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翌朝、ミラベルは昨晩リオが帰宅していたことを、ソレーヌに告げる。
「そうだったの。まだ忙しいはずなのに、ミラベルにどうしても会いたかったのね」
ソレーヌはミラベルの指に嵌められている、サザーリア公爵家の紋章が刻まれた指輪を見つめる。
「お兄様は、何と?」
「……妻にしたいと思ったのは、最初からメイドのミラベルだと言ってくれたわ」
真剣に心配してくれているのがわかったから、少し恥ずかしさもあったけれど、正直にすべてを打ち明けた。
「でも、私はすぐに答えられなくて。そうしたら、返事は待つと言ってくれた」
「そうだったの。ミラベルは、お兄様を恨んでいない?」
「ええ、もちろん」
リオと同じことを聞かれて、ミラベルはそのときと同じようにすぐに否定した。
「悪いのはお父様であって、リオやジアーナ殿下ではないわ。もちろん、それはわかっているし、ドリータ伯爵家がなくなったのも、当然の報いだと思っている。そもそも父も母も、私にあまり興味がなかった。きっと私のせいでこうなったと、今でも恨んでいるでしょうね」
「ミラベル」
自嘲気味にそう言うと、ソレーヌがそっと、ミラベルの両手を握ってくれた。
「あなたには、私たちがいるわ。そんな家族よりもずっと、ミラベルを愛しているし、大切にする。今でもミラベルは私の唯一無二の親友だけれど、本当の家族になれたらもっと嬉しい」
「でも、ソレーヌは王太子妃になるわ。それなのに、身内に罪人がいるなんて」
「ミラベルは罪人じゃないわ。それに、ロランドだって同じよ。異母弟が犯罪に加担していたのだから」
たしかにソレーヌの言うように、父に加担していた人たちの中に、第二王子のクレートがいる。そのことに気が付いて、ミラベルははっとした。
「……そうね」
「そうよ。それに、ロランドが無事に王太子になったら、お兄様は王城を離れて領地に戻りたいと言っているの」
「リオが?」
彼は、第一王子であるロランドの派閥の筆頭である。
リオがロランドとソレーヌを守ってきたからこそ、ふたりは今まで無事だったとも言える。
そんなリオが、ふたりから離れようとしているのか。
「お兄様はそもそも、あまり身体が丈夫ではないのよ。今までも、私たちのために相当無理をしてきたと思う。だからロランドとも話し合って、これからはふたりで頑張っていこうと決めているの」
クレートが失脚した今、ロランドが王太子に指名されることは、もう決まっている。
そうなければ、もう命を狙われたりするようなことはないだろう。
ロランドは母親がロヒ王国の王族なので、今までは少し難しい立場ではあった。
けれどロヒ王国との関係も少しずつ改善しているし、これからは支持者も増えるに違いない。
それにソレーヌの言うように、リオは忙しすぎる。
このままでは、いつか身体を壊してしまうかもしれない。
「ミラベルには、そんなお兄様の傍にいてほしい。本当のお兄様は冷酷などではなく、とても優しい人なのよ」
「ええ、知っているわ」
ミラベルは頷いた。
穏やかで、とても優しい人だった。
幼いミラベルの話を、いつも静かに聞いてくれた。
あの頃のミラベルの知る男性は、父や従兄だけだったから、優しいリオを女の子だと思い込んでしまっていたのかもしれない。
「昔、リオと会ったことがあるのよ。まだ幼い頃の話だけれど、避暑地にある父の別荘で、毎日のように遊んでいた。あの頃から、リオは優しかったから」
「ミラベル、覚えていたの?」
ソレーヌは驚愕していたが、ミラベルは彼女が知っていたことにも驚いた。
「知っていたの?」
「ええ。お兄様から聞いていたの。とても優しくて可愛い女の子と友達になったと嬉しそうに言っていたわ。でも、お兄様と再会しても何も言わなかったから、ミラベルは覚えていないとばかり……」
「実は、ソレーヌだと思い込んでいたのよ」
正直にそう言うと、ソレーヌは驚いたようにミラベルを見つめ、それから楽しそうに声を上げて笑った。
「そうだったの。たしかにお兄様、子どもの頃は女の子とよく間違えられていたから。でもそのお陰で、私もミラベルと友達になれたのね」
本当に嬉しそうに、そう言ってくれる。
「ソレーヌ、ありがとう」
その笑顔で、決心することができた。
「私を愛してくれなかった人たちのことで、これ以上悩むのは止めるわ。私も、私が愛している、そして私を愛してくれる人たちと一緒に生きていきたい」
それを、今度こそきちんとリオに告げようと思う。
それからさらに一ヶ月ほど経過して、ようやくあの事件の事後処理が終わったようだ。
ドリータ伯爵家の財産はすべて没収され、被害者に対する賠償に使われる。
母は実家に戻り、そこで細々と暮らしているようだ。
伯父が母を受け入れてくれたことに、少し安堵する。
そして事件に関わった者たちも、すべて裁かれた。
