15 / 25
番外編『ガラスを割ったのは…?』
しおりを挟む
「で、これはどういうこと?」
霊七が寝室で安らかな寝息を立てている時、伊織が様子を見にきた唯一に正座をさせられて、キツく問い詰められていた。
話の内容は、とても『拾都』で高級な(唯一曰く)貴重な強化ガラス(これまた唯一曰く)を誰が割り、更に床に散らばったガラスを掃除出来ない程、粉々に踏みつけたのか、ということだ。
「これは、八舞が…」
「八舞がそんな手荒いことする訳ないじゃない」
「いや、それがするんだよ」
伊織の横では同じく問い詰められている遺骸と二兎が正座していた。
二兎は、屈辱に耐えられないらしく、プルプルと震える手で『絡繰』の柄を握っていた。もし、今誰かが命じれば、伊織を責めあげる唯一を躊躇無く狩るだろう。
「俺が発作を起こして、八舞が『細菌確認』発動して中に入って来たんだ」
「その八舞は、何処?」
「『九想典』に帰ったよ」
「だったら、私と擦れ違ったはずよ?」
「君がどんなルートでここまで来るなんて判らないよ、『独り善がり』」
「その名前で呼ばないでくれる?私は全部善意で…」
「それが『独り善がり』なんだよ」
苛ついた顔で睨みつける唯一と呆れた顔で肩を竦める伊織。
「第一、君は全て自分の思い通りにならないと俺に当たるじゃないか。この間の孤児だって…」
「辞めて頂戴!」
バンっとテーブルを叩いて言葉を遮る唯一。遺骸が、ビクっと身体を震わせ、伊織にくっつく。
二兎は、変わらず死んだ目で唯一を見つめていた。
「…辞めて頂戴、伊織。『音楽再生』が発動するわ。皆、迷惑かけたくないの」
一言一言噛みしめるように言う唯一。
「…充分、今も迷惑だよ」
伊織の呟きは幸運なことに、唯一には届かなかったらしい。
「じゃあ、いっそどうだい?八舞を君の異能力で呼んでみたら。はっきりするだろう?物事を解決するには『でも』よりも『じゃあ』を使った方が良い方向に向くそうだよ?しかも、今は能力発動には充分な条件が揃ってる。それとも、なにかい?孤児を差別しないと言いながらも遺骸に異能力は見せたくないとでも?」
「…よく言った、伊織」
二兎が『絡繰』の柄を置くと、
「どうする、唯一。今、貴様は不利な状況だ。「にと」は伊織の味方。そして、当時者でもある。裁くのに証人が必要なのは「にと」でも知っている。同じ当事者の霊七は眠っている。八舞を呼ぶしか、方法はないだろう?」
「珍しく饒舌ね、二兎」
唯一が茶髪に染めたボブカットをかき上げると、ふわりと石鹸の香りが香った。
「いいわ。どちらが正しいか決めましょう」
唯一は深呼吸をすると、
「『音楽再生』」
と、呟いて舌打ちをした。
途端、今の太陽よりも明るい光が室内に点々と灯ったかと思うと、割れた窓から風がふわりと吹き、光が唯一の横に集まり、白衣を着た八舞となった。
唯一の異能力『音楽再生』は、触れたことのある特定の人物を召喚することが出来る異能力だ。
ただし、発動条件に「感情が高ぶった時の舌打ち」と決まっている。発動条件が揃った時に舌打ちをすると、否応無く、誰かしら、呼んでしまうため、なるべく異能力を発動しないようにいつも大らかにしている(唯一が「私、大らかだから」と、そう言うが、実際は違うんじゃないかな、と『九想典』の皆は心の中で思ってるのが実情)
「や、やぁ、八舞。さっきぶりだね」
伊織がぎこちなく明るく声をかけるが、急に呼び出された八舞は、ポカンとしていた。
「…伊、織…?」
「ああ、良かった、八舞ー。ちょうど、聞きたいことがあったの!」
この空気が凍り切っていることに気付いていないのは、唯一だけだった。
「あのね、このガラスのことなんだけど…」
