転生したら棒人間

空想書記

文字の大きさ
上 下
11 / 12

明暗

しおりを挟む






     台風のように両親が来訪してから数日が過ぎた…。
真一郎は暮らしていたマンションから嶺衣奈が引っ越しを完了するまでの間、蓮華のアパートにそのまま住むことになった。
以前と同じように寝食を共にし、一緒に通勤をする。
以前と違うのは勤める会社が違うので蓮華が送り迎えをしてもらうこと。
棒人間が曽我部  真一郎という人間だということだ。
結婚を意識した同棲になると、一つの感覚として、  ” 結婚したらこんなものかな “  というモノが芽生える…。
蓮華はいつの間にか結婚の事を何気なく思い浮かべるようになっていた…。

    仕事を終えた蓮華が帰り支度を整えていると、真一郎から電話が入り、少し遅くなるから手配しておいたハイヤーで先に帰っていてと連絡があった。
接待とかかな…。なんだかんだ言っても真一郎君は専務だし…。仕事上で色々とあるのだろうと蓮華は迎えに来たハイヤーに乗り込んだ。

    いつもの見慣れた街並みが今日はハイヤーの後部座席なので、何だかいつもと違って見える気がしていた。


「黄桜様」


「はい?」


「ご婚約おめでとうございます」


「え?!あ…はい。ご存知なんですか?」


「私は曽我部様の専属運転手なので、曽我部様から伺っております。口外は致しませんので御安心下さい」


「あ…はい」


「曽我部様はいつも楽しそうに黄桜様の話をよくしておられます」


    送ってもらう間、運転手は真一郎が婚約者の話しを楽しそうにすると言い、上品なんてものとは程遠い呑んだくれな部分まで伝わっていて赤面する羽目になった蓮華は気恥ずかしい思いをしつつ、家路についた…。

    他人から婚約者としての対応をされると、結婚がより現実的に感じた…。婚約者か…幸せだな…私…。
だが蓮華はふと思った…。
ちょっと待ってよ…。
曽我部の両親に認められた…。
真一郎は婚約破棄をして嶺衣奈と別れた…。
蓮華も当然、彼と結婚するものだと思っている。
真一郎もその筈だ…。だから会社で報告もした…。
今更なのだが…本当に今更なのだがプロポーズをされていない…。
嶺衣奈が引っ越しを完了したら二人で新居に移るという話しもしてる…。
結婚するというのは明確なのだが、プロポーズをされていない。
プロポーズされたい!!
女としてはプロポーズされたいのだよ真一郎君。
あの人、ちょっと天然だしな…。
ソレが無くても一緒になれるのだから…まあ、いいか…。などと考えているところに真一郎が帰ってきた。


「お帰り、今日は遅かったんだね」


「………」


    真一郎は無言だ…。どうしたんだろう?リビングに入るなり、立ち尽くして俯いている…。
何か…怒ってる?


「…ざ、残業だったの?」


「………」


  …何で無言?どうしたのだろう…。
いつもならワンコのように甘えてくるのに…。鬱陶しいくらいにまとわり付いて来るのに…。
何かあったという顔ではない…。顔を見ればそれ位はわかる…。


「蓮華さん!!!」


「な、なに?!急に大きな声出してどうしたの?!」


「い、今更というか、中々言うタイミングが無かったというか、言う時がなくてっていうか、…あの…その……」


「…う、うん」


「………」


    何か以前にも、こんな事があったな…。確かあの時は、チ○チ○がありますとか叫んでたっけ…。
吉村が棒君のモノに触ったかなんかで…。考えてみればあの時、既に私の事を好きでいてくれたんだ…。
あの頃は彼に対しては恋愛と言うよりは身内という感覚が強かったな。しかし長い沈黙だなと思った蓮華はどうしたのかと言葉を発しようとした…。



「…ボクと!!!…結婚してください!!!」


   そう叫んだ真一郎が手の平サイズの小箱取り出し、開いて見せた…。
そこにはラウンドブリリアンカットが施された大粒のダイヤの指輪が鎮座していた。
言ってくれた…。プロポーズしてくれた…。つい先刻、そんなことを考えていたばかりだ…。なんという以心伝心…。嬉しい…嬉しい…嬉しいよ…。蓮華は口許を抑えて大粒の涙を溢し、震えた声で小さく頷いた…。


「…はい」


    真一郎は涙を溢す蓮華の左手を静かに持ち、0.7カラットのダイヤの指輪をゆっくりと薬指に通す…。


「…あいがどう…。よろじぐ…おでがい…じまず」


「泣きすぎですよ…蓮華さん」


「だっで…ずっど…ずっど…まっでだんだもん…うれじい…うれじい」


   泣きすぎたあまり、話せない蓮華を静かに真一郎は抱き締めた…。
理論的、数学的に計算されつくした58面体のカットが織り成す輝きが、二人を祝福するように煌めいていた…。
蓮華にとって確かな結婚という物が実感出来た日となった。

