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因果応報の始まり
しおりを挟む-翌朝-
…ジリリリリリ
「はぁっ!!」
彼は目覚めた。寝汗をドッとかき部屋を見渡す。
自分の部屋だ。
壁には仁義なき戦いのポスター。
独特なセンスの特攻服。
独特なセンスの旗。
独特なセンスのステッカー。
独特なセンスの学生服。
独特な中古ホイールのオブジェ。
独特な生き物が好きな空き瓶とトルエン。
弾けもしないギター。
大して使わない5キロのダンベル。
等々の御用達アイテムがいつも通りに佇んでいる。
「…ゆ…夢だったのか…」
そりゃそうだ…。あんなこと起きるわけがねぇ…などと独り言を呟やきながら枕元のタバコを取り出して火を点ける。
フーッと煙を吐き出して、日課の剃り込みをしようかと、彼は鏡を見て息を呑んだ。
-髪がない-
自慢のパンチパーマがツルッツルだ。その輝きは剥きたての茹で玉子の如しだ。
脂汗のしたたりが、より輝きを増し、鏡に反射して綺麗な虹色を放っている。
その見慣れない輝きによって、彼は現実に引き戻された。
「…夢じゃ…なかったのか…」
ハッとして、昨日千切られた左耳に手を当てた。
傷はなぜか治癒していたが、左耳の上部が欠損していた。
おそらく傷は彼を行動させる為に死神が治したのだろう。
狼狽した彼は昨日、死神から受け取った手帳を探す。
今までの人生において、これほど探し物で緊迫感を味わったことはないだろう。
乱雑に物が置かれた独特なセンスのガラス製のローテーブルの端に手帳があった。
黒の手帳で銀の縁取り、縦に赤字で因果応報と書いてある。
彼は馬鹿なので夜露死苦だったらイカすのになどと、呑気なことが脳裏に過ったが、そんな余裕は実際には無い。
手帳を開くと文字が浮き出ている。
死神から手帳を渡されて666分が経過していることを意味していた。
「…集金…121万…3千円…?」
彼は馬鹿なので、それの意味することがわからなかった。
俺の…悪行…?
121万3千円…集めろってことか?
彼は考えながら、取り敢えず独特なセンスの学ランに着替えて部屋から出た。
「うおおお!」
2階から降りる階段が崖でした( ´∀`)
一気に目が覚めた。
血の気が引いた。
危うく階段を降りるように、崖から落ちるところだった。
彼は荒く息をして声を張り上げる。
「お…お母さん!」
返事がない。
「お母さん!!」
返事がない。
「お母さーん!!!」
返事がない。
彼は死に物狂いで叫んだ。
「おぉーかぁーあぁーさぁーんっ!!!」
突然の大声に隣の部屋から妹が出てきた。
常日頃から傍若無人な振る舞いの兄を見てきたが、それに影響されることなく見事に反面教師で育った妹は、頭脳明晰、天真爛漫、おまけに容姿端麗と非の打ち所の無い女子だ。
現在中学2年生。欠点を上げるとするならば、やや中二病を患っているくらいだ。
当然だが、この馬鹿のことは大嫌いだ。
因みに彼は妹のことを溺愛してるシスコンなので、1度も殴ったりはしていない。
「なに?朝っぱらから。うるっさい!お母さーんとか、一昨日までババアとか言ってたくせにキモいんだけど」
「ああ…沙弥ちゃん」
「ちゃんとかキモ…何?」
「た…頼みがあるんだ」
「やだ」
脊髄反射の勢いで答える辺り、どれほど嫌悪しているのかが、よくわかりますね。
それでも彼はなりふり構ってはいられないので、辿々しく言葉を紡ぐ。
「いや、手…手を繋いで階段を降りたいんだ」
「は?やだって言ったし!何それ!キモ!」
沙弥は階段を足早にかけ降りて、リビングに入って行き、不機嫌そうに扉を閉めた。
「お母さーん、なんか馬鹿が呼んでるよー」
沙弥と入れ替わりに、母親がリビングから顔を出した。昨日のおかしな様子に疑問はあったが、いつ暴れるかわからない恐怖があるため、刺激しないように努めている。
「何?」
「…か…階段から降りれなくて…手を…繋いで欲しいんだ」
また手を?この息子はどうしてしまったのだろうと思ったが、暴れられては堪らないので言われた通りに手を繋ぐ。
彼は昨日と同じように恐る恐る1歩を踏み出した。
平坦な道ではなく、階段だ。
昨夜の玄関より難易度は遥かに高い。
だが1段、1段を無事に爪先が触れれば崖は消える…。
…筈だった…。
爪先に、足の裏に確かな階段の感触がある。
だが、眼下には底の見えない崖がある。
ドッと脂汗が出た。異常に喉が渇き、心拍数がエイトビート疾走中だ。
空中を下っていく…そんな感じだ。
おぼつかない足取りで次の段を勘を便りに探る。
2段目に爪先が触れたが崖は消えない。
