婚約者は義妹の方が大切なので、ふたりが結婚できるようにしてあげようと思います。

櫻井みこと

文字の大きさ
上 下
19 / 58

19

しおりを挟む
「それは、少し複雑な言葉ね」
 アデラは、拗ねたような口調でそう答える。
 テレンスは、婚約者の兄として昔から顔見知りだと言うだけではなく、アデラの事情をすべて知っている。
 その気安さが、そんな言葉を言わせたのかもしれない。
 冷酷だという噂の彼を、苦手だった頃が嘘のようだ。
「複雑? 褒めたつもりだが」
 テレンスも、笑いながらそう返した。
「だって、それだと私が売られた喧嘩はすべて買う、好戦的な女のようだわ」
 普通の令嬢ならば、ここで自ら戦おうとしない。
 アデラだって、それくらいわかっている。
 そして普通の貴族男性は、そんな女性をあまり好ましく思わないことも。
「好戦的、とは少し違うな」
 けれどテレンスは、まだ楽しげな笑みを浮かべたまま、そう言った。
「自らの名誉のために戦える、誇り高い女性だ」
「え?」
 思いがけない言葉を言われて、アデラは慌てて視線を逸らす。
 褒められて頬を染めた姿など、彼に見られたくなかった。
「あなたでも、お世辞を言うこともあるのね」
「ないな」
 照れ隠しの皮肉もあっさりと否定して、テレンスは背もたれに寄りかかって腕を組んだ。
「私は誰にも媚びたりしないよ」
 そんなさりげないしぐさも、何だか目を惹いてしまう。ティガ帝国に留学していたからか、彼の所作はこの国の貴族よりも優雅に見える。
 今までの婚約者たちとつい比べてしまいそうになって、そんな考えを振り払った。
 アデラだって、それほど優れているわけではない。いくら上手くいかなかった婚約者とはいえ、悪口ばかり言いたくはなかった。
 それに、テレンスに比べたら大抵の男性は見劣りしてしまうだろう。
 そうしているうちに、馬車の速度が弱まった。
 そろそろ王城に着く頃のようだ。
(いよいよね)
 アデラは少し緊張して、馬車の窓から外を眺めた。
 馬車が何台も連なって、順番を待っていた。
 王城には、高位貴族が優先して案内される。
 侯爵令嬢であるアデラの馬車は、それほど待たされないだろう。
 それでも、多くの者が馬車の中でそれを見ているのかと思うと、何だか落ち着かない。
「ああ、シダータ伯爵家も来ているな。伯爵家の馬車で来たということは、エスコートをしているのは、伯爵家以下の家の令嬢か」
 テレンスの言葉に、思わずシダータ伯爵家の馬車を探す。
 彼の言うように、エスコートする側とされる側のうち、身分の高い方の馬車で移動するのが普通だ。
 子爵家や男爵家の場合は、そのような決まりはなく、必ず男性側が迎えに行くらしい。でも相手が伯爵家以上であれば、王城に入る順番を優先してもらうために、男女どちらでも、身分の上の方の馬車を使う。
 だからシダータ伯爵家の馬車を使っているということは、クルトはリーリアと一緒に来たのだろう。
 テレンスだってそれがわかっているだろうに、わざとらしくそう言った彼を、軽く睨む。
 だがクルトはともかく、リーリアは狡猾だ。あまり緊張していては、足元をすくわれるかもしれない。
(うん、私は大丈夫)
 テレンスのお陰だとはあまり言いたくないが、少し落ち着いたアデラは深呼吸をした。
 やがて馬車が停止し、ゆっくりと扉が開かれた。
 周囲はすっかり暗くなっているが、王城から差し込む光が周囲を照らしている。
 先に馬車を降りたテレンスが、アデラに向かって手を差し伸べた。
 順番待ちをしている馬車の中から様子を伺っている者たちは、テレンスが現れたことに驚いているだろう。
 けれど彼は、そんな周囲の視線などまったく気にしていない様子で、ただアデラだけを見つめている。
「よく似合っているよ。ドレスも、髪飾りも」
「……あっ」
 エスコートを務める男性がパートナーを褒めるのは当たり前のことだが、髪飾りのことを言われて、はっと思い出す。
(そうだった。これは、テレンスに贈ってもらった宝石を使っていたわ)
 贈り物ではなく、婚約解消の慰謝料としてもらったものだが、ティガ帝国でしか採れない、非常に珍しい宝石である。
 最初は慰謝料代わりのものを身に着けるなんて、と思っていたアデラも、宝石の美しさとデザインが気に入って、今では愛用していた。
 色はゴールドでも、テレンスに贈られた宝石と、彼の瞳の色のドレスを着てきてしまった。そのことに気が付いて、アデラは唇を噛む。
(これでは私が、テレンスに乗り換えたように見えるわね……)
 付け入る隙を与えてしまうのではないかと不安になるが、今さらどうしようもない。
 そんなアデラの様子から、このアクセサリーを選んだのは故意ではなかったと察しているだろうに、テレンスは何も言わずに、恭しくアデラの手を取る。
「行こうか」
「……ええ」
 この間の一件で、友人たちは話しかけてこないだろうから、うるさく問い詰められることもないだろう。
 そう思い直して、堂々と王城に足を踏み入れた。
 貴族全員が会場入りするまで少し待たなくてはならないが、こちらを見てひそひそと噂をしている者がいるので、俯くこともできない。
 アデラはしっかりと背を伸ばし、まっすぐに前を向いていた。
 テレンスが言ってくれた、誇り高い女に見えるように。
 しばらく待つと、ようやく全員が会場入りをして、夜会が始まった。
 やはりクルトはリーリアをエスコートしていたらしく、彼はアデラがテレンスと一緒にいる様子を見て、かなり驚いていた。
 いつものように、エスコートの相手は従兄のエイダーだと思っていたのかもしれない。
 その隣に誇らしげに立つリーリアは、とても可愛らしいドレスだった。この間のドレスよりも高級な品だったので、クルトからの贈り物かもしれない。
 エスコートだけではなく、ドレスやおそらく装飾品も贈ったのだろう。
(まるで彼女の方が、本物の婚約者のようね)
 向こうがその気であれば、アデラがテレンスに贈られたアクセサリーを付けていてもかまわないだろう。

