転生したら棒人間

空想書記

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シーソーゲーム

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先日の出来事から数週間が過ぎた…。



    少し早く目覚めた蓮華は気持ち良さそうに寝息を立てる棒人間を見てクスリと笑みを浮かべる。


    参ったな…彼氏居るのに…私…棒君のことが、ちょっと好きになってきてるのかな…。

人間?的には当然、好きだという気持ちはあった。
棒人間との生活を始めて半年近くになる…。
朝から晩まで一緒に居て、話しも性格も合う。
彼が人間だったら恐らく好きになっていた…。当に彼氏から乗り換えて付き合っていただろうな…。
そんな風に蓮華は時々考えてしまうようになっていた。


…異性として好きになりかけている…

   決定打になり得ないのは彼が棒人間だからだ。
そこに男を感じられない…。
人は内面が全てだよ…。等と偽善者めいた事は口にもしないし、思ったこともない。
内面はとても大事だ…。そんな事は当然だ。
外見が全てとは言わないが、やはり人を好きになるという部分には外見も少なからず影響はしている。

いい人だけではいい人止まり。
イケメンだけで中身がクズなら問題外だ…。
見た目が全て、ステータスが全てという人も居るかも知れないが…。

    蓮華の彼氏はまあまあクズだ…。
割りとカッコいいし、普段は優しいのだが、女と金に節操が無い…。
付き合って二年ほどの間に浮気を数回された。
別れ話の度に号泣して土下座、もしくは逆ギレして子供のように暴れるので、結果的に許してしまいズルズルと関係が続いていた。
棒人間と出会う前に関係は少し冷ややかになっていた…。
    そんな折に出会った棒人間はいい奴で純粋、音楽の趣味も性格も合う…。テレビや映画では同じところで笑い、同じところで泣く…。
気持ちが入らない筈がなかった。
そうなのかもと意識したのは吉村と棒人間が付き合っていた時だった。
当初は普通に祝福をしていた。
今思えば揶揄い半分だったのだろうが、吉村から一緒に住もうと言われた話しを棒人間から聞いた時に迷うことなく出た言葉…。


        君は私と居て


    物好きにも棒人間と付き合って同棲したいという女性など現れないとタカを括っていた…。
目の前から棒人間が居なくなってしまうかもと思っただけで、駄目だと思った…。嫉妬しているんだと気付いたのは少し後からだった…。
それからは彼が人間だったら…そう考えることが増えてきた…。
    無意識に蓮華は自分が名付けた棒人間の名前を呟いてしまう。


「……棒君…」


「はい」


「…うわっ?!…お…起きたの?」


「はい、おはようございます」


   円環だ…。当たり前だが彼の頭は今日も相変わらずの円環だ…。
円環の彼を間近で見ていると、胸が少し高鳴ってしまう…。
なんで私はこの動いて喋る円環の棒人間にときめいているんだ…。
蓮華はなんだか言い様のない敗北感に包まれた…。


「なんで君は円環なんだ」


「アハハハ。自分でも解らないんですけどね…。棒人間だからですかね…」


「なんで君は棒なんだ」


「アハハハ。自分でも解らないんですけどね…。やっぱり棒人間だからですかね…」


「棒君は今日も面白いね」


「ありがとうございます」


    そう言って蓮華はいつものように身支度をしようとキャミソールを脱いだ。
露になったゼリーのように揺れる二つの大きなモノを、モーニングルーティンのように棒人間は眺めている。
なんでだろう…。昨日まで平気だったのに、急に恥ずかしくなってきた…。
凄く見られてる…。肩から流れるような曲線を描くモノは蓮華の身体の挙動に合わせて揺れ動く。
紅潮した蓮華の上昇する体温と共に溜まり出した熱量は隆起した先端に現れていた…。



   昨日までは堂々と着替えをしていた蓮華が、今日は気恥ずかしそうに俯いている…。
紅潮している横顔はとても妖艶で、昨日までとはまるで違っていた…。
蓮華からこれでもかと醸し出される艶やかな仕草と表情に棒人間は心拍数が上がり無意識に呟いた。


「……か……可愛い…」


「えっ?!」


「…あ…いえ…何でも…ないです」


    可愛いって言われた。聞き逃さなかったその言葉で、自分の上がっていく心拍数がとても大きく聴こえる…。
紅潮していくのが自分で分かるほどだ…。「アイツは円環だ。アイツは円環の棒人間だ。落ち着け私…。落ち着くんだ私」と蓮華は念仏のように心で唱え続けた。


