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番外編「孤独ではない霊七の戦い」
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霊七は満身創痍だった。
それは、見た目もそうだし、精神、更には抱える魂達も戦いが長引くにつれ、疲弊し消えて行った。
唯一残ったのは、ブリッジの黒猫だけ。
(…この子だけは、使いたくないな…)
実家で荒れる霊七に癒しをくれていた黒猫だ。おいそれと使う気にはなれない。
銃器をガチャガチャと持ちながら、歩く『拾都』の兵。
今、霊七は倉庫の影に隠れて『拾都』の兵が居なくなるのを待っていた。
同じく戦っていた華四、二兎とは逸れて何処に居るか判らない。
「…早く、八舞のところで治さないと」
八舞の異能力『細菌確認』なら、秒で治り、また戦場に出れる。
戦うことが出来る。
膝が破れたジーンズのポケットの中では、着信音で兵士に見つかるのを危惧してマナーモードにしたスマホがさっきから、震えていた。
「…こんな時まで邪魔すんのかよ」
何度も何度も掛かってくるのは、実家だった。恐らく、ニュースで『九想典』が『拾都』に戦いを挑んだ事が流れているのだろう。
実家には、もう何年も帰っていない。16歳でピアッサーの免許を取り、何も持たずに家を出たのだ。心残りがあるとすれば、口寄せを学んだ古書だ。今の所、自己流で、困ってはいないがまだ全部を読んでいない所為で不明な点が少々ある。
ネットに出ていることはないだろうし、ましてや読む為だけに帰るのも癪だ。
イライラが頂点に達し、また震え始めたスマホを取り出し、「実家」と書いてある画面を見ることもなく、近くの壁に勢いよく投げつけた。
ガシャアンと耳障りな音を立てて、画面が割れた。
「くそっ…」
腕をふるった所為で腹部の痛みが強くなる。がはっと血を吐いた時、
「…ここに居たのか」
兵士に見つかったのかと思い、ビクッと振り向くと息ひとつ切らせていない二兎が居た。
「…二…兎」
「傷だらけだな、情けない」
「うるさい…」
二兎は、足音もなく近づいてくると、しゃがみ、霊七と同じ目線になった。
霊七の砂で汚れた金髪をガッと掴むと、
「どうする、八舞の所まで帰るか?もう戦えないのか?」
「…っ」
霊七を見つめる二兎の目は暗く濁っていた。濁りきって、歪んでいた。
悔しそうな霊七の頭を掴み上げて、二兎は繰り返し、
「…どうする、『七つの魂を持つ』霊七。今すぐ、死ぬことも出来るが。楽に殺してやろうか」
死んだ目で繰り返す二兎。
その時、霊七の中で何かが弾けた。
「判ってるよ、戦わないといけないって!!でも、僕には…僕には無理だ!!武器となる魂が足りないんだ…!二兎には『絡繰』がある!華四には六衣の最高傑作の『無黒』がある!最初から…何もない、僕が勝つだ、なんて…!」
兵士のことなど忘れて霊七がそこまで叫ぶと、二兎は滅多に見せない強気な瞳で叫んだ。
「弱い!霊七は幼き「にと」にも理解出来ることが判らないのか!?愚か!未熟者!九尾様が何故華四と二兎と共に街に出したのか判らないのか!?「にと」も華四も『魂を狩る』からだろう!?「にと」達、3人は『拾都』に勝つんだ!見返してやろうとは思わないのか!?」
…そうだ、僕は勝つ為に家を出たじゃないか。あの害悪共を見返す為に。僕は、お前らとは違う。強い、と。
僕は、独りで戦っているわけではない。
「二兎、魂を狩ってくれ。そうだな、3つあれば良い。そうすれば、300人の兵士など問題ない」
「…6つだ。600人の兵士がいるつもりで戦え。そして、今、眉間に居る猫に見せてやれ、霊七は成長したと」
「ああ」
二兎は、霊七の頭から手を離すと、後ろ手で『絡繰』の柄を抜いた。
ふらふらしながら、霊七は立ち上がり、
「…『七つの魂を持つ』霊七」
「『丹色に染める』二兎」
「「参る」」
二兎は、『絡繰』を振りかざし、倉庫の陰から出て軍に向かって行った。
「出た!『九想典』からの刺客だぞ!撃て!」
二兎に気付いた兵士たちが、銃を放つ。
「…『初雪確認』」
異能力を発動させた二兎は初雪の様に、もう微かにしか見えない。
銃で撃ったとしても、着弾する頃には、もう二兎に首を切られている。
聞こえるのは、銃声よりも甲高いカンカンカンと鳴る二兎の下駄の音のみ。
「霊七ァ!」
返り血が目に入り、左目が見えない状態で兵士と圧し合いしながら、二兎が叫ぶ。
「6人!狩ったァ!」
「判った!充分だ!」
霊七が『永久保存』を発動させ、急激な能力発動で込み上げる吐き気を抑えながら、体内に魂を取り込んだ。
霊七は身体に開いているピアスの部位に魂を宿す。
眉のところにあるアイブロー、口のラブレット、リップ。鎖骨に近いマディソン、頬のチーク、指のフィンガーに魂が集まるのを感じる。
二兎が状態のいい兵士を選んでくれた為、ダメージは少なそうだ。
ラッキーと思う反面、自分が怪我だらけなのに「拾都」の兵士は余裕綽綽で居たのかと思い、怒りが込み上げる。
だが、それで良い。今は、怒りも充分な原動力だ。使い熟してやろうじゃないか。
チークの部位からゼリーの様な魂を取り出す。「1番使える魂だ」と本能が叫んでいる。
口を開け、噛まずに、ごくんと飲み込む。途端、身体の隅々に力が漲る。
身体の筋肉が膨張するのが判る。『永久保存』の異能で筋力増加が起こったのだ。
昔、発動すると、筋肉が増えて成人男性をも超える異能力者が居たと聞く。
(あの人、名前なんだっけ…)
しかし、今は考えている暇はない。
倉庫の陰から飛び出す。脚の筋肉が増強されていて、防戦一方の二兎のところまでは二兎も驚く程、早く、一瞬だった。
「二兎!!変われ!!」
二兎と、背中を合わせて、回転する様に入れ替えると、二兎に銃を向けていた兵士の頭に拳を振るった。
脳震盪を起こして、倒れるの相手見る暇もなく、刀を振るおうとした刀をへし折る。
力が身体中に漲っている。気づくと、傷も治っていた。
今なら、勝てる。『九想典』の『七つの魂を持つ』の名に恥じない戦いが出来る。霊七は、心から二兎に感謝した。
急接近してきた霊七に驚いた兵が銃を向け、発砲してきた。
撃たれると判っていたので、ひょい、と弾丸を避け、撃ってきた兵士に御返し、と言わんばかりに顔面に拳を叩き込んだ。
吹き飛んだ兵士を見て、ようやく周りが騒めいた。
二兎は、わざと煽るかの様に小さく笑うと、着物の袖で顔に付いた血を拭って叫んだ。
「我ら、『九想典』に逆らう者は容赦しない!逃げられると思うな!」
何人かの兵は恐れをなして逃げたが、残った者もいる。『拾都』への忠誠心が余程強いのか、現状が理解出来ない程なのだろう。
「霊、七…」
笑みを消し、苦しそうに肩で息をしながら、二兎がふらふらと霊七の元に来た。
いつも戦場は嬉々として『絡繰』を振るっている二兎には限界はまだだと思っていたが、まだ14歳だ。顔にも擦り傷を負い、瞳も上手く開いていない。暗殺者のプロの二兎でも疲れるんだな、と思う。
「二兎、お前は休め。僕が戦う」
「…すまない」
大人しく下がる二兎が背中越しに声を掛ける。
「魂が足りなくなったら…」
「判ってる。狩ってくれるのだろう?」
「あぁ」
小さく、二兎が笑った。
折れかけた心を保たせてくれた二兎。
戦場でこんなに頼りになる奴がいるとは思わなかった。
ずっと独りきりで戦っていると思っていた自分を恥じた。
異能力で更に筋力を強くする。二兎を守れる様に。
『九想典』の一人として、矜持を守れる様に
すぅ、と息を吐く。
「…参る」
オドオドと銃や刀を持つ兵士に向かって太腿の筋肉を発達させて勢いよく走り、距離を一瞬で縮めると、跳躍して兵士の頭に回し蹴りを喰らわせた。
