殺人鬼の懺悔参り

細雪あおい

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番外編「幼き二兎、視界は紅く染まる」(前編)

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 二兎が幼い頃は、見るもの全てが赤かった。
それは、怒りのせいで起こったことでもあるし、実際、額から流れる血のせいで視界が赤く染まったからでもあった。

 色狂いの母親から産まれ、気性の荒い父親と名乗る男が二兎を引き取って3年が経つ。
 その間、二兎は母親に会うこともなかったし、父親は代々暗殺者として生計を立てていた。
 幼き頃の二兎の玩具は短刀、槍、毒草で作ったぬいぐるみだった。
 父親は、二兎の本性を見抜いていたのだろうか。二兎が歩けるようになると同時に日本刀を渡し、剣戟を徹底的に教え込んだ。それは、睡眠以外の時間全てが費やされた(二兎は、夢の中でも刀を振るっていた)
 
 二兎は、父親に認められたかった。剣戟が出来れば、きっと褒めてくれるだろう。認めてくれるだろう。
 明くる日も明くる日も、刀で森に住む獣を狩った。
 本来なら、可愛がる兎さえも血に染めた。産まれたばかりの兎すらただの的に過ぎなかった。

 山に籠もって何年経っただろうか。
 珍しく雪が深々と降り積もり、吐く息は白く、対照的に刀を握る二兎の手は赤切れで血に染まり、真っ赤だった。
 寝ている場所も雪で埋まってしまい、火も消え、暖がとれない。
 薄い襦袢だけで震えている二兎を見て父親は言った。
「これを渡す」
 渡されたのは、今後二兎の相棒となる「絡繰」だった。
 受け取り、次の指令を待つ。
「狼を5頭狩ってこい。それまで、帰ってくるな」
 父親はそういうと、山の麓にある実家に帰っていった。
 雪に段々と消されていく父親を見て、心の中で何かが爆ぜた。

「あれが、覚醒のきっかけだった」
 のちに、二兎はそう語る。

 襦袢に草鞋を履いただけで、雪山を駆ける。
 ビュンビュンと耳元で風が唸る。
 狼が見えた時、笑い声が聞こえた。誰だろう、と思ったが、すぐ気がついた。
 二兎は生まれて初めて大声で笑っていた。
「丹色に染めてやる!」
 狼がこちらに気付くよりも早く、異能力「初雪確認センチメンタル・ライム」を発動する。
 一瞬、二兎の姿が雪に薄れる。狼が辺りを見渡している間に、ボスと思わしき狼の首筋に「絡繰」を串刺しにする。
 吹き上げる血は温かく、少しもったいないな、と思ってしまう。
 向かってきた雌の狼の顔に「絡繰」の鞘を殴りつける。
 刃にも、鞘にも毒が塗ってあったらしく、狼たちの血は止まらない。
 2時間もしないうちに、狼の群れの8頭を屠った。
 それらの死骸を一旦置いて、季節外れの山葡萄を見つけ、蔓から引きちぎって、ガツガツと食べた。
 狼の血と混じって、鉄くさく、酸っぱかったが空腹には勝てない。
 キノコもあったが、昔、毒に当たったのを思い出して、辞めた。
「美味しい…」
 空腹を満たし、狼を担ぐと、雪を踏みしめ、実家に帰る。もう、何年振りだろうか。
 竹で出来た玄関を蹴り開けて、目の前にある食堂で笑顔で食を摂っている父親、見たこともない女に、「絡繰」で切った狼の臓物をぶち撒けた。
 湯気を立てていた汁物も、川魚も白米も真っ赤に染まった。
「お父さん、ちゃんと狩ってきたよ」


 その日から、偉そうにしていた父親は、二兎の顔色を伺うようになった。見たこともない女は、父親を平手打ちして、いなくなった。
 一方、二兎は全く喋らなくなった。元々、綺麗に澄んでいた瞳を黒く濁りきった。
それを見た村医者が父親に問うたが、狼の一件ではないと父親は主張した。
 あまりにも騒ぐ為、二兎は父親の酒に微量の毒を混ぜ、まともに言葉を発せられない状態に陥れた。
 二兎は当時、6歳だった。

 血塗れの着物のまま、山で薬草を採っていると、日に焼け、作務衣を羽織った若い男が声を掛けてきた。

「君、大丈夫?」
 一度も労いの声をかけられたことのない二兎は、戸惑った。
「大丈夫」の意味が判らなかったのだ。
首を傾げていると、男は黄金色に光る小さな飴を二兎に渡した。
 それが銃弾に見えて、脇に差していた「絡繰」に手をかけた。
「これは、お菓子だよ、食べ物。食べていいよ。わしが作ったんだ」
 飴を見つめる二兎を見て、笑った男は自分も懐から飴を出して、ヒョイ、と口に入れた。
 それを見て、二兎は生まれて初めて飴を口に含んだ。
「…美味しい。山葡萄より、酸っぱくない」
「山葡萄を食べていたのかい?ありゃあ、酸っぱいよ。もっといいものが食べたくないかい?」
「お前、人攫いか?」
 二兎が「絡繰」の柄に毒草をねじ込み、ガチャガチャと調合する。
「いいや、わしは三弥砥。この山の麓に住んでおる。『九想典』で働いている。君、『九想典』に来ないかい?」
「にとは、人を殺すのが仕事だ。それ以外は、何も出来ない」
「自分で自分の限界を決めちゃダメだよ。…毒草も、悪事に使うのかい?
「…悪事」
 二兎は、ポツリと呟いた。人殺しを悪事だと思ったことは一度もないし、止められたこともない。
むしろ、推奨されていたのだ。
 生まれてから、決められた概念は簡単には変えられない。二兎は、生まれながらにして、呪いをかけられていたのである。
「一度、わしの家に来ないかい?嫁が胡桃餅を作ったんだ。とても美味しいよ」
 二兎は、家で寝ている父親のことを思い出した。
 胡桃餅を持っていけば、喜ぶかもしれない。
 二兎は、愚かというか、純粋というか、ここまで来ても、まだ父親に褒められるのを心から望んでいたのだ。
「…行く」
 二兎は、毒草を「絡繰」に全て詰め、三弥砥と並んで歩き出した。
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