家に住み着いている妖精に愚痴ったら、国が滅びました

猿喰 森繁

文字の大きさ
表紙へ
上 下
3 / 74
1巻

1-3

しおりを挟む
「今日もデート? 最近、多いね」
「うん……」

 私が王子と会うための服に着替えていると、心配そうなポッドに声をかけられた。
 確かに、最近の王子は頻繁ひんぱんに私をデートに誘ってくる。
 前は、デートなんて月に一日あれば良い方だったのに、最近は週に二日、多い時は週に五日は会っている。

「エミリア、疲れているんじゃない? 今日のデートは断れないの?」
「私が王子の誘いを断れるわけないじゃない」
「でも、君をちゃんと思ってくれるんだったら、きっと許してくれるよ。王子はエミリアの好きなようにしていいって言ったんだろう? それなら――」
「そんなことしたら、婚約破棄されちゃうかもしれないじゃない! そんなの無理だよっ!!」

 ポッドは私の大声に驚いたのか、体を固くした。
 私はしまったと思い、ポッドに謝罪する。

「ご、ごめん……」
「ううん。いいんだ……僕こそ、ごめん。そうだよね。エミリアが断れるわけないものね」
「うん……」

 気まずい空気が流れる。
 私はいたたまれなくなって、「行ってきます」と部屋を飛び出した。

 ◇ ◇ ◇

 俺――ポッドは、またもや妖精の酒場で机に突っ伏していた。
 そんな俺に声をかけてきたアランに、俺はエミリアの様子がおかしいという話をした。

「……最近のエミリアの様子が変?」

 アランはそう言って、まゆをひそめる。

「ああ。それも王子様と会った後が変なんだ。まるで熱に浮かされたみたいなんだ」
「恋してる相手に会ったら、熱にも浮かされるさ」

 アランは、俺をさとすようにそう言った。
 俺はそれを否定する。

「そういう感じでもないんだ」
「ふぅん? 例えば?」

 そんな質問をしてくるアランは、俺の言葉をあまり信じていないようだ。

「熱に浮かされたような様子で帰ってくるんだが……俺の顔を見ると、突然、正気に戻ったような表情をする」
「お前の顔があまりにもかっこいいから?」
「だったらいいんだけどな! この! 俺が真剣に相談してるというのに! 茶化すな!」
「ははは。悪い」

 アランは俺の説明を聞いて笑い出した。
 俺はつとめて平静をよそおい、説明を続ける。

「……俺は、あの王子様が何かエミリアにやってるんじゃないかって思う。じゃないと、あんなに……情緒じょうちょが不安定になるはずがない」
「エミリアって元から情緒不安定なところがあるんじゃないか?」
「落ち着いてきていたんだ。それなのに、最近は毎晩泣きながら寝ている」
「ほぉ……」
「王子様と会うのを控えろって言ったら、それは無理だって言われたし」

 俺の言葉を聞いて、アランが頷く。

「そりゃ無理だろ。身分が違いすぎる」
「だって、エミリアが何をしても許すと言ったらしいんだぞ? エミリアが疲れたら休ませるべきだし、それを許すべきじゃないのか?」

 そんな話をしていると、やがてアランは用事があると言って、店を出て行った。
 俺が一人でウンウン唸っていると、後ろから誰かが近づいてくる。

「どうした? 何かあったのか?」

 その声を聞いて、俺は振り返る。

「ジョアン……」

 声をかけてきたのはジョアンだ。うわさ好きの妖精で、人間観察が趣味の男。
 俺が、エミリアと王子様の件を話すと、ジョアンは「なるほど」と頷き、「おもちゃにされてるんだな」と言った。
 言っている意味が分からなく、俺は聞き返す。

「は? おもちゃ?」
「あの王子様。妖精の間じゃ、あんまり評判よくないぜ」
「妖精に評判がいい人間がこの国にいるのかよ」
「まあな……それにしても、あの王子様はちょっと訳あり物件だ。なぜなら、これまでの王子の婚約者は全員死んでいるんだからな」
「全員……? ってか、エミリアが初めての婚約者じゃないのか!?」

 王子の婚約者が死んでるなんて初耳だ。
 エミリアの心が不安定なのも、体調が良くないのも、それが関係しているのだろうか。
 しかし、どうやって? 毒を飲まされでもしているのだろうか。

