いつもの角を曲がったらそこは崖でした

空想書記

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宴の後

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-翌日-

    良行は複雑な思いで目を覚ました。因果応報とはいえ、長年付き合ってきた仲間達が一夜にして消えてしまったということは、少からず精神的に滅入っていた。

    因果応報の受け入れをするようになってからは、生活ががらりと変わったため仲間とは疎遠になるどころか、手のひら返しで蔑みの対象となっていた。
恵利達やチームの連中が行っていたことが、仮に良行の耳に入っていれば、間違いなく全員半殺しにした上でチームは解散していた。
どちらに転んでも袂を別つことにはなっていたかも知れない…。
    半殺しにしても死にはしない。
死神隠しに遭って消えてしまい、死んでしまってはもう会うことができないという現実は高校生の良行には重すぎた。
一歩間違えていれば、自分の方がが先に消えていたのだが…。

    恵利達が救いようがないクズだと分かっても、いい時の思い出が頭のなかを駆け巡る…。
良行!良行ー。良行~♪笑いながら集まってくるみんなの呼ぶ声が今でも良行の心の中で木霊していた。
沈む気分でテレビを点けると、昨日の神隠しの事が、どのチャンネルでも放映していた。


13台のバイクに乗った少年達が忽然と姿を消す、関係者と思われる男女13人も依然、行方不明


    26人もの人間が一夜にして消えた事でメディアは大騒ぎになっていた。
沈んだ気持ちで身支度を整えた良行はベッドに腰掛け、タバコに火を点けてテレビのニュースに見入る。


「…恵利」


「…気になる?やっぱり」


    いつの間にか迎えに来ていた奏羽が部屋の前に佇んでいた。
「気にならないと言ったら嘘になるけど…」そう言いながらタバコを消して、奏羽の手を取った。


「タイミングが違えば、俺が先に消えていたんだ…アイツ等は…」


    言いかけたところで言うのを止めた…。恵利達は良行の知らぬところで人道に外れたことをしていた…。
それをわざわざ何も知らない  (筈の)  奏羽に言う必要はないと思ったからだ。
死神隠しに遇うということは、そういうことなんだと自分に言い聞かせ、明日は我が身なんだということを再認識した。


「…私が言うのもおかしな感じだけど、元気だしてね」


    確かにおかしなことだ…。シドが死神隠しをしていなければ、恵利達は無事だったが、奏羽は無事では済まなかった筈だ。(あくまで良行主観)
それだけではない…。シドから昨日訊いた恵利達と元仲間達のやっていたことから推測すれば、奏羽は幾人もの人間に慰み物にされていた…。
もし昨日、そんな場面に遭遇していたら良行は躊躇いなく、恵利を含めた全員を確実に皆殺しにしていた。
そう考えれば今の結果がやはり、なるべくしてなった結末であり、運命だったのかも知れない。


「多少は滅入ってるけど…。死神から色々と訊かされたから…。何より君が無事だったことが一番良かったと思ってるよ」


    奏羽はアイツ余計なこと言ってないだろうなぁ…などと思ったが、事の成り行きを知っているどころか、天罰を喰らわせたのは自分だし、そこへ誘い込んだのも自分なので、それ以上の詮索は止めた。
“私がブッ殺しました”とは流石に言えない…。

リビングで母親と妹の沙弥が、昨日の神隠しのニュースを観て騒いでいるのを尻目に良行達は家を出た…。
なんとなく空気が重たいのを紛らわすため、奏羽は死神手帳の事を訊いた。


「そう言えば昨日、死神がピラニアを消してくれたんだ」


「本当に?!良かったね!!次はなんて書いてあるの?」


その問いかけに、良行は気まずそうに俯き加減になり、申し訳なさそうにボソリと呟く。


「…は…針と糸」


「針と…糸?なに…それ」


    当時の良行は自分のチームをでかくする事に躍起になっており、兎に角逆らう者、歯向かう者を悉く潰しては回っていた。
他のチームに奇襲をかけては潰して回り、強情な奴ほど例の廃墟まで拉致しては拷問やリンチにかけていた。
その拷問の一つが針と糸であり、爪の間から針を通して五本の糸を上で纏め、敗けを認めるまで何度も糸を引くというクズ行為だ。
ほとんどの者は人差し指に針を少し入れただけで敗北を認めるが、中には強情な者も居て、10本纏めても、「いつか殺してやる」と心が折れなかった者も居た。
その根を上げなかった者とは後にサシでヤリ合って引き分けとなり和解して仲良しになった。
その話しを訊いた奏羽は呆れるようにタメ息をついた。