リトル・リチャードのノッポのサリーが心臓でロックンロールだ。
目を瞑って階段を降りる…。
これの何百倍も神経をすり減らす…。
目を瞑って階段を降りて、もし踏み外したとしても余程のことでない限り怪我で済むだろう。
だが彼は眼下に見える崖の空中を下っている。
もし、もし、踏み外せば命綱とも言える母親の手は放れ真っ逆さまだ。
現実に起きたとしたら、母親の眼前から息子が突如、姿を消すという事態だ。
死神てきには、かなりワクワクする展開だ。
これを読んでくれている人の中にもワクワクする人が居るかも知れない。
脂汗をかきながら、母親の手をギュッと掴み1段また1段と降りていく。
彼は10分ほどかけて、なんとか無事に階段を降りた。
肩で荒い息をしている様子に母親が声をかける。
「だ…大丈夫?」
彼は少し泣きそうになった。
一昨日まで自分が気に入らなければ殴りつけ、蹴りつけて、罵詈雑言で捲し立てて酷い目に合わせたにも拘わらず、母親が心配をしてくれている。
現状を打ち明けるか?いや、打ち明けたところで信じてはもらえないだろう。
信じてもらえたとしても…
その時、肩で息をして俯いている彼の足元から顔を出した死神は彼の心を読み取って口を開いた。
「自業自得だと罵られるだろうよ」
「……」
「ちょっと心配されたら、お前の行為が帳消しになったとでも思っているのか?お前の母親はどれほどお前の暴力に怯え、どれほど涙を流したのか思い知れよ」
言うと死神は姿を消した。
その後、いただきますとごちそうさまをきちんと言って彼は家を出た。
昨日までは傍若無人に振る舞い、目が合えば「ガン飛ばした」と殴り付け、肩で風を切って歩いていたが、いつ現れるとも限らない崖に怯え、常に足元を見て歩く…。
端から見ればスキンヘッドのDQNが顔をしかめて俯いて歩いている姿は実に不気味だ。
ある意味、昨日より怖く映っていたかも知れない。
慎重に慎重に歩みを進めつつ、手帳に書かれた集金121万3千円のことを考えている内に学校に着いた。
取り敢えず無事に辿り着けたと安堵したのも束の間…
校門が崖でした( ´∀`)
「は…あ…こ…ここでか…」
次々と生徒が横を通り過ぎていく中、彼は校門で立ち尽くしている。
「さあ!どうする?どうする~?」
愉しそうに、実に愉しそうに死神が彼の周りをグルグルと旋回している。
「おっす!何、立ち止まってんだよ?ってか、うわっ!何その頭!」
彼の友人、馬鹿2号が声をかけてきた。
コイツは背の高いだけで根性無しの木偶の坊だが、彼の仲間ということを最大限に利用して、やりたい放題のクズである。
この生き物の好きな表現だとマブダチってやつだ。
「…な…なんつーかさ…」
「何キョドってんだよ」
「おーす!うわっ!なんだその頭!右翼みてーだな」
馬鹿3号の登場である。
チャラ男のヘタレだが、コイツも2号同様に彼の仲間ということを最大限に利用して、やりたい放題のクズである。
この手の生物は仲間や顔見知りがスキンヘッドにすると必ずこの“右翼みたい”というワードを言うのも特徴です。
本当の右翼の前では縮み上がるのに右翼、ヤクザという単語を好んで使います。
余談ですがヤクザにヤクザと言うと怒られます。
組の人、極道の人と言いましょう。
「なんで立ち止まってんだよ。早く行こうぜ」
「あのさ…どっちか1人でいいんだけど…」
2号、3号「何が?」
「手…手を繋いで…欲しいんだ」
2号3号「はあ?」
2号3号「いや…まあ、いい…けど?」
2号と3号は顔を見合せて多少疑問に思ったが、2号が手を差し出した。
恐る恐る崖から1歩を踏み出したが、先刻の階段同様に崖は消えなかった。
校門から男2人が手を繋いでゆっくり校庭を歩いていく姿は、周囲にあらぬ誤解を招いたことでしょう。
しかもスキンヘッドの彼は俯いて歩いているので、その誤解を更に増幅されるには効果絶大だった。
死神は彼の横でゲラゲラと腹を抱えて爆笑している。
「おはよー!良行!何?カップル誕生?」
彼女の登場である。この女も彼女という立場を最大限に利用して、やりたい放題のクズである。
ここで初めて明かされるが、コイツの名前は良行(よしゆき)である。
名前負けも甚だしいを通り越して図々しいくらいだ。
「…いや…違うんだ」
「ってか、何、その頭ー?超ウケるんですけどーwww」
昇降口に着いたところで崖は消えた。
今朝の階段に引き続きだが、1歩踏み出せば消える崖が、消えない状態で、底の見えない空中を歩くのはかなりのストレスと疲労を良行に与えている。
「なんで、そんな脂汗かいてんだ?調子悪いのか?」
