10 / 58
10
しおりを挟む
テレンスから慰謝料として贈られた宝石はとても美しく、価値のある物だった。
売っても膨大な金額になるだろうし、装飾品に加工しても、美しいものができるだろう。
それをどう使うのかは、すべて父に任せることにした。
アデラは父の指示通りに、しばらくは夜会にも出ず、静かに過ごしている。
今は、噂好きの友人たちを相手にするのも煩わしい。
ときどき手紙が届くが、その好奇心丸出しの文面には、思わず笑ってしまう。
(でも、彼女たちが噂を広めてくれたお陰でもあるのよね)
それを期待して話したとはいえ、効果は思っていた以上だった。それに、いつまでもレナードのことを引き摺っていると思われるのも困る。
アデラは父に許可を取り、ひさしぶりに友人を招いて、お茶会をすることにした。
招待状を送ると、驚くほどの速さで出席の返事が来て、戸惑ったくらいだ。
もちろん噂にも興味があるようだが、アデラのことを心配していてくれたらしい。
彼女たちからアデラは、レナードとシンディーのその後と、テレンスの過去を聞くことになる。
友人を招いて開いたお茶会の日は、とても晴れていた。
自分の部屋に招こうと思っていたアデラは、晴れ渡った空を見て、庭でお茶会をしようと思い立つ。
ちょうど薔薇が咲いていて、とても綺麗だった。
侍女も急な変更にも関わらず、ひさしぶりの来客に張り切って準備してくれた。
やがて最初の馬車が到着したかと思うと、友人たちが次々と訪ねてきた。
「思っていたよりも元気そうで、よかったわ」
招いた全員にそう言われて、さすがにアデラも困ったように笑うしかない。
「私は大丈夫よ。最初から、あのふたりには協力していたのだから」
知っているでしょう? と言って笑ってみせる。
レナードとシンディーが恋人同士だということは知っていたと説明していたし、むしろふたりのために動いていたと思わせていた。
だがアデラがそう言うと、彼女たちは複雑そうに顔を見合わせている。
「どうしたの?」
不思議に思ったが、いつまでも立ち話をしているわけにはいかない。
とりあえず庭に案内して、予定通りお茶会をすることにした。
咲き乱れる美しい薔薇に、町で評判のお菓子。
ティガ帝国から取り寄せた香りの良い紅茶に、しばらくは近状報告などの雑談をして過ごした。
アデラは自分が参加しなかった夜会の様子や、社交界での噂などを聞く。
やはり噂は、オラディ伯爵家のことが多かったようだ。
とくに伯爵家の元当主が騙されて、罪人を伯爵夫人にしてまったことは、大きな話題となっていたらしい。
「その話は、私もお父様に聞いて初めて知ったの。もうレナードとの婚約を解消したあとだったから……」
もちろん最初からすべて知っていたが、そう言って困惑してみせる。
「でも、それでもレナードは、シンディーさんとの愛を貫いたのね。彼女と一緒に家を出たと聞いて、安心したわ」
そう言うと、友人たちは顔を見合わせて、気遣うようにアデラに尋ねる。
「あのふたりがあれからどうなったのか。全然知らなかったの?」
「……ええ」
あのふたりの結婚は、支援を条件にテレンスの命じたこと。
レナードもシンディーもそれほど本気ではなく、ただ恋愛ごっこを楽しんでいたことは知っている。
だが、それからどうなったのかは、まったく知らなかった。
「ふたりは町で、仲良く暮らしていると思うわ」
だって、真実の愛で結ばれているふたりですもの。
そう言って笑うと、友人のひとりは複雑そうに言う。
「それが……」
「何かあったの?」
友人は同情するような顔で、それでも饒舌に語ってくれた。
「レナード様は彼女を連れて、町で暮らし始めたそうよ。でも今までと同じような暮らしをしていたら、すぐに資金がなくなってしまったらしいの」
大きな家に、侍女も何人か雇おうとしたらしい。
伯爵家の子息だったレナードからしてみれば、それでも充分に小さい家だったし、使用人も最低限だった。
だがテレンスからの援助は、餓えない程度のものでしかなかった。
屋敷を購入するだけで一年間の援助金をすべて使い果たしてしまい、彼は伯爵家に戻ってさらに援助を頼んだ。
もちろん、それに応じてくれるようなテレンスではない。
会うこともできずに執事に追い出されて、今度は父親に手紙を出したらしい。
だが父親からの返信はなかった。
体調不良で休養しているという噂だったが、おそらくテレンスによって、これ以上騒ぎを起こさないように幽閉されているのだろう。
レナードの手紙は、父親には届かなったに違いない。
たちまち追い詰められたレナードは、結局家を手放して、シンディーとともに町のはずれの古びた小さな家で暮らすことになった。
もともと町で暮らしていたシンディーはまだ平気だったようだが、貴族の子息であるレナードが、そんな暮らしに耐えられるはずがない。
レナードは、こうなったのはシンディーのせいだと罵った。
そしてシンディーは、働きもせずに文句ばかり言うレナードを恨んだ。
ふたりの仲は次第に険悪になり、近所迷惑になるくらいの喧嘩が毎日続いた。
その結果、伯爵家の次男だったレナードと違い、平民の生活に慣れていたシンディーは、さっさとレナードを捨てて、他の男と暮らし始めたらしい。
売っても膨大な金額になるだろうし、装飾品に加工しても、美しいものができるだろう。
それをどう使うのかは、すべて父に任せることにした。