「お前、あんまり人間に関心がないからこういうことも知らないんだろうけど、王子様が青髭あおひげ物件だなんて常識だぜ?」
「青髭? 王子に髭なんてえてたか?」

 俺がそう尋ねると、ジョアンは驚いた様子で答える。

「童話だよ! お前、童話も読まないのか! 自分の妻を何人も殺している男の話だ。そこから来ている」
「童話なんて読まねぇよ……それよか、このままだとエミリアがやばいんじゃないか?」

 ジョアンが頷いて、答える。

「かといって、王子様と会うなって言っても聞かないだろうしな」
「ジョアン。他に何か知らないのか? その王子様のこと」

 ジョアンは俺の質問を聞いて考え込む。

「う~ん」
「その昔の婚約者は、どういう子たちだったんだ? エミリアとの共通点はあるか?」
「エミリアとの共通点……? ……あぁ。そういえば、全員魔法が使えなかったような気がするな」
「魔法が使えない?」

 王子は魔法が使えない人間を婚約者にしていた?
 そうだとすると、なぜエミリアを婚約者にしたのかという謎が解ける。
 だが、なぜ魔法が使えない人間を選んでいるんだ?
 しかも、全員死んでいる?

「王子が婚約者を殺したのか?」
「いや。確か自殺だったはず」
「自殺?」

 どんどんきな臭くなってきている。
 王子の婚約者が全員自殺しているとなれば、もう少し騒がれてもいいはずなのに、そんな話を聞いたことがない。

「魔法が使えない人間の扱いは知ってるだろう? 彼らが自殺しようが、見て見ぬふりなんだろう」

 ジョアンの言葉を聞いて、俺は首をひねる。

「だが、王子の婚約者だぞ? そこらへんの人間じゃない」
「ああ……思い出した。確か王子は魅了魔法の加護持ちだったはず。その力を使えば隠蔽いんぺいもどうとでもなるな」
「魅了魔法?」
「加護というより、最早もはや呪いみたいなエグイやつだったはずだ。見た人間の心を、ある程度操れるんじゃなかったっけな」

 そんな加護が存在しているのか……
 でも、以前、俺が王子様を見た時は、何も起きなかった。

「俺が王子様を見てもなんともないが?」
「そりゃ俺たちには効かないさ。でも、人間には猛毒みたいに魔法が回るだろうな。魔法が使えない女の子なら、なおさらだ」
「でも、エミリアは普段、そこまで王子様に夢中じゃないぞ。どうしてだ?」
「お前、王子様がかけた魅了を無意識に消してるんじゃないか? エミリアにかけられた呪いをよく消しているんだろ? 王子様のやつも消えてるんだろ」
「そうだったのか」

 呪いとは、魔法が使えれば、相手にはね返せるものである。
 でも、魔法が使えない場合は、かけた呪いが術者に返ることはない。
 それゆえに、エミリアはよく呪いをかけられていた。
 遊び半分のものもあるし、冗談にもならないほど強いものもある。
 俺は、それを見つけ次第消していたのだが……

「じゃあ、今度はエミリアが」

 ジョアンの言葉で、俺は頭が真っ白になる。
 どうしてエミリアばかりがこんな目にわなくてはいけないのだろうか。
 俺がいなければ、エミリアはとっくに殺されていたのかもしれない。
 とにかく、その王子をどうにかしないといけないのだが、どうすればいいのか。
 エミリアは、王子に依存しているところがある。王子の婚約者という立場に守られているところもあるからだろう。
 しかし、その元凶にエミリアが殺されてしまっては意味がないではないか。


 俺が酒場から出ると、外はずいぶんと暗かった。

「エミリアの方が先に帰ってるかもな」

 家にたどりつくとエミリアの自室に彼女の姿はなかった。

「こんなに暗いのに外にいるのか?」

 家族に虐められて外に出されているのかと思って外を捜すが、どこにもいない。
 その時、家の中からエミリアの姉――アイラの声が聞こえてきた。

「ねぇ、お父様。アレがまだ帰っていないようだけど、いいの?」

 アレというのはエミリアのことだ。
 この家族は、徹底的にエミリアのことを物扱いしている。

「ああ。王子からエミリアの帰りは遅くなると聞いている。もしかしたら、帰ってこないかもと」

 エミリアの父親――ルドルフがそう答えると、アイラは驚きの声を上げる。

「え!? それって……」
「ああ。心配しなくていい。王子は、アレを森の奥深くに置いてくると言っていたからな」
「なぁんだ。てっきり私は王子のところに泊まるのかと思ってたわ」
「そんなわけないだろう。しかし、王子に任せて正解だったな。こちらの手をよごさずとも、アレの処分が出来るなんてな」