「いや…大丈夫…」
「なんかあるなら言えよ!俺等、仲間なんだからよ」
「そうだよ!永遠友達だろ?」
こういった言葉を頻繁に口に出したがるのも特徴だ。
仲間、友達、絆…頻繁に言えば言うほど薄っぺらい関係に見えてしまうのはとても不思議だね( ´∀`)
「まあいいや、取り敢えず集金に行こうぜ!」
その言葉に良行は目を剥いて、声を震わせる。
「集…金…?!」
「なーに言ってんだよ!日課だろ?俺等の」
「いや…き…今日はやめておこう」
「は?何、言ってんだよ。おい!キャッシュ!!おい!」
良行が金持ちの息子を的にし、金銭を週一で搾取している。
その気の毒な子を名前で呼ばず、銀行替わりにしていることからキャッシュと命名されている。
…実にクズだ。
「今日は集金だろうがよ!早く出せよ!ってか何でオレ等のトコに持ってこねぇんだよ!あ?」
「ご…ごめんなさい。でも…これ以上は…」
「や…やめておこう…ぜ…。な?」
「は?何でだよ」
「いや…かか…可哀想じゃないか」
「はあ?お前、どうした?お前がやり出した日課だぞ?」
馬鹿2号が声を上げると、馬鹿3号が足りない脳を働かせて、勝手に深読みをして口を開く。
「いや、待て待て。前の奴がパンクしたじゃねぇか。引き際も肝心だぜ。良行!そう言うことだろ?」
良行は引きつった顔で相槌をうった。
「なんだよ!そういうことかよ!可哀想なんて言うからよー。じゃあ次のキャッシュどいつにしようか」
「ま…また…かか…考えよう」
集金121万3千円は良行達がキャッシュと呼んでいる子から搾取した金額だということに気付いた。
…これをアイツに返せってことか…と考えていると、横から死神が現れて「気付いたか?そういうことだ」と耳打ちして消えた。
おそらく、その金を別の人間から搾取したり、親から借りるということは認められないだろうと、馬鹿な良行にもさすがに理解ができた。
早く、早くバイトを探さなければ…。1年かかって121万3千円を貯めても遅すぎる…。
悪行がこれ1つなわけがないのは良行自身がわかっていた。
落ち着かない様子で学校を後にし、足元に注意しながら家路についた。
無事に到着したと思った束の間、昨日同様、玄関ではまた崖が現れた。
どうやら玄関には必ず現れるようだ。
良行はこれから長くて1年間は玄関先で母に手を繋いでもらうことになる。
今日から良行は昼は学校、夜はバイトに明け暮れることになる。
良行がスマートフォンでバイトを探していると、聴き慣れた単車の音が聴こえて玄関で止まった。
「おーい!集会行こうぜ!」
ネイキッドのシンプルな創りで、落ち着いたデザインの単車が…
独特なセンスのハンドル
独特なセンスのカウル
独特なセンスの風防
独特なセンスのシート
独特なセンスのカラーリングにより全てが台無しになっている。
3段シートの後ろには人間魚雷という文字が刻まれている。
おそらく本来の人間魚雷も知らないであろう。
うるさいので、単独で是非とも、魚雷になっていただきたい。
もう一台は神風特攻という文字が刻まれている。
これまた神風特攻の本来の意味も知らないであろう。
うるさいので、単独で是非とも、どこかに特攻していただきたい。
「じょ…冗談じゃねぇ…単車なんか乗ったら…それこそ崖から…」
(落ちればいい)と、思った人は挙手してください。
良行は窓から顔を出し、2台の独特なセンスの単車に乗った、独特なセンスの衣装に身を包んだ2人に、「今日は、調子が悪いからやめとくぜ」とイキった振りをして断った。
そうかと頷いた2人は、獣の遠吠えのように単車を空吹かしして、下手くそなローリングをしながら、調子に乗って走り去って行った。
翌日も朝から良行は「お母さーん!!」と大声で母親を呼び、妹の沙弥にキモいと言われ、震えながら階段を降りて登校した。
校門でも崖が現れ、友達に手を繋いでもらう。
このルーティーンは長くて1年間は続くと再認識した。
その夜、スマホで応募したバイトが決まった。
何気なく死神手帳を開いてみた。
集金121万3千円の文字は左端の上に小さく表示された。
「集金が帳消しになったわけではない。お前が稼ぐ度に減っていくようになっている…。お前は金を稼ぎつつ、他の因果応報を熟なして行け…」
スーッと現れた死神はタバコの煙をフーッと良行の顔に吹きかけ、再び姿を消した。
しばらく無言で手帳を眺めていると、新たな文字が現れた。
良行はその文字を見ると嘔吐き、声を震わせる。
「体育の…時間…」
…続く。
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