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「急に訪ねてきて、ごめんなさいね」
ロヒ王国の王女であるジアーナは、そう言って艶やかに微笑んだ。
この日、ミラベルはいつものように、朝からソレーヌの話を聞いていた。
リオは昨日の朝早く出かけてから、まだ戻っていない。
いつものようにソレーヌとミラベル宛に、手紙とちょっとしたプレゼントを贈ってくれて、今夜は帰れるということだった。
「お兄様は少し働きすぎよね」
ソレーヌは怒ったように言いながらも、やはり少し心配そうだ。
「そうね。ここ最近はとくに忙しそうね」
ミラベルも同意して頷いた。
ロヒ王国の王女が訪ねてきてから、ほとんど屋敷にいないような状態だ。
それがソレーヌとロランドのために動いているのだとわかっているから、ソレーヌも強く言えない。
こうして、ミラベルに愚痴をこぼすことしかできないのだろう。
「リオが帰ってきたら、あまり無理をしないように言っておくわ」
ソレーヌのためにお茶のおかわりを淹れながら、ミラベルはそう言う。
「うん。ありがとう。ミラベルの言葉なら、お兄様も聞き入れてくれると思うから」
最初は、家族でもない自分がそこまで言っても良いものかと戸惑っていた。
でも今では、ソレーヌの代わりにリオに注意するのも、自分の役目だと思っている。
「ソレーヌ様、大変です」
そんなとき、メイド長と執事が慌てた様子で部屋に駆け込んできた。
普段はそんなことをする人達ではない。
ミラベルも驚いて立ち上がる。
「何があったの?」
「ロヒ王国の王女殿下が……」
先触れも何もなく、急にロヒ王国の王女ジアーナが屋敷を尋ねてきた。
それを聞いたソレーヌはさすがに絶句し、ミラベルも何も言えずにソレーヌを見つめる。
「……追い返すわけにはいかないわね」
やがてソレーヌは、覚悟を決めたようにそう言った。
「お兄様にすぐ連絡を」
執事にそう伝えると、彼は頷き、急いで立ち去っていく。
「アンナは急いで、王女殿下を迎える準備を」
メイド長のアンナにそう言うと、彼女も部屋を出ていく。
「着替えなくてはならないわね。ごめんね、ミラベル。手伝ってくれる?」
「ええ、もちろん」
王女殿下を迎えるために忙しく立ち働くメイド達に代わって、ミラベルがソレーヌの着替えを手伝う。
ソレーヌは大急ぎで準備を整え、応接間で待たせてしまった王女の元に向かった。
ミラベルはソレーヌを応接間まで送り届け、自分の部屋に戻るつもりだった。
でもソレーヌが心細そうで、せめてメイドとして、傍にいようと思う。
さすがにロヒ王国の人間ならば、ミラベルのことを知らないだろう。
それにリオとの婚約を希望して、彼に会うためにここまで来たという、その王女のことも少しだけ気になっていた。
ロヒ王国の王女ジアーナは、急に訪ねてきたことを詫びて、笑みを浮かべた。
ジアーナに対して、ミラベルは我儘で少し幼いような印象を持っていた。
でも実際の彼女は、大人びた顔立ちの、とても美しく凛とした雰囲気の女性だった。
「リオは絶対に会わせてくれないと思ったから、こっそりと会いに来たの」
そう言って、悪戯っぽく笑う。
ソレーヌはロランドの婚約者として、これから対面する予定である。
では、誰のことを言っているのだろう。
そう思った途端、ジアーナの視線がミラベルに向けられた。
「あなたね? リオの婚約者のメイドって」
「えっ?」
突然のことに、思わず声を上げてしまった。
「申し訳ございません」
慌てて非礼を詫びるミラベルを、ソレーヌが庇ってくれた。
「王女殿下。どういうことでしょうか?」
隣国の王女相手に、ややきつめの口調でそう問いただす。
ただのメイドであるミラベルとは違い、ソレーヌはサザーリア公爵の妹で、ロランドの婚約者である。
先触れもなく屋敷を尋ねてきて、急にそんなことを言い出したのだ。少しくらい怒ってもかまわないと思ったのだろう。
「ああ、ごめんなさい」
けれどジアーナは、あっさりとそう言って笑みを浮かべる。
「リオにはもう婚約者がいる。そう言うから諦めたのに、どんな人なのかまったく話してくれないのよ。だから、噂話を色々と集めてみたの。そうしたら、サザーリア公爵家の紋章入りの指輪を持っているメイドかいると聞いてね」
「……あ」
ミラベルは、慌てて指に嵌めたままだった指輪を隠した。
たしかに王城で貴族の男性に絡まれたとき、この指輪を見せて撃退したことがある。
それが噂になってしまったのだろう。
「リオの婚約者のこと、誰に聞いてもまったく知らなかったの。サザーリア公爵家の当主の婚約を、この国の人達が知らないなんて、あり得ないでしょう? 私との婚約を、断る口実かと思ってしまったわ」
にこやかに笑いながらジアーナはそう言うが、誰も知らないのも無理はない。
本当はリオには、婚約者はいないのだから。
「でも噂を聞いて、相手がメイドなら誰も知らないのも仕方がないと納得したの。ふふ、リオなら絶対に政略結婚をすると思っていたのに、身分違いの恋愛結婚だったなんて。素敵ね」
ジアーナはうっとりとそう言った。
「リオに頼んでも会わせてもらえないと思ったから、こうして急に訪ねてきたの。ごめんなさいね。でも、リオの婚約者がちゃんといるとわかって、ほっとしたわ」
その言葉に何も言い返せず、ミラベルはソレーヌと顔を見合わせた。