「蓮華さん」


「はぃい!!」


「なんでそんなに驚くんですか?」


「な?!…べ…別に…驚いてないよ」


   今日の蓮華さんは何だか変だなと思いつつ、昨日より格段に可愛く見える彼女に棒人間は胸が高鳴っていた。
無言で首を傾げる棒人間を見て、蓮華は自分の変化しつつある気持ちは絶対に認めたくないし、棒人間にそれを悟られないように努めようと思った…。
その時点で本日二度目の敗北感に包まれながら身支度を整え、棒人間と一緒に出社した。


   先日の出来事からその後、吉村の勤務態度はガラリと変わった。
相変わらず甘ったるい声を発してはいるが、自分の仕事を最後までやり遂げるようになってきた。
何より蓮華に懐くようになり、なにかと蓮華にまとわりつくようになっていた。


「蓮華さ~ん!おはようございまーす!!」


    甘ったるい声で駆けてきた吉村はロケット弾のように蓮華に抱きついてきた。
困惑気味に蓮華が拒否反応を示すと、「い~じゃないですかぁ」と胸に顔を埋めてきた吉村はハッとして声を盛大に張り上げる。


「蓮華さん!!隠れ巨乳だ!!」


   朝イチからその声に反応した男性社員がコーヒーを吹き出した。
静まり返る職場で、蓮華の胸に注がれる数人の視線…。
その静寂の中、吉村が更に止めの一言を放つ。


「主任は…隠れ巨乳!!」


どこかのいかがわしいモノのタイトルのように放った一言が、男性社員の視線をより一層、釘付にした。


「そのいかがわしい呼び方はやめろ!そしてお前等はタダ見するな。金払え」


「ドS主任は隠れ巨乳…か」


    その言葉にゲラゲラと笑いながら事務所に入っていく社員達を横目に、蓮華は黙れと言って吉村をヘッドロックして引き摺って行く。


「痛い!痛いです!!柔らかいです!超モチモチです!弾力最高です!」


「もうやめろ!やめてくれー!」


    耳まで真っ赤になって照れている蓮華は滅多に見られないので、男性社員は心の中で「ナイスだ吉村」と唱えていた。
吉村の余計な一言によりその日以来、蓮華が隠れ巨乳だと社内で定着してしまった。
棒人間はどうすることも出来ずに…ボーっとしていた…。




-週末-


    ここ最近、色々あったから気分転換に出掛けようと蓮華は棒人間を誘った。
気分が高揚した棒人間は嬉しそうにしている。


「デ…デートですか?」


    そういう事を訊くなよ馬鹿と思いながら蓮華は「…違います」と答えた。
シリコンスーツを着用して、手袋に包帯、色の濃い眼鏡、マスク、ウィッグと帽子。
外出する時はこの格好に落ち着いた。
顔の露出する部分の包帯は気になっていた。
見知らぬ人にチラ見されたりした為、当初はやはり抵抗があったが、吉村との外出でかなり耐性がついていた。
蓮華が過去に化粧を施そうとしたこともあったが、棒人間から激しく抵抗され、ボクはミー君 (蓮華がミイラのミー君と言ったことに由来)でいいのでと包帯に落ち着いた。
レコード屋に行き、雑貨店を回り、洋服屋に行った…。
オープンカフェに立ち寄りそよ風が頬を撫でて行く…。
散歩のようなお出掛けが棒人間にはとても心地よかった。
何気なく前方に目をやると、蓮華のよく知っている今日は仕事の筈の男が前から歩いて来た。
またか…もうコイツとは終わりにしようと素知らぬ顔をしていた蓮華に、その男は図々しくも声をかけてきた。


「蓮華~」


「ああ…篤郎」


「誰?コイツ」


「誰でもいいでしょ?仕事って嘘ついて女連れのアンタに言う必要があるの?」


「ねー篤郎~。誰?この女」


    お前が誰だよ!クソ女!と蓮華は思ったが、怒るのも馬鹿馬鹿しくて言うのを止めた。
苛立つ蓮華を端に連れていった篤郎は悪びれる様子も無く「アイツは遊びだから」と宣った挙げ句に図々しく三万貸してと言ってきた。


「はぁ?馬鹿じゃないの?寝言は寝て言えば?」


「いや、だからさー…じゃあ二万でいいから、な?」


   蓮華の肩に手を回し、しつこくする篤郎に棒人間は手に持ったコーヒーを無言でぶちまけた。
「何しやがるんだ」と息を巻く篤郎を横目に蓮華の手を握る。


「蓮華さん行きましょう」


    そう言って棒人間が蓮華の手を引こうとした時「ちょっと待って」と声を上げた蓮華も持っていたコーヒーをぶちまけた。
連続してコーヒーを掛けられて呆然とする篤郎を周囲の人間は失笑している。


「アンタとはこれで終わり!さようなら!」


   その状況を見て二股を掛けられていたと察知した女性は、コーヒーをかけられて畜生と声を上げる篤郎に平手打ちをする。


「最っ低!死ねば?」


    捨てゼリフを吐いた女性も手に持っていたタピオカミルクティーを篤郎にぶちまけて去っていった。
自業自得なのだが、踏んだり蹴ったりの篤郎は自分の事は棚に上げて息を巻いていた。


「あの野郎…誰だよ畜生」


    家に着くなり、棚に飾った写真を額縁ごとゴミ箱に捨てた蓮華は一人にしてと寝室に籠った。
   惨めだ…。実に情けない。
あんな馬鹿な男と二年も付き合ってしまった。
お金も少しだが貸したままだ。
きっかけはコンビニで停車していた時に愛車のC3を褒めてきたことだった。
篤郎はローライダー乗りだった。
色んな所へドライブに行った。
楽しかったことも沢山あった。
付き合って半年で浮気が発覚…それからはズルズルとした関係が続いていた。
涙なんか1ミリも出ない。
本当に惨めで悔しい思いが遥かに勝っていた…。

    明かりの点いていない室内は蓮華の心を映し出しているように棒人間は感じた…。
重い空気の中、数分が経過した…。棒人間が静かに寝室の扉を開けると、蓮華はベッドにうつ伏せになっていた。
その様を見て、いたたまれない気持ちになった棒人間は静かに声をかける。


「…蓮華さん」


「……ごめん…惨めで情けない私を見ないで欲しい…」


「………蓮華さん…ボクは…ボクは…こんなに悲しいのに……蓮華さんに…何もすることが…できない」


    下らない交際が終わって惨めな気分になった自分の為にこんなにも泣いてくれる…。
私が失恋して泣いてると思ってるんだ…。本当にこの人は純粋で優しくていい人だ…。
    そう思った蓮花は、駄目だ…。もう自分の気持ちに誤魔化しが効かないなと理解してしまった…。
篤郎と終わったことで蓮華の選択はもう棒人間一択になってしまっていた。
溢れそうになるこの想いは最早彼が棒人間であることだけで決壊を止めているだけだった。


「…棒君」


    顔を上げた蓮華はハッとした。
棒人間の涙の筋に沿って肌の色が露になっている。
頬が……。涙をそこに伝わらせる眼が…。
薄暗い室内でハッキリとは見えないが間違いなく透明では無くなっていた。


「…棒君…。顔が…顔の一部が…見えてる」


「えっ?」


    円環の内側にある頬に手を添えて、涙の後に指を這わせる。
暗闇の中でうっすらと煌めく棒人間の瞳に蓮華は思わず見入ってしまう。


「目…綺麗だね…棒君」


「…そ…そうなんですか…」


「私が全くもって泣いてないのに、なんで君が泣いてるの?」


「蓮華さんが泣いてると思って、慰めたいけどボクの胸は棒なので…」


   確かに胸の中じゃなくて棒じゃあねと笑った蓮華は棒人間を優しく抱きしめて微笑んだ。


「…でも…ありがとう。元気出たよ」


    あー畜生!メッチャこいつとキスがしたいと思ってしまった蓮華は、円環のクセにときめかせやがってと、途轍もない敗北感に包まれていた。
    その日の夜、夕食を済ませた二人が寛いでいるとインターホンが鳴った。
蓮華は誰が来たのか直ぐに分かった。スマホの着信履歴が二十件ほど入っている。
いつものパターンだ。既に篤郎の番号は消しているのでスマホの着歴には番号のみが記されている…。


「誰ですかね」


「放っておこう。もう関係ない」


    蓮華の言葉で誰が来たのか棒人間にも分かった。
何度も押すインターホンを無視し続けるとドアを叩く音と共に蓮華を呼ぶ声がアパートに響き渡る。


「俺だよ蓮華。開けてくれよ。話したいんだ…。頼むよ」


    何度も何度もしつこく扉を叩き、声を上げるのが近所迷惑になってしまう為、仕方なく蓮華は玄関に出た。
情けない顔をした篤郎がヘラヘラと笑いながら頭を下げる。


「なー頼むよ蓮華。アイツはただの遊びなんだって。な?」


「もうアンタとは終わったの。二度とここに来ないで」


「お前も知らねぇ男と居たじゃねぇか?五分五分ってことでさ、水に流そうぜ」


    そう言った篤郎は断りもなくズカズカと上がり込んで蓮華を抱き寄せた。
棒人間の存在は泥酔して拾ってきた置物になっているので、素知らぬ振りをして静かにリビングで佇んでいる。
唇を合わせにかかった篤郎を蓮華はやめてと突飛ばした。


「いいじゃねぇか!こうやって仲直りしようぜ」


   無理やり覆い被さって唇を合わせられた…。蓮華は酷く嫌悪感に襲われて必死に抵抗し、重なる篤郎の唇を思い切り噛んだ。


「…ハァ…ハァ…やめてって…言ってるじゃない…」


「…テ…メェ」


   噛まれた唇から血を流した篤郎が憎悪に満ちた表情を浮かべ、蓮華に平手打ちをし、髪の毛を掴み上げて寝室に引き摺って行く。


「やめて!イヤ!…離して…むう…んん…」


    口許を押さえつけられ、艶やかな太ももで閉じられた門が篤郎の膝によって抉じ開けられてしまった…。
柔らかな大地に触れた掌から蠢く指は下腹部の末端部分へ攻め入ってこようと猥雑に這いずり回る…。
敵わない…。腕力ではどうしようもない…。身体をくねらせ、バタつかせてながら少しでも逃れようと仰け反った蓮華は心から悲痛の願いを巡らせた…。


…助けて…


…助けて…棒君…


    悲鳴を聴いたわけじゃない。
蓮華の声が棒人間の頭の中に強烈な大音量で直接響いてきた。
ドクンと心拍が上がる。
血液が全身を駆け巡り、怒りという最強の矛を滾らせた棒人間はカッと目を見開いた。
リビングから駆け出すように寝室の扉を開けた棒人間は蓮華に覆い被さっている篤郎の髪の毛を思い切り掴む。


「蓮華さんから…手を離せ」


「お前…昼間のヤツか?!」


「…棒…君?」


    篤郎の髪を掴んでいた棒人間は人間に具現化していた。
暗闇に浮かぶシルエットは明らかに人間そのものだ…。
考える間もなく蓮華から篤郎がもの凄い勢いで引き離されていく。
    怒りに奮えた棒人間は篤郎の髪を引き寄せて投げ倒し、獣のように咆哮してありったけの拳を篤郎に見舞った。
篤郎が殴り返してくる拳を物ともせず、薄暗い寝室で血飛沫が舞った…。
襟首を持って引き摺り回し、首元に手を掛けた棒人間は憤怒に滾る鋭い目付きで声を奮わせた。


「二度と…もう二度と、蓮華さんに近づかないと誓え」


    締めた首が音を立ててミシミシと軋む…。血液と酸素の流れが止まり掛けた篤郎は生命の危機を覚え、血塗れの顔で震えながら絞り出すような声を発する。


「……わ……わがっ…だ…二度と…近づか…ない…が…ら」


    棒人間が締めた手を緩めると、殺されると悲鳴を上げながら這うように逃げて行き、足早に蓮華のアパートから出て行った。


「…大丈夫ですか。蓮華さん」


「棒君!!!」


    余程のことがない限り人前で泣かない蓮華は涙を溢して棒人間に抱きついた。
震えている…。よほど恐かったのだろう…。具現化した棒人間の胸に顔を埋めて蓮華は涙を溢し続けている。
  震える蓮華を力強く抱きしめた棒人間は一つの想いを巡らせた。
もう無理だ…ボクは止まれない。
ここで言わなければ、もう自分の想いを永遠に口には出せないだろう。
そう思った棒人間は言うまいと決めていた想いを言葉にした。


