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レナードは、アデラにいつも優しかった。
だから、突然現れたシンディーのせいで、ふたりの関係は壊れてしまったのだと思っていた。
でもレナードは、最初からアデラのことを、権力を得るための道具としか思っていなかった。
だからあんなに簡単に、シンディーに靡いたのだ。
それを知らないまま、彼と結婚していたらと思うとぞっとする。
(むしろ彼女には、感謝するべきなのかしら?)
そんな男との結婚を、回避させてくれたのだ。
ここはシンディーへのお礼の意味も込めて、やはりふたりには結婚してもらったほうがいいのかもしれない。
いずれ、テレンスは帰国する。
そうすれば彼のことだ。真っ先に義母と義妹を排除しようとするだろう。
(それが少し早まるだけ。むしろ愛する人と結ばれるのだから、ふたりはしあわせよね)
アデラはにこりと笑みを浮かべると、レナードを励ますように明るく言った。
「いいのよ、レナード。私はわかっているから」
誤解が解けたのだと勘違いしたのか、彼が安堵したように笑う。
「ああ、よかった。アデラが私を信じてくれて」
信じているはずかない。
彼の言葉は嘘ばかりだ。
それなのにレナードは、アデラから父である侯爵に、誤解であったことを説明してほしいと言う。
「お父様なら、もうすぐ帰ってきます。レナードの口から説明したほうが、納得すると思うけれど」
「い、いや。私はとても忙しくて、残念だが今すぐ帰らなくてはならない。今のこと、必ず説明しておいてくれ」
そう言うと、彼はそそくさと帰って行った。
自分で父に説明する勇気もなく、アデラに取り次いで欲しかったようだ。
それに、レナードにはもうすぐ帰ると言ったが、父は夜にならないと戻らない。戻ったとしても、レナードの訪問すら伝えるつもりはない。
アデラは自室に戻ると、彼の義母と義妹の調査を命じていた侍女を呼び出した。
そろそろ調査も終わっている頃だろう。
提出された書類に目を通して、アデラは溜息をつく。
「予想通りと言うか……。それ以上だったわね」
レナードの義母となったマーガレットという女性は、本当の名前をジネットという。
どうやら過去に何度も結婚をしていて、その相手はいつも裕福でかなり年上の男性だったようだ。
シンディーも、その中の誰かの娘なのだろう。
最後の夫と死に別れたジネットは、町で偶然伯爵と知り合い、働きながらひとりで娘を育てている健気な女性を演じていた。
実際には何人もいた夫の遺産で、かなり贅沢に暮らしていたようだ。
伯爵が妻を亡くしたばかりだと知ったジネットは、その妻がどんな女性だったのかを徹底的に調べた。そうして亡き妻と似たような口調、似たようなしぐさをするようになった。
最愛の妻を亡くしてしまい、半ば呆然としていたらしい伯爵には堪らなかったのだろう。
だがジネットは、その伯爵からのプロポーズも、身分が違うから何度も断っている。
そのため、伯爵はますます彼女に執着したようだ。
その話に、どうして義妹になってしまったのだろうと、涙ながらに訴えていたシンディーを思い出す。
きっとシンディーの母も、そんな感じでレナードの父に言い寄ったのだろう。
だがそれも、すべて恋の駆け引きだと言われてしまえば、それまでだ。
アデラは好きではないが、罪ではない。
(問題は、これよね?)
アデラは、ジネットの亡くなった夫たちの死因がすべて同じだったという報告書を取り出した。
たしかに彼女の夫は年老いた男ばかりだったが、全員が夜中に心臓の発作で亡くなっているのは、偶然とは思えない。
しかも死ぬ前に、妻にすべての財産を残すという遺言をしている。
「この件について、もう少し調べて。屋敷の者を使ってもいいわ。お父様には、私があとで説明するから」
報告書を読み終わったアデラは、そう侍女に命じた。
もし疑惑が事実ならば、さすがにレナードの父である伯爵も、目が覚めるに違いない。
伯爵が彼女を離縁すれば、レナードとシンディーは兄妹ではなくなる。
母が罪を犯していたとしても、さすがにシンディーは共犯ではないと思われる。
両親の離縁によって伯爵家の娘ではなくなり、母親も罪を償うために牢獄に入れられる。
ひとりきりになってしまうシンディーを、まさかレナードは見捨てたりしないだろう。
だって彼は、シンディーを愛しているのだから。
その夜。
父が帰宅しても、アデラはレナードの訪問すら父に伝えることはしなかった。
あの噂の真偽を問い質されてから、父は向こう側と話し合いをしているようだ。婚約を解消するとは言われていないから、まだどうするか決まっていないのだろう。
でも、解消は時間の問題だと思われる。
レナードはシンディーと一緒にいろいろなところに出かけていたし、夜会でもずっと傍にいた。周囲を気にせずに戯れていたようだから、目撃者はたくさんいるだろう。
最近になってようやく噂に気付いたのか、シンディーとは行動をともにしていないようだが、もう遅い。
すべてが終わるまで、あと少し。
シンディーは仕上げに、手紙をひとつ書いた。
宛先は、ティガ帝国に留学しているレナードの兄、テレンス。
そんなことはあり得ないと思うが、もしレナードがシンディーを見捨てて保身に走ろうとした場合、彼が必要となるだろう。
だから、突然現れたシンディーのせいで、ふたりの関係は壊れてしまったのだと思っていた。
でもレナードは、最初からアデラのことを、権力を得るための道具としか思っていなかった。
だからあんなに簡単に、シンディーに靡いたのだ。
それを知らないまま、彼と結婚していたらと思うとぞっとする。
(むしろ彼女には、感謝するべきなのかしら?)
