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 その後、夜会は何事もなかったかのように再開されたが、アデラはテレンスと一緒に、早々に帰ることにした。
 アデラが冤罪であることを知った友人たちが押しかけてきたら、少し面倒だった。
(今さらだわ……)
 軽い付き合いの友人たちだと思っていたが、思っていたよりも信じてもらえなかったことがショックだったようだ。
 さすがに色々とあって、疲れもある。
 テレンスもすぐに承諾してくれて、ふたりで王太子夫妻にだけ挨拶をして、会場を後にした。
 門前まで移動すると、彼が先触れを出してくれたお陰で、馬車の用意はできていた。テレンスの手を借りてゆっくりと乗り込み、背もたれに寄りかかって深呼吸をした。
(今日は様子見のはずだったのに……。急展開ね)
 疲れている様子のアデラを気遣ったのか、馬車はいつもよりもゆっくりと進んでいた。
 華やかな王城を離れると、途端に周囲は暗闇に包まれる。
 音楽も少しずつ遠ざかり、やがて静かになった。
 アデラは暗い空を見上げながら、先ほどのことをゆっくりと思い返していた。
 地面に座り込んだまま、絶望に染まっていたリーリア。
 望み通り、クルトと結婚できるかもしれないのに、少しも幸せそうではなかった。
 彼女が望んでいたのは、邪魔者であるアデラを悪役にして排除し、クルトとふたりでしあわせになることだ。
 けれど今のクルトは、リーリアを愛していない。そしてアデラも悪役ではなく、むしろ被害者である。
 リーリアの企みは失敗した。
 王太子の不興を買い、リーディ侯爵家を敵にしたロドリガ子爵家に、明るい未来はない。
 末娘を甘やかし、思うままにさせてきたロドリガ子爵家にも責任はある。
 それを彼らは、時間をかけて償うことになるだろう。
 そして救いを求めるように、こちらを見ていたクルト。
 最初は年上だけに、レナードよりはまともな人だと思っていた。
 でも、最初の婚約者に対する仕打ちを考えるに、簡単に騙され、しかも思い込みが激しい人だ。もし彼がリーディ侯爵家を継いでいたら、アデラも苦労したことだろう。
 クルトはこれからロドリガ子爵家に婿入りし、何とかして立て直さなくてはならない。
 それだけの気力と実力がクルトにあるとは思えないが、彼にはもう、そうやって生きていくしか方法がないのだ。
(これで、終わり。彼との縁も、これまでね)
 レナードとシンディーのときのような罪悪感がないのは、たとえこれから衰退するとしても、彼らはまだ貴族だからか。
 それともテレンスが言っていたように、長年の婚約者と、長い時間をともに過ごした婚約者の義妹ではないからか。
 どちらでも良い、とアデラは考える。
 もう二度と、彼らと会うことはない。すべては終わったのだ。
 今は、これからの自分の未来のことだけを考えよう。
(さすがに相手が悪かったとはいえ、二度の婚約破棄は醜聞になるでしょうね。次が見つかれば良いけれど……)
 国内で婚約者を見つけられなかったら、他国の貴族の中から探さなくてはならないだろう。その場合、この国で育っていない人に爵位を継がせるのだから、教える方も教わる方もかなり大変だ。
「あっ……」
 そう思ったところで、アデラは王太子の言葉を思い出した。
 彼は、テレンスをアデラの新しい婚約者にすれば良いのではと言っていた。
 テレンスがアデラの気持ち次第だと丸投げしてきたので、アデラも父の決定に従うと、同じように丸投げしたのだ。
 そのことを、ようやく思い出した。
「アデラ?」
 急に慌てた様子のアデラ、テレンスは不思議そうに名前を呼ぶ。
「どうした?」
「いえ、あの。王太子殿下が仰っていたことは、本当なのかと……」
「殿下が、何を?」
「……私と、あなたの婚約の話よ」
 テレンスも忘れていたのかもしれない。
 そう思って口にすると、彼はふと真剣な顔になった。
「王太子殿下が公の場でアデラの婚約に口を出したのは、私が理由ではないよ」
「え?」
 アデラは首を傾げた。
 王太子は、優秀なテレンスをティガ帝国に移住させたくないと思っている。そのために、アデラとの婚約を切り出したのではないのか。
 けれどテレンスは、そうではないと言う。
「スリーダ王国の第一王子が婿入り先を探しているという話を聞いた。もしかしたら、アデラが狙われているのかもしれない」
「スリーダ王国?」
 思いがけない名前が出てきて、アデラは驚いて声を上げた。
 先ほどから声を上げてばかりだが、それくらい衝撃的な言葉ばかり聞いている。
 スリーダ王国は、ティガ帝国の次に広い領土を持つ大国だ。その第一王子はたしか王太子で、婚約者もいたはずである。
 考えられるのは、国内に居られないような騒動を引き起こしてしまい、他国に婿入りさせるしかなくなったことだ。
 しかも今探しているということは、まだ宛もないのに、婿に出されることだけは決定しているのだろう。
 事実上の追放である。
「スリーダ王国の王太子殿下は、いったい何をしてしまったの?」
「相手の公爵令嬢に、正当な理由もなく一方的に婚約破棄をしたらしい」
「……何てこと」
 アデラは背もたれに寄りかかって目を閉じた。
 当然、娘を侮辱された公爵は怒り、国王に抗議をした。そして話し合いの結果、王太子は第二王子に変わり、第一王子は国外に婿に出されることになったらしい。
 騒動を起こした王子を他国に婿に出すなど、周辺国からしてみれば迷惑でしかない。だが、スリーダ王国はこの大陸最古の王国で、その血筋には価値があると考えている者も多い。さらにスリーダ王国の広大な領地のほとんどは農地であり、食糧を輸入に頼っている国もある。
「王太子殿下の言動から察するに、この国にも打診が来たのだろう。仮にもスリーダ王国の第一王子だ。爵位は跡継ぎのいない侯爵以上で、婚約者の決まっていない女性はいないか、と」
 随分と勝手な申し出だが、正当な理由もなく断ってしまえば、色々と面倒なことになるのだろう。それは、あまり政治には詳しくないアデラにも察せられた。
 婚約者が決まっていないと言っているだけ、まだましか。
 だがアデラは後継者のいない侯爵家のひとり娘で、しかも婚約がなくなったばかりである。年も、第一王子と同じくらいだ。
 あまりにも条件が合いすぎて、ぞっとした。
 アデラが狙われていると言ったテレンスの言葉は、きっと本当だろう。
 最初の婚約は解消され、次の婚約は白紙撤回された。
 その次は、一方的な婚約破棄をして国外追放になった、他国の第一王子の婚約者候補である。
 短期間でこんなに色々なことが起こってしまうなんて、まったく思わなかった。
 さすがに自分の運命を嘆きたくなる。
(それにしても……)
 アデラはそっとテレンスを見る。
 スリーダ王国の第一王子のことは、この国でも一部の者しか知らないに違いないのに、彼はどこからその情報を掴んだのだろう。
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