転生したら棒人間

空想書記

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青天の霹靂

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   蓮華と棒人間が結ばれて約半年が経つ…。この半年間に二人は幾度となく肌を重ねた。
その甲斐あってか棒人間の人間への具現化は薄暗い寝室限定だが、かなり容易くなっていた。
薄暗い寝室で過ごす時間が増え、肌を重ねていない時でも極稀に棒人間は人間になっている時もあった…。
それだけ二人が求め合う想いが強いと言うことの裏付けにもなり、更に二人は燃え上がった。


    会社では蓮華と棒人間の距離感が近くなったのを吉村に気付かれ恋人の距離感だと怪しまれた。
同居人から恋人になったので、無意識の内にそうなっていたのかも知れない。
その頃から蓮華は周囲から艶が出た、急に綺麗になったと言われるようになった。


    一緒に暮らし始めて…、と言えば聞こえはいいが、蓮華が泥酔して棒人間を拾ってきてから一年近くが経過していた。


「棒君!誕生日おめでとう♪」


「今日は5月10日…ですよね?」


「そう5月10日だから棒の日」


「なぜですか?」


「本当はごぼうの日らしいんだけどね」


「ボクは棒ですけど、コボウじゃないですし、食べ物ではないです!」


「まあ良いじゃない。棒なんだから。ごぼうなんて親戚みたいなモノだって」


「全然、違います!!」


    そうでもしないと、君の誕生日が祝えないからと蓮華は笑いながらケーキにナイフを入れた。
棒人間は生クリームを指で掬い、蓮華の口に頬張らせながら誕生日を訊いた。


「私?私の誕生日は七夕の七月七日だよ」


「じゃあ今年の七夕は蓮華さんの誕生日を祝います」


「ありがとう。楽しみにしてるよ。彦星さん♪はい、プレゼント」


    蓮華はそう言って、”®️” の彫金を施した南京錠のネックレスを棒人間に見せた。


「シドチェーン…」


    ラビット社のじゃないけどね。そう言って蓮華は棚の上に置いてあるライヴで拾ったシドチェーンを見せて、私のとお揃いで666のモノだよと照れ臭そうに笑った。


「…鍵は…蓮華さんが持っていて下さい」


「そんな事したら取れなくなっちゃうよ?」


「いいんです。ボクの首は蓮華さんのモノです」


「それはそれで、ちょっと怖いんだけど棒君」


「いいんです!」


「…うん、わかったよ。持っておくね」


   二人は幸せだった。
求め合う時にしか人間に具現化出来なかったがそれで充分だった。
いつかこの生活は終焉を迎えてしまう…。
普通に生きている人間でもその不安は漠然としては在る…。
人間よりも不確定な棒人間はその不安要素は未知数だった。
二人はその不安要素に蓋をして、一日一日を一分一秒を噛みしめるように毎日を営んでいる。

    久しぶりに友人から連絡があった蓮華は出掛けることになった。
行ってきますと玄関で唇を合わせた蓮華はニッコリと微笑んでアパートを後にした。


   篤郎と付き合っていた頃は時折、一人になっていたが、蓮華と繋がって以来、一人になるのは久し振りだ。
それほど二人は時間を大切にし、片時も離れないようにしていた。


「早く蓮華さん帰って来ないかなー」


そう棒人間が呟いたその時だった。静寂のアパートの一室に聞き慣れない声が聴こえた…。


「やっと見つけたよー」


「え?誰?」


   寝癖のように逆立った髪、上下黒のスーツにYシャツのボタンをだらしなく止め、首から下げた ”®️” の彫金を施した南京錠のネックレス、人の心を見透かしたような闇に吸い込まれそうな眼…。
突如現れた不真面目なチンピラのような男の出現に棒人間は震えて後退りする。


「ば…化け物」


「おい…。自分のルックス見てからモノを言えよ」


「…た…確かに」


「………」


「………」


「おい!なんか無いのか?突然現れた者に対しての疑問とか」


「ああ…そうですね。あなたは誰なんですか?」


「俺は…死神だよ」


「ば…化け物」


「だからそれは自分のルックスを見てからモノを言え」


    調子の狂うヤツだなと思った死神は棒人間に話があって来たが、黄桜 蓮華と一緒にした方がいいから待たせてもらうと言ってタバコに火を点けた。
棚に並ぶCDを眺めながら死神はフーンと微笑んでいる。


「いい趣味してるなぁ…お前のお姫様」


「ボクも、同じような音楽好きなんです」


「そうか♪パンクは最高だろ」


    そうですねと頷いた棒人間を見据えて死神はこんなルックスの奴でもパンクとか聴くんだなー…。などとタバコを吹かす。
ここでの生活の様子などを棒人間と話している時、蓮華の魂によからぬ流れを感じた死神は顔つきを変えてタバコを消した。


「お前のお姫様が一大事だ…ちょっと待ってろ」


そう言い残して煙のように消えた死神に棒人間は呆然としていた。


-少し前-


    友人と分かれた蓮華の前に五人の人影が見えた。
こちらの様子を伺うようにしていた五人は蓮華の方へ近づいて来た。その中の一人が右手を上げて馴れ馴れしく声をかける。


「よぉ…蓮華」


  元彼の篤郎が数人の仲間と連れ立って声を掛けてきた。
待ち伏せるようにして近づいてきた篤郎は下品な目付きで蓮華を上から下まで舐めるように見回す。


「いい女になったなぁ…蓮華。やり直さないか?俺と」


「死んでもイヤ!アンタと付き合ったのは人生の汚点だわ」


   汚点だってよと笑い飛ばす篤郎達を避けるように立ち去ろうとする蓮華の行く手を男達が塞いだ。


「この前の男はお前の新しい男か?」


「関係ないでしょ…どいて」


「この間の礼をしたくてさ」


     行く手を阻んだ男達の一人が蓮華の肩に触れて下品な笑みを浮かべる。

「今から君はね、ボクたちにメチャクチャにされちゃうんだよ」


   そう言われて 青ざめる蓮華の口元を押さえつけた。
蓮華は叫ぶ間もなく数人の男達によって、あっという間に路地裏へ引き込まれた。
人気のない工場跡地に連れ込まれた蓮華に数人の男が手を触れようとしたその時…。


「はい。ちょっと待ってー」


    棒人間の家に現れた死神が声を上げた。
蓮華を押さえつけていた連中は怪訝そうな表情をしている。


「なんだぁ?お前は」


「俺は死神だよ」


「死神ぃ?」


   ツカツカと歩み寄っていった死神は蓮華を押さえつけている男達の中で最もガタイの良い、おそらくはこの中で一番強いであろう男の脇腹を蹴った。
蹴られた衝撃で男がフワリと浮き上がる…。二メートル近くの筋肉質な男が浮き上がる光景に篤郎を含めた男達は息を呑んだ。
その直後、身体を旋回させて痛烈な回し蹴りを放ち、その男を蹴り飛ばした。
数メートル吹き飛んだ男は吐瀉物を撒き散らして悶絶している。


「俺はシドって言うんだ。逃げろ…黄桜 蓮華。通りに出たところでナンシーって女が待っている。ソイツと家に帰れ」


「あ…あの…ありがとうございます」


「いいから行け。黄桜 蓮華」


    なぜこの人は私の名前を知ってるんだろう…。死神って?ナンシーって誰?その疑問を訊けぬまま蓮華は走り出した。
不意を突かれた篤郎達が蓮華を追うのを死神は遮るように立ちはだかる。


「あの娘は追わせないよ」


    路地裏から逃げてきたところに女性が待っていた。
ウェーブのかかった流れるような煌めく金髪、切れ長の瞳、妖艶でグラマラスな身体をピッタリと包み込んだエナメル質で構成された漆黒の衣装を身に纏った女性は優しく微笑んで佇んでいる。
綺麗な人だ…ナンシー…さん?と蓮華が声を発する前に女性が声を掛けてきた。