「良行君…言っていい?」


「…はい」


「…本っっっ当にクズね」


「…反省してます…本当に」


ばつが悪そうに小声になっていく良行の顔を、奏羽は少し意地の悪い顔で下から覗き込んだ。


「じゃあ今度、私がやってあげるよ…針と糸」


    困惑気味の良行は何も言えずに黙っていると、「ねぇ、いつやる?た~の~し~み~♪」と更に意地の悪い顔をした。
場を紛らわすように明るく冗談を言う奏羽の気遣いとも取れる振る舞いに、良行は心が少し軽くなった気がした。
その様子を水晶玉の向こうで観ていたシドは寝転がって頬杖をついて呟く。


「コイツは本当にやるだろうな」



    学校に着いて良行達が教室に近づくと、昨日の神隠しの事で皆が騒いでいるのが耳に入ってきた。
良行を犯人扱いする者、由香のせいにする者、良行と奏羽の事情を知らずに妬む者、良行を擁護する者などの意見が飛び交い、侃々諤々としていた。
扉の前で俯いて佇む良行を横目に、奏羽は堂々と扉を開けた。
二人の登場に不自然な静寂が教室に訪れた。
理由は云うまでもない…。
奏羽が教室を見渡すと、気の弱い由香の机を取り囲むように数人の男子が佇んでいた。
何が起こっていたのかは一目瞭然だ…。
由香が涙眼になって教室を出ていくところを止めた奏葉は、その男子達に詰め寄って行った。


「由香さんに…何を言ったの?」


「…み…みんな行方不明になって…度会(由香の名字)だけ居るから…」


「居るから?」


「…お前が…あ…あまつかと、か…鹿島を使って…何かしたんだろうって…」


「アタシ…知らない…。何も知らないよ。みんなが消えちゃったのも昨日のニュースで知ったんだよ」


「し…知らないわけないだろ。恵利達とつるんでて、お前だけ残ってるのはおかしいだろ」


「つるんでいたから…何?」


奏羽は、由香を犯人のように吐き捨てた男子の眼前に更に詰め寄った。
何があっても笑顔を絶やさず、天真爛漫な奏羽が初めてクラスメイトの前で怒りの色を見せたことに、周囲は驚きを隠せないでいる。


「つるんでいたから、何だと言うの?説明して」


「いや…あの」


「見てもいない事実が、多勢によって真実にされてしまう。それが事実かどうかも分からないのに…。アナタが人を殺したと10人が言ったとする。それを聞いた20人がアイツが人を殺したって聞いたという。それを聞いた30人がアイツが人を殺したらしいと言う。そうやって見てもない事実は多勢によって偽りの真実にされてしまうの…。100人以上に伝わる頃にはアナタは殺人犯にされてしまう。それがどれだけ愚かで醜いことなのか、アナタにはわからないの?そこまで考えて、アナタは由香さんを疑ったりするの?」


「いや…その」


「アナタのその軽はずみな一言がどんな結果になっていくのか考えて言ってるの?迫害ってこういう些細なことから生まれてしまうと考えられないの?それがきっかけでもしも由香さんがこの世から別離を図ったら、アナタが本当の殺人犯になるのよ?そこまで想像力を働かせて言ってるの?」