 ……は?
 今、なんて言った? エミリアを森の奥深くに置いてくる? あの、魔物も出る森にか? 何も出来ない女の子を置いてきた? なぜ?
 俺は探索魔法を使い、エミリアのいる場所へと急いだ。


 森の奥深くにたどりつくと、幸いなことにそこには魔物の姿も気配もない。
 エミリアは、すっかり暗くなった森の中、ぼんやりとそこに立っていた。

「エミリア!」
「……」

 反応がない。
 エミリアの体にうっすらとまとわりついているのは、確かに俺がいつも消している呪いだった。
 これが魅了魔法なのか。
 エミリアのように、魔法に抵抗のない人間には、とてつもない効果を発揮するだろう。
 対象者の言うことを何でも聞き、逆らわない状態になる。
 この国のトップに立つ人間が、使っていいような魔法ではない。

「エミリア」
「……ポッド?」

 俺の呼びかけにようやく応えたエミリアは、しばらくぼんやりとしていたが、やがて夢から覚めたように徐々に顔色が変わっていく。
 そして、彼女は周りを見渡し、「ここは?」と尋ねた。その声は震えていた。
 知らない場所に立っていた上に、俺に声をかけられるまで気づかなかったのだから、怯えるのも当然だ。
 俺はエミリアの質問に答える。

「ここは街はずれの森だ。早く帰ろう。魔物が現れない保証はない」
「だって……何で? 私、王子と、デートに行っていたの。街を散歩して、それで……それで? どうしたんだっけ……」
「エミリア。落ち着いて」
「私……私、最近こんなことばっかり。いつも王子と会う時、記憶がないの。何も覚えていないの。王子の言葉も声も顔も、ぼんやりしていて、それで時間が経ったら、いつのまにか家に帰ってる。……こんなのおかしいよ……それともおかしいのは、私の方なのかな」

 エミリアは混乱しているようだが、魅了魔法を使われていたのだから無理もない。

「エミリアは、おかしくなんかない」
「だって、こんなの変じゃない。どうして記憶がないの? どうして私、こんな場所にいるの?」
「エミリア」
「やっぱり王子が私に何かしているの……? でも、どうして?」
「エミリアは、王子様に他に婚約者がいたことは知ってる?」

 俺は、王子様の婚約者の話をエミリアにした。巻き込まれた以上、知る権利がある。

「……え? し、知らないわ……王子には私の他に婚約者がいたの?」
「うん。今はいないけどね」
「いない? 別れたってこと?」
「違う。全員……」

 俺は、その先の言葉を言えずに黙った。
 それは、エミリアがこの森にいる理由でもある。

「今ここに私がいることと関係がある?」
「……うん」
「そう」

 エミリアは黙ってうつむいてしまった。
 俺はそんなエミリアに優しく声をかける。

「帰ろう。エミリア」
「帰る? ……帰ってどうするの?」
「エミリア……」
「ああ……いえ、ごめんなさい……そうよね。帰らないと。他に行く場所もないし……」

 俺は、エミリアを魔法で彼女の自室まで運んだ。その間、エミリアはずっとぼんやりしていた。
 王子の魔法は解いたけれど、エミリアの心にずいぶんと侵食しているのかもしれない。特に、人の心を惑わす魔法は副作用がある。
 最近のエミリアの様子がおかしかったのも、王子に何度も心を魔法で操られていたせいなのだろう。

「おやすみ。エミリア」
「……おやすみなさい。ポッド」

 ◇ ◇ ◇

 私――エミリアは夢を見ていた。
 王子とのデートは、いつもきりがかかったようにぼんやりとしか思い出せなかったのに、夢の中ではしっかりと思い出すことが出来た。


 ――思い返せば、今日の王子の様子は、最初から少しおかしかった。


「待たせたね。エミリア」

 いつもは、王子の顔を見たら、王子のことしか考えられなくて、頭がふわふわして、楽しい気持ちになる。なのに、今日はずっと冷や水をびせられたような気持ちだった。
 落ち着かなくて、少し王子が怖い。