    翌日、その輝きの主張に逸早く気が付いた吉村が、感嘆の声を上げた。
平均的には0.3カラットと言われる婚約指輪よりも大きな0.7カラットというサイズに吉村はうっとりとして魅入られている。


「いいなぁ…。蓮華さん、コレ私に頂戴」


「だ、駄目に決まってるでしょ」


「私も棒人間、拾ったら大事にしようっと」


    それはもう主旨が違うだろう…吉村…。と、そこに居合わせた全員が思った…。
そもそも生きた棒人間など、そう簡単に落ちてないだろう…。





      曽我部  真一郎が破局!!

婚約破棄された曽我部  真一郎!!

       弟、憲一郎が略奪愛!!


    メディアが一斉にニュースとして取り上げた。
嶺衣奈が憲一郎と寄り添う姿をスクープされた為、あらぬ誤解を招くニュースが流れた。
実際は婚約破棄されたのは嶺衣奈のほうだが、週刊誌にスッパ抜かれた記事が災いし、嶺衣奈が二股の末に乗り換えたかのような書かれ方をしてしまった。
意地の悪い記者は嶺衣奈を悪女に仕立て挙げるような表記をした為、SNS等では悲劇の兄、捨てられた王子などと、真一郎に同情の声が集まった。
感情的になって対応した憲一郎の態度も裏目に出てしまい、益々、嶺衣奈を苦しませる結果になっていった。
ある程度の有名税という意識がある、曽我部家と磯鷲家はとくに動じることなく放置していた事が更なる追い討ちとなった。
    収拾がつかなくなった事態に致し方なく記者会見を開いた憲一郎と嶺衣奈だったが、立て続けに浴びせられるフラッシュと質問責めに何も答える事が出来ないところに、真一郎が乱入してきた。


「…真一郎…さん」


「兄貴…」


「皆さん誤解しています。ボクが嶺衣奈さんに婚約破棄を申し入れたんです。…ボクには新しい婚約者が居ます…。これ以上二人を愚弄するのなら、曽我部家の威信にかけて貴殿方が想像を絶する事態を起こさせていただきます。悪者はボク一人です」


    そう淡々と言葉を紡いだ真一郎はニッコリと微笑んだまま、記者会見のテーブルを真っ二つに叩き割った。
真一郎が怒っている…。終始笑顔を保ってはいるが、内から滾る怒りを感じた記者達は青ざめて口を噤んだ…。



「今後の話は、この曽我部  真一郎が全て承ります…」


    通称  “ 王子様 ”  と称された、あの曽我部  真一郎が、いつも穏やかで柔和な曽我部  真一郎が感情を抑えながら憤怒する姿に対して物申す者は誰一人として居なかった…。自分を悪者だと言い切り、弟の憲一郎と元婚約者を護る姿は結果的に真一郎の評価が爆上がりし、憲一郎と嶺衣奈の事は誰も悪く言う者も居なくなって、事態は沈静化に向かった。
メディアの興味は曽我部  真一郎の新たな婚約者がどんな女性なのかという事に向けられた…。
磯鷲貿易の令嬢、磯鷲  嶺衣奈は芸能事務所から声がかかるほどの美貌で有名だ。
その天使のようなルックスにときめかない者など居ないほど可愛くて、聡明な令嬢を捨ててまで乗り換えた女性はどれだけの人物なのかと黄桜  蓮華の正体はベールに包まれたまま、日にちは過ぎて行った。




               -七月七日-


    今日で蓮華は二十六歳を迎える。この誕生日の日に新居への引っ越しをする事になった。
数年間に渡って暮らしたこのアパートとはお別れだ。
引っ越し業者が荷物を運び出して殺風景になった部屋で、今日までここで暮らしたことを思い起こして感傷に浸っていた…。
母と死別してから一人で頑張ってきた…。勿論その裏では部長である横川の助けはあった。
彼に対しては言葉では言い尽くせないほどの感謝と恩がある…。
身元保証人も横川が進んでなってくれた。

    コンビニで出逢った篤郎との交際中もここで過ごした…。
その後は蓮華の人生を大きく変えた棒人間との出逢い…。
死神シドとナンシーとの出会い。そして、曽我部  真一郎との出逢いに繋がった…。
結婚が決まってから蓮華の両親の墓前に挨拶へ行った。
墓前で泣き崩れる蓮華を真一郎は静かに抱き寄せて、必ず幸せにしますと誓った。
感慨深い思いを噛み締めるように蓮華はリビングでありがとうと言葉を残してアパートを後にした。