 今日の夜会は王太子が主催で、まずは王太子夫妻が踊るようだ。
 この国の王太子はクルトやテレンスよりも年上で、もう子どもがふたりいる。
 現国王の子どもは王太子しかいなかったが、孫がふたりもいるので、国王も安心しているようだ。
 そんな王太子夫妻のダンスを見つめながら、テレンスと踊るのは初めてだと気付いた。
 彼はティガ帝国に留学していたから、踊っている姿を見たこともない。
(そういえばレナードとも、ほとんど踊ったことはなかったわ)
 いつも義妹を優先させて、彼女ばかりエスコートしていたのだから。
 王太子夫妻のダンスが終わり、いよいよファーストダンスが始まる。
 少し緊張しながらも、アデラはテレンスと一緒に会場の中央に進み出た。
 遠くに、クルトとリーリアの姿が見える。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】大好きな貴方、婚約を解消しましょう

凛蓮月
恋愛
大好きな貴方、婚約を解消しましょう。 私は、恋に夢中で何も見えていなかった。 だから、貴方に手を振り払われるまで、嫌われていることさえ気付か なかったの。 ※この作品は「小説家になろう」内の「名も無き恋の物語【短編集】」「君と甘い一日を」より抜粋したものです。 2022/9/5 隣国の王太子の話【王太子は、婚約者の愛を得られるか】完結しました。 お見かけの際はよろしくお願いしますm(_ _ )m

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

処理中です...