「……蓮華さん…ボクは…ボクはあなたの事が…好きです」


    ギュッと力強く抱き締められる逞しい腕、広い背中…。首に、頬に触れる彼の顔。
五感を支配するその全てが蓮華の溢れそうになっていた想いを呆気なく決壊させた。


「……私も…私も棒君が好き…大好き。大好きだよ…棒君…大好き」


    暗闇に二人の重なりあうシルエットが浮かぶ…。
この魔法が一分でも一秒でも長く続けと祈りながら二人は吐息を荒くして、身体を交わらせた…。
指と指を絡めて繋ぎ合わせ、蠢く二人の汗が室内の温度を上げていく…。
温度と湿度が最高潮に達した部分は密着し合い、繰り返し繰り返し淫らな音を奏で続けて、艶やかな液体を迸らせた…。
何度も…何度も…何度も…。
蓮華も棒人間もこの魔法が永遠に解けてしまわないのを祈り続け、最高潮の果てを幾度と無く繰り返した後…、深い眠りに就き…朝を迎えた。

    先に目を覚ましたのは蓮華だった…。昨日のことがまるで夢のように魔法は解けてしまっていた…。
円環の頭の内側にある見えない頬に手を添えた蓮華は一筋の涙を溢した。

    昨夜…顔はハッキリ見えなかった…。けれど確実に彼は人間になっていた。
逞しい腕と、広い背中…。何度も重ね合わせた唇…。
ゼロ距離の内側に感じた彼の感触を蓮華は頭の先から足の先まで鮮明に記憶えている。
気持ちに変わりは無い…。
彼が円環の棒人間でも…蓮華の心はもう確実に捕らえられてしまっていた…。


「…大好き…大好きだよ…棒君…」


   静かにベッドから降りた蓮華はシャワルームに行った…。
数分の後、カーテンの隙間から魔法の終わりを告げるように差し込む日の光で棒人間はゆっくりと目を覚ました。


…魔法は終わってしまっていた…


    元通りの棒人間になっていた。
予想はしていたが、彼は棒人間になってからの記憶しか無いが、生まれて最も悲しくて辛かった…。
なぜあんな事を言ってしまったんだろう…。
なぜあんな事をシてしまったんだろう…。
    魔法の解けてしまった自分には全ての権利が剥奪されてしまったように思えた…。
シャワルームから音が聴こえる。目覚めたら居なくなってシャワールームに行ってしまった蓮華の行動がソレを決定付けているように感じた…。


「…おはよう…棒君」


「…お…おはよう…ございます」


「…どうしたの?」


「…元に…元に戻って…しまいました」


    そう言ってシャワールームの前で、立ち尽くして涙を溢す棒人間を静かに抱き寄せた蓮華は優しく微笑んで、見えない唇を重ね合わせた。


「…それでも、私は棒君が大好き」


「…なんで…」


「君は変な事を訊くね…好きになるのに理由がいるの?」


「ボクは!棒人間ですよ?!昨日はなぜだか人間に戻れただけで…」


「…君は人間になれるよ…昨日なってたじゃない」


   ギュッと力を込めて棒人間を抱き締めた蓮華は静かに目を閉じた。
湯上がりの蓮華からはシャンプーの匂いと、甘ったるい女性特有の匂いが立ち込めている。


「私ね…決めたの……。私が…棒君を人間にする」


    その言葉にボロボロと涙を溢して震える棒人間を優しく撫でて「泣くな泣くな…昨日の君は強くて逞しくて素敵だったよ」と微笑んだ…。
蓮華は真っ直ぐな瞳で棒人間を見据えて首を抱え込むように両腕を絡ませる。


「誓って言うよ…君がそのままでも…私の気持ちは変わらない」


「ボクはもう…死んでもいいくらい…幸せです」


「…死んじゃだめだよ。私とずっと一緒に居て…」


   ある種の希望を込めた蓮華は見えない棒人間の唇にキスをした。
彼の吐息と感触を強く感じたが、昨夜のように具現化することはなかった…。
その口づけを交わしたことで、二人とも答えに近づいた気がした。
手早くシャワーを浴びた棒人間は再度、明かりを消してカーテンを閉めきった寝室に蓮華と戻った。


「君が具現化した要素を二つ発見したよ」


「一つは…きっと明るいところだと具現化しない…ですね」


「もう一つは…誰かの為に強く何かを遂げたいと願うこと、誰かが君を強く必要だと願うこと」


    頷いた二人は、明かりを落とした寝室で唇を重ね合わせた。
強く強く互いに想い合って…。
抱きしめ合う棒人間の腕が、背中が、顔が…暗闇から具現化してきた。
二人の考えは正解だった。
限定的では在るが遂に遂に、棒人間は人間になる事に成功した。
互いの存在を身体中で確認し合うように二人は求め合い、とろけるほどいつまでも身体を交わらせ続けた…。







…続く。
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