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第五章「5年前の『拾都戦争』異常な来訪者」
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秋鹿は、「情報操作」を使ったときにかいた冷や汗を冬儺に拭いてもらい、金糸で縫われた紺色の浴衣に着替える。金糸が映えてとても風流だ。
「似合う?」
冬儺は新しい浴衣に喜んで姿見の前でピョンピョン飛び跳ねる秋鹿の頭を撫でると、
「似合うぜ?」
と、微笑んだ。
「なんじゃ、見せつけるのかえ?」
煙管に火をつけて、春紅がふぅと息を吐く。その姿は絵に描けば飛ぶように売れるのではないかと誰しもが思おうほど妖艶だった。
「それ、で。三弥砥には、どうやって、会う?今、『九想典』に行けば、蜂の巣を突くように、なる」
「ああ、そのことね」
後ろから、冬儺に抱き抱えられ、籐で造られた椅子に座った秋鹿が言う。本をよく読む夏梅が「リアル、な、人間椅子…」と呟いた。
「三弥砥の家に忍び込もうと思うんだけど。楽しそうじゃない?」
春紅がカカカと笑う。
「趣味が悪いわいなぁ、秋鹿は。まぁ、わちきは賛成でありんす。好いた男の家に花魁がこっちから行くのも一興」
「梅も、賛成。いろんな毒草、食べるの、楽しみ」
「…なんか、不純な動機だらけだと思うんだけど…」
ぴょん、と秋鹿が立ち上がり、しっかりした足取りの春紅、冬儺、ふらふらとした夏梅と玄関へと歩くが、ハッと気付いて座敷牢に入り、何かを持ってきた。
「なんだ、それ」
「小さな電子端末だよ。スマホの形してるけど、パソコンと同じくらいの作業はできる。なにかあったら、ボクがこの中に入ればいいさ。多分、異能も使えるはず」
それを帯に挟むと、ヒョイっと、まるで猫のように冬儺の背中に飛び乗る。
「さー、日が暮れないうちに行こー。冬儺ー、歩いってってー」
「…俺様は馬じゃないんだが」
数分後、4人は暖かい午後の日が差す山道を歩いていた。
春紅は極上の煙草の入った煙管を咥え、夏梅は道に生えている毒草を食み、秋鹿は背負われた冬儺の背中で微睡み、冬儺は背負った秋鹿の体温に癒されて歩いていた。
たまに思い出したかのようにポツポツと話をする程度だ。
一見、行動がバラバラで不仲にも思える4人だが、会話がないとしても、意志の疎通は無意識のうちにしっかりと通じ合っていた。
それだけ、『九想典』に対抗するだけの矜恃があるのだ。
「…春紅さん、煙草は捨てないでね、山火事になっちゃうからさ」
冬儺の首筋に顔を埋めたまま、間延びした声で秋鹿が呟く。
「大丈夫でありんす、わちきの煙草の灰は夏梅が食べてくれるからのぉ」
「…そうだね、煙草も毒だもんねぇ。気持ちは複雑だけど」
秋鹿は、苦しそうな声で言うと、なにか思い出したかのように冬儺の首に手を回した。
「秋鹿?」
しかし、春紅の問いに秋鹿は答えない。代わりに、洟を啜る音が聞こえた。
冬儺は、参った、と言うように苦笑して、
「春紅さん、こいつ多分俺の親が俺にしたこと思い出してるんすよ。よく吸いかけの煙草の火で腕、焼かれましたから」
よいしょ、と秋鹿を背負い直す冬儺。
「冬儺も難儀やねぇ…」
「まぁ、親は消したんで大丈夫っすよ」
獰猛なことをサラッと言う冬儺に春紅は笑みを溢す。
「いつか、この4人で親のことを肴に美味い酒を呑みんしょう」
「そうっすね。…おい、泣くな、秋鹿。三弥砥の家への道はお前しか判らねぇんだからよ」
秋鹿は、頷くと、幼い子供のように目を擦り、再び洟を啜るとまだ少し震える声で言った。
「この道を真っ直ぐ…。大きな木の側に家があるはず」
「了解」
冬儺が大きな手で秋鹿の頭を撫でた。
「あんまり過去の事、思い出さなくてもいいぜ?過去は変えられない。変えられないものは考えてもしょうがないんだからよ」
その言葉に夏梅と春紅の足がピタリと止まる。
「…どうした、冬儺。梅、の毒草食べて、頭おかしくなった…?」
「わっちもそう思いんす。なにか悪いものにでも当たりんしたか?」
「…俺様がたまにまともなこと言うと、お前らすぐそうだよな」
冬儺が笑うと、秋鹿もクスクスと笑った。
「冬儺は優しいね」
「そう思ってくれるのは秋鹿だけだな」
「わちきも冬儺は優しいと思いんす。さっきはふざけただけでありんす」
「梅、もそう思う。冬儺、よく毒草、くれる。嬉しい」
「…取って付けたように言うなぁ…」
不審げな冬儺の赤髪短髪の頭をキャッキャと笑いながら、秋鹿が軽く叩いた。
「冬儺は、褒められてるんだよ?まだ慣れないの?困ったさんだねー」
「…褒められ慣れてねぇんだよ」
「いいよ、ボクがちゃんと褒めてあげるからさ」
「わちきも褒めんしょう」
「…梅、も、褒める。冬儺、は大事な仲間」
冬儺の感情が複雑に、しかし、何か暖かいものに包まれたように安らぐ。
「……サンキュ」
勇気を絞り出すような声で冬儺は言った。
「ふふ、冬儺にしては上出来だね」
秋鹿が満足そうに笑うと、春紅、夏梅もくす、と笑って頷いた。
そして、しばらく歩くと、視界の先に大きな木が見えてきた。
「似合う?」
冬儺は新しい浴衣に喜んで姿見の前でピョンピョン飛び跳ねる秋鹿の頭を撫でると、
「似合うぜ?」
と、微笑んだ。
「なんじゃ、見せつけるのかえ?」
煙管に火をつけて、春紅がふぅと息を吐く。その姿は絵に描けば飛ぶように売れるのではないかと誰しもが思おうほど妖艶だった。
「それ、で。三弥砥には、どうやって、会う?今、『九想典』に行けば、蜂の巣を突くように、なる」
「ああ、そのことね」
後ろから、冬儺に抱き抱えられ、籐で造られた椅子に座った秋鹿が言う。本をよく読む夏梅が「リアル、な、人間椅子…」と呟いた。
「三弥砥の家に忍び込もうと思うんだけど。楽しそうじゃない?」
春紅がカカカと笑う。
「趣味が悪いわいなぁ、秋鹿は。まぁ、わちきは賛成でありんす。好いた男の家に花魁がこっちから行くのも一興」
「梅も、賛成。いろんな毒草、食べるの、楽しみ」
「…なんか、不純な動機だらけだと思うんだけど…」
ぴょん、と秋鹿が立ち上がり、しっかりした足取りの春紅、冬儺、ふらふらとした夏梅と玄関へと歩くが、ハッと気付いて座敷牢に入り、何かを持ってきた。
「なんだ、それ」
「小さな電子端末だよ。スマホの形してるけど、パソコンと同じくらいの作業はできる。なにかあったら、ボクがこの中に入ればいいさ。多分、異能も使えるはず」
それを帯に挟むと、ヒョイっと、まるで猫のように冬儺の背中に飛び乗る。
「さー、日が暮れないうちに行こー。冬儺ー、歩いってってー」
「…俺様は馬じゃないんだが」
数分後、4人は暖かい午後の日が差す山道を歩いていた。
春紅は極上の煙草の入った煙管を咥え、夏梅は道に生えている毒草を食み、秋鹿は背負われた冬儺の背中で微睡み、冬儺は背負った秋鹿の体温に癒されて歩いていた。
たまに思い出したかのようにポツポツと話をする程度だ。
一見、行動がバラバラで不仲にも思える4人だが、会話がないとしても、意志の疎通は無意識のうちにしっかりと通じ合っていた。
それだけ、『九想典』に対抗するだけの矜恃があるのだ。
「…春紅さん、煙草は捨てないでね、山火事になっちゃうからさ」
冬儺の首筋に顔を埋めたまま、間延びした声で秋鹿が呟く。
「大丈夫でありんす、わちきの煙草の灰は夏梅が食べてくれるからのぉ」
「…そうだね、煙草も毒だもんねぇ。気持ちは複雑だけど」
秋鹿は、苦しそうな声で言うと、なにか思い出したかのように冬儺の首に手を回した。
「秋鹿?」
しかし、春紅の問いに秋鹿は答えない。代わりに、洟を啜る音が聞こえた。
冬儺は、参った、と言うように苦笑して、
「春紅さん、こいつ多分俺の親が俺にしたこと思い出してるんすよ。よく吸いかけの煙草の火で腕、焼かれましたから」
よいしょ、と秋鹿を背負い直す冬儺。
「冬儺も難儀やねぇ…」
「まぁ、親は消したんで大丈夫っすよ」
獰猛なことをサラッと言う冬儺に春紅は笑みを溢す。
「いつか、この4人で親のことを肴に美味い酒を呑みんしょう」
「そうっすね。…おい、泣くな、秋鹿。三弥砥の家への道はお前しか判らねぇんだからよ」
秋鹿は、頷くと、幼い子供のように目を擦り、再び洟を啜るとまだ少し震える声で言った。
「この道を真っ直ぐ…。大きな木の側に家があるはず」
「了解」
冬儺が大きな手で秋鹿の頭を撫でた。
「あんまり過去の事、思い出さなくてもいいぜ?過去は変えられない。変えられないものは考えてもしょうがないんだからよ」
その言葉に夏梅と春紅の足がピタリと止まる。
「…どうした、冬儺。梅、の毒草食べて、頭おかしくなった…?」
「わっちもそう思いんす。なにか悪いものにでも当たりんしたか?」
「…俺様がたまにまともなこと言うと、お前らすぐそうだよな」
冬儺が笑うと、秋鹿もクスクスと笑った。
「冬儺は優しいね」
「そう思ってくれるのは秋鹿だけだな」
「わちきも冬儺は優しいと思いんす。さっきはふざけただけでありんす」
「梅、もそう思う。冬儺、よく毒草、くれる。嬉しい」
「…取って付けたように言うなぁ…」
不審げな冬儺の赤髪短髪の頭をキャッキャと笑いながら、秋鹿が軽く叩いた。
「冬儺は、褒められてるんだよ?まだ慣れないの?困ったさんだねー」
「…褒められ慣れてねぇんだよ」
「いいよ、ボクがちゃんと褒めてあげるからさ」
「わちきも褒めんしょう」
「…梅、も、褒める。冬儺、は大事な仲間」
冬儺の感情が複雑に、しかし、何か暖かいものに包まれたように安らぐ。
「……サンキュ」
勇気を絞り出すような声で冬儺は言った。
「ふふ、冬儺にしては上出来だね」
秋鹿が満足そうに笑うと、春紅、夏梅もくす、と笑って頷いた。
そして、しばらく歩くと、視界の先に大きな木が見えてきた。
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