ディード侯爵家はドリータ伯爵家のように爵位を剥奪まではされなかったが、爵位を子爵家まで落とされた。そして、ニースの兄がディード子爵家を継いだようだ。
ニースはこの事件の前に家を追い出されて、今は町で何とか暮らしているらしい。
彼の浮気相手だったエミリアは、修道院に入れられたと聞いたが、詳細はわからない。
第二王子のクレートは、僻地にある貴人用の牢に、幽閉されることになった。側妃も離縁されて、実家に戻されてしまったらしい。
彼女は犯罪には関わっていなかったけれど、クレートの動向を調査しているうちに、他の貴族や使用人などに、酷い嫌がらせをしていたことが判明したようだ。
従兄のルーカスは主犯格ではなく、ただ父に従っていたことから、それほど厳しい罰にはならなかったようだ。
それでも何年かは、牢に入ることになるだろう。しかも叔父からは絶縁されてしまったようで、出てきても帰る場所はないという。
そして父は爵位を剥奪されたことにより、貴人用の牢に幽閉されるのではなく、罪を犯した平民たちと同じように、強制労働の刑になった。もう二度と、そこから出ることはできないだろう。
過酷な環境であると聞くと複雑な気持ちになるが、それだけのことをしてしまったのだから、きちんと罪を償ってほしいと思う。
ようやく帰宅することができたリオは、疲れた様子だったけれど、すぐにミラベルに会いに来てくれた。
「おかえりなさい、リオ」
ミラベルは彼を迎え入れて、ソレーヌから教わったハーブティーを煎れる。
「ありがとう」
そんなミラベルの姿を、リオは目を細めて見つめている。
ソレーヌとミラベルの前でしか見せない、優しく穏やかな瞳は、やはりあの避暑地で遊んだ子どもと同じものだ。
「ずっと、リオに言いたかったことがあるの。直接伝えたかったから、手紙も書けなくて」
「そうだったのか。ソレーヌにばかり手紙を書いていたから、俺のことなど忘れているのかと思っていた」
「そんな筈はないじゃない」
少し拗ねたような言い方が何だか可愛らしく思えて、ミラベルは笑った。
そうすると、緊張していた気持ちが楽になるのを感じる。
リオの部屋からは、中庭の様子がよく見える。ミラベルは窓辺に移動して、その様子を眺めた。
あの花はもう枯れてしまったけれど、ふたりで眺めた光景は、今も目に焼き付いている。
「ミラベル?」
「遠い日の約束を、守ってくれてありがとう。あなたと一緒に、あの花を見られてよかった」
そう告げると、リオはかなり驚いた様子だった。
「覚えて……いたのか」
「ええ、もちろん。忘れたことなど、一度もなかったわ」
「そうだったの。まだ忙しいはずなのに、ミラベルにどうしても会いたかったのね」
ソレーヌはミラベルの指に嵌められている、サザーリア公爵家の紋章が刻まれた指輪を見つめる。
「お兄様は、何と?」
「……妻にしたいと思ったのは、最初からメイドのミラベルだと言ってくれたわ」
真剣に心配してくれているのがわかったから、少し恥ずかしさもあったけれど、正直にすべてを打ち明けた。
「でも、私はすぐに答えられなくて。そうしたら、返事は待つと言ってくれた」
「そうだったの。ミラベルは、お兄様を恨んでいない?」
「ええ、もちろん」
リオと同じことを聞かれて、ミラベルはそのときと同じようにすぐに否定した。
「悪いのはお父様であって、リオやジアーナ殿下ではないわ。もちろん、それはわかっているし、ドリータ伯爵家がなくなったのも、当然の報いだと思っている。そもそも父も母も、私にあまり興味がなかった。きっと私のせいでこうなったと、今でも恨んでいるでしょうね」
「ミラベル」
自嘲気味にそう言うと、ソレーヌがそっと、ミラベルの両手を握ってくれた。
「あなたには、私たちがいるわ。そんな家族よりもずっと、ミラベルを愛しているし、大切にする。今でもミラベルは私の唯一無二の親友だけれど、本当の家族になれたらもっと嬉しい」
「でも、ソレーヌは王太子妃になるわ。それなのに、身内に罪人がいるなんて」
「ミラベルは罪人じゃないわ。それに、ロランドだって同じよ。異母弟が犯罪に加担していたのだから」
たしかにソレーヌの言うように、父に加担していた人たちの中に、第二王子のクレートがいる。そのことに気が付いて、ミラベルははっとした。
「……そうね」
「そうよ。それに、ロランドが無事に王太子になったら、お兄様は王城を離れて領地に戻りたいと言っているの」
「リオが?」
彼は、第一王子であるロランドの派閥の筆頭である。
リオがロランドとソレーヌを守ってきたからこそ、ふたりは今まで無事だったとも言える。
そんなリオが、ふたりから離れようとしているのか。
「お兄様はそもそも、あまり身体が丈夫ではないのよ。今までも、私たちのために相当無理をしてきたと思う。だからロランドとも話し合って、これからはふたりで頑張っていこうと決めているの」
クレートが失脚した今、ロランドが王太子に指名されることは、もう決まっている。
そうなければ、もう命を狙われたりするようなことはないだろう。