「いや…あの」


「取り消して」


奏羽は更に語気を強めて、真っ直ぐな眼で言い放つ。


「今の言葉を…取り消しなさい!」


    ばつが悪そうにボソボソと呟いた男子は「すいませんでした」と奏羽に謝った。
空かさず、謝る相手は私じゃないでしょう?と子供を諭すような口調で言われて、その男子は由香にきちんと謝罪をした。
その日、各クラスの教師からは何人かの生徒が失踪したことで、様々な噂が流れているが、それを鵜呑みにしないようにと話しがあった。
生徒達には夜遅く出歩かない、ひと気のないところへの出入り禁止などの行動制限が設けられた。
国道沿いの神隠しのような出来事は目撃者が多数居たため、ニュースでも取り上げられた。
失踪した関係者13人については神隠し説を唱える霊能力者も多数居たが、事件性を疑う警察関係者の見解もあるため捜査中とのことだった。


-放課後-


    本当の真実はもっと残酷なことなのだが、一応の事実をこの件に関わっていた由香に伝える為、良行の家へ来てもらい、事の顛末を話すことにした。
良行の死神との出会いから因果応報のこと。
恵利達の悪行が死神隠し罪の手前であったこと。
奏羽に乱暴しようと企てたことで、死神隠し罪が確定となり、拉致された奏羽の前で恵利達が煙のように消えたこと。
その後、逃げ出した13人が死神の手によって国道で消されたこと…。
良行が昨夜、死神から訊いた話しを由香に説明した。


「…死…神?…死神隠し…?そんな事って…。でも国道沿いのほうは見てた人が沢山居たって…ニュースでやってたけど…。死神…」


とてもじゃないが信じられないという様子の由香が伏し目がちになったその時、どこからともなく男の声がする。


「まあ…普通、信じられないだろうねー。だがコイツの言うことは本当だ」


    寝癖のように逆立った髪、上下黒のスーツにYシャツのボタンをだらしなく止め、首から下げた ”®️” の彫金を施した南京錠のネックレス、人の心を見透かしたような闇に吸い込まれそうな眼…。
突如現れた不真面目なチンピラのような男の出現に由香は口元を抑えて驚いている。
奏羽も内心馬鹿馬鹿しいと思いつつ、由香の素振りを真似て驚いた振りをした。


「いやぁ、お嬢ちゃん達…」


言いながらシドはヌルッと由香の顔に近付いて、ニッコリと微笑えんだ。


「はじめまして…死神です」


「…死…神」


    由香は何もない空間から突然現れたシドにとても驚いている。
奏羽は「何がお嬢ちゃん達だ…バカじゃないの」と呆れたが、良行にさえシドと会ったことはおろか、天罰喰らわせたのも自分ということは言えないのて、本当に馬鹿馬鹿しいと思ったが、由香と同じように驚いた振りを続けている。


「まあ、百聞は一見に如かずってことで」


   シドがパチンと指を弾くと、由香の眼前に断崖絶壁が姿を現した。
良行のさほど広くもない部屋に底が見えない程の断崖絶壁が現れたことに由香は息を呑んだ。
青ざめている由香の隣で平然としている奏羽に、シドはテレパシーでアンタにも見えてることにしてるから驚けよと伝えた。


「う…うわぁー!すごい断崖絶壁!由香さん。こ、怖いねー」


「…うん…すごい…ね…。この崖から落ちたら…奈落っていう…地獄に行っちゃうんだ…」


「そ、そうみたいー。こ、怖いよねぇ」


(  )はシドと奏羽のテレパシーのやり取り。

(アンタ…。下手くそかー不自然過ぎだろー)

(しょ、しょうがないでしょ!怖いなんて思ったことないんだから)

(まあ、いいや。早く、その女と手を繋いで見せろ)

(なによ!死神のくせに偉っそうに)

(く…くせにぃ?!くせにとはなんだよー!くせにとはー!天使のくせに!)

