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ふたたびマリエ視点
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婚約者から贈りものが届いていると聞いたマリエは、運ばれて来た白い薔薇の花束を見てわずかに頬を染めた。
今まで、彼からたくさんの贈りものが届けられていたが、花はいつも赤い薔薇だった。でもマリエは彼とのお茶会の中でふと、薔薇なら白い薔薇が一番好きだと言ったのだ。
エイダはそれを覚えていてくれた。だから、白い薔薇を贈ってくれたのだろう。
それが嬉しくて、マリエは微笑んだ。
(彼は、私をちゃんと見ていてくれる。私の話を覚えていてくれるわ)
最初はマリエも、婚約者など誰であろうと同じだと考えていたのだ。あのグリーダよりも少しでもましなら、それでいい。その程度でしかなかった。
でも予想に反して、第二王子のエイダは誠実な男だった。
贈りものも、最初は普通の女性なら大抵喜ぶような無難なものばかりだった。それでも彼と会う回数が増えるにつれ、少しずつマリエの好みに合うものになった。
花は、白い薔薇。
装飾品なら、銀細工のもの。
ドレスは、淡い色合いを好む。
さらに甘いお菓子が好きだということさえ、エイダは知っている。
グリーダなどとは、比べものにならなかった。
彼はマリエのことを愛していると言っていたらしいが、本当のマリエのことなど何も知らなかった。ただ自分に都合の良いマリエの姿を作り出して、それを愛していたに過ぎない。
グリーダを愛し、彼のために努力を続けていて、彼が他の女性に夢中になると、嫉妬してその女性を苛めるマリエなんて、グリーダの脳内にしか存在しないのだ。
それを愛だと勘違いしていたらしいが、マリエから見れば、彼は妄想と恋愛する男でしかなかった。
恋愛というのは、互いをよく知り、好きなところも嫌いなところもあり、それでも一緒にいたいと思う関係だと思っている。
エイダと自分の関係は、どうだろう。
ふいに、そんなことを考えてみた。
(わたしだって、彼のことはよく知っているわ)
エイダは本が好きだった。
しかも、歴史小説を好む。史実だけの歴史書ではなく、このときはきっとこうだったに違いないという、作者の創作を含めた小説が良いらしい。
病弱だと聞いていたから少し心配したが、近頃は元気そうだった。それでも食は細いようで、自分の伴侶となるからには、もう少し体調管理をしっかりとしてほしいと思う。
好きなところは、マリエの話に穏やかに相槌を打ってくれるところ。他国の血を引いているからか、この国では珍しい黒髪も、なかなか好きだった。
嫌いなところは、今のところまだ思いつかない。これから出てくるのかもしれないが、きっと許せるだろう。
「マリエは、彼を気に入ったようだね」
そう言って優しい笑みを浮かべるのは、兄のアルノルドだ。
「……そうね。前の婚約者よりは」
素直になれなくてそう答えても、兄はすべてわかっているように頷くだけだ。
「多少の問題はあるが、マリエが気に入ったのなら、彼に決めよう。なかなか誠実な男のようだしね」
そう言って、満足そうに頷いた。
こうしてエイダとマリエは正式に婚約した。
この日もふたりは、恒例のお茶会をしていた。
彼に贈られた淡い色のドレスを着ていくと、エイダはすぐに気が付いて褒めてくれる。テーブルの上には、マリエの好きな銘柄の紅茶と、甘いお菓子が並んでいた。
マリエが微笑んだのは、好きなものばかりだったからではなく、そう手配してくれたエイダの気遣いが嬉しかったからだ。
だが、そんなふたりの時間を壊すように、かつての婚約者だったグリーダが乱入してきた。血走った目で、すべてお前のせいだと怒鳴るグリーダの憎しみは、エイダに向けられていた。
マリエはとっさに、彼を守ろうとその前に飛び出していた。
グリーダはそれを見て、信じられないとでも言うように目を見開いた。お前は俺を愛しているはずだという言葉で、彼がまだ妄想の世界に生きていることを知った。これからも、グリーダとマリエが同じ世界で生きることはないだろう。
グリーダはすぐに衛兵に取り押さえられ、引き摺られていった。こうなってはもう、王族として生きることも難しい。彼の生母は亡くなっているから、助けようとする人もいない。
そういえば、彼が正妃にすると言っていた女性はどうなっているのだろうと、ふと考えた。でも、すぐにどうでもよくなった。これからも自分の人生には、まったく関わらない人間だ。
エイダを庇って前に出たことを兄に叱られたが、いつも守られる側だった自分が、とっさに誰かを庇おうとしたことを、マリエ自身はむしろ誇らしく感じていた。
庇われたエイダは青い顔をしていた。どうしてこんなことを、と呟く彼に、マリエはぽつりと呟く。
「私は、あなたのことが好きなのかもしれないわ」
愛を告白しようと思ったのではない。
ただ、彼も同じ気持ちならいいな、と思っただけだ。
マリエの告白を聞いたエイダは、みるみる頬を染めて俯いた。やがて決意したような顔を上げて、まっすぐにマリエを見つめる。
「俺も、です。生まれて初めて、兄に感謝したかもしれない。あなたの婚約者となる幸運を、俺に譲ってくれたことに」
マリエも同じだった。あのまま妄想に生きているグリードと結婚しても、こんな幸福は得られなかっただろう。
彼が血迷って婚約破棄を言い出してくれて、本当によかった。
相思相愛になった婚約者と見つめ合いながら、マリエはそう思っていた。
妄想と恋愛する男: なぜだぁー(;´Д`)
※全五話の予定でしたが、お兄様が何やら動き始めたようです?
