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番外編「梅の毒が熟すまで」(前編)
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夏梅の母親は、夏梅を徹底的に支配していた。
幼い女児としての表情や、
どこか緩慢な仕草。
拙い言葉で一生懸命語る口調。
決して母親以外には見せない身振りなど。
更には、精神面から思想まで、夏梅は母親の傀儡だった。
夜になると、母親は煙草を吸いながら近所の土手まで、夏梅に食べさせる毒草と、自分への一晩限りの関係の男を探しに行く。
「ギャハハ、このガキ、毒盛っても死なね~!ねぇ、凄くない?死なないんだよ?これ、テレビとかに放映したらお金もらえるかな~」
母親は、まだ幼く標準よりもさらに痩せている夏梅に食事の代わりに毒草を与え続けた。
男の役目は、それをビデオカメラで撮影するだけだ。あとは、母親に美味しく頂かれる。
母親は、夏梅が吐いて散らばった吐瀉物も子供用の可愛らしいスプーンで掬い、食べさせた。
それでも夏梅が吐くと、煙草の火を夏梅の首筋に火が消えるまで何度も何度も押し付けた。
その痕は、まだ残っていて、夏梅の最大のコンプレックスになっている。
そして、その日が来た。
その日、母親は近くの森林まで行って、トリカブトと森にいた男を連れて帰ってきた。
帰ってくるなり、「おか、えりな、さい」と出迎えた夏梅を蹴り飛ばし、倒れたところで腹部を蹴り、咽せて開いた口にトリカブトを詰め込み始めた。男は一瞬、怯えたものの、母親に渡されたビデオカメラで毒草を食べる夏梅を撮り始めた。
初めて食べたトリカブトに嗚咽しながら、夏梅は食べるが、量が多すぎて、吐き出してしまった。
「ダメじゃない、残しちゃ。ママがあんたのために採ってきた美味しいご飯なんだよ?」
今度は、頭を殴られた。ダメなのか、このままだと「ママ」に怒られる。
そうか。残しちゃいけないのか。
ならば、使わなければ。
『レヴェル12』
夏梅の初めての『飴玉賭博』の発動は、幼いながらも自分に命じた言葉と、吐いた所為でペースト状になっていたトリカブトが反応して起こった。
煙草に火をつけるジッポライターで燃やされて縮れた髪が長い白髪になる。
しかし、母親はそれに気づかなかった。
「か、は」
自分たちに起こったことの方が大ごとだったのだ。
母親と男は赤黒い血を吐き、髪の毛がずるずると抜け落ち、歯が場違いな程軽快な音と共に落ちる。眼球が粘った粘液として流れ、鼻が蝋のように溶けると、身体がどぷんと灰色の液状になった。
「ま…ま」
近隣の住人が倒れる音が安いアパート壁ごしに響き渡る。
『レヴェル12』は当分の間、怪奇現象として語られる事になる。
それは、ただ愛する母親に認められたかっただけの少女が起こした厄災だった。
夏梅の記憶は、そこで途切れている。
気付いたら、遊郭にいた。『レヴェル12』か解除され、死の街と化したところに遊郭の人間が興味範囲で行ったところ、当時珍しかった白髪の夏梅をこれ幸いと連れ帰ったのだ。
「遊女じゃないだけ、ありがたく思いな」
夏梅は見世物小屋に連れて行かれたのだ。
しかし、そこで夏梅は何もしなかった。たった1人の司令塔だった母親を失い、どうしたらいいのか判らなかったのだ。
ただ、ポケットに入っていた毒草を最後の食糧かのように少しづつ食べるのだけは辞めなかった。
見世物小屋には、遊女も手をつける阿片が大量にあったのでそれも食べた。
夏梅は、見世物小屋で結構な人気があった。
当時14歳。身体は相変わらず痩せこけていたが、髪は絹のように美しかった。
夏梅が格子のある部屋に行くと、太鼓や調子外れな笛の音が鳴り響いた。
「さぁさぁ、見てごらん!これが世にも珍しい白髪の毒姫でさぁ!毒を飲んでも死なねぇ身体ってもんだ!さぁ、トリカブトを用意したから今から食わそうかねぇ!」
夏梅は、身体中に鳥肌がたった。
トリカブト。オカアサンを殺してしまった毒。また、誰か殺すかもしれない。
そこで、初めて意思、というより、毒物に嫌悪感を抱いた。
見世物小屋は、多くの人で騒がしい。それよりも、もっと煩いのは自分の心臓だった。
「さぁさぁ、トリカブトを食べて生きるか死ぬか、当たるも八卦、当たらぬも八卦。お嬢ちゃん、ちょっと賭けて行かないかい?」
その時、客呼びが女児に甲高い声で聞いた。
黒髪に銀色の簪を差していた女児は声が、何処か大人っぽかった。
「そうじゃのう…」
と、金子が入った重い袋を客呼びの男の顔に投げつけると、
「女子を見世物にするなんてクズじゃ。わちきにくんなんし」
辺りに広がった金子に夢中になる大人たちを無視して、女児は見世物小屋の格子を最も簡単に潰すと、呆然とする夏梅の腕を手にとった。
幼い女児としての表情や、
どこか緩慢な仕草。
拙い言葉で一生懸命語る口調。
決して母親以外には見せない身振りなど。
更には、精神面から思想まで、夏梅は母親の傀儡だった。
夜になると、母親は煙草を吸いながら近所の土手まで、夏梅に食べさせる毒草と、自分への一晩限りの関係の男を探しに行く。
「ギャハハ、このガキ、毒盛っても死なね~!ねぇ、凄くない?死なないんだよ?これ、テレビとかに放映したらお金もらえるかな~」
母親は、まだ幼く標準よりもさらに痩せている夏梅に食事の代わりに毒草を与え続けた。
男の役目は、それをビデオカメラで撮影するだけだ。あとは、母親に美味しく頂かれる。
母親は、夏梅が吐いて散らばった吐瀉物も子供用の可愛らしいスプーンで掬い、食べさせた。
それでも夏梅が吐くと、煙草の火を夏梅の首筋に火が消えるまで何度も何度も押し付けた。
その痕は、まだ残っていて、夏梅の最大のコンプレックスになっている。
そして、その日が来た。
その日、母親は近くの森林まで行って、トリカブトと森にいた男を連れて帰ってきた。
帰ってくるなり、「おか、えりな、さい」と出迎えた夏梅を蹴り飛ばし、倒れたところで腹部を蹴り、咽せて開いた口にトリカブトを詰め込み始めた。男は一瞬、怯えたものの、母親に渡されたビデオカメラで毒草を食べる夏梅を撮り始めた。
初めて食べたトリカブトに嗚咽しながら、夏梅は食べるが、量が多すぎて、吐き出してしまった。
「ダメじゃない、残しちゃ。ママがあんたのために採ってきた美味しいご飯なんだよ?」
今度は、頭を殴られた。ダメなのか、このままだと「ママ」に怒られる。
そうか。残しちゃいけないのか。
ならば、使わなければ。
『レヴェル12』
夏梅の初めての『飴玉賭博』の発動は、幼いながらも自分に命じた言葉と、吐いた所為でペースト状になっていたトリカブトが反応して起こった。
煙草に火をつけるジッポライターで燃やされて縮れた髪が長い白髪になる。
しかし、母親はそれに気づかなかった。
「か、は」
自分たちに起こったことの方が大ごとだったのだ。
母親と男は赤黒い血を吐き、髪の毛がずるずると抜け落ち、歯が場違いな程軽快な音と共に落ちる。眼球が粘った粘液として流れ、鼻が蝋のように溶けると、身体がどぷんと灰色の液状になった。
「ま…ま」
近隣の住人が倒れる音が安いアパート壁ごしに響き渡る。
『レヴェル12』は当分の間、怪奇現象として語られる事になる。
それは、ただ愛する母親に認められたかっただけの少女が起こした厄災だった。
夏梅の記憶は、そこで途切れている。
気付いたら、遊郭にいた。『レヴェル12』か解除され、死の街と化したところに遊郭の人間が興味範囲で行ったところ、当時珍しかった白髪の夏梅をこれ幸いと連れ帰ったのだ。
「遊女じゃないだけ、ありがたく思いな」
夏梅は見世物小屋に連れて行かれたのだ。
しかし、そこで夏梅は何もしなかった。たった1人の司令塔だった母親を失い、どうしたらいいのか判らなかったのだ。
ただ、ポケットに入っていた毒草を最後の食糧かのように少しづつ食べるのだけは辞めなかった。
見世物小屋には、遊女も手をつける阿片が大量にあったのでそれも食べた。
夏梅は、見世物小屋で結構な人気があった。
当時14歳。身体は相変わらず痩せこけていたが、髪は絹のように美しかった。
夏梅が格子のある部屋に行くと、太鼓や調子外れな笛の音が鳴り響いた。
「さぁさぁ、見てごらん!これが世にも珍しい白髪の毒姫でさぁ!毒を飲んでも死なねぇ身体ってもんだ!さぁ、トリカブトを用意したから今から食わそうかねぇ!」
夏梅は、身体中に鳥肌がたった。
トリカブト。オカアサンを殺してしまった毒。また、誰か殺すかもしれない。
そこで、初めて意思、というより、毒物に嫌悪感を抱いた。
見世物小屋は、多くの人で騒がしい。それよりも、もっと煩いのは自分の心臓だった。
「さぁさぁ、トリカブトを食べて生きるか死ぬか、当たるも八卦、当たらぬも八卦。お嬢ちゃん、ちょっと賭けて行かないかい?」
その時、客呼びが女児に甲高い声で聞いた。
黒髪に銀色の簪を差していた女児は声が、何処か大人っぽかった。
「そうじゃのう…」
と、金子が入った重い袋を客呼びの男の顔に投げつけると、
「女子を見世物にするなんてクズじゃ。わちきにくんなんし」
辺りに広がった金子に夢中になる大人たちを無視して、女児は見世物小屋の格子を最も簡単に潰すと、呆然とする夏梅の腕を手にとった。
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