(はぁ?死神ごときに言われたくないんだけど)

(ごときとはなんだよ…。あ…あのねぇ…。俺が何のためにここに来たと思ってるんだよ)

(あー。はいはい。由香さんの為ね。はいごくろう。ごくろう)

コイツ、嫌なヤツだなー良行の前だと超優等生ぶってるクセにキャラクター全然違うじゃねぇか…。まあ嫌いじゃないけど…などと思っていると、奏羽がテレパシーで返事をしてきた。

(死神ごときに私が淑やかに振る舞うわけないでしょ。このドM)

(恥ずかしいだろ!心を読むんじゃねぇ!このドS天使が)


フンと鼻で笑う素振りをコッソリとシドに見せた奏羽は、断崖絶壁を見て震える由香の手を静かに握った。
するとフッと断崖絶壁が消えて、元の良行の部屋になった。


「私が、良行君と手を繋いでる理由はこれなの」


「…そうだったんだ…。じゃあ…恵利達は」


「ああ、俺が消した。…アイツ等の行っていた事は大罪だ。君はあの娘達が何をしていたかは知ってるよね。眼鏡のお嬢ちゃんが拐われた時にその場に居たら、巻き添えで君も奈落行きだったんだよ」


「えっ?」


「この世界での犯罪幇助って言うのと同じようにな、厳密に言うと犯罪を黙認することも犯罪なんだ…。そして君は二度…、その窮地から救われている」


「二度…?」


「そう。一度はこの眼鏡のお嬢ちゃんに止められ、二度目はこの馬鹿に止められた…。せっかく拾った命だ。大事にしなよ」


事の顛末を知った由香は、複雑な思いで涙を溢し、奏羽は何も言わず優しく抱きよせた。
そう言えばとシドは続けた。


「お前の借金チャラになったぜ」


    そう言われた良行は死神手帳を取り出して開いた。
最初の因果応報で良行――厳密に言えば良行達が銀行替わりに、とある生徒から金銭を搾取していた121万3千円…。
良行がバイトで金を貯める都度、減っていった残り40万余りの数字が消えていた。
理由は良行以外の連中でタカった者が天罰で奈落に堕ちた為、金額が免除されたとシドから説明があった。
良行は、今持っている分だけを誠意のある謝罪をして返せばいいと言われた。


「アイツ等にはもう払うことができないから俺が全部払うよ」


   因果応報終了期限まであと4ヶ月…。針と糸をやってしまうと、とてもじゃないがバイトに行けない為、良行にとっては願ってもないことだったが、「それで間に合わず、死神隠しに遇えば結局それも因果応報って事だから」と悟ったように答えた。
以前の良行からは考えられない意外な反応に、シドは少しばかり笑みを浮かべた。


「お前…今夜、また来るからバイトは休め」


そう言い残してシドは煙のように姿を消した。
奏羽は確認するように、本当にそれでいいのかを訊くと、迷うことなく良行は「いいんだよ」と応えた。



-その夜-

    バイトを休めと言われた良行は部屋でシドを待っていた。
なんだろう…。言われたことに従わなかったから因果応報はもう終わり、死神隠しは今日!とか言われるのではと内心不安で仕方がなかった。
格好つけずに借金チャラに乗っかっておくべきだったか…なー、などと考えたりもしたが、奏羽と由香が居た手前、プライドだけは無駄に高い良行は格好つけるほうが先行してしまった。


「待たせたな」


俺は消されてしまうのかとオドオドしている様子を見透かしたシドは何ビビってんだよとタバコに火を点ける。


「いや…言われたことに従わなかったから…消されるのか…と」


「違うよー。逆に見直したくらいだ。あんなクズでカスでどうしようもない、ただのラッキー野郎だったのになーお前」


返す言葉もないという様子で苦笑いをしている良行にシドは続ける。


「お前、バイトやらないか」


「何の…です…か?!」


「俺の手伝い。本当はいらないんだけどわざわざ手伝わせてやるよ。感謝しろー。手当てはなんと一回で50万だ」


あまりの金額に驚いたのと、絶対ヤバい内容だと瞬時に理解した良行は落ち着かない様子で何をするのかを訊いた。


「死神隠しだ」


「いや…俺、アンタみたいな能力ないです…けど」


「当たり前だろー。お前は本当に馬鹿だなー」


    とある組織の壊滅。そこの人間、数人の死神隠し、30人ほどを戒める仕事だと言う。
シドが一人でやれば5分とかからない事だが、昼間の良行の応えに対する俺様の心意気だとシドは少し威張ったように言った。


「お前…喧嘩は?」


「まあ…あんまり負けたことは」


「じゃあそこの人間10人をブチのめしたら50万だ。当然、丸腰じゃないから撃たれれば死ぬ。そして俺はお前を護らねぇ」


「ええ?!」


「それとソイツ等な、恵利達のケツモチ組織だ。邪武狼(ジャブロー)って知ってるだろ」


「…マジか。恵利の奴、あんな危ないトコと…」


    そのチームは良行の地域で有名な極悪集団で、暴走族なんかはママゴトレベル、金の為なら殺人以外は何でもやってるという噂の組織。
恵利達の行為を勧めたのも、金に替える段取りを組んだのも、その組織の人間だという。
表向きはクラブの経営などをしている会社だが、裏では恵利達が紹介と称して無理矢理連れてきた女性に客を取らせていたらしい。
大金を手にした恵利達は率先して女の子を連れてきたという。
自分の知らないところで、そんな連中と、元彼女、仲間達が繋がって非道な犯罪をしていたことはかなりのショックだった。


「恵利が狂ったのは」


「まあ…きっかけはソイツ等のせいだが、勘違いするなよ。あの女達もお前の元仲間達も、それに乗っかったから同様にクズってことだぞ。けどな…お前がコレを引き受ければアイツ等の刑をほんの少しだけ軽くできる…。どうするよ?」


「やる」良行は即答した。あらゆる事が重なり合って疎遠になってしまっていたが、元彼女、仲間に対しての思い入れや、情みたいなものがあった。
クズ行為を目の当たりにしていたら殺したのは良行かも知れないのだが…。


「わかってるかー?撃たれて死んだらそれまでだぞ」


「恵利達の刑も…軽く…軽くなるんだろ?」


「私も行くよ…。良行君」


「うわっ!!奏羽さん?いつの間に」


「由香さん送ってきて戻ってきたの。ついさっきから、居たよ」


(嘘つくなよ、瞬間移動してきたくせにー)

(うるさいのよバカ死神)

(口の悪い女だぜ…。全く)


「いや…でも」と戸惑う良行の肩をポンと叩いたシドはニヤニヤしながら


「大丈夫だ…良行。このお嬢ちゃんは格闘技をやってるらしいから強いんだ」


「そ…そうなの?」


「い…言ってなかったか…なー。じ…実は、そ…そうなの…よー」


余計な事を言ってんじゃないわよバカ死神と奏羽は思った…。
そんな奏羽を見透かしたように、シドはニヤニヤしている。


「そうだなー。良行が今から闘ってみたらいいじゃないかー。ほら、お前等のたまり場だった廃墟あるだろ?あそこなら人は来ないからさー」

(手加減しないとー、良行死んじゃうよー)

(わかってるわよ!アナタ本当に性格曲がってるわね)

「じゃあ、俺は先に行ってるからお前は眼鏡のお嬢ちゃんとバイクで来い。崖は出さないから」


    その問いかけに良行は、なんというか俺たちも瞬間移動みたいに連れて行ってもらえないかと訊いてみた。
瞬間移動っていうのは時空を瞬間的に飛ぶ際に、計り知れない速度の衝撃で身体が数ミクロン単位まで霧のようになってしまう。
そして、転送先で己の身体を驚異的な速度で再構築をするんだとシドは説明した。


「向こうに着いたら、お前はただの赤茶色の液体になってしまうが、いいのか?」


「や…やめておきます」


    青ざめた顔で断る良行の後ろで、奏羽はバーカとシドに中指を立てていた。
その後、単車で移動した二人はシドの待つ廃墟に到着した。
昨日の神隠し、失踪の件で立入禁止のバリケードテープが貼られていた。
    死神隠しに遇った者達の遺族は、どこかで生きている筈だと信じて誰も葬儀などあげてはいない。彼等はこの世にはもう居ない…。その真実を知る数少ない人間の一人である良行は、それが因果応報だと理解しつつも少しだけ震えて涙をこらえた。
奏羽はこの中で失踪した者の内、車で奏羽を轢こうとした者以外の12人は自分が直接手を下した者達だ…。
シドがその場に絡んでいなければ、26人全員を皆殺しにしていた。
死神隠しにせよ、天罰にせよ、弱き者の味方という点では共通の意志の元に断罪を実行する。
大罪を断罪するという己の生業には何の迷いもない。
ただ良行にあって、奏羽には無い物…。恵利達との思い出という財産の部分に関してはどうしようもなかった。
元仲間達の大罪による死を受け入れ、試練を越えさせる為にシドは敢えてこの場所を選んだ。
バリケードテープの前で立ち尽くしている良行を、奏羽は黙って見据えていた。


「恵利達の刑を…少しでも…軽くするんだ」


    一人言のように呟いた良行はバリケードテープの奥へと足を進めて行った。
待ちくたびれた様子でアクビをしながら両手をグーッと上に上げて伸びをしている。
良行から見た奏羽は、なんだかやる気まんまんな感じでエーイ!ヤー!などと掛け声を出しながら、パンチや蹴りを繰り出しているが、とても格闘技経験者の動きには見えなかった。
良行の心中を察してか、敢えて能天気に振る舞っているかのようにも見えた。
本当に大丈夫なのかな、奏羽さんを殴るなんて…俺には出来ないと考え込んでたその時。


ドッガァアン!!


奏羽が子供のように無造作に繰り出した右拳でコンクリートの石柱が轟音と共にバラバラになった。
その光景に良行は目を丸くして息を呑んだ。


「嘘…だろう」


(馬鹿!やりすぎだ!加減しろよー)

(か…かなり加減してるわよ)

(普通の人間にそんな物、ブッ壊せるわけ無いだろー)

シドのテレパシーを聞いて、砕けたコンクリートをわざとらしく撫でながら奏羽は声を上げる。


「あ…あれぇ?こ…このコンクリート腐ってたみたい」


「そ…そうなの??」


「うん」

(信じるわけ無いだろ…馬鹿だなー)

(良行君はちょっと馬鹿だから…)

(馬鹿って言ってやるなよ…馬鹿だけど)

「そ…そうなんだ。驚いた」


…良行は馬鹿である。

良行の天然馬鹿振りに、シドも奏羽も苦笑いするしかなかった…。

「はい。じゃあー。気を取り直して行ってみようかー」


行ってみようかー、と言われても、そんな殴れないと二の足を踏んでいる良行など、お構い無しで奏羽は元気よく声を張り上げる。


「よーし!行くよー!良行君」


両足を揃えて後方宙返りをし、着地した瞬間、驚異的な速度で駆け出した奏羽は右拳を良行の水月にめり込ませた。
その早業に全く反応が出来ず、良行は5メートルほど吹っ飛んだ。

(やりずきだ!もっと手加減してやれ)

(えー?!これでも?良行君の壊力どれくらいかな?)


     壊力 (カイリキ)とは天界から地獄までの存在世界で共通する戦闘能力の単位。
戦闘能力の平均値は人間を10とした場合、天使は人間の777万倍、死神は人間の666万倍である。
その気になれば指先一つで人間を真っ二つに、武器の一振で災害を起こせる。
シドの戦闘能力は死神の平均値を遥かに上回り、地獄天使、悪魔クラスだということを、シド本人が豪語している。


「おい。良行、生きてるかー」


激しく噎せ返りなから「大丈夫」と言って立ち上がった良行は既に足に来ていた。
何だこのパンチ力は異常だろう…。
もしかして、奏羽さんは物凄く強いのか?!可憐で聡明で天真爛漫なイメージしかなかった良行はかなり狼狽している。


「あ…大丈夫?良行くーん。遠慮しないで掛かって来てね」


この段階でも圧倒的な実力差に気付かない良行は、取り敢えず顔は殴らないようにしようと決めて、奏羽に掛かって行く。
良行の繰り出した右拳を避けながら、右手で良行の右手首を抑え、左腕を絡めて身体を回転した奏羽は軽く投げ飛ばした。
受け身の取り方など知らない良行は呼吸が止まるほど、苦しんで噎せている。