アデラは父の指示通りに、しばらくは夜会にも出ず、静かに過ごしている。
今は、噂好きの友人たちを相手にするのも煩わしい。
ときどき手紙が届くが、その好奇心丸出しの文面には、思わず笑ってしまう。
(でも、彼女たちが噂を広めてくれたお陰でもあるのよね)
それを期待して話したとはいえ、効果は思っていた以上だった。それに、いつまでもレナードのことを引き摺っていると思われるのも困る。
アデラは父に許可を取り、ひさしぶりに友人を招いて、お茶会をすることにした。
招待状を送ると、驚くほどの速さで出席の返事が来て、戸惑ったくらいだ。
もちろん噂にも興味があるようだが、アデラのことを心配していてくれたらしい。
彼女たちからアデラは、レナードとシンディーのその後と、テレンスの過去を聞くことになる。
友人を招いて開いたお茶会の日は、とても晴れていた。
自分の部屋に招こうと思っていたアデラは、晴れ渡った空を見て、庭でお茶会をしようと思い立つ。
ちょうど薔薇が咲いていて、とても綺麗だった。
侍女も急な変更にも関わらず、ひさしぶりの来客に張り切って準備してくれた。
やがて最初の馬車が到着したかと思うと、友人たちが次々と訪ねてきた。
「思っていたよりも元気そうで、よかったわ」
招いた全員にそう言われて、さすがにアデラも困ったように笑うしかない。
「私は大丈夫よ。最初から、あのふたりには協力していたのだから」
知っているでしょう? と言って笑ってみせる。
レナードとシンディーが恋人同士だということは知っていたと説明していたし、むしろふたりのために動いていたと思わせていた。
だがアデラがそう言うと、彼女たちは複雑そうに顔を見合わせている。
「どうしたの?」
不思議に思ったが、いつまでも立ち話をしているわけにはいかない。
とりあえず庭に案内して、予定通りお茶会をすることにした。
咲き乱れる美しい薔薇に、町で評判のお菓子。
ティガ帝国から取り寄せた香りの良い紅茶に、しばらくは近状報告などの雑談をして過ごした。
アデラは自分が参加しなかった夜会の様子や、社交界での噂などを聞く。
やはり噂は、オラディ伯爵家のことが多かったようだ。
とくに伯爵家の元当主が騙されて、罪人を伯爵夫人にしてまったことは、大きな話題となっていたらしい。
「その話は、私もお父様に聞いて初めて知ったの。もうレナードとの婚約を解消したあとだったから……」
もちろん最初からすべて知っていたが、そう言って困惑してみせる。
「でも、それでもレナードは、シンディーさんとの愛を貫いたのね。彼女と一緒に家を出たと聞いて、安心したわ」
そう言うと、友人たちは顔を見合わせて、気遣うようにアデラに尋ねる。
「あのふたりがあれからどうなったのか。全然知らなかったの?」
「……ええ」
あのふたりの結婚は、支援を条件にテレンスの命じたこと。
レナードもシンディーもそれほど本気ではなく、ただ恋愛ごっこを楽しんでいたことは知っている。
だが、それからどうなったのかは、まったく知らなかった。
「ふたりは町で、仲良く暮らしていると思うわ」
だって、真実の愛で結ばれているふたりですもの。
そう言って笑うと、友人のひとりは複雑そうに言う。
「それが……」
「何かあったの?」
友人は同情するような顔で、それでも饒舌に語ってくれた。
「レナード様は彼女を連れて、町で暮らし始めたそうよ。でも今までと同じような暮らしをしていたら、すぐに資金がなくなってしまったらしいの」
大きな家に、侍女も何人か雇おうとしたらしい。
伯爵家の子息だったレナードからしてみれば、それでも充分に小さい家だったし、使用人も最低限だった。
だがテレンスからの援助は、餓えない程度のものでしかなかった。
屋敷を購入するだけで一年間の援助金をすべて使い果たしてしまい、彼は伯爵家に戻ってさらに援助を頼んだ。
もちろん、それに応じてくれるようなテレンスではない。
会うこともできずに執事に追い出されて、今度は父親に手紙を出したらしい。
だが父親からの返信はなかった。
体調不良で休養しているという噂だったが、おそらくテレンスによって、これ以上騒ぎを起こさないように幽閉されているのだろう。
レナードの手紙は、父親には届かなったに違いない。
たちまち追い詰められたレナードは、結局家を手放して、シンディーとともに町のはずれの古びた小さな家で暮らすことになった。
もともと町で暮らしていたシンディーはまだ平気だったようだが、貴族の子息であるレナードが、そんな暮らしに耐えられるはずがない。
レナードは、こうなったのはシンディーのせいだと罵った。
そしてシンディーは、働きもせずに文句ばかり言うレナードを恨んだ。
ふたりの仲は次第に険悪になり、近所迷惑になるくらいの喧嘩が毎日続いた。
その結果、伯爵家の次男だったレナードと違い、平民の生活に慣れていたシンディーは、さっさとレナードを捨てて、他の男と暮らし始めたらしい。
387
お気に入りに追加
5,690
あなたにおすすめの小説

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った
五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」
8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる