉じて、再び眠りに落ちていく。
(温かい……)
 危険を伴う移動だということを、忘れたわけではない。ただ、たとえ襲撃があったとしても、テレンスが一緒なら大丈夫。
 そんな安心感があった。
 目が覚めたときには、周囲はすっかり暗くなっていて、テレンスがもうすぐ町に着くと教えてくれた。
 今日はその町に泊まるようだ。
 ここの領主の貴族から屋敷に招待されていたらしいが、その貴族は王弟派との繋がりが噂されていたため、父が断っていた。だから今日は、町にある貴族用の高級宿に泊まることになる。
 警備もしっかりとしているし、王太子が貸し切りにしてくれたようなので、ゆっくりと休むことができるだろう。
(貸し切りだなんて、贅沢ね)
 一介の貴族の娘にここまでしてもらうと、さすがに申し訳ない気持ちになる。だが王太子もまた、王弟派を抑えるために、アデラを守ってくれているのだから、有難く使わせてもらったほうがいいのだろう。
 テレンスとは隣同士の部屋で、部屋の中でもふたりの侍女が、朝まで一緒にいてくれる。
 馬車の中でゆっくりと眠ったので、テレンスと夕食をとったあとは、部屋にこもって勉強の続きをしていた。
 翌朝は朝食を終えてから、出発する。
 侍女はリィーダ侯爵家から連れてきた顔馴染みばかりだし、テレンスが何かと気遣ってくれる。
 だから、初めての長旅にも関わらず、快適に過ごすことができた。
 旅も順調だった。
 ティガ帝国の皇太子が馬車を、そして王太子が宿の手配をしてくれたお陰で、何事もなくティガ帝国に辿り着くことができた。
 ここから皇太子のいる帝都まで、さらに二日かかるらしい。
 けれど初めて見る外国の景色にアデラは夢中になり、勉強をすることさえ忘れて、ずっと馬車の窓から外を見つめていた。
 自然豊かな祖国とは違い、建物が多く、国境近くの町でさえ、多くの人が暮らしていた。
 街道も広く、きちんと整備されていて、荷馬車も多い。
 ティガ帝国は多民族国家なので、その装いも様々だ。
「この国に、テレンスはずっと留学していたのね」
 宿泊した町もとても興味深く、テレンスに頼んで、少し町の中を馬車で回ってもらった。
 外交官の妻となれば、この町にもこれからは何度も訪れるかもしれない。
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