「つ…強いね…想像以上に…」


「そう?ありがとー」


めげずに良行は掛かっていく。
打撃を受け止めないと壊力が把握出来ないと踏んだ奏羽は自分の壊力を極力抑え、良行の打撃を腕で受け止めた。
数発の打撃を受けながら、シドにテレパシーを送る。

(良行君の壊力は58くらいね)

(そんなモンかー。まあ58壊力もあれば格闘技経験者以外にはほぼ無敵だなー)


打ち合う事すらままならず、目が霞むほどの連打を喰らい、痛烈な右のローキックが良行の動きを止める。
その直後、身体を反転させた奏羽が回し蹴りを喰らわせ、良行は意識を失った。
気絶して数分後に目覚めると、奏羽が心配そうに覗き込んでいた。


「良行君…大丈夫?」


まさか、女に負けるとは…。しかも自分が想いを寄せている相手に…。
もし付き合うことになれたとしたら、俺が護られる立場になるのか。
まだ付き合ってもいないのに良行は、勝手に妄想してとても落ち込んでいた。


「だ…大丈夫…です」


「じゃあ、週末、私も付いて行くね」


(あーあ、お前、ボロ勝ちしちゃったから、良行泣きそうになってるぞー)

(えー…どうしよう)

(慰めてやれよー)


「良行君、きょ…今日はきっと調子が悪かったのよ。私が、良行君に…か…勝てるわけないじゃなーい」


良行は慰められて、更に惨めな気持ちになった。
今週末に行くぞと言ったシドに、良行は疑問に思っていた報酬の出所を訊いた。


「ああ…言ってなかったなー。竜崎だよ」


「えっ?!」


竜崎とは、良行の強力な後ろ楯になっていた極道である。
過去にシドの死神隠しを良行の様に運良く躱し、現在も存命中。
後ろ楯があると誰も良行に手が出せず、因果応報の受け入れが熟ねせない為、シドが脅して距離を取らせた。
今回の件も、お前にとって目障りな奴等を俺が片付けてやるから報酬をよこせと言ったところ、喜んで100万を出したという。


「し…知らなかった…竜崎さんも、死神隠しに遇うところだったなんて」


「あー、竜崎がな、悪かったなって、後ろ楯とかじゃないけど、今度プライベートで飲みに誘うって言ってたよ。そもそも、俺がお前の為にお前等の間を裂いてただけだからー」


「あの…100万もらったん…だよね」


「そうだが?」


「残りの…50は」


「俺の取り分だよー。当然だろ?交渉も死神隠しも俺がやるんだからさー」


(楽な仕事で50かー死神は悪徳だねー)

(うるさいなー、これは良行の為にもなるし、あのクズども(恵利達)の刑だってなー)

(あ、その事だけど、恵利さんの事、私が許すから300年短くしていいよ)


    人間が、天使、悪魔などに謀反を起こすと、企てるだけで地獄で服する年の刑が倍に課される。
神々の世界と悪魔の世界の中間地点にある人間界は理(ことわり)という絶対神が創造し、神々の手によって具現化されたもの。
人間に意思を持たせ、知恵を持たせ、秩序を持たせ、文明を発展させた。
結果的に意思を持った人類が互いに醜く争い、迫害を生み出した。混沌を駆除し、秩序を乱す人間を粛清するのが、死神隠しであり、天罰である。
人間界とは箱庭のようなもの、そこで息する者の生殺与奪は管理する者の自由。
立場が遥かに上の天使、悪魔に逆らうことは大罪とされている。
本来、その下等な人間を許すなどとということは先ず有り得ない。


(ええ?!…いいのかよ。あの女、お前を道連れに奈落に堕とそうとしたんだよ?)

シドを見据えた奏羽は澄んだ目で静かに頷いた。
それじゃあ週末ね…。と言って良行と廃墟を後にした。


「有り得ないだろ…。俺なら絶対に許さないなー。良行のことがそれだけお気に入りってことかー」


独り言のように呟いたシドは煙のように姿を消した…。




…続く。
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高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。  世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。  それは「一生働かないこと」。  世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。  初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。  経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。  望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。  彼の最後の選択を見て欲しい。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

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