12 / 25
遺骸に触れられる者は。
しおりを挟む
「八舞、何故俺の血を取るんだい?健康診断はまだ受ける時期じゃないだろう?」
「いいじゃない、サンプルは多い方がいいわ。これも遺骸ちゃんのためよ。…相変わらず、綺麗な腕ね」
伊織は、八舞に採血されていた。八舞の注射は痛くない。これは異能力も手伝っているが、医師としての長年の経験で何処に痛覚があるかどうか判るのだ。
「次は遺骸ちゃんの番よ。おいで」
伊織の腕から注射器を抜き、持って来た医療廃棄物の箱に注射器を捨てながら笑顔で言った。
「でも、伊織以外が触ると、皆は…」
今までのことを思い出し、言葉を詰まらせる遺骸に、八舞は、安心させるように、ふふふと笑うと、
「大丈夫。助っ人を用意しているわ」
八舞はスマホを取り出し、綺麗に短く切られた爪でコンコンとタップした。耳に当てると、
「入って来ていいわよ」
と言った。すると、割れた窓から赤い着物を着た女の子と、ピアスがいくつか顔に開けてある不機嫌そうな女性が現れた。
「…僕は帰るつもりだったんだけど」
ピアスの女性、霊七が不機嫌そうにぶつぶつと呟く。
対照的なのは、
「久しぶり、伊織」
何処か、嬉しそうな赤い着物の女の子、二兎だった。
「霊七、昨日は助かったよ、ありがとう。二兎は、どうだい?最近の仕事の方は?」
「楽勝。「にと」は強くなった」
「それは、重畳」
「で?なんで、僕は呼ばれたのかな?」
朝早くから会議に呼ばれ、その間、喫煙出来なかった為、ニコチンが切れているようで苛立った霊七が言った。
「霊七にしか出来ないことがあるのよ。はい、治療用の煙草。少し、外で吸ってらっしゃい」
八舞は再び「細菌確認」と呟き、自分で禁煙者用に開発した無添加のオーガニックシガレットを召喚し、霊七に渡した。
「サンキュ。火は…ある」
「「にと」は火打ち石を持っているぞ。貸してやろうか?」
「…何処まで、古典的なんだよ…」
霊七は、呆れたように笑うと、懐から蝶が彫られている愛用のライターを取り出し、割れた窓から、外へ出ようとして、振り返り、
「遺骸ちゃん、煙草は吸わない方がいいよ?」
遺骸が戸惑いながら、こくりと頷いたのを見て笑うと、外に出て行った。
「八舞、遺骸の血液検査はどうするんだい?」
血液検査で刺された腕に、シール状の絆創膏を貼った伊織が聞いた。
「それは、霊七に頼もうと思ったのよ。霊七はもう忘れてるみたいだけど、ちゃんと承諾は得てるわ」
八舞は、嵌めていた薄いゴム手袋を口で噛んで外しながら、
「魂がいくつかあれば、なんとかなるそうよ」
「…血液検査を霊七が?」
「大丈夫、霊七はピアッサーの資格を持ってるから、多少は判るはずよ。伊織は人は殺せても、血は摂れないでしょ?」
「…心配だね」
大きく伸びをして、欠伸を噛み殺しながら、伊織はそう言った。
「あら、珍しいわね、伊織がそう言うことを言うなんて」
「おいおい、それじゃあ、まるで俺が血も涙もないやつだと言っているようじゃないか。これでも、俺は『九想典』の友達だよ?特に、霊七には世話になってる。これで、心配しなかったら、人間として、どうかしてるよ」
「「にと」も心配してる」
「お、人間らしくなったね、二兎。偉いぞ」
伊織が手を伸ばして、サラサラの二兎の黒髪を撫でてやると、二兎の雪のように白い頬が赤く染まった。
(まさか、二兎…)
それを見て、八舞は察した。
「ふー、美味かったー」
割れた窓から伸びをしながら笑顔の霊七が戻って来た。もう誰も玄関を使う気はないのだろう。
「霊七、今回は特別にシガレットを提供したけど、ちゃんと治療には来ないとダメよ?」
「判ってる。あの薬、不味いから嫌なんだ」
「シガレットの吸い過ぎで死ぬよりマシでしょ?霊七が死んだら『九想典』の皆は悲しむわ」
「…うん」
ライターを開けたり閉じたり、カチャカチャ音を立てながら、霊七は呟いた。
そこで、霊七は場の空気を変えるようにパンパンと手を叩くと、
「さぁ、遺骸ちゃんの血液検査よ!霊七、二兎、準備は良いわね?」
「あぁ、大丈夫。気分は悪くない」
運動をするかのように伸びをする霊七。
「『絡繰』は用意してある」
『絡繰』の柄を握る二兎。
その姿であることを思い出した伊織。
「霊七、二兎。まさか、あれをやるのかい?」
少し硬い伊織の声に霊七は、ニッと笑って言った。
「そう。『永久保存』で魂を僕の中に入れる。遺骸ちゃんに触れても、7回なら耐えられるから、僕が注射を打つ。まぁ、都合の良い多重人格みたいなもんだ」
「もし、魂を使い切ったら、「にと」が獣を狩って魂を霊七に渡す。幸い、ここは野生動物が多い。「にと」に任せろ、7つなど秒で狩る」
伊織はそれを聞いて、言葉に詰まった。
それは、数年前の『拾都戦争』で霊七と二兎が行った戦術だったからだ。
「いいじゃない、サンプルは多い方がいいわ。これも遺骸ちゃんのためよ。…相変わらず、綺麗な腕ね」
伊織は、八舞に採血されていた。八舞の注射は痛くない。これは異能力も手伝っているが、医師としての長年の経験で何処に痛覚があるかどうか判るのだ。
「次は遺骸ちゃんの番よ。おいで」
伊織の腕から注射器を抜き、持って来た医療廃棄物の箱に注射器を捨てながら笑顔で言った。
「でも、伊織以外が触ると、皆は…」
今までのことを思い出し、言葉を詰まらせる遺骸に、八舞は、安心させるように、ふふふと笑うと、
「大丈夫。助っ人を用意しているわ」
八舞はスマホを取り出し、綺麗に短く切られた爪でコンコンとタップした。耳に当てると、
「入って来ていいわよ」
と言った。すると、割れた窓から赤い着物を着た女の子と、ピアスがいくつか顔に開けてある不機嫌そうな女性が現れた。
「…僕は帰るつもりだったんだけど」
ピアスの女性、霊七が不機嫌そうにぶつぶつと呟く。
対照的なのは、
「久しぶり、伊織」
何処か、嬉しそうな赤い着物の女の子、二兎だった。
「霊七、昨日は助かったよ、ありがとう。二兎は、どうだい?最近の仕事の方は?」
「楽勝。「にと」は強くなった」
「それは、重畳」
「で?なんで、僕は呼ばれたのかな?」
朝早くから会議に呼ばれ、その間、喫煙出来なかった為、ニコチンが切れているようで苛立った霊七が言った。
「霊七にしか出来ないことがあるのよ。はい、治療用の煙草。少し、外で吸ってらっしゃい」
八舞は再び「細菌確認」と呟き、自分で禁煙者用に開発した無添加のオーガニックシガレットを召喚し、霊七に渡した。
「サンキュ。火は…ある」
「「にと」は火打ち石を持っているぞ。貸してやろうか?」
「…何処まで、古典的なんだよ…」
霊七は、呆れたように笑うと、懐から蝶が彫られている愛用のライターを取り出し、割れた窓から、外へ出ようとして、振り返り、
「遺骸ちゃん、煙草は吸わない方がいいよ?」
遺骸が戸惑いながら、こくりと頷いたのを見て笑うと、外に出て行った。
「八舞、遺骸の血液検査はどうするんだい?」
血液検査で刺された腕に、シール状の絆創膏を貼った伊織が聞いた。
「それは、霊七に頼もうと思ったのよ。霊七はもう忘れてるみたいだけど、ちゃんと承諾は得てるわ」
八舞は、嵌めていた薄いゴム手袋を口で噛んで外しながら、
「魂がいくつかあれば、なんとかなるそうよ」
「…血液検査を霊七が?」
「大丈夫、霊七はピアッサーの資格を持ってるから、多少は判るはずよ。伊織は人は殺せても、血は摂れないでしょ?」
「…心配だね」
大きく伸びをして、欠伸を噛み殺しながら、伊織はそう言った。
「あら、珍しいわね、伊織がそう言うことを言うなんて」
「おいおい、それじゃあ、まるで俺が血も涙もないやつだと言っているようじゃないか。これでも、俺は『九想典』の友達だよ?特に、霊七には世話になってる。これで、心配しなかったら、人間として、どうかしてるよ」
「「にと」も心配してる」
「お、人間らしくなったね、二兎。偉いぞ」
伊織が手を伸ばして、サラサラの二兎の黒髪を撫でてやると、二兎の雪のように白い頬が赤く染まった。
(まさか、二兎…)
それを見て、八舞は察した。
「ふー、美味かったー」
割れた窓から伸びをしながら笑顔の霊七が戻って来た。もう誰も玄関を使う気はないのだろう。
「霊七、今回は特別にシガレットを提供したけど、ちゃんと治療には来ないとダメよ?」
「判ってる。あの薬、不味いから嫌なんだ」
「シガレットの吸い過ぎで死ぬよりマシでしょ?霊七が死んだら『九想典』の皆は悲しむわ」
「…うん」
ライターを開けたり閉じたり、カチャカチャ音を立てながら、霊七は呟いた。
そこで、霊七は場の空気を変えるようにパンパンと手を叩くと、
「さぁ、遺骸ちゃんの血液検査よ!霊七、二兎、準備は良いわね?」
「あぁ、大丈夫。気分は悪くない」
運動をするかのように伸びをする霊七。
「『絡繰』は用意してある」
『絡繰』の柄を握る二兎。
その姿であることを思い出した伊織。
「霊七、二兎。まさか、あれをやるのかい?」
少し硬い伊織の声に霊七は、ニッと笑って言った。
「そう。『永久保存』で魂を僕の中に入れる。遺骸ちゃんに触れても、7回なら耐えられるから、僕が注射を打つ。まぁ、都合の良い多重人格みたいなもんだ」
「もし、魂を使い切ったら、「にと」が獣を狩って魂を霊七に渡す。幸い、ここは野生動物が多い。「にと」に任せろ、7つなど秒で狩る」
伊織はそれを聞いて、言葉に詰まった。
それは、数年前の『拾都戦争』で霊七と二兎が行った戦術だったからだ。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる