いつもの角を曲がったらそこは崖でした

空想書記

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運命の日

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     ついにこの時が来てしまった。
最後の因果応報は良行の予想通りの事だった…。
忘れもしない中3の冬だった…。
同じクラスの生徒が、馬鹿二号、三号を始めとする良行の仲間にいじめられていた。
    当時の良行は…いや、ついこの間までも、いじめられる奴は弱いからだ。弱い奴が悪い。前に出ない弱さが悪いと思っていた。
弱者を助けるなどという事はしようとも思わなかったし、興味もなかった。
    死ぬと喚く奴には、じゃあ死んでみろ、早く死ねと罵倒していた。死ねなかった者は口だけで吠えやがってと、半殺しにしていた。その後、馬鹿2号や3号、その他の連中が何をしようと、見てみぬフリをしていた。
金銭を搾取され、毎日毎日殴る蹴るの暴行を受けていた。
その弱さに腹が立った良行も半殺しにしたことが、何度かあった。そんなことが続いた冬のとある日、その生徒が校舎の屋上から飛び降りた。
    幸いなことに落下した場所が校舎沿いの植樹でそれがクッションとなり、かすり傷で命に別状はなかった…。
その後は登校拒否となってしまい、引っ越しをして、どこかの街へ行ってしまった為、今となっては消息がわからなくなっていた。


「明日…校舎の屋上から飛ぶよ」


    良行の言葉に奏羽は何も言えず静かに頷いた。
因果応報の受け入れをし始めてから11ヶ月が経過していた。
死神隠しのリミットまであと一ヶ月もない…。  何とか間に合ったのは、金銭的にはシドとのバイト、他のことに関しては殆ど奏羽のおかげだった。
    このまま飛ばなければ、月末には死神隠しに遇って死んでしまう。良行に残された選択は、諦めて一ヶ月の間のんびり過ごすか、飛び降りるかの二択になっていた。
奏羽は天使だと打ち明けてからも、以前と変わらず接してくれている。良行はもし因果応報が全うできたら奏羽に告白しようと以前から決めていた。
まさか恋い焦がれた相手が天使だなどとは夢にも思わなかった。
そちらの望みが叶うことは絶望的だが、飛び降りて生還できたら想いを打ち明けようと良行は心に決めた。


    沈む思いで運命の日を迎えた。
当たり前のように起きて、当たり前のようにタバコを吸う…。
この当たり前が今日で終わってしまうかも知れない…。
身支度を整えて部屋から出る。
今日は奏羽は迎えに来ない…。昨日シドがやってきて明日は崖は出さないからと伝えにきた。
    奏羽とは学校の屋上で待ち合わせになっている。
奏羽と出掛けて良行が死んでしまったら、妹の沙弥と母親が詳細を奏羽に訊くだろう…。それを回避する為の死神の配慮があった。
良行は部屋から出て階段に目をやった…。
今日は死神の言った通り、崖は出ていなかった。
良行はこの感触を忘れないように、噛み締めるように階段を降りて行った。
リビングでは休みなのに早起きした妹の沙弥と母が朝食を採っていた。


「こわ…竜巻注意報だって」


「こんな日に出掛けるの?今日は外は危ないよ」


「あ…うん、お母さん、沙弥ちゃん」

     良行は今までたくさん迷惑をかけた事を心から謝り、育ててくれた事を涙ながらに感謝した。
泣きながら唐突に言い出す良行を沙弥は訝しげな表情で見据えていた…。  良行が家を出た後、母親はなんだか胸騒ぎがすると心配していた。

    良行は歩きなれた通学路を一歩一歩踏みしめるように歩いた。
当たり前のように歩いた通学路。因果応報の為に幾度となく報復に遇ってボコボコにされた通学路。奏羽と出逢った運命の踏切…。
その後は毎日毎日、奏羽と手を繋いで歩いた通学路だ…。
明日はここを歩けるかどうかは分からない…。
そんな思いを噛みしめながら歩いた良行は学校に到着した。
屋上に上がると奏羽は既に来ていた。その隣には死神も居る。


「おはよう…良行君」


「よく寝れたか?最後のベッドの寝心地はどうだった?」


「やめなさいよ。そう言う言い方するの」


    いつの間にか死神と奏羽が親しげに話している。
考えたら彼女は天使なのだから、以前から死神とは顔見知りだったのかもと良行は思った。
よくここまで頑張ったもんだと、死神は初めて良行に自分の名前はシドだと名乗った。
死んだら地獄で会えるぜと、今の良行には洒落にならない冗談を言ってシドはせせら笑っている。


「良行君…」


「……奏羽さん…」


「…頑張って」


良行は屋上の手摺の向こう側へ立った。吹き抜ける風がより一層、恐怖を煽り立てる。


「…ここから…飛ぶのか…」


    想像以上の高さに息を呑んだ…。眼下に見える校庭がもの凄く遠くに見える。
人間は四階から落ちようが崖から落ちようが、よほど運が良くない限りは死ぬ…。
    こんな高さから飛び降りることを選択してしまうほど、当時のアイツは追い込まれていたのか…。
ここから飛べば全てから解放される…。
そんな地獄を与えていてしまったことに良行は改めて申し訳ないことをしたと思った。
弱い奴が悪いのではない、前に出ないのが悪いのではない、弱いものを迫害する者こそが悪なのだ…。
ここに来て、ここまで来て本当にそこに気付かされた…。
    吹きつける風が、降りつける雨が、早く飛んで罪を償え、早く飛んで死んでしまえと言っているかのように良行の身体を揺さぶる。
足が竦み、呼吸は荒く、心拍数は物凄い速さで加速していく…。
喉は炎天下の砂漠にいるほどカラカラだ…。土砂降りの眼下の校庭を見ると目が眩みそうになった。


「良行君!!止めよう!!飛べるわけないよ!!人間が落ちたら先ず助からない!!」


    横殴りの雨が奏羽の声をかき消すことなく、良行の耳に突き刺ささった…。振り返った良行は顔面蒼白で、震えあがり、生気が無くなっていた。
無理だ…彼には飛べない…。そう思った奏羽は雨に濡れたのか、それが涙なのかわからないが、瞳を真っ赤にして声を張り上げる。


「シド!!もういいじゃない!!良行君は立派に償ったよ!…見逃して…あげよう」


「甘いこと言ってんじゃねぇよ…。それでも天使か?お前が容赦なく天罰を下してきたこと…その全てに唾を吐く気なのかよ」


    シドは良行の方を指差して左右に腕を振った。突き上げる強風と共に、断崖絶壁を出現させた。
    前門の虎、後門の狼と言わんばかりの絶体絶命の状態に、良行の心拍数は更に加速した。
過呼吸が進み、嘔吐きを繰り返す…。再度、一人の生徒を屋上から飛ばせてしまったことを心から悔やんだ。
アイツが死ななくて、本当に本当に良かったと良行は震えて涙を溢した。


「…お前の退路は断ってやった。好きなほうに飛べ」


「シド!!崖を消して!!」


「良行ィ!!早く飛べぇ!!」


飛べ飛べと煽り立てるシドに対して、怒りの色を見せた奏羽はギラリと目を剥いて、滾るような壊力を開放させていく…。


「……シド……崖を…消しなさい」


「……落ち着けよ…。お前…堕天する気か…」


「シドォオオオオ!!!!!!」


     激しく咆哮した奏羽は眼をカッと見開いて、シドにかかって行く。
繰り出した拳を防いだシドの腕がぶつかる衝撃音は、大型車が激突するほどの音で一撃一撃がぶつかり合う度に、轟音が響き渡り校舎が揺れた。
続く轟音に近くの住民が警察に通報する事態になったが、二人の闘いは良行以外の人間には見えないようにしていた為、どこからか響き渡り続ける轟音に人々は恐れ慄いた。

   奏羽は右腕に膨大な雷を迸らせ、一直線にシドへ向かって放つ。
強烈な速度で迫りくる雷鳴をシドは巨大な水流の渦を発生させて上空へと受け流した。
彼方の天に登った水流は弾け飛び、天変地異のような落雷となって途轍もない轟音と共に直撃した山を一つ消滅させた。
その人智を超える戦いに良行は息を呑み、奏羽は本人が言った通りやはり人間ではないんだと思い知らされて呆然としている。


「落ち着け馬鹿野郎!!!良行を殺す気か!!俺達が戦えばこの辺り一帯は、荒野になってしまうんだぞ!!」


    シドの言葉で力なく膝を着いた奏羽は、右手を掲げて目映い光を良行に向けて横に流した。
一瞬、視界を失った良行は瞬きを繰り返して首を左右に振る。
すると良行の視界からシドの出現させた崖は無くなっていた…。
奏羽は涙を溢して優しく良行に声をかける。


「…良行君…もう…いいんだよ」


「…でも……俺は…飛ばないと…」


「……大丈夫…。崖は……もう、消えてるでしょう…?…シドからは、私が護るから…こっちに…来て」


    シドから見て崖は消えてなどいなかった…。良行に幻覚を見せている。奏羽の力で消すことは可能だが、死神隠し、天罰共々の法の中で他人の出現させた奈落への入口--崖を消すことは硬く禁じられている。
   突き落とすのは容易だ…。しかし良行自身が一歩を踏み出さなければ因果応報にはならない…。
良行を幻術に嵌めて、踏み出させる為…。良行を幻術に嵌め易くする為に敢えて咆哮し、戦う姿を見せつけ、死神から私が護るという言葉を信じさせる為に演じた行為だとシドは理解した。
降り注ぐ雨はまるで奏羽の心情を代弁しているようにも見えた…。


「…良行を…飛ばせる気だ」


「あなたは…もう充分償ったから…大丈夫よ」


    奏羽はそう言って、両手を差し出し、ニッコリと微笑んだ…。
良行は戸惑いながらも、ゆっくりと足を一歩踏み出す。
奏羽の待つ校舎側へと踏み出したその瞬間…。視界が反転した。
良行が校舎から落下する刹那…奏羽は涙を溢して…呟いた…。


「……ごめんね……良行…君」


「!!!」


    確かに、確実に奏羽のほうへ、校舎側へ良行は足を戻した筈だった。手摺…手摺の感触は…無かった…。何故だ?考える間もなく良行は声を上げて4階から落下していく。
良行を追うように駆け出した奏羽は手摺に身を乗り出して大きな声を張り上げた。


「良行君!!!」


「奏羽さん!!!」


     奏羽と目が合っている…。不思議だ。急に落下速度がゆっくりに感じた…。これが走馬灯というやつか…。だが昔の映像などまだ流れては来ない…。
最後に好きな人の顔を見ながら死ねるならいいかと、良行は自分の死を覚悟した。


「良行くん!!私!!アナタにまだ言ってないことがあるの!!」


「時間の流れを止めやがった…何をする気だ」


「私の名前!!天使(あまつか)は、てんしって呼んで、奏羽(そうは)は逆から読むの!!」


唐突に言い出した奏羽の言葉に疑問を持ちつつ、落下しながら良行は奏羽の名前を呟いてみる…。


「てんし…そうは…」


「…てんし…はうそ…」


「てんし…は…うそ」


「てんしは…!…うそ…!」


「…そう…。天使は…嘘…」


    その言葉に目を見開き、絶句して落下していく良行を見ながら、奏羽は不気味に微笑んで眼鏡を屋上から投げ捨てた…。


「…私ね…」


    158cmほどの奏羽の身長が、10cmほど大きくなり、身体のボリュームが更にグラマラスに変化していく…。
足元から艶のある漆黒のエナメル素材がクルクルと纏わりついていき、張りと艶のある太股から、突き出して丸みをおびた下半身を覆って、くびれのあるウエストから弾むように揺れ動く妖艶な二つの膨らみを通過し、襟元で巻き付いて止まった。
ウェーブのかかった流れるような煌めく金髪をかき上げた女性は屋上の手摺に腰掛けて、切れ長の瞳で嘲笑うように良行を見下ろす。


「……本当は…死神だったのよ…」


「…な?!」


「ナンシィイイイイイーーーーーーー?!!!」


    死が目前に迫る落下中の良行よりも、心臓が飛び出るほどシドは驚いて大声を張り上げた。
そんなシドになど目もくれず、悪魔のような微笑みを浮かべたナンシーは良行を見下ろして髪をかき上げる。


「……フフ……あなたと過ごした数ヶ月…悪くなかったわ…」


    クズは死ねばいいと言わんばかりの、虫けらでも見下ろすような笑みを浮かべたナンシーに対して、良行は澄みきった笑顔で声を張り上げた。


「…俺…アンタに出逢えて…良かったよ!!本当に、本当に、ありがとう!!」


    その言葉を聞いたナンシーは癒すような優しい表情に変わり、一筋の涙を流した…。
   良行が地面に激突する刹那、吹き上げた突風が良行の身体を押し上げるように落下速度を大幅に和らげた…。
一瞬だけ浮き上がった良行は地面に激しく激突した…。
屋上の手摺からシドとナンシーは沈黙して見守る…。


「鹿島君!!!」


    悲鳴にも近い声で良行の名字を大声で呼んだ女性が慌ただしく駆け寄っていく。
ピクリとも動かない良行に触れたその女性は何度も何度も何度も鹿島君と呼び続けた…。


「鹿島君!鹿島君!お願い!!目を開けて!!鹿島君!!目を開けて!!」


    三分ほどが経過した…。鹿島君と呼ぶ声が諦めるように少しずつ小さくなっていった…。
雨音に混ざって、女性の泣く声が虚しく木霊する…。
止め処なく零れる涙は良行の頬を伝っては流れ、伝っては流れていった…。


「…う…うう…」


「鹿島君!!!」


    自分の名字を呼ぶ声に反応した良行はうっすらと瞼を開いた。
涙と鼻水に塗れた由香がそこに居た。
力一杯に良行を抱き締めた由香は何度も何度も良かった良かった生きてるよ鹿島君、生きてると繰り返して号泣していた。


「……なんで…お前が」


「…じにがみざんに…よばれだの…がじまぐんが…じぬがも…いれないがら…っで」


泣きながら話している為、上手く発音できずに話す由香の涙を親指で拭った良行は「何て言ってるか、わかんねぇよ」と少し笑い飛ばした。


「…生きてるわ…俺…。良かった…」


    左手の小指が千切れて欠損している…。腕と脚が折れてる…。肩も痛い。頭も少し痛い…。その痛みこそが生きてる証拠だと、良行は生の実感を改めて噛みしめた…。
同時にこれまでの愚かな行為を改めて反省し、母親に奏羽に心から感謝した…。
雨はいつの間にか止んで、煌めく日光が生還を讃えるように良行達を照らし出す。
眼下で生の喜びを実感している良行を見下ろして微笑むナンシーの肩にシドは優しく触れた。


「…やられたよ…ナンシー」


「……最初は暇潰しにクズを拷問しようと思ってだけなんだけどさ」


    クズ人間だった良行の因果応報を調べたらその内容に拷問が沢山あった…。ナンシーのままだと、シドは遊ばせてくれない為、趣味が拷問のサディストであるナンシーは天使を装い人間に実体化した。
敢えて天使っぽい名前にしつつ、敢えてバレやすい名前にした。
意外にもシドは気付かなかった。
面白くなってきたナンシーは、ドMのシドと、良行を虜にする為に優等生、天真爛漫、健気でいて残忍というキャラ設定を演じた。
見事にハマってナンシーは影で笑い続けた…。
    このクズ人間良行を拷問して、飴と鞭を巧みに使い分け、とことんまで惚れさせてから、最後の飛び降りの時にドン底の絶望感に陥れて嘲笑うつもりでいた。
しかし、良行と触れ合う内に、バカで真っ直ぐで可愛いヤツだと思い始めたナンシーはちょっぴり助けたくなった…。その決定打となったのは良行の偽りのない言葉と行動だったという。


「…だってさぁ…私の為に死ぬって言ったんだよ…アイツ……」


ナンシーはそう言いながら、シドの顔を静かに撫でて、首から下げている®️の彫金が施されたネックレスを愛おしそうに握り締めて続ける…。


「……そんな事言ったのはさ…アンタで二人目」


ナンシーの言葉に、照れたような仕草で寝癖のように逆立った髪をシドはかき乱した…。


「ハハハ…俺はいつだってナンシーの為に死ねるよー。全てはナンシーの予想通りに運んだってことかー」


「…最後は賭けだったけどね」


「わらわの部隊で統括を張っていただけのことはあるのう…ナンシー」

    端正で可愛らしい顔立ちに、腰まではあるであろう長い髪を結い上げ、装飾の付いたネックレス、ブレスレット、アンクレット。
均整のとれた…、それでいて健康的なボディラインをピッタリと覆うように薄手の布を左肩から右脇腹に斜めにかけ、腰から膝上にかけて斜めに巻きスカート状の衣類を纏った出で立ちで上空からゆっくりと菩薩が舞い降りてきた。