    今日は真一郎の運転で新居となるマンションへ向かう…。
このマセラティにもしばらくお世話になった…。
そう言えば私の車ってどうなるんだろう?結婚が決まってから目まぐるしく変化していく日常に自分の車が無いことなどすっかり忘れていた…。
そんな事を考えてる間に、目を疑うほどのタワーマンションに着いた…。まさか…ここが新居?
嶺衣奈と暮らしていたマンションはこんなにも凄いところだったのかと蓮華は呆然としていた…。
当たり前のように地下の駐車場へ入ると何台かの高級車が鎮座していた。
マセラティから降りた真一郎は台形のスマートキーを蓮華に手渡した…。


「蓮華さん。誕生日、おめでとうございます」


「え?!何…これ」


「納車に時間が掛かってしまった為、せっかくなので、今日プレゼントしようと思いまして」


    真一郎に促された蓮華がスマートキーを解錠すると、一台の車のハザードランプが点滅した。


「…コルベット…C8…」


「色は蓮華さんの魂の色をイメージしたキャンディオレンジにしました」


    セブリングオレンジティントコートにペイントされた限定車があったが、現定数が五台で、新車では既に手に入らなかった為、ハードトップコンバーチブルを購入してオールペンを施した。
自分が好きなブラックを織り混ぜた黒光りするキャンディオレンジは世界で一台のC8だと真一郎は説明した。


「C3の中古は美品が中々見つからなくて、ボクの独断でコレに決めてしまいました」


「…これ…貰っていいの?」


「勿論です」


    子供のように喜びの表情を浮かべた蓮華は早速、C8に乗り込みエンジンをかけた…。八気筒のエンジンが気魂しい唸りを上げて地下駐車場に響き渡る。
あの独特なフロントノーズに一目惚れして購入したC3には当然ながら愛着はあったが、彼は最愛の人と自分を護ってくれた。
それを感慨深く噛み締めて、持っておいたC3の鍵をC8のスマートキーに括り着けた蓮華はヨロシクと呟いてニッコリと微笑んだ。
二人がC8の話で盛り上がっている所に、放置されていた引っ越し業者が申し訳なさそうに声を掛けてきた。
引っ越し途中だと言うことをすっかり忘れていた二人は慌てて新居へと上がって行く。


「奥様、ご機嫌ですね」


「おく…さま…」


    奥様だなんて呼ばれた事もないし、ガラではない…。聞きなれないその単語に蓮華は思わず吹き出してしまった。
引っ越し業者は、ニュースでやっていたあの曽我部  真一郎の新しい婚約者はどんなセレブかと期待していたが、かなり庶民的な人だなと思った。
ただセレブ感は無いが、三人の業者は一様に、艶のあるいい女という感想は抱いていた。
マンションに入った蓮華は部屋の広さ、格式高いバロック調の家具、広く取られたシステムキッチン、ホテルのような寝室、浴室…。
家中を見回し、目をパチパチとして、瞬きを繰り返した。


「…す…凄いね…ここ」


「今日から、蓮華さんの家です」


    広すぎて何だか落ち着かない、豪華すぎてソワソワしてしまう…。一般庶民の蓮華にとっては仕方のない感覚だった…。
今日からここで暮らすのか…。
あの棒君が曽我部  真一郎…。
アパートに一緒に居たときはまだ身近な曽我部  真一郎だったが、急に曽我部  真一郎が遠い存在に感じてしまった。
ブルジョワ?ハイソサエティ?セレブリティ?
どれも自分に縁遠い…。今頃になって、やっぱり釣り合いが…などと蓮華は劣等感に苛まれてきた。
それを見透かしたように真一郎は突然、蓮華の胸を思い切り揉んだ。


「ぎゃあああああ!!!」


     引っ越し業者の前で急に胸を揉まれて声を張り上げた蓮華に、引っ越し業者は唖然とすると共に、この人…乳デッカ…と魅入られた。


「人前で何すんだ!!このドアホウ!!」


「…落ち着きました?蓮華さん」


「…あ…うん」


「何も気負わないでください。曽我部なんて、ただの付属品です。ボクはボクですよ蓮華さん」


「…うん。ごめん。ありがとう真一郎君」


    気負ってしまっていた…。真一郎に言わせれば、本当に下らない事なんだろう…。この人は全く飾り気もないし、傲りがない…。だからこそ好きになったのだが…。あまりの上流階級振りに面食らってしまった。
蘇生した彼と結ばれた時に散々話した事だったのにと蓮華は少し情けない気分になった。
搬入を終えた引っ越し業者は深々と挨拶をして帰って行った。
私物のダンボールを開梱している蓮華の手を引いた真一郎は寝室へ連れて行った。


「真一郎…君」


「蓮華さん」


    どこかの王室にでもありそうなワイドキングサイズのフカフカなベッドにダイヴして、力強く蓮華を抱き締めた真一郎は感慨深げに涙を溢した。
突然の事に蓮華は戸惑って様子を伺った。