鼻血を出して倒れる兵士を見て『拾都』への忠誠心が強いはずの兵士も攻撃を躊躇し始めた。
「どうした?僕を倒さないと、九尾様のところまでは行けないだろう?来いよ。全員纏めて僕が倒す!」
霊七はニヤリと笑いながら、ラブレット、リップの魂も飲み込んだ。それは、2回までは死んでも「死」を魂が請け負う為、大丈夫という、ある意味、これは、戦いのドーピングだが、今は関係ない。己が勝つと決まっている勝負には許されてもいいだろう。ここでは霊七が主役となり、兵士には負ける運命しか見えないからだ。
「テメェら全員、無傷でおうちに帰れるだなんて思ってねぇよなぁ!?」
筋肉の急激な増量により、ハイになっている霊七は笑いながら、兵士の元へ走って行った。
上手く開かない目でそれを観た二兎が呟いた。
「…まるで狐憑き、だ…」
霊七は1人で、二兎を庇いつつ、たった1人で700人の兵に勝ったのである。
「二兎、大丈夫か?」
「ああ、左目が潰れたとしても、右目がある。まぁ、八舞に診てもらえば一瞬で治る」
霊七は『永久保存』を解き、怪我を着物の内側に隠していた重症の二兎を背負って『九想典』本部に向かっていた。
「…華四はもう引き上げたと「にと」のところに連絡がきた」
「楽なもんだな。頑張った僕が馬鹿みたいだ」
呆れて笑う霊七に強い口調で二兎が言った。
「一生懸命頑張ったものを笑うのは間違っている。本当に愚かなのは『頑張ったつもりで本気を出さなかった』ものだ。本気を出した霊七を笑う奴は「にと」が許さない」
「二兎…」
「帰ったら、八舞に治して貰って飯を食べ、ゆっくり休もう。ああ、三弥砥の飯を食べよう。おにぎりが食べたい」
「おにぎり…」
思いがけない言葉に吹き出して笑う霊七。
「…何故、笑う」
「二兎も人間なんだな」
「暗殺者だ」
「はいはい」
「馬鹿にするな。…もう良い「にと」は寝る」
そう言ったきり、二兎は黙った。
その無言の間は二兎なりの幼い照れ隠しだと判っていたので、霊七はそのまま、歩みを進めて、満月の月明かりの中『九想典』本部へと向かった
それは、見た目もそうだし、精神、更には抱える魂達も戦いが長引くにつれ、疲弊し消えて行った。
唯一残ったのは、ブリッジの黒猫だけ。
(…この子だけは、使いたくないな…)
実家で荒れる霊七に癒しをくれていた黒猫だ。おいそれと使う気にはなれない。
銃器をガチャガチャと持ちながら、歩く『拾都』の兵。
今、霊七は倉庫の影に隠れて『拾都』の兵が居なくなるのを待っていた。
同じく戦っていた華四、二兎とは逸れて何処に居るか判らない。
「…早く、八舞のところで治さないと」
八舞の異能力『細菌確認』なら、秒で治り、また戦場に出れる。
戦うことが出来る。
膝が破れたジーンズのポケットの中では、着信音で兵士に見つかるのを危惧してマナーモードにしたスマホがさっきから、震えていた。
「…こんな時まで邪魔すんのかよ」
何度も何度も掛かってくるのは、実家だった。恐らく、ニュースで『九想典』が『拾都』に戦いを挑んだ事が流れているのだろう。
実家には、もう何年も帰っていない。16歳でピアッサーの免許を取り、何も持たずに家を出たのだ。心残りがあるとすれば、口寄せを学んだ古書だ。今の所、自己流で、困ってはいないがまだ全部を読んでいない所為で不明な点が少々ある。
ネットに出ていることはないだろうし、ましてや読む為だけに帰るのも癪だ。
イライラが頂点に達し、また震え始めたスマホを取り出し、「実家」と書いてある画面を見ることもなく、近くの壁に勢いよく投げつけた。
ガシャアンと耳障りな音を立てて、画面が割れた。
「くそっ…」
腕をふるった所為で腹部の痛みが強くなる。がはっと血を吐いた時、
「…ここに居たのか」
兵士に見つかったのかと思い、ビクッと振り向くと息ひとつ切らせていない二兎が居た。