「黄桜 蓮華さんね?」


「…は…はい。あの…あなたは…?」


「私も死神」


「シドって人と…同じ」


「名乗ったの?!アイツ!!」


「は…はい…俺はシドって言うんだって…」


「あの…女好きめ」


    そう言って舌打ちをしたナンシーは蓮華を抱えて空高く舞い上がった。空を飛ぶ…。そんな事は人間には不可能だ…。
先刻の男と、この女性は本当に死神なのか?死神なんて本当に居るのかと…。ただ、死神という存在が居たとして、会いに来たのなら、理由は間違いなく棒人間のことだと言うのは蓮華には分かった。


「彼の事…棒人間の彼のことは…好き?」


「…はい」


 やはり棒人間の事を知っている…。
蓮華の脳裏に嫌な予感だけが駆け巡った…。それを決定付けるようにナンシーは次の言葉を口にする。


「そうよね…。それなら、あなたは辛い選択をしなければならないわね」


「棒君は…」


「あなたが考えられる…良くない報せがあるの」


    その言葉を聞いた蓮華は何かしらを察したように口を噤んだ…。
棒人間の存在が何者であるにせよ、このままの日常は続かないことが起きると蓮華は予感した。


「…でも私はね…あなたの…あなた達の味方だから」


    アパートに着いた蓮華とナンシーは室内に入った。
「蓮華さん。さっき死神って名乗る人が来て」そう言いながら慌ただしく玄関に出迎えた棒人間は蓮華の様子を見て言葉を無くした…。
見知らぬ女性と入ってきた蓮華の顔は一目でただ事ではないと分かるほどだった。


「蓮華…さん?」


「棒君…棒君…」


    そう言って強く抱きついて震える蓮華を優しく抱き寄せた棒人間は、一緒に入ってきた女性に目をやる。
目が確実に合っている…。この人は透明になっている自分の顔が見えているんだと理解した。
先刻の男もそうだが、この女性からも漂う闇に飲み込まれそうな雰囲気は人間には無いものに感じた。


「さっき変な男が来たでしょ?私はソイツの…女」


「あなたも…死神…なんですか」


「そっ♪」


「何が…始まるんですか?」


「彼が戻るまで…待ちましょう」


「ナンシーさん!!」


「…覚悟は決まったの?」


    その言葉にコクンと頷いた蓮華は棒人間の手を引いて薄暗い寝室に消えて行った…。
   寝室に入るなり、蓮華は唇を合わせた。具現化していく棒人間の身体に強く抱きついて舌を絡ませる。


「ど…どうしたんですか?!リビングに…人が居ますよ」


「いいの…いいから…棒君…来て」


    吐息を荒くして棒人間を自分の距離へと導く…。
身体を重ね合わせ、舌を這わせて互いの存在を確かめ合う。
激しく吐息を漏らしながら涙を溢す蓮華に違和感を棒人間は感じている。


「どうしたんですか…蓮華さん…」


「いいから…棒君…もっと…もっと…お願いぃ…」


   二人の荒い吐息が窓を曇らせ、寝室の温度を上げていく…。
蓮華は果てを繰り返しても何度も何度も求め続けた…。


「…好き…はぁ…あ…棒君…大好き…大好きだよ…棒君…ん…うぅ…」


     その情事の最中…蓮華は何度も果てながら、何度も何度も「好き」という言葉を言い続け…ずっと涙を流していた…。


-同時刻-

    
    蓮華を追おうとした所に立ちはだかる死神シドに対して、篤郎たちは何も出来ないでいた。
当然だ…。自分達の中で最も強い者が秒で伸されてしまったからだ。
ニヤニヤと笑いながら佇むシドを見据え、伸された男がヨロヨロと立ち上がって声を荒げる。