「ようやく…ようやくここまで来れました…。それが嬉しくて」


    棒君だ…。この人は紛れもなく棒君だ。曽我部  真一郎としての立ち居振る舞いの奥にはこの泣き虫が居る…。なんだか安堵した蓮華は真一郎の頬を撫でて唇を合わせた。


「泣き虫は変わらないね」


「蓮華さんの前でしか、泣きません」


    見つめ合った二人は開梱の事は後回しにして、自分達の身体を重ね合わせた…。
何度も何度も確かめ合った互いの身体…。自らの舌が触れていない場所は髪の毛以外は無い…。それほど身体中の全てを舌で感じ取った。
柔らかくて、温かくて、逞しくて、妖艶で、濃密で、優しくて、愛しくて…。
互いの敏感な領域を愛でる様に舌を這わせ、指を巧みに操る…。
吐息を荒くした二人は最も熱の籠った滾りを絡め合って汗と体液を迸らせ、本能の赴くままに身体を委ねていった…。

    この人とスると一回では終わらない…。何度も何度も…。何度絶頂っても求めてしまう…。
真一郎も同様だった…。嶺衣奈さんとは全てが違う…。身体が、本能がこの身体を貪り尽くせと命令されるように滾りが続いてしまう。
身体が合うっていう事はコレなんだと毎回のように感じていた。


    辺りはすっかりと日が落ちてしまっていた…。
彼と肌を合わせて、目が覚めても彼が居るという現実を毎回、毎回、その喜びを噛み締めている…。
婚約者の嶺衣奈と別れて、蓮華を選択した…。約束通りに彼は蓮華との人生を選択した…。
拾った棒人間と恋に落ち、蘇生の為に別れ、再び巡り逢えた奇跡を真一郎の腕のなかで感じていた。


    真一郎もまたそうだった…。蘇生して忘れてしまっていた蓮華の事を魂はずっと求めていた…。
彼女の事を鮮明に思い出したのはアパートに入った時だった。
折しも彼女はその時、自分が身を引くことを選択し、真一郎の記憶を封じようとしていた。
危機一髪だった…。少しタイミングがずれていれば蓮華の事は思い出せず、嶺衣奈さんと結婚していたのかも知れない…。
現在も首から下げた南京錠に手を添えて、改めて腕の中に居る体温の主に幸せを感じている。


    今の二人が在るのは、死神シドとナンシーのおかげだ。
彼等に会いたい…。彼等に会ってお礼が言いたい…。そう願った二人の前に空気が渦を巻くようにして、シドとナンシーが姿を現した。


「久し振りね…蓮華ちゃん」


「ナンシーさん!!」


「お前等の望むカタチになったじゃないか…黄桜  蓮華」


「シドさんも」


「本当に…ありがとうございました」


「俺達はきっかけを与えただけだ…」


「蓮華ちゃん達の想い合う強さが二人を結びつけたのよ」


    蓮華と真一郎はそれでも今の自分達が在るのは二人のおかげだと頭を下げた。
その上で結婚式に出て欲しいと願い出てみたが、ありがたい事だが人間界の催しに出るのは遠慮しておく、当日はあの世から見させてもらうよと姿を消して行った…。


    結婚に向けての同棲が始まった。本当の意味での順風満帆だ…。
毎日、マイナスベクトルで呑んだくれていたあの頃とは何もかもが違うし、泥酔してよくわからない物を拾って来るという事が無くなった…。
それはそれで何だか物寂しい感じがしたが、それ以上に真一郎との生活は充実していた。
ただ蓮華の性格上、気の張った生活、上品振った暮らしはいい意味ですぐに崩壊した。
やっぱり蓮華はお酒が好きだし、呑んだくれたい。しかも楽しいお酒が増えていった。
真一郎も同様に酒を酌み交わしてくれて、アパートで暮らしていた時と同様の生活スタイルに戻り、セレブ?なにそれおいしいの?という庶民的な生活振りになった。

    曽我部  真一郎が居酒屋で蓮華と酒を酌み交わすところが週刊誌にスッパ抜かれた。
とどめには泥酔した蓮華が店頭の信楽焼(タヌキの置物)に向かって真一郎!!と叫んでいるシーンが動画で撮られてしまった。
プライバシー保護の為、顔に斜線が引かれていたが、一目で蓮華と判る物だった。
蓮華の関係者には大爆笑を招いたが、真一郎の関係者には物議を醸す展開になった。
一部には曽我部の嫁として云々という声も上がったが、鉄治郎の喧しい!!という一言で全てが収束した。
鉄治郎からの用事も真一郎をスッ飛ばして直接、蓮華に来るほどの溺愛振りは更にメディアを沸かせた…。
飲み比べでは鉄治郎を潰し、何度か酒の席で顔を合わせていた妹の清香も蓮華の人間性に惹かれ、いつの間にか ” 蓮姉 “ と呼ぶほど意気投合して仲良しになっていった。

    その件でメディアに露出した母の遙香は終始コロコロと笑い退けた末に、蓮華は真一郎の嫁として最高だと言わしめた為、下品な女だと揶揄されていた評価は一転して、蓮華の振るまいが庶民的で好感が持てると高評価を得ることになった。

    度々報道される曽我部  真一郎の婚約者Kさんの事で憂鬱な気分になっていたのは嶺衣奈だった。
本来なら真一郎の隣に居たのは自分だった筈…。
現在、憲一郎と付き合い始め、記者会見までした身ではもうそれを口にする事すら出来ずに居たが、その鬱積が苛立ちとなり知らず知らずの内に態度に出てしまっていた…。
苛立つ嶺衣奈の振る舞いを黙認して、皿が割れれば片付け、ガラスが割れても怪我はないかと心配しては片付けていた。
どんなに八つ当たりされても、喚いても、憲一郎は敢えて普段通りに接していた。


「嶺衣奈さん」


「何よ!!」


「我慢しなくて…いいんです。真一郎の事を忘れられないのはわかってます」


「憲一郎君」


「皿なんか何枚割ってもいい、ガラスなんか何枚割ってもいいんです…。ボクはいつまでも待ちますから」


「……」



「ボクは…あなたの笑った顔が一番好きなんです。あなたを笑わせられなくて…自分が情けない」


    何故、真一郎さんより先にこの人と出逢わなかったのだろう…。
こんなにも我が儘で、いつまでも真一郎の事を引き摺り、当たり散らす女のどこに惹かれているのだろう…。
メディアのイメージとかけ離れた磯鷲  嶺衣奈のどこに惹かれるのだろう…。


誰もが私を可愛いと持て囃してくれた。
誰もが私を素敵だと持て囃してくれた。


   今だって…外へ出れば誰もが磯鷲  嶺衣奈を持て囃してくれる。
曽我部  憲一郎と付き合っているというステータスは誰もが羨む事。
磯鷲  嶺衣奈と付き合っているというステータスは誰もが羨む事だ。

    こんなにも恵まれた環境下で私はとても空虚だ…。
叶わない想いがとても辛い…。
記者会見で護ってくれた真一郎さんの後ろ姿を見ていただけで、あの記者会見の場で私は感動する振りをして涙を溢しながら、はしたなく絶頂っていた…。
その後も、何度も彼を思い浮かべて自分で絶頂った…。
憲一郎とシているときでさえ…。思い浮かべるのは真一郎の事ばかりだった…。
一度だけ、その最中に  “  真一郎さん ” と叫んでしまった事があった。
憲一郎は素知らぬ振りをしてくれていた…。
その事を謝った時も、気づかなかったよと笑ってくれていた…。
とある日の夜に憲一郎は寝言で「何で真一郎なんだよ」と叫んだ事があった…。
彼を傷付けている…。とても傷付けている…。
私は彼を利用しながら、とことんまで傷付けている…。
あんな強面なのに、彼はとても優しくていい人だ…。
なんでこんなに好きでいてくれる素敵な人を愛せないんだろう私は…。
もう、この人の時間を奪うのは止めよう…。
あまりにも憐れだ…。そう思った嶺衣奈は別離を決意して顔を上げた。


「…憲一郎君」


「別れないですよ…俺は」


「…なんで…わかるの」


「ボクは…あなたしか見てないんです…。顔を見れば何を考えているかなんてわかります」


「でも…もう私との時間は…」


「無駄なんかじゃない」


    憲一郎は磯鷲  嶺衣奈という女がどれほど自分の心を支配し、どれほど自分の心を狂わせ、一緒に居られる事がどれほど幸せを感じているかを嶺衣奈に伝えた。


「…どんな目にあっても、君を嫌いになる方法がわからないんだ…。滑稽ですよね…。別れるなら…せめて俺を大嫌いだと罵ってください」


「…大嫌い」


「……」


「…大嫌い」


「………」


「……大嫌い…なんて…。言えるわけ…ないじゃない」


     根負けしてしまった…というのが、正解なのかはわからなかった。
大嫌いなんて思えなかった…。
こんな自分をこんなにも想ってくれる人なんて他には居ないと思った…。
こんな自分をこんなにも支え続けてくれる人なんて他には居ないと思った…。
嶺衣奈の気持ちが真一郎から憲一郎に変わる瞬間になった…。


「…嶺衣奈…さん」


「……ありがとう…。憲一郎君…。今まで…本当に…ありがとう…。今まで…本当に…ごめんなさい」


    憲一郎は、涙を溢し続ける嶺衣奈を優しく支えるように肩に手を添えた。


「……好きです。…憲一郎君」


「…嶺衣奈さん」


「…大好き…です」


    憲一郎は目に涙を溜めて力一杯に嶺衣奈を抱き締めた…。嶺衣奈は「痛いよ…骨が折れちゃう」と言いながら涙を溢して唇を合わせた…。
溢れる涙は本当の意味での真一郎との別離を決意し、憲一郎と歩む事を決意した涙だった…。
本当の意味で結ばれた二人は、本当の意味で誰もが羨む恋人同士となった…。


   それからしばらくして、曽我部  憲一郎と磯鷲  嶺衣奈の結婚式がクリスマスイヴに挙げられると発表された。
結婚に差しあたって真一郎と憲一郎は、嶺衣奈と蓮華の事をどうするのか悩んでいた。
和解をした方がいいに決まっている…。
真一郎は悩んだ末に蓮華に相談を、憲一郎は嶺衣奈に話してみることにした。

    蓮華は、申し訳ないという思いは当然あるけが、立場が逆なら謝られたくない…。謝られたら余計に惨めだし、なんだこの女って思ってしまう…。だから嶺衣奈さんの結婚式は私は欠席したほうがいいのではないかという見解を示した。
   それに対し、嶺衣奈は謝られるのは違う気がするし、正直に言えば顔を合わせたくはない…。あの人とは義姉妹になるけど、和解するのは無理だと思う。ただ、真一郎の婚約者なので、結婚式に出席はした方がいいのはわかっているから出席してはどうかという見解だった。


    双方の意見を聞いた結果、一般的な慣例と同様に、真一郎の婚約者として紹介も兼ねて蓮華は列席する事になった。
致し方がない事とはいえ、蓮華も嶺衣奈も双方がジレンマを抱えたまま12月24日を迎えることになる…。


「憲一郎…結婚するんだ…。私を捨てて…磯鷲…嶺衣奈と…。許さない…許さない…許さない」

そう呟いた女性が明かりを消した自室で、憎悪を滾らせた眼でテレビを睨み付けていた…。


            -12月24日-


    親族への挨拶を済ませ、スタッフに身支度を整えてもらった嶺衣奈はブライズルームで憲一郎を待つことにした…。
純白のウェディングドレスに身を包んだ嶺衣奈はこれまでの事を感慨深く振り返っていた。
いよいよ結婚だ…。
紆余曲折したが憲一郎との結婚に行き着いたことに嶺衣奈は後悔も迷いも無くなっていた…。
私の事を誰よりも理解し、誰よりも愛してくれる。
愛されている事の幸福感を感じている嶺衣奈にとってはこれで良かったし、これが良いと憲一郎のことを想っていた。
憲一郎も真一郎も其々の会社での立場上の挨拶がある為に中々落ち着けないで居た…。
蓮華は挙式の開始まで少し時間を持て余していた為に手洗いに行き、何気なく目に入った磯鷲  嶺衣奈のブライズルーム近くで足を止めた…。
やはり何かを話すべきか…。言わない方がよいのか…。
そんな蓮華の横を同世代くらいの真紅のドレスに身を包んだ女性がブライズルームへと向かって行くのが見えた…。
綺麗な人だ…。嶺衣奈の知り合いだろうと気にも留めなかったが、その女性はノックもせずにブライズルームへ入っていった…。
おかしい…。スタッフにしろ、知り合いにしろ、どんなに気心が知れた間柄でもノックをするのは常識の筈…。
妙な違和感を感じた蓮華は静かに後を着け、扉の前で息を殺した…。

    憲一郎君、早く戻って来ないかなと思っているところにブライズルームの扉が開いた。
式場スタッフ?じゃない…。真紅のドレスに身を包んだ知らない女性がそこに立っていた。
ノックもせずに開けるなんて…と思ったが、憲一郎の知り合いかもしれない…。
そう思った嶺衣奈が愛想よく挨拶したにも拘わらず、その女性は無言で立ち尽くしている…。


「磯鷲…嶺衣奈…」


「…はい?」


「あなたのせいで…。あなたのせいで…。私は憲一郎に捨てられたわ」


    自分に向けられる憎悪に滾らせた眼の理由を嶺衣奈は瞬時に理解した…。憲一郎は女遊びをやめて、本命とも別れたと言っていた…。
女の勘だ。
間違いなくこの人は憲一郎の元彼女…。



      この人は私だ…。私と同じ…。



    私もこんな眼をしていたんだ…。
こんな眼を真一郎さんに向けてしまっていた…。
こんな憎悪を黄桜  蓮華に抱いていた…。
彼女を許せてしまったかと言われればそうでは無いが、憲一郎との結婚を決めたことで以前のような憎悪はすでに無かった。
今になって漸く分かる…。叶わないものにすがりついても生まれるモノは空虚と悲哀と憎悪だけ…。   


「私にも…あなたの気持ちはわかるわ…」


「婚約者を捨てて、乗り換えた女に…何が分かるって…言うのよ」


    それはあなたの誤解…などと言っても伝わらないであろう眼をした女はブツブツと呟きながら嶺衣奈に歩み寄ってきた…。


「…殺してやる…殺してやる」


    右手に握りしめられた果物ナイフが禍々しい憎悪を伝えるかのように煌めく…。
恐怖で声が…出ない…。私も殺意に駆られた事があるから分かる…。この人は私を殺す気だ…。
本気で殺す気…。
酷く狼狽えた嶺衣奈は震えながら後退りする…。

   ブライズルームの外では蓮華が息を潜めていた…。
蓮華は気を落ち着かせる為、深く深呼吸をする…。ドクドクと心拍数が上がっている…。
当然の事だ…。人が殺されそうになる所に踏み込んで行くのだ。
下手をすれば自分が殺されてしまうかも知れない…。
見ず知らずの他人ならは静かに助けを呼びに行くことが正解かも知れないが、嶺衣奈のこの状況は辿れば自分にも原因はある…。
一分一秒を争う状況で…。
人生で最も晴れやかで、この日を迎えた嶺衣奈を放っておくことなど蓮華には出来なかった…。
あの人を助ける…。
そう決めた蓮華はスマートフォンを真一郎に発信したままの状態にしてブライズルームの扉を開けた…。
まさに女性が果物ナイフを片手に嶺衣奈に襲いかかる寸前だった。


「待って!!」


   待って?普通この場面に遭遇したら悲鳴を上げて人を呼びに行くだろう…。誰だ?この女は…。
少なくとも嶺衣奈の顔見知りか…。
関係ない者まで傷付ける気はない女性は蓮華にチラリと視線を送っている。


「邪魔しないで…この女を殺させて」


「あなたの怒りの発端は私なの」


「…何を…言ってるの…」


「私が…真一郎君を…嶺衣奈さんから…奪ってしまったから…」


「…なん……だって…」


   何故そんな事を言ってしまうのだろう…。そんな事を口にすれば矛先は自分に向いてしまう…。私なら絶対に素知らぬ振りをするのに…。
恐怖で震える嶺衣奈は、蓮華の言動が理解出来ないでいた…。


「…アンタが…真一郎を奪って…、一人になった…嶺衣奈に…憲一郎が…近付いた…。私を捨てて…憲一郎が嶺衣奈に乗り換えた…」


    ワナワナと震える女性を更に煽り立てるように蓮華は嘲り笑った。


「アハハハやっと解った?惨めで馬鹿な女」


「…なん…だと?」


「聞こえなかった?惨めで馬鹿な女って言ったのよ」


「こ…殺してやる…。殺してやる…殺してやる!!」


    電話が鳴った真一郎がスマホを取ると、なにやら雑音の向こうで話し声が聴こえる。


「蓮華…さん?」


    通話の向こうから微かに聴こえる、蓮華の声と嶺衣奈の声…。
そこに聞き覚えのある女性の喚いた声「殺してやる」というワードが真一郎の耳に聴こえてきた。
状況を察知した真一郎は、親族控室から出て廊下で談笑していた憲一郎の耳にスマホを充てて聴かせた…。


…佳奈…子…。


    声の主は憲一郎の元彼女の佳奈子だった…。
嶺衣奈に一目惚れした憲一郎がアッサリと別れてしまった女性…。
当時、泣いてすがりつく佳奈子の話を全く聞き入れず、なんの話し合いもせずに憲一郎は冷たく突き放して一方的に別れたきりだった。真一郎と憲一郎は急いで蓮華と嶺衣奈の居るブライズルームへと駆け出して行った。


「ふざけやがって!!ふざけやがって!!殺してやる!!」


    果物ナイフを持って怒りに震えて咆哮する佳奈子に飛びついた蓮華は力強く抱きつき、声を張り上げる。


「逃げて!!嶺衣奈さん!!」


   嶺衣奈はカタカタと震えて、足が竦み上がり涙目になって動けないで居る…。
殺されかけた恐怖で萎縮してしまっているのか…。蓮華は嶺衣奈を動かす為に必要以上に大きな声で煽り立てるように叫んだ。


「早く!!!」


   青ざめた嶺衣奈は涙眼でブライズルームから慌てて駆け出して行った。蓮華の策略を理解した佳奈子は、嶺衣奈を殺すチャンスを逃してしまった憎悪を剥き出しにして、睨みつける…。