「唯一、貴女があたしを呼んだの?」
八舞の声が震えているのは怒りの為だと気付いた遺骸は、伊織に小声で
「ねぇ、唯一ってこういう人なの?」
「そう。それだけめんどくさい人間さ。判ったかい?」
コクンと頷く遺骸の頭を伊織は撫でてやる。それを羨ましそうな顔で見る二兎。
「ねぇ、八舞、あの…ガラスは」
「唯一!!!!!!!!!!!!!!」
しつこくガラスのことを聞こうとした唯一に八舞の怒りの雷が落ちた。
「何度も言ってるけど、急に召喚するのは辞めてくれないかしら!?こっちは仕事があるのよ!手術中にも召喚して大変なことになったのを忘れたの!?自分のタイミングで呼ばないで頂戴!それにね!」
八舞は唖然とする唯一の襟を掴んで、唯一のポケットからスマホを取り出し、
「この文明の利器を私に押し付けたのは貴女よね!?今回みたいなこと、電話で済むでしょうが!!!」
と、唯一の顔にぐりぐりと当てて、部屋から出て行ってしまった。
…残された面々は、ポカンとしていたが(二兎は「よく言ってくれた」という顔をしていた)、伊織がハッと気づき、正座をしていて痺れる足でフラフラ立ち上がり、必死に後を追って、
「八舞!このガラスを割ったのは君だと証言してくれ!君の助けが必要なんだ!」
「うるさいわね!それくらい、六衣に頼めばいいじゃない!嬉々として直してくれるわよ!」
遠ざかる2人の声を聞きながら、唯一は「そうねぇ、六衣なら修理費要らないね」と呟き、六衣に電話を掛け、修理の依頼をし始めた。
「二兎、さん」
「なんだ」
「…遺骸、ここでやっていけるか不安になってきました」
遺骸が、ほぉ…と不安なため息を吐いた時、隣室で寝ていてこの騒動巻き込まれなかった幸運な霊七は雷雨に見舞われた夢を見て、
「うるさいなぁ…」
と、呟いていた。
霊七が寝室で安らかな寝息を立てている時、伊織が様子を見にきた唯一に正座をさせられて、キツく問い詰められていた。
話の内容は、とても『拾都』で高級な(唯一曰く)貴重な強化ガラス(これまた唯一曰く)を誰が割り、更に床に散らばったガラスを掃除出来ない程、粉々に踏みつけたのか、ということだ。
「これは、八舞が…」
「八舞がそんな手荒いことする訳ないじゃない」
「いや、それがするんだよ」
伊織の横では同じく問い詰められている遺骸と二兎が正座していた。
二兎は、屈辱に耐えられないらしく、プルプルと震える手で『絡繰』の柄を握っていた。もし、今誰かが命じれば、伊織を責めあげる唯一を躊躇無く狩るだろう。
「俺が発作を起こして、八舞が『細菌確認』発動して中に入って来たんだ」
「その八舞は、何処?」
「『九想典』に帰ったよ」
「だったら、私と擦れ違ったはずよ?」
「君がどんなルートでここまで来るなんて判らないよ、『独り善がり』」
「その名前で呼ばないでくれる?私は全部善意で…」
「それが『独り善がり』なんだよ」
苛ついた顔で睨みつける唯一と呆れた顔で肩を竦める伊織。
「第一、君は全て自分の思い通りにならないと俺に当たるじゃないか。この間の孤児だって…」
「辞めて頂戴!」
バンっとテーブルを叩いて言葉を遮る唯一。遺骸が、ビクっと身体を震わせ、伊織にくっつく。
二兎は、変わらず死んだ目で唯一を見つめていた。
「…辞めて頂戴、伊織。『音楽再生』が発動するわ。皆、迷惑かけたくないの」
一言一言噛みしめるように言う唯一。
「…充分、今も迷惑だよ」
伊織の呟きは幸運なことに、唯一には届かなかったらしい。