「何やってんだ…テメー等…女逃がしちまいやがって」


「…す…すいません。で…でも」


    そう言って後ろを向いた男の背中に向けてシドは上から下へ指を振り抜いた。


「断罪」


    男の頭上から血飛沫が上がり真っ二つに裂け、瞬く間に崩れ落ちて肉塊となった。
想像を絶する光景に篤郎たちは恐れ慄いて、シドから逃れるように声を荒げた男の元へと逃げていく。


「な…何者だ」


「さっき言っただろう?」


「…死…神」


「神隠町の事件は知ってるか?」


「一晩で…26人が…消えたっていう…その事がきっかけで町の名前が神隠町になった…って…引退した先輩が言ってた…」
(  いつもの角を曲がったらそこは崖でした  宴  )


「あれ…俺の仕業♪」


「まま待ってくれよ!!何で俺達が!?」


「お前等…今、何しようとしてたんだ?ここに連れ込むのに手慣れている…何度も何度もこんな事…やってるだろうが」


    青ざめながら後退る篤郎達を見据えながらシドはタバコに火を点け、煙をフーッと吐き出して不気味な笑みを浮かべる。


「ドゥルルルルルルルルル…」


「あっ、これドラムロールね」


    そう言ってドゥルルルルルルルルルと言い続ける死神を見て「…に…逃げられないのかな…」と篤郎達は冷や汗を垂らして呆然としている。


「全員…死刑♪」


    その言葉に逃げ惑う五人の退路を断つようにシドは奈落へ落とす為の断崖絶壁を出現させた。
突如、現れた崖に竦み上がり脚が止まる。
不運にも足が速くて間に合わなかった二人が絶叫しながら崖から転落していった…。
シドに蹴り飛ばされた大男と、篤郎は失禁してその場にへたり込んだ。


「まま待ってくれ!!頼むよ!!お願いです!!」


「お前は…そう言って懇願する女に何をしてきたんだ?」


    身体中の水分が出切ってしまう程の脂汗が全身から吹き出す。
泣き叫ぶ女性を何人もこういった所へ拉致っては蹂躙した。
警察に言えないように写真も撮った。
    今回は仲間内の篤郎が元彼女の男に半殺しにされた報復に蹂躙してやるつもりだった。
全てを見透かすように言う死神にもはやこれまでと追い込まれた二メートル近くの筋肉質な男は、窮鼠猫を噛むが如く飛びかかっていく。


「断罪 削潰 (さっかい)」


    シドがそう呟いて掌を上に向けてワイングラスを廻すように手首を返した…。
向かってきた男の脚が止まる。
足の裏をくすぐるような感触の直後、自分の身体に起きた緊急事態を理解して絶叫をあげる。


「足がっ!!足が削れてるぅうううう!!あぎゃああああ!!!」


    足元から鮮血とミンチのように磨り潰された肉片が辺りに飛び散っていく。
激痛にのたうち廻る男は喉が枯れるほど叫び続けるが、自らが引き込んだこの場所がどれほど仇となったか、如何に人の声が響かないかを思い知る。
ゆっくり…ゆっくりと削り潰されていく身体を見ながらシドは楽しそうにしている。


「ほらぁ~そろそろチ○コが消し飛ぶぜぇ~」


「おぇええぇっ!!」


    その目を覆う惨劇を眼にしている篤郎は吐瀉物を撒き散らし、失禁して震えている。


「ぎっあっ!!俺のおおお!!俺のぢんごがぁああああ」


    下半身が血の海に埋もれた挽肉と変わり果て、悶絶しながら腹部を削り潰していく。
大量の血液を口から噴射して、激しく痙攣しながら心臓が削れる頃に男は絶命した。
一人残された篤郎は顔面蒼白で土下座をして震えながらシドに懇願する。


「俺はやってない俺はやってない…き…き…今日がはは…初めてだったんだ…。俺を捨てた…れれ蓮華が、俺を殴った男が…ゆ、許せなかったんだ…。やろうとしたことは反省していますっ!!にに…二度と蓮華には近づかないです!!わわ悪いことも、もももうしません!!」


