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『九想典』、考える。
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「伊織が人を拾うなんて、珍しいな。某が獲った生首に嬉々として話すのは見た事はあるが」
そう言ったのは、五重が淹れなおしてくれた紅茶を飲みながら、夢野久作の「少女地獄」の初版本を読んでいる華四だった。
会議が終わり、「九想典」本部の自室に帰ることもなく各々残った者たちが、近況などを会話していた。
「僕も昨日はびっくりしたよ。しかも、可愛い子だった」
安定の悪いフィンガーと呼ばれる指に開けるピアスの部位を手入れしながら、霊七が答えた。
「遺骸ちゃんって、どんな女の子なんですか?」
珍しく五重が会話に加わる。いつもは、皆が喋るのをニコニコして見ているだけなのだが、幼女ということで一応教師という立場から気になるようだ。それに答える霊七。
「綺麗な茶髪の女の子。金色の瞳がカッコ良かった。華四の青い目の方がカッコ良かったけど」
「確かに、華四の瞳は綺麗ですよね」
笑顔で頷きながら、ふと、
「何か、小生に出来ることはないでしょうか?何か差し入れ出来るものは?」
「どうだろうな。某が子供の頃は全てが硝子玉のように無機質に見えた。同じ「死」を与える者として喜ぶ差し入れ…本だろうか?」
「それは、華四の趣味だ」
「同感です。しかし、書物はいいですね、読書はとてもいいストレス解消法になりますから。…小生が書いた小説でも良いかもしれませんね、幸い、在庫はたくさんあります。重版が決まったものもあるので、いくつか、見繕って、小説の偉大さに目覚めてもらいましょう」
呆れ顔の華四と霊七の横でぶつぶつ呟く五重。
そこに、三弥砥がヒョイっと口を挟んだ。
「でも、遺骸ちゃんは学校に行ってないだろう?造られてから、転々としてたみたいだし。字は読めるのかな?」
「「「あ」」」
華四はパタンと本を閉じて苦虫を噛み潰したような顔になり、霊七は舌打ちをして、五重は小説の妄想から帰ってきて言葉を濁した。
三弥砥は、やれやれという顔で、
「二兎が『九想典』に入った時と、少し、状況が似ているだろう?それを例に挙げて考えるのは、どうかな?そうすると、とても良い案が浮かぶと思うんだ。わしは、山林部にいるから、いつでもおいで、と伊織と遺骸ちゃんに言っておいてくれなかい?今は、美味しい作物がたくさん採れるからね。華四達も疲れたら、おいで」
そう言って、笑った三弥砥は手を振り、二兎と八舞のところへ行った。頼まれていた『絡繰』に使う毒草と、病気治療のための薬草を渡すためだ。
「…二兎が来た時も、大変だったな」
「あぁ」
霊七の言葉に華四が苦笑する。
「手負いの獣どころじゃなかったな」
「毎日脱走して、九尾様が探して」
「小生は、何度脱走経路の地図を探したことか…」
「確か、二兎は僕のご飯に毒盛ったし」
「八舞が治療しようとすると、『絡繰』で威嚇するし」
「本当に脱兎の勢いで逃げましたし」
華四、五重、霊七が思い出話に花を咲かせていると、
「霊七」
話題に上っていた二兎が、三弥砥からもらった毒草を着物の袖に仕舞いながらやってきた。
「どうした、二兎」
「…伊織のところへ行きたい。彼奴は、何処にいる?」
思いもよらぬ問いかけに少し驚くが、五重は思い出す。
確か、「九想典」に入る前、環境の変化に耐えきれなかった二兎は、当時殺人鬼として頭角を現し出した伊織に戦いを挑んだのだ。
「無敵の殺人鬼は「にと」だ」、と言って。
結果は、二兎の惨敗だった。伊織は笑いながら、「白火」を倒れている二兎の首に当て、
「悪いね、俺の勝ちだ。…二兎、と言ったね?その『絡繰』は人を殺すだけにあるものなのかい?『無敵』になりたかったら、何かを守る為に刀を振るうのも悪くないと思うのだがね。どうだい、『九想典』に入ったら?二兎がいい剣士になるのを祈るよ」
そう言って、伊織が立ち去った後の二兎は、ぼーっとどこか毒気が抜けたような、どこか疲れ切ったような、長年肩に乗っていた荷物を下ろしたかのような…
まるで、初めて恋をした少女のような、複雑な顔で…
「伊織に会ってどうする。差し入れでもするのか?」
霊七の声に五重は我に返った。
「その、遺骸に会ってみたい。『にと』より強いかどうか」
「これだから、殺人狂は困る。九尾様の言葉を忘れたのか?」
「霊七こそ、人のことを言えるのか?」
「なんだと?」
辺りの空気が冷たくなる。霊七が異能力「永久保存(キープディスタンス)」を発動した為だ。
安定が悪かったはずのフィンガーを引っ張ると、ゼリー状の魂が見え隠れした。
「僕に戦いを挑むなら、九尾様に許可をとって。今は、それどころじゃないだろう?」
「そうだ、二兎。霊七の言う通り、今は殺し合ってる場合じゃない。某も帰るよ。死神も忙しいんだ。五重も授業があるだろ。唯一についてけば、伊織のところへ行けるだろう?」
華四が二兎を追いやるように手を振り、書類を纏めた五重と共に、会議室を出た。
「…『にと』は唯一が嫌いだ」
水滴が落ちるようなか細い声で二兎が言った。
「どうしてだ?」
「孤児を救うのに、二兎のところには来なかった」
少し、俯き気味にいう二兎。
霊七は言葉に詰まった。
二兎の過去を思い出しながら術式を解き、魂をフィンガーに戻した。
そう言ったのは、五重が淹れなおしてくれた紅茶を飲みながら、夢野久作の「少女地獄」の初版本を読んでいる華四だった。
会議が終わり、「九想典」本部の自室に帰ることもなく各々残った者たちが、近況などを会話していた。
「僕も昨日はびっくりしたよ。しかも、可愛い子だった」
安定の悪いフィンガーと呼ばれる指に開けるピアスの部位を手入れしながら、霊七が答えた。
「遺骸ちゃんって、どんな女の子なんですか?」
珍しく五重が会話に加わる。いつもは、皆が喋るのをニコニコして見ているだけなのだが、幼女ということで一応教師という立場から気になるようだ。それに答える霊七。
「綺麗な茶髪の女の子。金色の瞳がカッコ良かった。華四の青い目の方がカッコ良かったけど」
「確かに、華四の瞳は綺麗ですよね」
笑顔で頷きながら、ふと、
「何か、小生に出来ることはないでしょうか?何か差し入れ出来るものは?」
「どうだろうな。某が子供の頃は全てが硝子玉のように無機質に見えた。同じ「死」を与える者として喜ぶ差し入れ…本だろうか?」
「それは、華四の趣味だ」
「同感です。しかし、書物はいいですね、読書はとてもいいストレス解消法になりますから。…小生が書いた小説でも良いかもしれませんね、幸い、在庫はたくさんあります。重版が決まったものもあるので、いくつか、見繕って、小説の偉大さに目覚めてもらいましょう」
呆れ顔の華四と霊七の横でぶつぶつ呟く五重。
そこに、三弥砥がヒョイっと口を挟んだ。
「でも、遺骸ちゃんは学校に行ってないだろう?造られてから、転々としてたみたいだし。字は読めるのかな?」
「「「あ」」」
華四はパタンと本を閉じて苦虫を噛み潰したような顔になり、霊七は舌打ちをして、五重は小説の妄想から帰ってきて言葉を濁した。
三弥砥は、やれやれという顔で、
「二兎が『九想典』に入った時と、少し、状況が似ているだろう?それを例に挙げて考えるのは、どうかな?そうすると、とても良い案が浮かぶと思うんだ。わしは、山林部にいるから、いつでもおいで、と伊織と遺骸ちゃんに言っておいてくれなかい?今は、美味しい作物がたくさん採れるからね。華四達も疲れたら、おいで」
そう言って、笑った三弥砥は手を振り、二兎と八舞のところへ行った。頼まれていた『絡繰』に使う毒草と、病気治療のための薬草を渡すためだ。
「…二兎が来た時も、大変だったな」
「あぁ」
霊七の言葉に華四が苦笑する。
「手負いの獣どころじゃなかったな」
「毎日脱走して、九尾様が探して」
「小生は、何度脱走経路の地図を探したことか…」
「確か、二兎は僕のご飯に毒盛ったし」
「八舞が治療しようとすると、『絡繰』で威嚇するし」
「本当に脱兎の勢いで逃げましたし」
華四、五重、霊七が思い出話に花を咲かせていると、
「霊七」
話題に上っていた二兎が、三弥砥からもらった毒草を着物の袖に仕舞いながらやってきた。
「どうした、二兎」
「…伊織のところへ行きたい。彼奴は、何処にいる?」
思いもよらぬ問いかけに少し驚くが、五重は思い出す。
確か、「九想典」に入る前、環境の変化に耐えきれなかった二兎は、当時殺人鬼として頭角を現し出した伊織に戦いを挑んだのだ。
「無敵の殺人鬼は「にと」だ」、と言って。
結果は、二兎の惨敗だった。伊織は笑いながら、「白火」を倒れている二兎の首に当て、
「悪いね、俺の勝ちだ。…二兎、と言ったね?その『絡繰』は人を殺すだけにあるものなのかい?『無敵』になりたかったら、何かを守る為に刀を振るうのも悪くないと思うのだがね。どうだい、『九想典』に入ったら?二兎がいい剣士になるのを祈るよ」
そう言って、伊織が立ち去った後の二兎は、ぼーっとどこか毒気が抜けたような、どこか疲れ切ったような、長年肩に乗っていた荷物を下ろしたかのような…
まるで、初めて恋をした少女のような、複雑な顔で…
「伊織に会ってどうする。差し入れでもするのか?」
霊七の声に五重は我に返った。
「その、遺骸に会ってみたい。『にと』より強いかどうか」
「これだから、殺人狂は困る。九尾様の言葉を忘れたのか?」
「霊七こそ、人のことを言えるのか?」
「なんだと?」
辺りの空気が冷たくなる。霊七が異能力「永久保存(キープディスタンス)」を発動した為だ。
安定が悪かったはずのフィンガーを引っ張ると、ゼリー状の魂が見え隠れした。
「僕に戦いを挑むなら、九尾様に許可をとって。今は、それどころじゃないだろう?」
「そうだ、二兎。霊七の言う通り、今は殺し合ってる場合じゃない。某も帰るよ。死神も忙しいんだ。五重も授業があるだろ。唯一についてけば、伊織のところへ行けるだろう?」
華四が二兎を追いやるように手を振り、書類を纏めた五重と共に、会議室を出た。
「…『にと』は唯一が嫌いだ」
水滴が落ちるようなか細い声で二兎が言った。
「どうしてだ?」
「孤児を救うのに、二兎のところには来なかった」
少し、俯き気味にいう二兎。
霊七は言葉に詰まった。
二兎の過去を思い出しながら術式を解き、魂をフィンガーに戻した。
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