今まで、彼からたくさんの贈りものが届けられていたが、花はいつも赤い薔薇だった。でもマリエは彼とのお茶会の中でふと、薔薇なら白い薔薇が一番好きだと言ったのだ。
エイダはそれを覚えていてくれた。だから、白い薔薇を贈ってくれたのだろう。
それが嬉しくて、マリエは微笑んだ。
(彼は、私をちゃんと見ていてくれる。私の話を覚えていてくれるわ)
最初はマリエも、婚約者など誰であろうと同じだと考えていたのだ。あのグリーダよりも少しでもましなら、それでいい。その程度でしかなかった。
でも予想に反して、第二王子のエイダは誠実な男だった。
贈りものも、最初は普通の女性なら大抵喜ぶような無難なものばかりだった。それでも彼と会う回数が増えるにつれ、少しずつマリエの好みに合うものになった。
花は、白い薔薇。
装飾品なら、銀細工のもの。
ドレスは、淡い色合いを好む。
さらに甘いお菓子が好きだということさえ、エイダは知っている。
グリーダなどとは、比べものにならなかった。
彼はマリエのことを愛していると言っていたらしいが、本当のマリエのことなど何も知らなかった。ただ自分に都合の良いマリエの姿を作り出して、それを愛していたに過ぎない。
グリーダを愛し、彼のために努力を続けていて、彼が他の女性に夢中になると、嫉妬してその女性を苛めるマリエなんて、グリーダの脳内にしか存在しないのだ。
それを愛だと勘違いしていたらしいが、マリエから見れば、彼は妄想と恋愛する男でしかなかった。
恋愛というのは、互いをよく知り、好きなところも嫌いなところもあり、それでも一緒にいたいと思う関係だと思っている。
エイダと自分の関係は、どうだろう。
ふいに、そんなことを考えてみた。
(わたしだって、彼のことはよく知っているわ)
エイダは本が好きだった。
しかも、歴史小説を好む。史実だけの歴史書ではなく、このときはきっとこうだったに違いないという、作者の創作を含めた小説が良いらしい。
病弱だと聞いていたから少し心配したが、近頃は元気そうだった。それでも食は細いようで、自分の伴侶となるからには、もう少し体調管理をしっかりとしてほしいと思う。
好きなところは、マリエの話に穏やかに相槌を打ってくれるところ。他国の血を引いているからか、この国では珍しい黒髪も、なかなか好きだった。
嫌いなところは、今のところまだ思いつかない。これから出てくるのかもしれないが、きっと許せるだろう。
「マリエは、彼を気に入ったようだね」
そう言って優しい笑みを浮かべるのは、兄のアルノルドだ。
「……そうね。前の婚約者よりは」
素直になれなくてそう答えても、兄はすべてわかっているように頷くだけだ。
「多少の問題はあるが、マリエが気に入ったのなら、彼に決めよう。なかなか誠実な男のようだしね」
そう言って、満足そうに頷いた。
こうしてエイダとマリエは正式に婚約した。
この日もふたりは、恒例のお茶会をしていた。
彼に贈られた淡い色のドレスを着ていくと、エイダはすぐに気が付いて褒めてくれる。テーブルの上には、マリエの好きな銘柄の紅茶と、甘いお菓子が並んでいた。
マリエが微笑んだのは、好きなものばかりだったからではなく、そう手配してくれたエイダの気遣いが嬉しかったからだ。
だが、そんなふたりの時間を壊すように、かつての婚約者だったグリーダが乱入してきた。血走った目で、すべてお前のせいだと怒鳴るグリーダの憎しみは、エイダに向けられていた。
マリエはとっさに、彼を守ろうとその前に飛び出していた。
グリーダはそれを見て、信じられないとでも言うように目を見開いた。お前は俺を愛しているはずだという言葉で、彼がまだ妄想の世界に生きていることを知った。これからも、グリーダとマリエが同じ世界で生きることはないだろう。
グリーダはすぐに衛兵に取り押さえられ、引き摺られていった。こうなってはもう、王族として生きることも難しい。彼の生母は亡くなっているから、助けようとする人もいない。
そういえば、彼が正妃にすると言っていた女性はどうなっているのだろうと、ふと考えた。でも、すぐにどうでもよくなった。これからも自分の人生には、まったく関わらない人間だ。
エイダを庇って前に出たことを兄に叱られたが、いつも守られる側だった自分が、とっさに誰かを庇おうとしたことを、マリエ自身はむしろ誇らしく感じていた。
庇われたエイダは青い顔をしていた。どうしてこんなことを、と呟く彼に、マリエはぽつりと呟く。
「私は、あなたのことが好きなのかもしれないわ」
愛を告白しようと思ったのではない。
ただ、彼も同じ気持ちならいいな、と思っただけだ。
マリエの告白を聞いたエイダは、みるみる頬を染めて俯いた。やがて決意したような顔を上げて、まっすぐにマリエを見つめる。
「俺も、です。生まれて初めて、兄に感謝したかもしれない。あなたの婚約者となる幸運を、俺に譲ってくれたことに」
マリエも同じだった。あのまま妄想に生きているグリードと結婚しても、こんな幸福は得られなかっただろう。
彼が血迷って婚約破棄を言い出してくれて、本当によかった。
相思相愛になった婚約者と見つめ合いながら、マリエはそう思っていた。
妄想と恋愛する男: なぜだぁー(;´Д`)
※全五話の予定でしたが、お兄様が何やら動き始めたようです?
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