「だが、お前は…約束を破った」


「たた助けてください!!ここ今度こそ、必ず守ります!!」


    篤郎は本当に非道なことには手を染めていない…。現状では死神隠しに出来ないと踏んだシドはいいだろうと呟いた。


「だが…お前のような人間はほとぼりが冷めたら繰り返す…。だから俺はお前に呪いをかけることにする」


「の…呪い?」


「手を出せ…」


     そう言ったシドはそうだな距離は五十キロにしとくかと篤郎の手の甲に50という数字を浮かび上がらせた。


「この呪印の数字はお前と黄桜 蓮華との距離を指し示す。この距離圏内にお前が存在すると呪印の効力が発動し、お前は…」


「俺は…?」


「ザリガニになっちゃうよーん」


「ザ…ザリ…ガニ?」


    血相を変えた篤郎は猛り狂うように走り去って行った。
篤郎はその日のうちにこの街から姿を消すことになる。
シドは散らばった肉塊を腕の一振で消失させて煙のように消えた。


「ただいまハニー♪」


「あら、お帰り…」


リビングで一人佇むナンシーを横目に辺りを見渡した。
先刻、ここに居た棒人間もナンシーと戻った筈の蓮華も居ない。
シドは二人の所在をナンシーに訊いた。


「あれー二人は?」


「熱愛中」


「…仕方ないか」


「…待ちましょう…シド」


   そうだなとシドはタバコに火を点けた…。ボンヤリとタバコを吹かすシドにナンシーは寄り添って頬を撫でる。


「あの娘に名乗ったそうね…」


「いや違うよナンシー。音楽の趣味が合いそうだからさ」


「あっそ」


「いや…ナンシーさん?俺はナンシーさん一筋だから…ね?」


「…知ってるわよ…バカ♪」


   程なくして、寝室の扉が開いた。
神妙な面持ちで出てきた蓮華にナンシーが微笑みかける。


「シャワーは…浴びなくてもいいの?」


「彼の温もりを…少しでも残していたいので…」


「全てを話す前に理解しておいてほしいのは、俺たちは君等の為に時間を設けていること、本来なら有無を言わさずいきなり君を連れ去るところだと言うことをわかってもらいたい」


     そう前置きした死神は棒人間を見据えて率直に言うよと言葉を発した。
棒人間にはまだ何も理解が出来ておらず沈黙しているのに対して、蓮華は覚悟を決めた表情でシドを見つめている。



「…お前は…まだ生きているんだ」



    予想していた通りの言葉に蓮華は俯いて下唇を噛みしめ、眼に涙を溜めて棒人間の見えない手を握りしめた。
衝撃の事実を知った棒人間は明らかに動揺して辿々しく言葉を紡ぐ…。


「…ど…どういう…こと…ですか。…ボクは…棒人間に…」


「…転生したんじゃない。…お前は一年前に轢き逃げに遇い…意識不明の重体となった…。怪我は完全治癒したが、頭への衝撃が強かった為に現在も昏睡状態なんだ」


「…昏睡…状態」


「お前には…いや、お前の魂には帰るべき肉体が存在するということだ」


「それって…」


「そう…黄桜 蓮華とは…別れるということだ」


   蓮華が先刻の情事で涙を流していた理由はこれかと理解した…。俯き加減で涙を堪えている蓮華は下唇を噛みしめて口を噤んでいる。その言葉を聞いた棒人間は酷く取り乱して嫌だと声を上げた。


「嫌だ!!ボクは…ボクはこのままでいい!!…いや、このままがいい…蓮華さんと…蓮華さんとずっと一緒に居るんだ!!」


「分かっているのか?昏睡状態のお前を待っている家族が居る…」


「家族…」


「父親がいる、母親がいる、弟がいる、妹がいる…そして…」


    蓮華はこの瞬間が来てしまったと目を閉じていた…。その先は…その先は…どうか居ないでほしい…。そう強く願う蓮華の思いは直ぐさま崩れ去った。


「婚約者が居る」


「…婚約…者」


    その言葉に蓮華の眼から大粒の涙が溢れた…。
蓮華の予想は当たっていた…。稀に見るほどの純粋ないい人だ。
生きているならば相手は必ず居ると思っていた…。
   死神は更に話し続けた。
家族が延命を諦めるのを婚約者は涙ながらに彼は生きていると必死に止めた…。そのおかげで君は棒人間として存在できている。
意識の戻らない棒人間の肉体に寝る間も惜しんで付き添っている。


「そ…そんなこと言われたって…ボクは記憶てない!記憶えてないんだ!ボクには…蓮華さんとの記憶と、蓮華さんとの生活が…全てなんだ…。蓮華さんと暮らして…人間に戻れるようになったんだ。…今は…限定的だけど…いつかは」


「そこが問題なんだよ。そのおかげで俺達はお前を見つけることが出来たんだけどね…」


     魂の持つ肉体、霊体は常に一つ。魂というモノの塊の末端は糸のように細くなっていて、肉体との繋がりは魂尾 (コンビ ) と呼ばれる糸状の物質で繋がっている。
肉体から出た霊体に存在する魂の魂尾が千切れた段階で死が確定する。
死が確定した魂は迎人 (げいにん)と呼ばれる精霊によって黄泉に案内されて一端留まり、魂の重さで行き先を決める。
死亡した魂の量は非常に膨大で意思だけを持つ魂はどこかへ行こうとしてしまう。
その為、木箱に数ダースごと保管するのだがそこでアクシデントが起きたという。


「木箱を運ぶ時にお前の魂が落ちてしまったんだ」


     その時に精霊が戯れに創って遊んでいた棒人間に魂が宿ってしまい、更に黄泉の抜け穴から落ちてこの人間界に戻ってしまった。
残された肉体にはしばらく意思は残り、この世から消えたと思った魂が戻ってきた為に呼び寄せたが応答はなく、魂から伸びた魂尾 (コンビ) が肉体の呼び掛けに応じた為に繋がり、昏睡状態に戻った。
当の魂は棒人間が新しい転生先だと誤認しているまま、棒人間と結び付いてしまった為に世にも不思議な棒人間が誕生してしまった。


「本来は魂で遊んでは駄目なんだけど、何せその魂の管理って仕事は大変でね…。精霊達は息抜きとストレス解消に余ってる魂を棒人間に宿らせて遊んでいるんだ…。それで言いにくいんだが、その愚かな行為をしていたのが…」


「コイツの友達なの…」


「本当に面目ない」


    魂が一つ消失した事で悪戯していた精霊達は生命を司る菩薩に酷く叱責されたが、菩薩とも友人であるシドとナンシーが連れ戻すと約束をして事なきを得た。
消えてしまった魂なら探せるが、棒人間として半分転生してしまったような魂は質が変わってしまうため探すのは絶望的だった。


「本来は不可能に近いんだけど…魂の本質も知らないお前と黄桜 蓮華の二人の互いを想い合う気持ちが凄すぎてね…肉体をここに呼び寄せてしまった…」


    人間になったと錯覚しているのは昏睡状態の肉体を魂が無理矢理引き寄せて具現化している。
その行為は理に反する為、闇の力が作用する…。それ故に薄暗いところでしか具現化しない。
    日の元での具現化は黄泉還りにでもならない限りは不可能。
棒人間の魂に呼応するように肉体が具現化するとき…蓮華達が交わっているときに魂の質が昏睡状態の彼の物になる。
そのおかげで死神達は棒人間に宿る消えた魂を発見することが出来たと話した。


「肉体が具現化する度に昏睡状態の肉体はどうなると思う?」


「…どうなるん…ですか」


「肉体が透けるんだよ…。存在の弱い方が透けていくんだ。家族も婚約者も病院も大混乱だよ」


    幾度となく蓮華は棒人間と肌を重ねた…。こちらではその逆が起こっている。
透ける身体が具現化していき、また透明になって元の棒人間に戻っている。昏睡状態の人間にそんな事が起これば大混乱は必至だ。
自分たちの幸せが沢山の人を不安にさせ、不幸にしていた事が蓮華に重くのしかかった。
家族と婚約者にこの人を返すことが最善だという答えに至ってしまった蓮華は、堪えていた涙をボロボロと溢して嗚咽しだした。
それを察知した棒人間は声を張り上げて拒否反応を示す。


「戻らない!!絶対に戻らない!!ボクは…ボクは蓮華さんと一緒にいるんだっ!!」


「君は…君なら分かるんじゃないか?待っている者の思いは…父親と母親を亡くした君には」


     一人っ子の蓮華は両親を亡くしている…。棒人間も当然、その事は知っている。
天涯孤独という部分では棒人間と蓮華は共有出来ているところがあったのかも知れない。
亡くした両親のこと、逝ってしまわないでと希望を託していた当時の自分と重ね合わせた蓮華には、棒人間の家族と婚約者の待ち望む想いが嫌というほど分かってしまう…。
遂に蓮華は自分が最も口にしたくはない言葉を涙ながらに紡いだ…。


「…棒君…戻ったほうが…いいよ」


「なんで?!なんでそんな事言うんですか?!ずっと一緒に…ずっと一緒に居ようって…言ったじゃないですか…」


「…私だって…私だって…棒君と…ずっと一緒に居たいよ…ずっと…ずっと一緒に…居たい」


    涙を溢し続けて言葉を紡ぐ蓮華に、それなら肉体をこっちに呼べばいい。そうすれば…声をあげる棒人間を遮るように「このままだと…黄桜 蓮華に死神隠し罪が確定してしまう」と重そうに死神は言葉を発した。


「死神…隠し…罪?」


「神隠しって知ってるか?あれは本当は死神隠しって言うんだ」


「…何年か前に26人が一晩で消えたって…神隠町で…」


    そう言いながら棒人間は何故この事件を知っているんだろうと疑問に思ったが死神の話を聞いて、思い出せないが記憶の片隅に残っているのだろうと解釈した。


「あの事件がきっかけで町名が変わった今の神隠町…。13人の神隠し、13人の失踪事件は、俺とナンシーの二人でやったことだ」


    帰るべき肉体を持つ魂と関係を持ち、人間に具現化…果ては肉体を消失させるということは、自然の理の摂理に反する事になる。
その事実を知らなければ致し方ないとも言えるが、事実を知った上で、私欲の為に魂と肉体を居るべき場所から消失させると重罪となる。


「お前はお前の意志を通すがために待っている肉親と婚約者を悲しませるだけでなく…」


「最愛の人を…殺してしまうのよ」


「…棒君…私はね…君の為になら…死んだっていいよ…」


「…蓮華…さん」


「……でも、このままでは…誰も幸せになれないよ……。君は…君の待つべき人達の元へ…帰る…べきだよ」


「黄桜 蓮華さん」


   嗚咽している蓮華に向けてナンシーは優しく微笑みかけて言葉を紡ぐ…。


「なんのしがらみも無い…あなたの純粋な本当の気持ちを聞かせてほしい」


   蓮華はその言葉に涙をボロボロと溢し出した。
嗚咽しながら、棒人間の手をキュッと握りしめて震えている。
常日頃、人前で滅多に涙を溢さない蓮華が別れを覚悟していることがそこから伺えた…。


「…私は…私は…この人と…一生添い遂げたい…です」


「そう言うと思ったよ」


「え?」


「その為に…俺たちは時間を設けて来ているんだ」


  シドの発した言葉の意味する事は蓮華と棒人間には理解が出来ていなかった…。
現状、分かっていることは二人の生活は終演を迎えてしまうという事だけだった…。






……続く。


 




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スランプ中の絵描き・絵莉が引っ越してきたのは、喋る白うさぎのいる長野の書店「兎ノ書房」。 心を癒し、夢と向き合い、人と繋がる、じんわりする物語。 pixivで連載していた小説を改稿して更新しています。 「第7回ほっこり・じんわり大賞」大賞をいただきました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
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