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誓い
しおりを挟むブライズルームから慌てて飛び出してた嶺衣奈は、助けを呼ぶために憲一郎の元へ向かって行った。
早く…。早くしないと…あの人は…殺されてしまう…。
あの人は…私を助けるために、矛先を自分に向けさせるために、わざと煽るような言い方をした。
自分が死んでしまうかも知れないのに…なぜあんな事が出来てしまうの…。
私に負い目がある…。
それだけ?たったそれだけで?
あの人を…蓮華を…蓮華さんを死なせてはいけない…。
前方から駆けてくる嶺衣奈に気付いた真一郎と憲一郎が足を止めた。
「嶺衣奈さん!!」
「あの人が!あの人が!蓮華さんが…殺されてしまう!!」
涙を溢して酷く狼狽えた嶺衣奈を落ち着かせる為、真一郎は同行してきた憲一郎に親族控え室へ嶺衣奈と共に戻るように促した。
佳奈子のことは俺の不始末か原因だから俺も行くと言う憲一郎を遮り、嶺衣奈を落ち着かせる事が先決だし、それが出来るのは新郎の憲一郎しか居ないと説き伏せた。
「真一郎…さん」
「…大丈夫ですよ。蓮華さんは…死なせません」
嶺衣奈の元へ間もなく挙式の開始時刻と、進行の最終チェックの為に訪れたスタッフが、ブライズルームの状況を見て悲鳴を上げ、息を急ききって走って来た。
酷く狼狽しているスタッフに真一郎は状況説明をして、憲一郎と嶺衣奈と共に挙式の遅延と招待客への持成しをお願いして、ブライズルームへと駆け出して行った。
生きててくださいお願いです…。
蓮華さん蓮華さん蓮華さん…。何度も何度もそう頭で繰り返しながら真一郎はブライズルームの扉を開けた。
「蓮華さん!!!」
「おや、元婚約者さん。遅かったじゃない」
血塗れの果物ナイフを右手に持ち、真紅のドレスと同様に真紅に染め上げたその右手が、蓮華の緊急度を知らしめた…。
嘲笑うように狂気の笑みを浮かべた佳奈子の足元には腹部から多量の鮮血を滴らせた蓮華が横たわっている…。
「もう死んじゃったよ?この女」
「…れ…蓮華さん!!!!!」
顔面蒼白となった真一郎は、果物ナイフを手にする女性になど目もくれず、血塗れで横たわる蓮華を静かに抱き起こして声をかけ続けた。
「手遅れ手遅れ!アハハハハハハハ!!嶺衣奈は殺し損ねたけど…、この女が嶺衣奈からお前を奪ったことが発端だから自業自得ね」
「蓮華さん!蓮華さん!!目を開けてくださいっ!!目を開けてください!!蓮華さん!!」
「…し…真一郎…君」
「蓮華さん!!!」
「…ご…ごめんね」
「蓮華さん!!!!!」
「嶺衣奈を捨てた…お前も死ねよ。真一郎!!」
跪く真一郎の頭上に振り下ろす果物ナイフを持った腕を突如現れた死神シドが掴んで止めた。
「お前…俺のお気に入りに…何してくれちゃってるの…」
「…シド…さん…ナンシー…さん」
「黄桜 蓮華…こいつ…死刑でいいか?」
突如現れたシドに腕を捕まれた佳奈子は酷く狼狽して暴れるように腕を振り解いた。
振りほどいたというよりはシドが握るのをやめたと言うほうが正解だった。
軽く握られていただけのような感覚だったのに腕が握り潰されてしまうかと思った…。手首にはその圧力を物語るようにクッキリとその痕跡が残っている…。
人間の握力じゃない…。手首を抑えながら佳奈子は狼狽えている。
「…な…なんだ…なんだ!お前等は!!」
「俺達は死神だ…この黄桜 蓮華と、曽我部 真一郎とは色々あって顔見知りなんだ」
「あなた…吠えるのは勝手だけど…覚悟してね…。ここから生きては出られないわ」
ナンシーの見据えた瞳は渦巻くような闇に溢れ、人間の佳奈子に絶大なる恐怖を与えた。
背筋が凍るなんて言葉では収まらないほどの戦慄を覚えた佳奈子は震え上がりながらも強気の言葉を吐き出す。
「…ここ…殺せばいいわ!!しし…し、死神なんて…こ、怖くも…ななんとも無い!!どうせ私は自殺する気だもの」
「そう…それは良かったわね…」
失禁するほどの不気味な笑みを浮かべたナンシーが佳奈子を真っ二つにしようと人差し指を掲げた…。
何かする…。ナンシーさんはなにかをする気だと察知した蓮華は絞るような声でナンシーを止めた。
「…駄目よ。…ナンシーさん…。逃がして…あげて」
死んでいた…。蓮華が止めてくれなければ確実に死んでいたと、身体に走った戦慄が佳奈子に理解させた。
震え上がる佳奈子を見据えながら蓮華は弱々しく言葉を紡ぐ…。
「あなたには…待ってる家族が…いるんでしょう?」
「…い…いるわよ…そんなの…誰だって」
「…私には…居ないのよ。両親は…亡くなってるの…」
「…わ…私はあなたを刺したのよ!!そんな死にそうな状態で…なんで私を助けようとするのよ!!理解できないわ!!…なんで…」
憎悪を無くした右手から果物ナイフが抜け落ち、カランと音を立てて床に落ちた…。
蓮華の紡いだ言葉に、自分の措かれた状況と、自分の冒してしまった事を漸く理解してきた佳奈子は涙を溢してその場に踞った…。
佳奈子を横目に、蓮華の致命傷に治癒を施したナンシーだったが既に魂は肉体の死だと理解してしまい離脱を起こしかけている…。
「…駄目だよシド…。蓮華ちゃんの魂が抜けかかってる。黄泉還りでもしないと止められない…」
「黄泉還り…。どうすればいいんですか!!蓮華さんを助けてください!!お願いします!!!」
「人間の死という天界の理に抗う黄泉還りの儀式には…人間の寿命七年分が必要だ」
「ボクの寿命を!!ボクの寿命を使ってください!!!」
「……駄目…だよ…真一郎…君」
「蓮華さん!!」
辺りに光が射し込んで来た…。
意識が朦朧としてきた…。
周りの音が、真一郎君の声が遠くなっていく感覚…。
眩しい…。温かい…。静かだ…。
とても…。とても…静か…。
死ぬんだ…。これが…死…。
お父さんも…お母さんも…こんな風に光に包まれて逝ったんだ…。
お別れだね…真一郎君…。
君に逢えて…幸せだったよ…。
「私…幸せだよ…大好きな人に…看取られる…から」
「何を言ってるんですか!!君は死なない!!死なせない!!」
「笑って…真一郎…くん…。笑って…いられ…れば…」
ニッコリと微笑んだ蓮華の手の平から力が抜けていきスルリと真一郎の手の平から抜け落ちた…。
認めない。認めるものか…。こんなもの…絶対に認めない…。真一郎は涙を溢して声を震わせながら名前を呼び続ける。
「蓮華さん!!目を開けてください!!蓮華さん!!蓮華さん!!蓮華さん!!」
何度も何度も大声で名前をよぶ真一郎の声に蓮華は全く反応しなくなってしまった…。
「……蓮華さん!!蓮華さん!!目を開けてください!!シドさん!早くボクの寿命を使ってください!!」
「…真一郎…。痛いほど気持ちは理解するが、差し出せる寿命は一人一年で、七人の寿命…七種類の魂の欠片が必要なんだ」
「…あと…六人も…そんな…」
絶望的な表情で涙を溢して踞る真一郎の後から叫ぶように声が響いた。
「使って!!!私の寿命!!」
「…嶺衣奈…さん」
「この人を死なせたくない!!絶対に死なせない!!」
死神なんて存在が居るとか居ないとか、そんな事に疑問を感じている余裕など無かった。
蓮華の為に寿命を差し出す…。
それで蓮華が助かるのなら…。
あと六人必要だと言う声に嶺衣奈は率先して声を上げた。
「お願いします!!この人を!蓮華さんを助けてください!!」
シドにすがりつく様にして涙を溢しながら懇願し続ける嶺衣奈の後から憲一郎が俺のも使ってくださいと声を上げた。
それに続いて清香も、私も寿命を差し出すから蓮姉を助けて下さいと懇願した。
憲一郎から状況を聞いて、同行してきた鉄治郎も死神の存在云々に疑問を持つことはさておき、蓮華の命が最優先だと考えた。
「死神さん…曽我部家の全員。喜んで寿命を一年差し出すよ」
「二点の事を理解してくれ…。死に間際…あと一年生きられたと後悔しない事。残された者はあと一年生きられたと蓮華に憎悪しないという事を…」
「少なくとも…ここで名乗り上げた者の中には居ないです。蓮華は私の大事な娘…。清香も嶺衣奈も同様に…」
「あと一人…」
ナンシーがそう呟いた時、蓮華の鮮血で右手を血塗れにした佳奈子が涙を溢しながら声を上げた…。
「…私の…寿命も…使ってください…お願いします…。この人を…助けて下さい…」
曽我部 鉄治郎
曽我部 遙香
曽我部 真一郎
曽我部 憲一郎
曽我部 清香
磯鷲 嶺衣奈
高梨 佳奈子
七人の人間が蓮華の為に寿命を一年ずつ差し出す事になった。
横たわる蓮華の額に手を添えたシドの周りに七人が取り囲む様に佇む…。
死神シドが黄泉返りの儀式をしようとしたその時だった…。
天から目映い光が射し込み、後光と共に蓮華の魂を連れてきた二人の男女が舞い降りて来た…。
「…あの二人は」
「蓮華の…両親か…」
二人の男女は蓮華の魂と魂尾 ( コンビと呼ばれる魂と肉体を結ぶ糸状のモノで、これが切れると死となる) を結び付け肉体の方へ戻るように導いた。
様子を伺うシドとナンシーに会釈をして、菩薩様から命じられたと経緯を説明した…。
シドとナンシーは生命を司る神である菩薩に…友人である菩薩の粋な計らいに感謝した。
頭に金色の輪がある…。死神の存在だけでも理解不能な状況に、もはや何が起こっても驚くまいと居合わせた面々は蓮華の両親を呆然と見ていた…。
「蓮華の事を宜しくお願い致します…」
曽我部の家族と、真一郎に深々と頭を下げた両親は目映い後光と共にゆっくりと消えて行った…。
七人の寿命を使うこと無く肉体に魂が戻った蓮華の唇から吐息が漏れる。
息を吹き返し、黄泉返りした蓮華はゆっくりと目を開いて辺りを見渡した…。
皆が居る…。
真一郎が、シドが、ナンシーが、嶺衣奈が、遙香が、鉄治郎が、清香が、憲一郎が、…蓮華を刺した佳奈子が…。
「……みんな…」
「蓮華さん!!!」
「…お父さんと…お母さんが…。まだ来ちゃだめだって…ここに…連れてきてくれたの」
飛びつくように蓮華に抱きついた嶺衣奈はボロボロと涙を溢して声を絞り出した…。
「…生き返って…良かった」
「…嶺衣奈…さん」
「蓮華さん…護ってくれて…。ありがとう」
「…私の方こそありがとう…嶺衣奈さん…。真一郎君、お義父さん、お義母さん、清香ちゃん、憲一郎さん…佳奈子さんも…。遠くで聞こえてた…。みんなが寿命を差し出すって…」
蓮華はポタポタと涙を溢して顔を上げ、これまでの事を振り返り感慨深いものを感じて、言葉を紡ぎ、声を震わせた…。
「…私は…わだじは…皆ざんに出逢えで…どでも…じあわぜ…です」
死神シドとナンシーは蓮華と真一郎に微笑みかけて、皆さん死んだら会おうねと縁起でもないことを言って煙のように消えていった。
蓮華は式場スタッフが用意したセレモニースーツに着替え、皆と共に挙式に列席する準備を始めた。
佳奈子は蓮華の強い希望で警察の介入を断り、そのまま罪に問われることが無くなった。
己の冒した過ちを深く反省し、嶺衣奈と蓮華に深く謝罪し、居合わせた面々にも謝罪した。
憲一郎はきちんと話すことを嶺衣奈に促され、佳奈子はひたすら憲一郎の胸のなかで泣き続けた。
佳奈子は別れを受け入れるほか無かったが、憲一郎が一方的だった事を反省して誠意のある謝罪をした事で和解に至った。
去り際に嶺衣奈と蓮華に深く頭を下げて再度謝罪をした佳奈子は涙を溢して結婚式場を後にした。
一時間ほど遅れた本当の理由は伏せつつスタッフと共に曽我部家と新郎新婦が招待客と磯鷲家に謝罪し、結婚式は無事執り行われた。
この日を境に蓮華と嶺衣奈は和解する事が出来、二人は仲睦まじい義姉妹となることができた…。
-七月七日-
黄桜 蓮華は27歳になった…。
今日のこの日…曽我部 真一郎と結婚式を挙げる。
織姫と彦星が魂を探し求めて結ばれ、幾つかの障害を乗り越えた二人は永遠の愛を誓う…。
多数の招待客と親族が見守る中、厳かな空気の中で神父が口上を述べ出した。
曽我部 真一郎さん あなたは今、蓮華さんを妻とし 神の導きによって夫婦になろうとしています。
汝、健やかなるときも 病めるときも 喜びのときも 悲しみのときも 富めるときも 貧しいときも
これを愛し 敬い 慰め遣え 共に助け合い その命ある限り 真心を尽くすことを誓いますか?
真っ直ぐ前を見据える真一郎は口を噤んだまま沈黙している。
その様子に神父は少し困惑して再度問いかけた。
誓いますか?
返答を求める神父に対して、笑みを浮かべた真一郎と蓮華は同時に声を張り上げる。
「私たち二人は、本日ご列席くださった皆様の前で結婚式を挙げられることを感謝し、ここに夫婦の誓いをいたします!!」
思いやりと感謝の気持ちを忘れす、何事も当たり前だと思わず、ありがとうと感謝の言葉を口にします。
彼女が何者になっても変わらぬ愛を貫きます。
この南京錠の鍵を持つ者に首を預けているので、ボクの首は蓮華さんのモノです。
上品にはなれませんが、感謝と気遣い、思いやりを忘れないお嫁さんになります。
彼が人間で無くなったとしても、ずっと変わらず愛し続けます。
彼の南京錠の鍵は私が持っているので、真一郎君の首は私のモノです。
この南京錠に誓って私たち二人は永遠に添いとげます。
笑っていられれば楽しいという言葉を家訓とし、喜びを分かち合い、笑顔とお酒の絶えない明るい家庭を築いていく事をここに誓います。
令和五年七月七日
新郎 曽我部 真一郎 新婦 蓮華
段取りのない事を述べ出した二人に呆然とする神父。
静寂の会場で耐えきれず吹き出した嶺衣奈を切っ掛けに数人が笑い出し、遙香が拍手をした事により、会場は拍手喝采が沸き起こった。
その場に居た列席者全員から温かい祝福をされ、死神界から観ていたシドとナンシーも心から祝福を贈った。
天から注ぐ光輝いた日の光は二人を祝福するように七色に煌めいていた…。
拾われた棒人間と平凡なOLのお話し
……終わり。
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