「…二…兎」
「傷だらけだな、情けない」
「うるさい…」
二兎は、足音もなく近づいてくると、しゃがみ、霊七と同じ目線になった。
霊七の砂で汚れた金髪をガッと掴むと、
「どうする、八舞の所まで帰るか?もう戦えないのか?」
「…っ」
霊七を見つめる二兎の目は暗く濁っていた。濁りきって、歪んでいた。
悔しそうな霊七の頭を掴み上げて、二兎は繰り返し、
「…どうする、『七つの魂を持つ』霊七。今すぐ、死ぬことも出来るが。楽に殺してやろうか」
死んだ目で繰り返す二兎。
その時、霊七の中で何かが弾けた。
「判ってるよ、戦わないといけないって!!でも、僕には…僕には無理だ!!武器となる魂が足りないんだ…!二兎には『絡繰』がある!華四には六衣の最高傑作の『無黒』がある!最初から…何もない、僕が勝つだ、なんて…!」
兵士のことなど忘れて霊七がそこまで叫ぶと、二兎は滅多に見せない強気な瞳で叫んだ。
「弱い!霊七は幼き「にと」にも理解出来ることが判らないのか!?愚か!未熟者!九尾様が何故華四と二兎と共に街に出したのか判らないのか!?「にと」も華四も『魂を狩る』からだろう!?「にと」達、3人は『拾都』に勝つんだ!見返してやろうとは思わないのか!?」
…そうだ、僕は勝つ為に家を出たじゃないか。あの害悪共を見返す為に。僕は、お前らとは違う。強い、と。
僕は、独りで戦っているわけではない。
「二兎、魂を狩ってくれ。そうだな、3つあれば良い。そうすれば、300人の兵士など問題ない」
「…6つだ。600人の兵士がいるつもりで戦え。そして、今、眉間に居る猫に見せてやれ、霊七は成長したと」
「ああ」
二兎は、霊七の頭から手を離すと、後ろ手で『絡繰』の柄を抜いた。
ふらふらしながら、霊七は立ち上がり、
「…『七つの魂を持つ』霊七」
「『丹色に染める』二兎」
「「参る」」
二兎は、『絡繰』を振りかざし、倉庫の陰から出て軍に向かって行った。
「出た!『九想典』からの刺客だぞ!撃て!」
二兎に気付いた兵士たちが、銃を放つ。
「…『初雪確認』」
異能力を発動させた二兎は初雪の様に、もう微かにしか見えない。
銃で撃ったとしても、着弾する頃には、もう二兎に首を切られている。
聞こえるのは、銃声よりも甲高いカンカンカンと鳴る二兎の下駄の音のみ。
「霊七ァ!」
返り血が目に入り、左目が見えない状態で兵士と圧し合いしながら、二兎が叫ぶ。
「6人!狩ったァ!」
「判った!充分だ!」
霊七が『永久保存』を発動させ、急激な能力発動で込み上げる吐き気を抑えながら、体内に魂を取り込んだ。
霊七は身体に開いているピアスの部位に魂を宿す。
眉のところにあるアイブロー、口のラブレット、リップ。鎖骨に近いマディソン、頬のチーク、指のフィンガーに魂が集まるのを感じる。
二兎が状態のいい兵士を選んでくれた為、ダメージは少なそうだ。
ラッキーと思う反面、自分が怪我だらけなのに「拾都」の兵士は余裕綽綽で居たのかと思い、怒りが込み上げる。
だが、それで良い。今は、怒りも充分な原動力だ。使い熟してやろうじゃないか。
チークの部位からゼリーの様な魂を取り出す。「1番使える魂だ」と本能が叫んでいる。
口を開け、噛まずに、ごくんと飲み込む。途端、身体の隅々に力が漲る。
身体の筋肉が膨張するのが判る。『永久保存』の異能で筋力増加が起こったのだ。
昔、発動すると、筋肉が増えて成人男性をも超える異能力者が居たと聞く。
(あの人、名前なんだっけ…)
しかし、今は考えている暇はない。
倉庫の陰から飛び出す。脚の筋肉が増強されていて、防戦一方の二兎のところまでは二兎も驚く程、早く、一瞬だった。
「二兎!!変われ!!」
二兎と、背中を合わせて、回転する様に入れ替えると、二兎に銃を向けていた兵士の頭に拳を振るった。
脳震盪を起こして、倒れるの相手見る暇もなく、刀を振るおうとした刀をへし折る。
