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第二王子エイダ視点
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目の前に、化け物がいる。
この国の第二王子であるエイダは、呼吸すら忘れていたことに気が付いて、ゆっくりと息を吐き出した。
向かい側に座って優美な微笑みを浮かべている男は、宰相であるロザーナ公爵の嫡男アルノルドだ。
彼と、その妹であるマリエは際立った美貌の持ち主で有名だった。
だが、誰が見ても溜息が出るほどの美貌である妹のマリエとは違い、このアルノルドを見ても美しいとは思えない。たしかに容姿は、精巧な人形のように整っている。だが、むしろ得体のしれない不気味さを感じるだけだ。
有能だか冷酷で、敵には容赦しないと言われているロザーナ公爵よりも、息子であるこの男のほうがずっと恐ろしかった。
この国の宰相の力が国王よりもずっと強いのは、何代も無能な王が続いてしまったせいだ。国が滅びなかったのは、無能な王と反比例するように有能な宰相が続いたからに過ぎない。
公爵家なら王家の血筋でもあるのだから、むしろ彼らが王になったほうがよかったのではないかと思うが、彼らは表舞台に立つことを好まず、適当に扱いやすい者を選んで国王にしてきたようだ。
実質、この国はロザーナ公爵家のものだった。
その公爵家で、何よりも大切にされている公爵令嬢のマリエ。彼女の婚約者として兄のグリーダが選ばれたときは、心底安堵した。
兄は、歴代の王にも勝ると思われる馬鹿だが、見た目は悪くないし、傀儡の王としてはそれなりに役立つと思われたのだろう。
第二王子であるエイダは、兄とは母親が違う。エイダの母は、他国の王族なのだ。
その分、あの王家の人間にしては、少しはましな王子だと言われていた。だが、他国につけ入る隙を与えないために、自分は除外されたのだろう。病弱だと流した噂も、効果があったのかもしれない。
エイダは、あの恐ろしい公爵家と関わり合いたくなかった。兄が正式に王太子に任命されたら、すぐにでも臣下に下り、王城を出るつもりでいた。
それなのに、あの馬鹿がやらかした。
まさか、そこまで馬鹿だとは思わなかった。事件を知った人間の総意は、まさにこれだった。
あの冷酷な宰相、化け物のように恐ろしい兄に溺愛されている、公爵令嬢のマリエに婚約破棄を突き付けるなんて、王城の最上階から飛び降りて死なないと信じているくらい、愚かなことだ。
それを聞いたとき、エイダは本気で母の祖国に逃げようかと思ったくらいだ。
今の王家は、ただ便利だから生かされているだけ。もう不要だと判断されたら、廃棄されてもおかしくはない。
父である国王は、兄ほどではないがあまり頭が良くないので、困った顔をしていただけだったが、エイダの母である王妃は真っ青な顔をして倒れてしまったようだ。
それでもすぐさま父に謝罪するように進言し、自分も公爵夫人に謝罪に赴いたようだ。エイダも、マリエに兄のしたことを詫びる手紙を送った。
王家が、名目上は臣下である公爵家にそこまで気を遣わなくてはならないのかと嘆く気持ちは、もうない。
実際に国が滅んだら、王家など抹殺の対象でしかないのだ。無能な国王に代わって国を守り、繁栄させてくれているロザーナ公爵家には、感謝さえしていた。
こうして兄とマリエの婚約は速やかに破棄され、エイダの目の前にはマリエの兄であるアルノルドがいる。
どうやら次の傀儡に選ばれたのは、エイダのようだ。
目立たないように過ごしてきたことも、病弱を理由に表舞台を避けてきたことも、兄の愚かな行動のせいですべて無駄になってしまった。
兄がマリエを愛していたことは知っていた。
王家の人間として生まれたのに、愛する女性を妻に迎えることができるだけで、とてつもない幸運だったというのに。兄は、それ以上のことを望んでしまったのだ。おそらく、どうしてこんなことになったのかわかっていないに違いない。それを思えば兄は、ある意味、しあわせな人間なのかもしれない。
これ以上、王家が失態を犯すわけにはいかない。
マリエとの婚約を打診され、エイダは迷うことなく承知した。
自分が有能な人間だとは思わない。王家の権威を取り戻したいと思うような、野心もない。ただこの国が今までのように繁栄し、国民が平穏な生活を続けることができるのなら、それで充分だ。
それに美しいマリエには、エイダの昔から憧れのような気持ちを抱いていた。彼女にとってもこの婚姻は、望んだものではないのだろう。
だからせめて、彼女には誠実であろうと思う。
何度か婚約者として顔を合わせているうちに、マリエとも少しずつ打ち解けてきた。
好きなものや、最近のことなど、自分の話もしてくれるようになっていた。
最初はロザーナ公爵に気を遣って贈り物をしていたエイダも、自分から彼女が喜んでくれるものを贈りたいと思うようになっていた。
たしかに公爵家の人間らしく有能で、少し冷たいところもあるマリエだったが、年相応に可愛らしいところもたくさんあった。
虫に驚いて悲鳴を上げたり、甘いお菓子に目を輝かせている姿を見るたびに、彼女を愛しいと思うようになっていく。
そのマリエに、婚約者があなたに代わってよかったと言われたときには、初めて兄の馬鹿さに感謝したくなるくらい、嬉しかった。
そしてマリエとの仲が良好だったお陰か、恐ろしいはずのロザーナ公爵との関係も悪くなかった。
「あなたにマリエを託してよかった」
だが、いまだに目の前で優美に笑うこの男だけは、恐ろしかった。
乱心して自分に襲いかかった兄と、兄を誑かした子爵令嬢の処分が彼に一任されたと聞いたときは、さすがに同情した。ふたりは、どんな目に合ったのだろう。
考えることすら、恐ろしい。
エイダにできることは、マリエに誠実であることだけだ。
この日のことを忘れずに心に刻んで、これからこの国の王太子として生きていく覚悟を決めた。
※お兄様視点も入れたくなってきました…(もうやめろ
この国の第二王子であるエイダは、呼吸すら忘れていたことに気が付いて、ゆっくりと息を吐き出した。
向かい側に座って優美な微笑みを浮かべている男は、宰相であるロザーナ公爵の嫡男アルノルドだ。
彼と、その妹であるマリエは際立った美貌の持ち主で有名だった。
だが、誰が見ても溜息が出るほどの美貌である妹のマリエとは違い、このアルノルドを見ても美しいとは思えない。たしかに容姿は、精巧な人形のように整っている。だが、むしろ得体のしれない不気味さを感じるだけだ。
有能だか冷酷で、敵には容赦しないと言われているロザーナ公爵よりも、息子であるこの男のほうがずっと恐ろしかった。
この国の宰相の力が国王よりもずっと強いのは、何代も無能な王が続いてしまったせいだ。国が滅びなかったのは、無能な王と反比例するように有能な宰相が続いたからに過ぎない。
公爵家なら王家の血筋でもあるのだから、むしろ彼らが王になったほうがよかったのではないかと思うが、彼らは表舞台に立つことを好まず、適当に扱いやすい者を選んで国王にしてきたようだ。
実質、この国はロザーナ公爵家のものだった。
その公爵家で、何よりも大切にされている公爵令嬢のマリエ。彼女の婚約者として兄のグリーダが選ばれたときは、心底安堵した。
兄は、歴代の王にも勝ると思われる馬鹿だが、見た目は悪くないし、傀儡の王としてはそれなりに役立つと思われたのだろう。
第二王子であるエイダは、兄とは母親が違う。エイダの母は、他国の王族なのだ。
その分、あの王家の人間にしては、少しはましな王子だと言われていた。だが、他国につけ入る隙を与えないために、自分は除外されたのだろう。病弱だと流した噂も、効果があったのかもしれない。
エイダは、あの恐ろしい公爵家と関わり合いたくなかった。兄が正式に王太子に任命されたら、すぐにでも臣下に下り、王城を出るつもりでいた。
