殺人鬼の懺悔参り

細雪あおい

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日常は飴の如く。

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 5回戦行なったブラックジャックは2対3で華四かし遺骸いがいペアに軍配が上がった。
「…「にと」の負けだ。煮るなり焼くなり好きにすればいい」
 切腹覚悟の武士のような顔をして、二兎にとはガチャリと『絡繰カラクリ』を置き、目を閉じた。
「ただのゲームだろ、真面目にも程があるぞ」
 4人の横で見ていた霊七れいなが苦笑し、二兎の頭をぽんぽんと優しく叩き、『絡繰』を二兎に持たせた。
「むぅ…」
 二兎が目を開け、小さく唸る。
 その時、二兎、華四、霊七のスマホが同時に鳴った。
「…君らのが同時に鳴るってことは、『九想典くそうてん』からのメールかな?」
 伊織いおりは、ストラップなどの飾りが一切ない無機質な二兎のスマホを見て、聞いた。
「そうだ。九尾様からだ」
 『九想典』からのメールの内容は『拾都戦争じゅうとせんそう』での経験から、『四気しき』の『頭がおかしい』秋鹿あきしかからのハッキングを恐れて暗号化するようになっている。
 だが、それで困るメンバーがいるのも実情だ。
「えー…あー…うー…い?」
「言葉を覚えたばかりの赤子かお前は」
 唸りながら、メールを読む霊七を見て、二兎が怒った。
「暗号表は何処だっけ…」
 自力の脳では解読は無理!と判断して、いつも持っているお気に入りのパーカーのポケットを漁る霊七。
「「にと」はいつも持っている」
「マジか!貸してくれ!」
「「にと」の頭の中だ」
「…本当殴りたい」
 霊七は元々、声が低いが、もっと低い唸るような声で言った。
「やめろ、2人とも。某が読んで内容を伝えるから」
 2人を落ち着かせるように言った華四がメールの内容を目で追う。
その顔はだんだんと険しい顔になっていく。
「二兎、霊七。驚かないで、聞け」
 2人は静かに頷いた。
「『四気』が…また動き出したそうだ」
 途端、伊織、二兎、霊七の目が見開かれる。
「あの異能力集団『四気』がかい?」
 伊織が小さく呟いた。
「ああ。『春を売る』春紅はるべにから、八舞やまいの診察室に手紙が届いたと書いてある。八舞の診察室は9階だ。もしかしたら、春紅は『九想典』本部に侵入したのかも知れない。あいつの能力なら可能だ。…だが…あの『四気』がまだ動いているとは…」
「だなぁ…僕らが叩き潰したと思ってたんだけど…」
「…ねぇ」
 緊迫した空気を慰めるかのように幼い声が上がる。
「『四気』って、なに?」
「遺骸…」
 いつも饒舌な伊織が珍しく声を詰まらせる。
「これは『九想典』の話だよ。遺骸には関係ない。知らなくても大丈夫さ」
「いやだ」
 遺骸は伊織の黒パーカーを掴んで強い口調で言った。
「もう独りは嫌。皆と居たい。知らないだけは、嫌」
「…知ったら、戻れないとしてもかい?」
「構わない」
 遺骸の目の中には光があった。最初、出会った時に死んだ男の生首を抱えて泣いていたあの時には輝いていなかった光が。
「…判りかねる」
 死者に引導を渡す時のように厳かな声で華四が言った。
「遺骸ちゃん、君は止める伊織に『構わない』と言ったね?だが、前回の『九想典』会議で君は『拾都』の人間兵器だということが判った。遺骸ちゃんには内部情報は伝えられないよ」
 遺骸の顔からすぅ、と血の気が引く。
「遺骸…兵器、なの?」
「華四!会議のことは口外してはならぬだろう!それに此奴こやつの気持ちも考えろ!」
 今まで遺骸に敵意を見せていた二兎すらも牙を向いて怒鳴った。
 それは、以前、父親に人間兵器のように扱われたため、辛さが判るからでもあった。
辺りには、先程と違った緊迫感が漂う。すると、伊織が手を伸ばし、

「遺骸、おいで」

 と、場違いな程、優しい声で言った。二兎は心の痛みを耐えるように目を細めた。
 遺骸は、低く唸ると、年相応な子供の泣き声を上げ、伊織の胸に飛び込んだ。
 伊織はなにも言わなかった。声をかけることなく、ただ、泣く遺骸の頭を撫で続けた。




「よ、と。久しぶりに出る外は良いね」
 冬儺ふゆなと仲良く手を繋ぎながら(とは言っても、1人で歩くとよく転ぶからだ)、秋鹿は数ヶ月ぶりの外の空気を堪能していた。
 場所は、秋鹿の座敷牢がある隠れ家から少し離れた川辺だった。
「砂利道、歩くの苦手だろ。背負ってやろうか?」
「大丈夫、今日は威厳を保たなくちゃいけないんだから」
 ててて、と歩き、穏やかに流れる川に近づく。
「わぁ、魚がいっぱい!ねぇ、今度のご飯にこの魚たち出してよ!お刺身でも塩焼きでもきっと美味しいよ!」
「使用人に行っておく。…おい、それ以上水辺に近づくと濡れるぞ」
「あー…それはやめなきゃだね…遊んでる場合じゃないし」
 水遊びを怒られた子供のように渋々川から離れる秋鹿。
「…夏梅なつうめに会うのは『拾都戦争じゅうとせんそう』以来かな?」
「そうだな。『九想典』に負けた時から逢ってないな」
「『九想典』…」
 歯をギリっと食いしばって呟く秋鹿。
「あいつらが居なければ…『四気』が『拾都』を手に入れたのに…邪魔しやがって…」
「あんまり体力消費するな。春紅さんに叱られるぞ」
「だって『九想典』のせいでボクらの頭は…」
「生きていられるだけ、充分だろ」
 その言葉に、秋鹿は呪詛を吐くのをやめて、顔をあげた。
「そう、だよね、冬儺と一緒に居られるだけで幸せだもん」
 わざとふざけて、冬儺に体当たりをするが、体格の良い冬儺は全く動じることはなく、秋鹿を受け止めた。
 身長が頭ひとつ違う上、綺麗な顔つきで女物の浴衣を着ている秋鹿と筋肉量の多い冬儺が抱き合うと、本当の男女のように見える現象が起こる。
「うー…」
 秋鹿は唸ると、冬儺の背中に手を回した。
「どうした、川の魚を見て腹でも空いたのか」
「…冬儺のそういうところ、好きだよ」
 クスクス笑った秋鹿は背伸びして冬儺の顔を撫でた。
 そして、未練を断ち切るかのようにパッと離れて、
「さ、春紅さんの所まで行こうか。時間に厳しい夏梅は、もう着いてるだろうね」



 その部屋からは高級料亭自慢の和風庭園が一望出来た。
 苔に彩られた石や、錦鯉の泳ぐ大きな池に、そこに掛かる赤い橋。
 鹿威しがコンッと鳴るのを聞きながら、菊の刺繍の入った着物を上品に着こなし、髪を一つに結い、シャラシャラ鳴る簪を刺した春紅が窓辺に正座していた。
 艶やかな見た目とは違い、庭を見るその目は暗い。
 ここを訪れるのは何年ぶりだろうか…『九想典』に敗れた時…
(わちきは、あの池の中に…)
 その時、またコンッと鳴った鹿威しによって思考が現実に戻る。
 ここを利用するのは、心が沈みがちになる時だ。どんなに凄惨な記憶に落ちそうになっても、鹿威しの音で現実に戻ることが出来る。
「…春紅、さま」
 入り口の障子の向こうから懐かしい声がした。
「…夏梅かえ!?」
「そう、でございます。『四気』の『猫いらず』、夏梅にございます」
 するすると音がなく開いた。そうすれば、綺麗に開くと判っているかのように。
 若く、しかし白髪の女性が頭を下げていた。
「顔を上げなんし」
 顔の下近くで切りそろえられた雪のような白髪がさらさらと流れると、夏梅は暗い目でじっと春紅を見つめて、
「お久しゅう、ございます」
「あぁ…あぁ…。夏梅…」
 春紅は着物にも関わらず、急ぎ足で夏梅の元に駆け寄った。
「夏梅、息災だったか?」
「はい、仕事も、見つかりました。元気に、やっております、故」
「毒もまだ、ありんすか?」
「秋鹿から、時々、もらってます。今、なら『九想典』には勝てる、かと」
「そうかい…良かった…」
「あー、夏梅ー!!」
 どたどたと子供のように足音を立てて秋鹿が廊下を走ってきた。
 その後ろには、呆れ顔の冬儺が。
「秋鹿!冬儺もまだ一緒に住んでるのかえ?」
「一緒に住んでます。身の回りは秋鹿こいつが見つけた使用人を雇ってます」
「そうかえ。無事で良かったわぁ」
 4人は、食事や酒が用意されている和室に入ると、各々が今までのような位置に座った。
 春紅と夏梅は机に、秋鹿は胡座をかいた冬儺の膝に。
 久しぶりに逢った仲間にクスクスと童女のように笑いかけるのは、『四気の』トップ、『春を売る』春紅。
 『銀狐ぎんぎつね』で花魁をやっており、客となる兵士から話を聞き出し、情報屋をやっている。
 相変わらず、無表情で白髪ショートカットの少女は、『四気』の『猫いらず』夏梅。
 『拾都』の違法賭博でディーラーをやっている毒姫。無表情なため、ディーラーには向いている。
 子供のようにキャッキャと騒いで怒られ、それでも騒ぐのは、『四気』の『頭がおかしい』秋鹿。
 座敷牢の中で、淡々と『九想典』へ復讐を燃やし、内部事情をハッキングしているハッカー。
 部屋の隅で一足早く冷酒を傾けているのは、『四気』の『鬼やらい』冬儺。
 自分のことが自分で出来ない秋鹿の世話をして、秋鹿と共に虎視眈々と『九想典』に復讐を考えてきた。
 この4人が、5年前、9人もいる『九想典』を破滅寸前まで追い込んだのだ。
「…やけに静かだけど、他のお客さんは?夏梅、異能使ったの?」
「使用人と客は皆出払ってもらいんした。わっちらだけで、酒盛りしんしょう」
「そう、ですね。梅も呑みます」
「ボクは、ジュースがいいなぁー、冬儺ー、注いでよー」
「冷酒、美味だけど、秋鹿には無理そうだな」
「何に、乾杯しんすか?」
「そうだね…」
 秋鹿はオレンジジュースを注いでもらったグラスを手に取ると、
「『九想典』破滅と『四気』の勝利を願って!」
 冷酒が入った3つのグラスとオレンジジュースが入ったグラスがぶつかって、綺麗な音を立てる。

「「「「乾杯!」」」」
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