ロヒ王国の王女であるジアーナは、そう言って艶やかに微笑んだ。
この日、ミラベルはいつものように、朝からソレーヌの話を聞いていた。
リオは昨日の朝早く出かけてから、まだ戻っていない。
いつものようにソレーヌとミラベル宛に、手紙とちょっとしたプレゼントを贈ってくれて、今夜は帰れるということだった。
「お兄様は少し働きすぎよね」
ソレーヌは怒ったように言いながらも、やはり少し心配そうだ。
「そうね。ここ最近はとくに忙しそうね」
ミラベルも同意して頷いた。
ロヒ王国の王女が訪ねてきてから、ほとんど屋敷にいないような状態だ。
それがソレーヌとロランドのために動いているのだとわかっているから、ソレーヌも強く言えない。
こうして、ミラベルに愚痴をこぼすことしかできないのだろう。
「リオが帰ってきたら、あまり無理をしないように言っておくわ」
ソレーヌのためにお茶のおかわりを淹れながら、ミラベルはそう言う。
「うん。ありがとう。ミラベルの言葉なら、お兄様も聞き入れてくれると思うから」
最初は、家族でもない自分がそこまで言っても良いものかと戸惑っていた。
でも今では、ソレーヌの代わりにリオに注意するのも、自分の役目だと思っている。
「ソレーヌ様、大変です」
そんなとき、メイド長と執事が慌てた様子で部屋に駆け込んできた。
普段はそんなことをする人達ではない。
ミラベルも驚いて立ち上がる。
「何があったの?」
「ロヒ王国の王女殿下が……」
先触れも何もなく、急にロヒ王国の王女ジアーナが屋敷を尋ねてきた。
それを聞いたソレーヌはさすがに絶句し、ミラベルも何も言えずにソレーヌを見つめる。
「……追い返すわけにはいかないわね」
やがてソレーヌは、覚悟を決めたようにそう言った。
「お兄様にすぐ連絡を」
執事にそう伝えると、彼は頷き、急いで立ち去っていく。
「アンナは急いで、王女殿下を迎える準備を」
メイド長のアンナにそう言うと、彼女も部屋を出ていく。
「着替えなくてはならないわね。ごめんね、ミラベル。手伝ってくれる?」
「ええ、もちろん」
王女殿下を迎えるために忙しく立ち働くメイド達に代わって、ミラベルがソレーヌの着替えを手伝う。
ソレーヌは大急ぎで準備を整え、応接間で待たせてしまった王女の元に向かった。
ミラベルはソレーヌを応接間まで送り届け、自分の部屋に戻るつもりだった。
でもソレーヌが心細そうで、せめてメイドとして、傍にいようと思う。
さすがにロヒ王国の人間ならば、ミラベルのことを知らないだろう。
それにリオとの婚約を希望して、彼に会うためにここまで来たという、その王女のことも少しだけ気になっていた。
ロヒ王国の王女ジアーナは、急に訪ねてきたことを詫びて、笑みを浮かべた。
ジアーナに対して、ミラベルは我儘で少し幼いような印象を持っていた。
でも実際の彼女は、大人びた顔立ちの、とても美しく凛とした雰囲気の女性だった。
「リオは絶対に会わせてくれないと思ったから、こっそりと会いに来たの」
そう言って、悪戯っぽく笑う。
ソレーヌはロランドの婚約者として、これから対面する予定である。
では、誰のことを言っているのだろう。
そう思った途端、ジアーナの視線がミラベルに向けられた。
「あなたね? リオの婚約者のメイドって」
「えっ?」
突然のことに、思わず声を上げてしまった。
「申し訳ございません」
慌てて非礼を詫びるミラベルを、ソレーヌが庇ってくれた。
「王女殿下。どういうことでしょうか?」
隣国の王女相手に、ややきつめの口調でそう問いただす。
ただのメイドであるミラベルとは違い、ソレーヌはサザーリア公爵の妹で、ロランドの婚約者である。
先触れもなく屋敷を尋ねてきて、急にそんなことを言い出したのだ。少しくらい怒ってもかまわないと思ったのだろう。
「ああ、ごめんなさい」
けれどジアーナは、あっさりとそう言って笑みを浮かべる。
「リオにはもう婚約者がいる。そう言うから諦めたのに、どんな人なのかまったく話してくれないのよ。だから、噂話を色々と集めてみたの。そうしたら、サザーリア公爵家の紋章入りの指輪を持っているメイドかいると聞いてね」
「……あ」
ミラベルは、慌てて指に嵌めたままだった指輪を隠した。
たしかに王城で貴族の男性に絡まれたとき、この指輪を見せて撃退したことがある。
それが噂になってしまったのだろう。
「リオの婚約者のこと、誰に聞いてもまったく知らなかったの。サザーリア公爵家の当主の婚約を、この国の人達が知らないなんて、あり得ないでしょう? 私との婚約を、断る口実かと思ってしまったわ」
にこやかに笑いながらジアーナはそう言うが、誰も知らないのも無理はない。
本当はリオには、婚約者はいないのだから。
「でも噂を聞いて、相手がメイドなら誰も知らないのも仕方がないと納得したの。ふふ、リオなら絶対に政略結婚をすると思っていたのに、身分違いの恋愛結婚だったなんて。素敵ね」
ジアーナはうっとりとそう言った。
「リオに頼んでも会わせてもらえないと思ったから、こうして急に訪ねてきたの。ごめんなさいね。でも、リオの婚約者がちゃんといるとわかって、ほっとしたわ」
その言葉に何も言い返せず、ミラベルはソレーヌと顔を見合わせた。
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