上 下
26 / 38

26

しおりを挟む
「急に訪ねてきて、ごめんなさいね」
 ロヒ王国の王女であるジアーナは、そう言って艶やかに微笑んだ。

 この日、ミラベルはいつものように、朝からソレーヌの話を聞いていた。
 リオは昨日の朝早く出かけてから、まだ戻っていない。
 いつものようにソレーヌとミラベル宛に、手紙とちょっとしたプレゼントを贈ってくれて、今夜は帰れるということだった。
「お兄様は少し働きすぎよね」
 ソレーヌは怒ったように言いながらも、やはり少し心配そうだ。
「そうね。ここ最近はとくに忙しそうね」
 ミラベルも同意して頷いた。
 ロヒ王国の王女が訪ねてきてから、ほとんど屋敷にいないような状態だ。
 それがソレーヌとロランドのために動いているのだとわかっているから、ソレーヌも強く言えない。
 こうして、ミラベルに愚痴をこぼすことしかできないのだろう。
「リオが帰ってきたら、あまり無理をしないように言っておくわ」
 ソレーヌのためにお茶のおかわりを淹れながら、ミラベルはそう言う。
「うん。ありがとう。ミラベルの言葉なら、お兄様も聞き入れてくれると思うから」
 最初は、家族でもない自分がそこまで言っても良いものかと戸惑っていた。
 でも今では、ソレーヌの代わりにリオに注意するのも、自分の役目だと思っている。
「ソレーヌ様、大変です」
 そんなとき、メイド長と執事が慌てた様子で部屋に駆け込んできた。
 普段はそんなことをする人達ではない。
 ミラベルも驚いて立ち上がる。
「何があったの?」
「ロヒ王国の王女殿下が……」
 先触れも何もなく、急にロヒ王国の王女ジアーナが屋敷を尋ねてきた。
 それを聞いたソレーヌはさすがに絶句し、ミラベルも何も言えずにソレーヌを見つめる。
「……追い返すわけにはいかないわね」
 やがてソレーヌは、覚悟を決めたようにそう言った。
「お兄様にすぐ連絡を」
 執事にそう伝えると、彼は頷き、急いで立ち去っていく。
「アンナは急いで、王女殿下を迎える準備を」
 メイド長のアンナにそう言うと、彼女も部屋を出ていく。
「着替えなくてはならないわね。ごめんね、ミラベル。手伝ってくれる?」
「ええ、もちろん」
 王女殿下を迎えるために忙しく立ち働くメイド達に代わって、ミラベルがソレーヌの着替えを手伝う。
 ソレーヌは大急ぎで準備を整え、応接間で待たせてしまった王女の元に向かった。
 ミラベルはソレーヌを応接間まで送り届け、自分の部屋に戻るつもりだった。
 でもソレーヌが心細そうで、せめてメイドとして、傍にいようと思う。
 さすがにロヒ王国の人間ならば、ミラベルのことを知らないだろう。
 それにリオとの婚約を希望して、彼に会うためにここまで来たという、その王女のことも少しだけ気になっていた。
 ロヒ王国の王女ジアーナは、急に訪ねてきたことを詫びて、笑みを浮かべた。
 ジアーナに対して、ミラベルは我儘で少し幼いような印象を持っていた。
 でも実際の彼女は、大人びた顔立ちの、とても美しく凛とした雰囲気の女性だった。
「リオは絶対に会わせてくれないと思ったから、こっそりと会いに来たの」
 そう言って、悪戯っぽく笑う。
 ソレーヌはロランドの婚約者として、これから対面する予定である。
 では、誰のことを言っているのだろう。
 そう思った途端、ジアーナの視線がミラベルに向けられた。
「あなたね? リオの婚約者のメイドって」
「えっ?」
 突然のことに、思わず声を上げてしまった。
「申し訳ございません」
 慌てて非礼を詫びるミラベルを、ソレーヌが庇ってくれた。
「王女殿下。どういうことでしょうか?」
 隣国の王女相手に、ややきつめの口調でそう問いただす。
 ただのメイドであるミラベルとは違い、ソレーヌはサザーリア公爵の妹で、ロランドの婚約者である。
 先触れもなく屋敷を尋ねてきて、急にそんなことを言い出したのだ。少しくらい怒ってもかまわないと思ったのだろう。
「ああ、ごめんなさい」
 けれどジアーナは、あっさりとそう言って笑みを浮かべる。
「リオにはもう婚約者がいる。そう言うから諦めたのに、どんな人なのかまったく話してくれないのよ。だから、噂話を色々と集めてみたの。そうしたら、サザーリア公爵家の紋章入りの指輪を持っているメイドかいると聞いてね」
「……あ」
 ミラベルは、慌てて指に嵌めたままだった指輪を隠した。
 たしかに王城で貴族の男性に絡まれたとき、この指輪を見せて撃退したことがある。
 それが噂になってしまったのだろう。
「リオの婚約者のこと、誰に聞いてもまったく知らなかったの。サザーリア公爵家の当主の婚約を、この国の人達が知らないなんて、あり得ないでしょう? 私との婚約を、断る口実かと思ってしまったわ」
 にこやかに笑いながらジアーナはそう言うが、誰も知らないのも無理はない。
 本当はリオには、婚約者はいないのだから。
「でも噂を聞いて、相手がメイドなら誰も知らないのも仕方がないと納得したの。ふふ、リオなら絶対に政略結婚をすると思っていたのに、身分違いの恋愛結婚だったなんて。素敵ね」
 ジアーナはうっとりとそう言った。
「リオに頼んでも会わせてもらえないと思ったから、こうして急に訪ねてきたの。ごめんなさいね。でも、リオの婚約者がちゃんといるとわかって、ほっとしたわ」
 その言葉に何も言い返せず、ミラベルはソレーヌと顔を見合わせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。 昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。 入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。 その甲斐あってか学年首位となったある日。 「君のことが好きだから」…まさかの告白!

幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。

完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。

紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。 「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」 最愛の娘が冤罪で処刑された。 時を巻き戻し、復讐を誓う家族。 娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

私は王妃になりません! ~王子に婚約解消された公爵令嬢、街外れの魔道具店に就職する~

瑠美るみ子
恋愛
 サリクスは王妃になるため幼少期から虐待紛いな教育をされ、過剰な躾に心を殺された少女だった。  だが彼女が十八歳になったとき、婚約者である第一王子から婚約解消を言い渡されてしまう。サリクスの代わりに妹のヘレナが結婚すると告げられた上、両親から「これからは自由に生きて欲しい」と勝手なことを言われる始末。  今までの人生はなんだったのかとサリクスは思わず自殺してしまうが、精霊達が精霊王に頼んだせいで生き返ってしまう。  好きに死ぬこともできないなんてと嘆くサリクスに、流石の精霊王も酷なことをしたと反省し、「弟子であるユーカリの様子を見にいってほしい」と彼女に仕事を与えた。  王国で有数の魔法使いであるユーカリの下で働いているうちに、サリクスは殺してきた己の心を取り戻していく。  一方で、サリクスが突然いなくなった公爵家では、両親が悲しみに暮れ、何としてでも見つけ出すとサリクスを探し始め…… *小説家になろう様にても掲載しています。*タイトル少し変えました

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫

紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。 スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。 そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。 捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。

処理中です...