力が身体中に漲っている。気づくと、傷も治っていた。
今なら、勝てる。『九想典』の『七つの魂を持つ』の名に恥じない戦いが出来る。霊七は、心から二兎に感謝した。
急接近してきた霊七に驚いた兵が銃を向け、発砲してきた。
撃たれると判っていたので、ひょい、と弾丸を避け、撃ってきた兵士に御返し、と言わんばかりに顔面に拳を叩き込んだ。
吹き飛んだ兵士を見て、ようやく周りが騒めいた。
二兎は、わざと煽るかの様に小さく笑うと、着物の袖で顔に付いた血を拭って叫んだ。
「我ら、『九想典』に逆らう者は容赦しない!逃げられると思うな!」
何人かの兵は恐れをなして逃げたが、残った者もいる。『拾都』への忠誠心が余程強いのか、現状が理解出来ない程なのだろう。
「霊、七…」
笑みを消し、苦しそうに肩で息をしながら、二兎がふらふらと霊七の元に来た。
いつも戦場は嬉々として『絡繰』を振るっている二兎には限界はまだだと思っていたが、まだ14歳だ。顔にも擦り傷を負い、瞳も上手く開いていない。暗殺者のプロの二兎でも疲れるんだな、と思う。
「二兎、お前は休め。僕が戦う」
「…すまない」
大人しく下がる二兎が背中越しに声を掛ける。
「魂が足りなくなったら…」
「判ってる。狩ってくれるのだろう?」
「あぁ」
小さく、二兎が笑った。
折れかけた心を保たせてくれた二兎。
戦場でこんなに頼りになる奴がいるとは思わなかった。
ずっと独りきりで戦っていると思っていた自分を恥じた。
異能力で更に筋力を強くする。二兎を守れる様に。
『九想典』の一人として、矜持を守れる様に
すぅ、と息を吐く。
「…参る」
オドオドと銃や刀を持つ兵士に向かって太腿の筋肉を発達させて勢いよく走り、距離を一瞬で縮めると、跳躍して兵士の頭に回し蹴りを喰らわせた。
鼻血を出して倒れる兵士を見て『拾都』への忠誠心が強いはずの兵士も攻撃を躊躇し始めた。
「どうした?僕を倒さないと、九尾様のところまでは行けないだろう?来いよ。全員纏めて僕が倒す!」
霊七はニヤリと笑いながら、ラブレット、リップの魂も飲み込んだ。それは、2回までは死んでも「死」を魂が請け負う為、大丈夫という、ある意味、これは、戦いのドーピングだが、今は関係ない。己が勝つと決まっている勝負には許されてもいいだろう。ここでは霊七が主役となり、兵士には負ける運命しか見えないからだ。
「テメェら全員、無傷でおうちに帰れるだなんて思ってねぇよなぁ!?」
筋肉の急激な増量により、ハイになっている霊七は笑いながら、兵士の元へ走って行った。
上手く開かない目でそれを観た二兎が呟いた。
「…まるで狐憑き、だ…」
霊七は1人で、二兎を庇いつつ、たった1人で700人の兵に勝ったのである。
「二兎、大丈夫か?」
「ああ、左目が潰れたとしても、右目がある。まぁ、八舞に診てもらえば一瞬で治る」
霊七は『永久保存』を解き、怪我を着物の内側に隠していた重症の二兎を背負って『九想典』本部に向かっていた。
「…華四はもう引き上げたと「にと」のところに連絡がきた」
「楽なもんだな。頑張った僕が馬鹿みたいだ」
呆れて笑う霊七に強い口調で二兎が言った。
「一生懸命頑張ったものを笑うのは間違っている。本当に愚かなのは『頑張ったつもりで本気を出さなかった』ものだ。本気を出した霊七を笑う奴は「にと」が許さない」
「二兎…」
「帰ったら、八舞に治して貰って飯を食べ、ゆっくり休もう。ああ、三弥砥の飯を食べよう。おにぎりが食べたい」
「おにぎり…」
思いがけない言葉に吹き出して笑う霊七。
「…何故、笑う」
「二兎も人間なんだな」
「暗殺者だ」
「はいはい」
「馬鹿にするな。…もう良い「にと」は寝る」
そう言ったきり、二兎は黙った。
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