「じゃあ、いっそどうだい?八舞を君の異能力で呼んでみたら。はっきりするだろう?物事を解決するには『でも』よりも『じゃあ』を使った方が良い方向に向くそうだよ?しかも、今は能力発動には充分な条件が揃ってる。それとも、なにかい?孤児を差別しないと言いながらも遺骸に異能力は見せたくないとでも?」
「…よく言った、伊織」
二兎が『絡繰』の柄を置くと、
「どうする、唯一。今、貴様は不利な状況だ。「にと」は伊織の味方。そして、当時者でもある。裁くのに証人が必要なのは「にと」でも知っている。同じ当事者の霊七は眠っている。八舞を呼ぶしか、方法はないだろう?」
「珍しく饒舌ね、二兎」
唯一が茶髪に染めたボブカットをかき上げると、ふわりと石鹸の香りが香った。
「いいわ。どちらが正しいか決めましょう」
唯一は深呼吸をすると、
「『音楽再生』」
と、呟いて舌打ちをした。
途端、今の太陽よりも明るい光が室内に点々と灯ったかと思うと、割れた窓から風がふわりと吹き、光が唯一の横に集まり、白衣を着た八舞となった。
唯一の異能力『音楽再生』は、触れたことのある特定の人物を召喚することが出来る異能力だ。
ただし、発動条件に「感情が高ぶった時の舌打ち」と決まっている。発動条件が揃った時に舌打ちをすると、否応無く、誰かしら、呼んでしまうため、なるべく異能力を発動しないようにいつも大らかにしている(唯一が「私、大らかだから」と、そう言うが、実際は違うんじゃないかな、と『九想典』の皆は心の中で思ってるのが実情)
「や、やぁ、八舞。さっきぶりだね」
伊織がぎこちなく明るく声をかけるが、急に呼び出された八舞は、ポカンとしていた。
「…伊、織…?」
「ああ、良かった、八舞ー。ちょうど、聞きたいことがあったの!」
この空気が凍り切っていることに気付いていないのは、唯一だけだった。
「あのね、このガラスのことなんだけど…」
「唯一、貴女があたしを呼んだの?」
八舞の声が震えているのは怒りの為だと気付いた遺骸は、伊織に小声で
「ねぇ、唯一ってこういう人なの?」
「そう。それだけめんどくさい人間さ。判ったかい?」
コクンと頷く遺骸の頭を伊織は撫でてやる。それを羨ましそうな顔で見る二兎。
「ねぇ、八舞、あの…ガラスは」
「唯一!!!!!!!!!!!!!!」
しつこくガラスのことを聞こうとした唯一に八舞の怒りの雷が落ちた。
「何度も言ってるけど、急に召喚するのは辞めてくれないかしら!?こっちは仕事があるのよ!手術中にも召喚して大変なことになったのを忘れたの!?自分のタイミングで呼ばないで頂戴!それにね!」
八舞は唖然とする唯一の襟を掴んで、唯一のポケットからスマホを取り出し、
「この文明の利器を私に押し付けたのは貴女よね!?今回みたいなこと、電話で済むでしょうが!!!」
と、唯一の顔にぐりぐりと当てて、部屋から出て行ってしまった。
…残された面々は、ポカンとしていたが(二兎は「よく言ってくれた」という顔をしていた)、伊織がハッと気づき、正座をしていて痺れる足でフラフラ立ち上がり、必死に後を追って、
「八舞!このガラスを割ったのは君だと証言してくれ!君の助けが必要なんだ!」
「うるさいわね!それくらい、六衣に頼めばいいじゃない!嬉々として直してくれるわよ!」
遠ざかる2人の声を聞きながら、唯一は「そうねぇ、六衣なら修理費要らないね」と呟き、六衣に電話を掛け、修理の依頼をし始めた。
「二兎、さん」
「なんだ」
「…遺骸、ここでやっていけるか不安になってきました」
遺骸が、ほぉ…と不安なため息を吐いた時、隣室で寝ていてこの騒動巻き込まれなかった幸運な霊七は雷雨に見舞われた夢を見て、
「うるさいなぁ…」
と、呟いていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる