婚約者は義妹の方が大切なので、ふたりが結婚できるようにしてあげようと思います。

櫻井みこと

文字の大きさ
上 下
6 / 58

6

しおりを挟む
 シンディーの母ジネットの調査は、思っていたよりも簡単に終わった。
 ジネットの亡き夫のひとりに、ガロイド商会の代表がいたのだ。
 彼が代表を務めていた頃はかなり大きな商会だったが、その死後は急速に力を落とし、今は細々と運営しているようだ。
 亡くなった代表の息子が、父の突然の死を不審に思い、ひそかに調査していた。
 彼は亡き父から商会を受け継いでいるが、資産のほとんどを遺産としてジネットに奪われてしまい、相当苦労したらしい。そして父の死もその遺言も不可解だと、ずっと真相解明の機会を伺っていた。
 しかしジネットはレナードの父親と再婚して、伯爵夫人になってしまった。
 貴族が相手では、下手に動くことはできない。
 伯爵の保護下にいる彼女を訴えるには、相当の覚悟が必要となる。
 それに、ジネットが自らの過去を伯爵に語っているとは思えない。おそらく自分を陥れるための罠だと涙ながらに訴えるだろう。
(きっとオラディ伯爵は、妻を信じる。そして、平民の彼は不敬罪で捕らえられてしまう可能性もあるわ)
 彼も、そう考えたのだろう。
 だから、何とかして貴族が相手でも覆せないような、確固たる証拠を集めようと奮戦していた。
 そこでアデラは、屋敷の使用人に命じて彼と接触してもらい、集めた証拠や証言を提供した。
 これで彼は、悲願を達成することができるだろう。

 仕掛けはこれですべて終わり、あとは結果を待つだけだ。
 あの手紙がテレンスのところに届けば、彼はすぐに帰国するだろう。
 そして被害を最小限にするため、オラディ伯爵家を守るために、弟や義妹、場合によっては自分の父でさえ容赦なく切り捨てるに違いない。
(本当に、冷たい人だわ……)
 テレンスはとても優秀で、若手の中でも将来は有望だと言われている。それでもアデラは、彼の冷酷さを恐ろしいと感じていた。
(でも、私も同じね)
 そんな彼をこうして利用している自分もまた、冷たい女なのだろう。
 思い合っているふたりを結婚させてあげよう。
 そんな理由をつけて、こうして淡々と事を運んでいるのだから。
 本当はレナードが、アデラと結婚して爵位を継ぐことを望んでいることも。シンディーが心底レナードを愛しているのではなく、ただ人のものが欲しいという子どもじみた理由で、レナードに近付いたことも知っている。
 ふたりは今、予想外の事態に慌てて、必死に噂を否定して回っていた。
 それを聞く度に、私に遠慮しなくてもいいのにと笑顔で友人たちに告げていたのはアデラだ。
 あれからレナードからの手紙も、シンディーからの連絡もすべて無視していた。
 でもアデラをこんなふうに変えてしまったのは、レナードであり、シンディーだ。
 仲良くしようと思っていた。
 将来の夫として。
 いずれ義妹になる人として。
 レナードの横暴さを、シンディーの我儘を、限界まで許してきた。
 その結果が、彼のあの言葉だ。
 因果は巡る。
 これから彼らに不幸が訪れたとしても、それは彼ら自身の行いが原因である。

 この日は、王城で夜会が開かれていた。
 アデラはいつものように、従兄のエイダーにエスコートを頼むことにした。
 あらかじめお願いしていたように、早めに来てくれた従兄と一緒に馬車で王城に向かう。
 エイダーは、母の兄であるソーヴァ侯爵の三男で、嫡男にはすでに妻子がいる。
 次男は騎士団で頭角を現しており、すでに第二騎士団の副団長になっていた。
 三男のエイダーはあまり身体が丈夫ではなく、騎士団に入ることも他家に婿入りすることもできなかったので、いずれ神官になるらしい。
 でも昔から年下のアデラを可愛がってくれて、直前にエスコートを頼んでも必ず来てくれる。
「今日は、随分早く到着したね」
 穏やかで優しいエイダーは、アデラの手を取って歩きながら周囲を見渡してそう言った。
 まだ会場にもほとんど人がいない。
「ええ。少し、面倒なことになりそうだったから」
 アデラはにこりと笑って、そう答えた。
 不穏な噂が流れているこの状況で、レナードがいつものようにシンディーと一緒に夜会に参加するとは思えない。必死に噂を否定しようとして、アデラを迎えに来るはずだ。
 だから、彼が訪れる前にさっさと会場に向かったのだ。
 アデラがいなければ、いつも通りにシンディーをエスコートするしかない。
 ふたりはまだ義兄妹だ。
 兄が義妹をエスコートしても変に思われることはない。
(今までは、ね)
 しばらくすると、次第に顔見知りの令嬢たちが到着し始めた。
 噂を知っている彼女たちは、アデラがいつものように従兄のエイダーと一緒にする姿を見て、納得したような顔をしている。
 やっぱりあの噂は本当なのね。
 そう囁く声が聞こえてきた。
「アデラ、大丈夫かい?」
 ひそひそと囁く声が聞こえたのか、エイダーが心配そうに尋ねてきた。
「ええ、もちろん。私は大丈夫よ」
 噂のなかった頃のほうが、ずっとつらかった。
 きちんとした婚約者がいるのに、毎回従兄にエスコートされているアデラを周囲はどう見ていたのだろう。
 そう思うと居たたまれない気持ちになるが、噂を知った者たちは皆、今までのことを思い返して納得しているに違いない。
 そんなことを考えていると、ふと会場が騒がしくなった。
 振り返ると、シンディーを連れたレナードが姿を現したようだ。
 ふたりは、いつものように寄り添っていなかった。
 シンディーは不安そうにレナードを見上げているが、彼は義妹を顧みない。
 そしてアデラを見つけると、シンディーをその場に残して駆け寄ってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

王太子に婚約破棄されてから一年、今更何の用ですか?

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しいます。 ゴードン公爵家の長女ノヴァは、辺境の冒険者街で薬屋を開業していた。ちょうど一年前、婚約者だった王太子が平民娘相手に恋の熱病にかかり、婚約を破棄されてしまっていた。王太子の恋愛問題が王位継承問題に発展するくらいの大問題となり、平民娘に負けて社交界に残れないほどの大恥をかかされ、理不尽にも公爵家を追放されてしまったのだ。ようやく傷心が癒えたノヴァのところに、やつれた王太子が現れた。

処理中です...