「観ちゃん!!」


「菩薩ちゃん…何しに来たの?」


「たわけ、主等の仕事振りを讃えに来たのだ」


    舞い降りてきた菩薩は、当初は遊び半分だったが結果的に良行の魂を見極め、裁くべき罪を断罪したナンシーの働きを誉め称えた。
俺は?というシドに対しては、もう少し真面目にやれと罵った。
シドはシドで、それなりに骨を折ったと主張したが、菩薩は単に奏羽が見たかっただけだろう、水晶テレビまで新調して仕様のない奴だと小馬鹿にした。
ふて腐れるシドに、録画までしてただろオマエはとナンシーに詰め寄られ、結局は同一人物だったから良いじゃないかとシドは狼狽えていた。


「あの小さき者達を、そろそろ呼ぶか」


   そう言った菩薩は人差し指を下から上にゆっくりと向けた。
ほどなくして、透明度の高い七色に輝く球体に入った良行と由香がゆっくりと屋上に姿を現した。
静かに地面に接地した球体はゆっくりと形を変えて空気と混ざるように消えた。
謎の球体に包まれて浮かび上がった事に、良行と由香は呆然としている。


「死なずに済んで良かったなー、良行」


   その言葉に苦笑いをして良行は頭を下げた。神妙な面持ちでナンシーに向かって奏羽さんと声を発した良行を遮るように、シドはナンシーの腰に手を回して口を開く。


「……良行、コイツは俺の女のナンシーだ…。お前のその想いはこの嵐の中、危険も省みず駆けつけてくれた隣の娘に向けたほうがいい」


「…由香」


「…その娘はな…良行が明日死ぬかも知れないと言ったら、自分の寿命を全部差し出すからお前を助けて欲しいと言ってきたんだ…。無論、断ったけどね」


「…なんで…お前が」


「…ずっと…ずっと…好きだったの…鹿島君が恵利と付き合う…ずっと、ずっと前から…」


    内向的な由香は小学校から苛めを受けていた。中学になってもそれは変わらず続いた。
当時の良行は苛め云々よりも女に手を上げることを嫌う質だった為、面白がって蹴っている男子に「止めてやれ」と言っただけだった。
当時から既に  “顔”  だった良行の一言で一切の苛めが無くなった。
由香はその一言で救われ、恋い焦がれた。少しでも近付きたいと思った由香は派手な格好をする様になり、結果的にはクラスで浮いてしまった…。
    そんな時に「いつも一人だなオマエ」と声をかけて来たのが恵利だった。それからズルズルと付き合うように行動した。
良行と恵利が交際を始めたときは、悲しくて悲しくてとても辛かったが、恵利と居れば良行の近くに居られると思い、恵利達の犯罪も黙認してしまい今日に至っている。


「…ごめん…俺、全く覚えてない」


「…そうだよね…」


「…いと小さき者よ」


    シドとの話しに気を取られていた良行は、声をかけられて漸くその存在に気付いた。
推定七メートル超えの、人間では有り得ないサイズの菩薩を見て腰を抜かすほど驚いた良行は大声を張り上げた。


「でっか!!…シドさん。このデッカイ人は?」


「こ……ここ…この…無礼者がっ」


   菩薩が奮えて苛立つ様を見たシドは傑作だと腹を抱えて大爆笑し、このデッカイ人は、観世音菩薩という俺なんかより遥かに遥かに偉い偉い神様なんだと良行に教えた。
ゲラゲラと笑い飛ばすシドにナンシーは、過去に菩薩に対してデカ女と愚弄してアンタ殺されかけたでしょうと返した。


「そうだよー。あの時は死にかけたね、俺の倍くらい強えよ。菩薩ちゃん」


「観ちゃんは平常時で5000万壊力くらいだから倍以上だよシド」


「良行なんか吐息で塵になっちまから。謝ったほうがいいよー」


先刻、人智を超える戦いを見せたシドが殺されかけたと聞いた良行は震え上がり、折れた腕と脚の痛みも忘れて土下座をして菩薩に詫びた。


「…まあ…良かろう…。いと小さき者よ」


「…は…は、はい」


「主は強運の持ち主だの…。シドの崖で立ち止まらなければ、今日は迎えられず、当に奈落で拷問刑に処されるところであった…。シドとナンシーに海よりも深く感謝するがよい」


   菩薩の話しでは、当初の予定と同じくナンシーは最後の最後に正体を明かして良行を絶望感に陥れたが、それは良行の魂の質量を見極めた上での行動だった。
あのまま絶望していれば死んでいた筈だが、良行は死ぬ刹那にナンシーの予想通り、感謝の言葉を述べたことで魂の質量が軽くなり、そこで奇跡は起きたのだと言う。
今日の天候、竜巻注意報、おそらくは自ら飛べないであろう良行への誘導…。その全てをナンシーは計算に入れて行動した。
結果的に神風が起こり、良行は無傷では済まなかったが、死を免れることが出来た。


「今一度授かった命…大事にすることだ」


    そう言い残した菩薩はフワリと浮き上がると、取り囲むように現れた金色の後光と共にゆっくりと消えて行った…。


「……さすがですねー、元天使のナンシーさん」


「…それは…言わない約束でしょ?バカ」


「シドさん!ナンシーさん!俺は二人のお陰で死なずに済みました…このご恩は…一生忘れません」


涙ながらに頭を下げた良行を見て二人は微笑んだ。
自分の姿を奏羽に変えたナンシーは涙を流して震える良行を静かに優しく抱き寄せた。


「…良行君…頑張ったね。元気でね」


「…奏羽さん…俺…俺」


    ニッコリ微笑んだ奏羽はシドと由香の二人にチラリと視線を送り、最初で最後の浮気と言って、良行の首に手を回して唇を合わせた…。
深く舌を絡ませた唇をゆっくりと離すと、糸を引いた唾液が下唇から首筋を伝っていった…。
しょうがねぇなぁとシドはふて腐れたようにタバコに火を灯し、由香は呆然としていた。
突然のキスに呆けている良行を横目に奏羽は次に由香を優しく抱き寄せた。
これでお別れなんだと悟った由香はボロボロと泣き崩れて、何度も何度もありがとうと繰り返した。


「由香さん…これ」


そう言った奏羽はナンシーの姿に戻って11桁の数字が記された紙切れを一枚渡した。


「…これ…は」


「…私の電話番号…。アナタの事は護るって約束したでしょ?…アナタはもう強くなったから必要ないかも知れないけど、困ったときは電話してきて」


「クズ人間見つけた時もねー。俺が死神隠しに行ってやるよー」


    大粒の涙を溢す由香をもう一度だけ抱き締めたナンシーは天使のように優しい笑顔を見せた…。
シドは死んだら地獄で会おうぜと縁起でもないことを言って、笑いながらナンシーと共に煙のように消えて行った…。


「……俺さ…シドさんと奏羽さんの事、一生忘れないよ」


「……私もだよ…ずっと忘れない。でも…天使(あまつか)さんに負けないよ…。天使(あまつか)さんに強くしてもらったもの…」


    そう言った由香は一筋の涙を溢し、良行の首に手を回して唇を合わせた。
良行もそれに応えるように由香を静かに抱き寄せた…。
重なり合う二つ影を祝福するように沈み行く夕日が二人を照らしていた…。


「じゃあ…次、行こうか」


「次は誰なの?」


「良行のクズ親父」


    ナンシーはその言葉を聞いて、その男は天罰罪が既に確定していた為、先刻シドが奏羽との戦いで薙ぎ払った雷を菩薩が誘導し、クズが集まってゴルフしていた山ごと落雷で消滅させたと伝えた。


「あー。さっきの山に落ちたヤツかー、菩薩ちゃんは即実行だからなー」


「クズは死ねばいいんだよ」


「その為の死神隠しだろー」




-この世界から全ての迫害が無くなりますように-





…終わり。



















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