「…お前…嶺衣奈を逃がすた為に…わざと煽ったのか…」


「……今頃…気付いても手遅れよ」


「ふっざけやがって…」


   佳奈子は憎悪の意思を右手に宿らせ、躊躇なく果物ナイフを蓮華の腹部に刺し込んだ…。
染みだす鮮血が蓮華の纏う濃紺のセレモニースーツを真っ赤に染め上げていく…。


「ぐっ…うう…」


「痛いだろう?手を離せ!早く離せ!!」


「…し…死んでも…離さ…ない」


「じゃあ死ねっ!!!」


ズブズブズブ…


「死ね!死ね!!」


   蓮華の腹部に深く深く果物ナイフが刺さっていくと共に鮮血がボタボタと滴っていく…。
腹部を襲う激痛が、身体中から脂汗を吹き出させる…。
アツい…刺されると…アツいんだ…
腹部から止めどなく流れる血液が生温かい…。でもこの腕を、身体を
、離すわけにはいかない…。
朦朧としてきた蓮華は意識を飛ばさないように下唇を強く噛みしめて出血しながら正気を保ち、佳奈子を逃がさないように腕に力を込め続ける…。

   右手が蓮華の鮮血で真っ赤に染まりきる頃、後戻りはもうできないという精神状態に陥った佳奈子は更なる悲哀と憎悪を滾らせて、果物ナイフを深々と抉るように刺し込んで行った…。








……続く。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

遥か

カリフォルニアデスロールの野良兎
キャラ文芸
鶴木援(ツルギタスケ)は、疲労状態で仕事から帰宅する。何も無い日常にトラウマを抱えた過去、何も起きなかったであろう未来を抱えたまま、何故か誤って監獄街に迷い込む。 生きることを問いかける薄暗いロー・ファンタジー。 表紙 @kafui_k_h

イケメン政治家・山下泉はコメントを控えたい

どっぐす
キャラ文芸
「コメントは控えさせていただきます」を言ってみたいがために政治家になった男・山下泉。 記者に追われ満を持してコメントを控えるも、事態は収拾がつかなくなっていく。 ◆登場人物 ・山下泉 若手イケメン政治家。コメントを控えるために政治家になった。 ・佐藤亀男 山下の部活の後輩。無職だし暇でしょ?と山下に言われ第一秘書に任命される。 ・女性記者 地元紙の若い記者。先頭に立って山下にコメントを求める。

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

今日、俺はショゴスを拾った

TEFt
キャラ文芸
 田舎から上京してきた大学生、井上 勇吾。新しい場所での初めての一人暮らしに胸を躍らせる。  しかし、買い出しの帰り道で箱に詰められた何かを目にする。猫かと思ったが、それは、この世のものとは思えないナニカだった。慌てて家に帰り、そのことを忘れようとした。が、いつの間にかソイツはいた。持ち帰ったわけではないが、拾ってしまった。  そこから始まる、謎の生命体との生活。彼の大学生活はどうなってしまうのか。  事件に巻き込まれ、不思議なモノとの出会い、接触、平穏な生活にはもう戻れない。

降りしきる雪をすべて玻璃に~大正乙女あやかし譚~

遠野まさみ
キャラ文芸
時は大正時代。 人ならざるものが視える子爵家の長女・華乃子は、その視える『目』により幼い頃から家族や級友たちに忌み嫌われてきた 実家に居場所もなく独り立ちして出版社に勤めていた華乃子は、雪月という作家の担当になる。 雪月と過ごすうちに彼に淡い想いを抱くようになるが、雪月からは驚愕の事実を知らされて・・・!? 自らの不幸を乗り越えて、自分の居場所を探して懸命に生きるヒロインのお話。 第5回キャラ文芸大賞にエントリー中です。よろしくお願い致します。 表紙イラスト:ひいろさま タイトル文字:れっこさま お二方、ありがとうございます!

隣人は甘く囁く~透明な魂と祈りのうた~

奏 みくみ
キャラ文芸
《お隣さんは謎の美麗紳士。彼が引っ越して来たその日から、私は彼岸と此岸の境目、見知らぬ世界へと誘われていく……》 奥村花音は、ごくごく普通の女子大生。学校とバイト先と家を行き来するだけの、平凡で代わり映えのない日々を過ごしている苦学生だ。 そんな花音の隣に美しい男――結城が引っ越してきた。初対面なのにやたらと距離が近く、あやしい色気を放つ結城。花音は訳が分からず彼の態度に困惑。徐々にペースを乱され、結城に振り回され始める。 ――ある日、花音が乗るはずだったバスが多数の犠牲者を出す事故を起こした。偶然から難を逃れたとはいえ、花音の気持ちは複雑に揺れる。 しかしそれは、些細なきっかけに過ぎなかった――。 偶然と必然が交差する毎日。不思議な人々との出会い。それまで平穏だった花音の人生は、静かに、少しづつ崩れ始める。

処理中です...