ロランドは母親がロヒ王国の王族なので、今までは少し難しい立場ではあった。
けれどロヒ王国との関係も少しずつ改善しているし、これからは支持者も増えるに違いない。
それにソレーヌの言うように、リオは忙しすぎる。
このままでは、いつか身体を壊してしまうかもしれない。
「ミラベルには、そんなお兄様の傍にいてほしい。本当のお兄様は冷酷などではなく、とても優しい人なのよ」
「ええ、知っているわ」
ミラベルは頷いた。
穏やかで、とても優しい人だった。
幼いミラベルの話を、いつも静かに聞いてくれた。
あの頃のミラベルの知る男性は、父や従兄だけだったから、優しいリオを女の子だと思い込んでしまっていたのかもしれない。
「昔、リオと会ったことがあるのよ。まだ幼い頃の話だけれど、避暑地にある父の別荘で、毎日のように遊んでいた。あの頃から、リオは優しかったから」
「ミラベル、覚えていたの?」
ソレーヌは驚愕していたが、ミラベルは彼女が知っていたことにも驚いた。
「知っていたの?」
「ええ。お兄様から聞いていたの。とても優しくて可愛い女の子と友達になったと嬉しそうに言っていたわ。でも、お兄様と再会しても何も言わなかったから、ミラベルは覚えていないとばかり……」
「実は、ソレーヌだと思い込んでいたのよ」
正直にそう言うと、ソレーヌは驚いたようにミラベルを見つめ、それから楽しそうに声を上げて笑った。
「そうだったの。たしかにお兄様、子どもの頃は女の子とよく間違えられていたから。でもそのお陰で、私もミラベルと友達になれたのね」
本当に嬉しそうに、そう言ってくれる。
「ソレーヌ、ありがとう」
その笑顔で、決心することができた。
「私を愛してくれなかった人たちのことで、これ以上悩むのは止めるわ。私も、私が愛している、そして私を愛してくれる人たちと一緒に生きていきたい」
それを、今度こそきちんとリオに告げようと思う。
それからさらに一ヶ月ほど経過して、ようやくあの事件の事後処理が終わったようだ。
ドリータ伯爵家の財産はすべて没収され、被害者に対する賠償に使われる。
母は実家に戻り、そこで細々と暮らしているようだ。
伯父が母を受け入れてくれたことに、少し安堵する。
そして事件に関わった者たちも、すべて裁かれた。
ディード侯爵家はドリータ伯爵家のように爵位を剥奪まではされなかったが、爵位を子爵家まで落とされた。そして、ニースの兄がディード子爵家を継いだようだ。
ニースはこの事件の前に家を追い出されて、今は町で何とか暮らしているらしい。
彼の浮気相手だったエミリアは、修道院に入れられたと聞いたが、詳細はわからない。
第二王子のクレートは、僻地にある貴人用の牢に、幽閉されることになった。側妃も離縁されて、実家に戻されてしまったらしい。
彼女は犯罪には関わっていなかったけれど、クレートの動向を調査しているうちに、他の貴族や使用人などに、酷い嫌がらせをしていたことが判明したようだ。
従兄のルーカスは主犯格ではなく、ただ父に従っていたことから、それほど厳しい罰にはならなかったようだ。
それでも何年かは、牢に入ることになるだろう。しかも叔父からは絶縁されてしまったようで、出てきても帰る場所はないという。
そして父は爵位を剥奪されたことにより、貴人用の牢に幽閉されるのではなく、罪を犯した平民たちと同じように、強制労働の刑になった。もう二度と、そこから出ることはできないだろう。
過酷な環境であると聞くと複雑な気持ちになるが、それだけのことをしてしまったのだから、きちんと罪を償ってほしいと思う。
ようやく帰宅することができたリオは、疲れた様子だったけれど、すぐにミラベルに会いに来てくれた。
「おかえりなさい、リオ」
ミラベルは彼を迎え入れて、ソレーヌから教わったハーブティーを煎れる。
「ありがとう」
そんなミラベルの姿を、リオは目を細めて見つめている。
ソレーヌとミラベルの前でしか見せない、優しく穏やかな瞳は、やはりあの避暑地で遊んだ子どもと同じものだ。
「ずっと、リオに言いたかったことがあるの。直接伝えたかったから、手紙も書けなくて」
「そうだったのか。ソレーヌにばかり手紙を書いていたから、俺のことなど忘れているのかと思っていた」
「そんな筈はないじゃない」
少し拗ねたような言い方が何だか可愛らしく思えて、ミラベルは笑った。
そうすると、緊張していた気持ちが楽になるのを感じる。
リオの部屋からは、中庭の様子がよく見える。ミラベルは窓辺に移動して、その様子を眺めた。
あの花はもう枯れてしまったけれど、ふたりで眺めた光景は、今も目に焼き付いている。
「ミラベル?」
「遠い日の約束を、守ってくれてありがとう。あなたと一緒に、あの花を見られてよかった」
そう告げると、リオはかなり驚いた様子だった。
「覚えて……いたのか」
「ええ、もちろん。忘れたことなど、一度もなかったわ」
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