そんな男との結婚を、回避させてくれたのだ。
ここはシンディーへのお礼の意味も込めて、やはりふたりには結婚してもらったほうがいいのかもしれない。
いずれ、テレンスは帰国する。
そうすれば彼のことだ。真っ先に義母と義妹を排除しようとするだろう。
(それが少し早まるだけ。むしろ愛する人と結ばれるのだから、ふたりはしあわせよね)
アデラはにこりと笑みを浮かべると、レナードを励ますように明るく言った。
「いいのよ、レナード。私はわかっているから」
誤解が解けたのだと勘違いしたのか、彼が安堵したように笑う。
「ああ、よかった。アデラが私を信じてくれて」
信じているはずかない。
彼の言葉は嘘ばかりだ。
それなのにレナードは、アデラから父である侯爵に、誤解であったことを説明してほしいと言う。
「お父様なら、もうすぐ帰ってきます。レナードの口から説明したほうが、納得すると思うけれど」
「い、いや。私はとても忙しくて、残念だが今すぐ帰らなくてはならない。今のこと、必ず説明しておいてくれ」
そう言うと、彼はそそくさと帰って行った。
自分で父に説明する勇気もなく、アデラに取り次いで欲しかったようだ。
それに、レナードにはもうすぐ帰ると言ったが、父は夜にならないと戻らない。戻ったとしても、レナードの訪問すら伝えるつもりはない。
アデラは自室に戻ると、彼の義母と義妹の調査を命じていた侍女を呼び出した。
そろそろ調査も終わっている頃だろう。
提出された書類に目を通して、アデラは溜息をつく。
「予想通りと言うか……。それ以上だったわね」
レナードの義母となったマーガレットという女性は、本当の名前をジネットという。
どうやら過去に何度も結婚をしていて、その相手はいつも裕福でかなり年上の男性だったようだ。
シンディーも、その中の誰かの娘なのだろう。
最後の夫と死に別れたジネットは、町で偶然伯爵と知り合い、働きながらひとりで娘を育てている健気な女性を演じていた。
実際には何人もいた夫の遺産で、かなり贅沢に暮らしていたようだ。
伯爵が妻を亡くしたばかりだと知ったジネットは、その妻がどんな女性だったのかを徹底的に調べた。そうして亡き妻と似たような口調、似たようなしぐさをするようになった。
最愛の妻を亡くしてしまい、半ば呆然としていたらしい伯爵には堪らなかったのだろう。
だがジネットは、その伯爵からのプロポーズも、身分が違うから何度も断っている。
そのため、伯爵はますます彼女に執着したようだ。
その話に、どうして義妹になってしまったのだろうと、涙ながらに訴えていたシンディーを思い出す。
きっとシンディーの母も、そんな感じでレナードの父に言い寄ったのだろう。
だがそれも、すべて恋の駆け引きだと言われてしまえば、それまでだ。
アデラは好きではないが、罪ではない。
(問題は、これよね?)
アデラは、ジネットの亡くなった夫たちの死因がすべて同じだったという報告書を取り出した。
たしかに彼女の夫は年老いた男ばかりだったが、全員が夜中に心臓の発作で亡くなっているのは、偶然とは思えない。
しかも死ぬ前に、妻にすべての財産を残すという遺言をしている。
「この件について、もう少し調べて。屋敷の者を使ってもいいわ。お父様には、私があとで説明するから」
報告書を読み終わったアデラは、そう侍女に命じた。
もし疑惑が事実ならば、さすがにレナードの父である伯爵も、目が覚めるに違いない。
伯爵が彼女を離縁すれば、レナードとシンディーは兄妹ではなくなる。
母が罪を犯していたとしても、さすがにシンディーは共犯ではないと思われる。
両親の離縁によって伯爵家の娘ではなくなり、母親も罪を償うために牢獄に入れられる。
ひとりきりになってしまうシンディーを、まさかレナードは見捨てたりしないだろう。
だって彼は、シンディーを愛しているのだから。
その夜。
父が帰宅しても、アデラはレナードの訪問すら父に伝えることはしなかった。
あの噂の真偽を問い質されてから、父は向こう側と話し合いをしているようだ。婚約を解消するとは言われていないから、まだどうするか決まっていないのだろう。
でも、解消は時間の問題だと思われる。
レナードはシンディーと一緒にいろいろなところに出かけていたし、夜会でもずっと傍にいた。周囲を気にせずに戯れていたようだから、目撃者はたくさんいるだろう。
最近になってようやく噂に気付いたのか、シンディーとは行動をともにしていないようだが、もう遅い。
すべてが終わるまで、あと少し。
シンディーは仕上げに、手紙をひとつ書いた。
宛先は、ティガ帝国に留学しているレナードの兄、テレンス。
そんなことはあり得ないと思うが、もしレナードがシンディーを見捨てて保身に走ろうとした場合、彼が必要となるだろう。
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