それなのに、あの馬鹿がやらかした。
まさか、そこまで馬鹿だとは思わなかった。事件を知った人間の総意は、まさにこれだった。
あの冷酷な宰相、化け物のように恐ろしい兄に溺愛されている、公爵令嬢のマリエに婚約破棄を突き付けるなんて、王城の最上階から飛び降りて死なないと信じているくらい、愚かなことだ。
それを聞いたとき、エイダは本気で母の祖国に逃げようかと思ったくらいだ。
今の王家は、ただ便利だから生かされているだけ。もう不要だと判断されたら、廃棄されてもおかしくはない。
父である国王は、兄ほどではないがあまり頭が良くないので、困った顔をしていただけだったが、エイダの母である王妃は真っ青な顔をして倒れてしまったようだ。
それでもすぐさま父に謝罪するように進言し、自分も公爵夫人に謝罪に赴いたようだ。エイダも、マリエに兄のしたことを詫びる手紙を送った。
王家が、名目上は臣下である公爵家にそこまで気を遣わなくてはならないのかと嘆く気持ちは、もうない。
実際に国が滅んだら、王家など抹殺の対象でしかないのだ。無能な国王に代わって国を守り、繁栄させてくれているロザーナ公爵家には、感謝さえしていた。
こうして兄とマリエの婚約は速やかに破棄され、エイダの目の前にはマリエの兄であるアルノルドがいる。
どうやら次の傀儡に選ばれたのは、エイダのようだ。
目立たないように過ごしてきたことも、病弱を理由に表舞台を避けてきたことも、兄の愚かな行動のせいですべて無駄になってしまった。
兄がマリエを愛していたことは知っていた。
王家の人間として生まれたのに、愛する女性を妻に迎えることができるだけで、とてつもない幸運だったというのに。兄は、それ以上のことを望んでしまったのだ。おそらく、どうしてこんなことになったのかわかっていないに違いない。それを思えば兄は、ある意味、しあわせな人間なのかもしれない。
これ以上、王家が失態を犯すわけにはいかない。
マリエとの婚約を打診され、エイダは迷うことなく承知した。
自分が有能な人間だとは思わない。王家の権威を取り戻したいと思うような、野心もない。ただこの国が今までのように繁栄し、国民が平穏な生活を続けることができるのなら、それで充分だ。
それに美しいマリエには、エイダの昔から憧れのような気持ちを抱いていた。彼女にとってもこの婚姻は、望んだものではないのだろう。
だからせめて、彼女には誠実であろうと思う。
何度か婚約者として顔を合わせているうちに、マリエとも少しずつ打ち解けてきた。
好きなものや、最近のことなど、自分の話もしてくれるようになっていた。
最初はロザーナ公爵に気を遣って贈り物をしていたエイダも、自分から彼女が喜んでくれるものを贈りたいと思うようになっていた。
たしかに公爵家の人間らしく有能で、少し冷たいところもあるマリエだったが、年相応に可愛らしいところもたくさんあった。
虫に驚いて悲鳴を上げたり、甘いお菓子に目を輝かせている姿を見るたびに、彼女を愛しいと思うようになっていく。
そのマリエに、婚約者があなたに代わってよかったと言われたときには、初めて兄の馬鹿さに感謝したくなるくらい、嬉しかった。
そしてマリエとの仲が良好だったお陰か、恐ろしいはずのロザーナ公爵との関係も悪くなかった。
「あなたにマリエを託してよかった」
だが、いまだに目の前で優美に笑うこの男だけは、恐ろしかった。
乱心して自分に襲いかかった兄と、兄を誑かした子爵令嬢の処分が彼に一任されたと聞いたときは、さすがに同情した。ふたりは、どんな目に合ったのだろう。
考えることすら、恐ろしい。
エイダにできることは、マリエに誠実であることだけだ。
この日のことを忘れずに心に刻んで、これからこの国の王太子として生きていく覚悟を決めた。
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