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 あのときのアデラは、誰から見てもリーリアを突き飛ばしたようにしか見えなかったらしい。
 今まで心配してくれた友人たちまで、遠巻きに見ている。さらにクルトはリーリアに付き添ったきり、帰りは送ってくれなかった。
 しかも屋敷に戻ったあとに、父に叱られてしまった。
「二度目の婚約なのは、お前も同じだ。せっかく整えた婚約が、まだ破談になったらどうする」
 リーリアに謝罪の手紙を出すように言われて、アデラは拒否した。
「私は何もしておりません」
 たとえクルトにどう思われようと、やってもいないことで謝罪するつもりはない。父にはさらに叱られてしまったが、アデラはけっして頷かなかった。
 ようやく解放されて自分の部屋に戻った頃には、もう深夜過ぎ。
 アデラは着替えをすませると侍女を下がらせ、深く溜息をつく。
(やられたわ。まさかあんなことするなんて、思わなかった)
 見た目だけは、可憐で華奢なリーリアだ。
 そんな彼女を突き飛ばしたアデラは、さぞ悪女に見えたことだろう。
 しかしその中身は、シンディーを上回る狡猾さである。
「どうせ非難されるなら、本当に突き飛ばしてやればよかった」
 思わずそう呟いてしまい、自分の言葉に苦笑した。
 シンディーやリーリアやら、とんでもない女性とばかり関わってしまったからか、アデラも随分と、過激な思考になってしまっている。
 そもそも、クルトに婚約者がいたことは知っている。それを聞かされて、なぜリーリアを突き飛ばすことに繋がるのだろう。
(まさか私が、元婚約者に嫉妬しているとか? 政略結婚なのだから、そんなことをするはずがないのに)
 それを当然のように受け入れたクルトも、少し残念な人のようだ。
 だが父の様子からして、二度目の破談は許さないだろう。あのようなことが続くと、本当に謝罪させられてしまうかもしれない。
 それだけは、絶対に嫌だった。
 二度目の婚約だから、少し油断していた。
 明日、諜報員に命じてクルトと元婚約者、そしてリーリアについて詳しく調査した方が良いだろう。
 アデラは嫌な記憶を振り払うように首を振り、ベッドに潜り込む。
 それにしてもクルトはともかく、父や友人たちにまで誤解されるとは思わなかった。
 シンディーのようにはいかないかもしれない。
 アデラは目を閉じながら、ひさしぶりにテレンスのことを思い出す。
 彼なら、どんな復讐をするだろう。

 翌日、クルトから手紙が届けられた。
 レナードからの手紙のように捨ててしまおうかと思ったが、まだ向こうの調査が終わっていない。
 少しでも情報を得ようと、アデラは手紙を開いてみる。
 そこには一応、帰りに送れなかった詫びの言葉が書いてあった。
 けれど大半はリーリアのことで、彼女は亡くなった婚約者の妹であること。自分にとっては、本当の妹のような存在であること。そして、彼女がアデラにとても怯えていることが、やや非難めいた言葉で書かれていた。
「……やっぱり読むだけ無駄だったわ」
 アデラはそう呟くと、手紙を閉じた。
 そんなに義妹が大切ならば、そのまま元婚約者の家に婿入りすればよかったのだ。
 それをせずにアデラとの婚約を選んだのは、クルトである。
(もしかして、先にリーリアとの婚約話が出ていたのかしら? それを後から私に奪われたのだとしたら……)
 少しだけ、そう考えた。
 でもさすがに父も、婚約が決まっていた相手から奪うような真似はしていないだろう。
 すべてリーリアの独りよがりで、クルトは騙されているだけなのか。
 それとも、彼もリーリアの仲間なのか。
 それによって、今後の対応も変わってくる。
(返事は、どうしようかしら)
 婚約者から手紙をもらったのだから、返事を書くのが礼儀である。
 だが向こうはきっと、リーリアに嘘を吹き込まれ、何を言っても信じてくれない。
 必死に誤解を解かなくてはならないと思うほど、この婚約に思い入れもない。
 そのまま、返事は出さなかった。

 すると翌日、クルトがリィーダ侯爵邸を訪れた。
 そこまでして文句が言いたいのかとやや呆れながらも、それでも一応、婚約者だ。対応しないわけにはいかないと、アデラは仕方なく、彼と会うことにした。
「リィーダ侯爵から聞いたよ。リーリアに謝ることを拒絶したらしいね」
 会うなりそう言ったクルトに、アデラは溜息をついた。
(やっぱり、適当な理由をつけて断ればよかった)
 もう彼には、何を言っても無駄だろう。
 それに父も、まさかそんなことをクルトに告げるとは思わなかった。
 普段は、アデラの言うことを頭ごなしに否定するような父ではない。
 リーリアは、よほど上手くやったのだろう。
 アデラは溜息をつくと、クルトを見た。
「やってもいないことで、謝るつもりはありませんから」
 いくら彼が信じなくても、このままでは一方的に責められるだけだ。
 アデラは何もしていないと伝えたが、もちろん無駄だった。
「やっていないはずがないだろう。君がリーリアを突き飛ばしたようにしか見えなかった」
「そうですね。まさか、あんなことをされるとは思いませんでした。私に突き飛ばされたように見せかけて、自分であんなに派手に転ぶなんて」
「君まで、そんなことを言うのか」
 クルトは失望したような顔をして、アデラを見た。
「……君まで?」
 そんな視線よりも言葉が気になって、ようやくクルトの顔を見る。
「そうだ。ルビーナもよくそう言って、妹を貶めていた」
「……なるほど」
 アデラは小さく頷いた。
 どうやらリーリアは、思っていたよりもずっと性悪らしい。
 彼の元婚約者はルビーナという名で、あのとき、クルトと深く愛し合っていたと言ったのは、リーリアの嘘だったようだ。
(もし彼女が婚約者だった頃のクルトに、今の私と似たようなことを言われていたとしたら、その相手を愛するなんてあり得ないもの)
 詳しい調査結果よりも早く、こんな情報を提供してくれたのだから、やはりクルトと会って良かったのかもしれないと思い直す。
「そもそも私が、リーリアさんを突き飛ばす理由がありません」
「それは、自分がうっかり姉のことを話してしまったからだと、リーリアが」
 そこがまず不思議だと、アデラは首を傾げる。
「あなたに婚約者がいたことは知っております。それを今さら伝えられたからと言って、どうしてリーリアさんを突き飛ばすことに繋がるのでしょう?」
「それは……」
 クルトは口ごもった。さすがに嫉妬したからだと、自分からは口に出せないようだ。
 それを見て、アデラは念を押しておく。
「私たちの婚約は、家同士で結ばれたもの。あなたに婚約者がいたからといって、それに嫉妬することはありません。それにお話を伺って、あなたと元婚約者の方が、それほど親密ではなかったこともわかりました。これ以上、この件で話し合っても無駄だということも」
 長年の婚約者の姉が言っても無駄だったことを、アデラが言って信じてもらえるとは思えない。
「もう手紙も贈り物も、夜会でのエスコートも結構です。婚約だけは私の意志ではどうにもなりませんが、なるべく関わらずに過ごしましょう」
 その方が互いに良いだろうと提案すると、クルトは言われたことが信じられないような顔をして、アデラを見た。
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