「さぁ、行こうか。今日は遠出をしようかと思ってね」

 王子はそう言って、私を、街中では目立つ豪華ごうかな馬車へ案内した。

「あ、えっと今日は、美術館に行く予定ではなかったのですか?」
「気分が変わってね。エミリアは街の外に出たことがないと聞いた。街の外の森に遊びに行くのも面白いと思ってね。行くだろう? エミリア」
「は、はい……」

 元から私に拒否権はないので、素直に馬車に乗る。
 王子が合図をすると、すぐに馬車は走り出した。
 車内は無音だった。馬のひづめの音と、車輪の音だけが響いている。
 いつもであれば王子の方から私に話しかけてくるのに、今日の王子は口を開かずに外の景色を眺めている。
 そこで、私から話しかけたのだ。

「あの。最近よく私のことを誘ってくださるのは、どうしてでしょうか?」
「ん? エミリアに会いたいからだけど? エミリアは、私と一緒にいるのは嫌かい?」

 私は慌てて否定する。

「そ、そんなことはありません! ただ、どうしてか気になってしまって……すみません」
「いいんだ。お前をずっと放っていたのに、突然どうしてこんなにも会う回数を増やしたのかと考えてしまうのも、仕方ないからね」
「ありがとうございます」
「それより、今日はずっと私といるのに、いつもと様子が違うね?」

 王子は笑顔でそんな質問をしてきた。
 私は、予想外のことを言われ、驚いて固まってしまう。

「え?」
「いつもより口数が多い」
「そ……うかもしれません」

 そういえば、いつも王子と会う時は頭がぼんやりとするのに、今日はそれがない。王子と会うと夢心地で、ろくに話すことも出来ず、王子の言葉に相槌あいづちを打っていただけだった。
 だけど、今日はやけに頭がすっきりしている。
 ……そういえば、熱に浮かされたような状態にもならない。

「エミリアは、私のことが好きか」
「え? ……はい……おしたいしております」
「私のためならどんなこともしてくれるか?」
「は、はい……」

 王子の顔は笑っているのに、とても怖い。
 気まずいと思っているのは私だけなのだろうか。
 そわそわと落ち着かなく、視線を外に向けると、街からずいぶんと離れたようで見えるのは木ばかり。あまり街から離れると、魔物が出ると言われている森にまで行ってしまう。
 しかし、さすがに王子も何か考えがあるのだろう。
 私が行き先に関して口を出せるわけもない。

「私もお前に聞きたいことがある」
「はい。私に答えられることなら、何でも」
「私の魔法を解いているのは誰だ」
「……え?」
「答えてくれるのだろう?」

 王子の魔法を解く? どういうことだろうか? そもそも魔法とは何のことだろうか?

「な、何のことだか、私には……」
「とぼけるな」

 冷たい王子の言葉を受けて、私は王子の顔が見られなくなってしまった。

「ほ、本当です。ま、魔法なんて分かりません……わた、私は魔法にはうといですから。それに解くって一体どういうことでしょうか」
「私には言えない人物か」
「も、申し訳ございません。私にはお話の意味が分かりません……」

 本当に……私は何も知らないのだ。

「まさかお前を手助けするような人間が現れるなんてな。まぁ、潮時しおどきか。ちょうどいい。やはり今日にして正解だったな」
「王子……?」
「ここで降りろ」


 馬車が止まった場所は、深い森の中。
 こんなところで降ろされる理由が分からなかった。
 街はずいぶんと遠くにあるし、道も分からない。歩いて帰れるとして、家に着くのはどれくらいになるのだろうか。
 馬車の車輪の跡を追っていけば、なんとか帰れるかもしれないが。しかし、なぜ。

「どうしてですか。王子……どうして……」

 そう言って、王子の顔を見ていると、またあの多幸感に包まれた。
 何もかもどうでもよくなって、どうしてここに立っているのかも分からなくなっていく。

「幸せな気持ちで死ねるのだ。本望と思え」
「……はい」

 そして、私は森に置き去りにされたのだ。
 あのまま、ポッドが来てくれなかったら、きっと私は魔物に食べられて死んでいただろう。
 それこそ、王子の言った通り、幸せな気持ちで。

 ◇ ◇ ◇

 夢からめると、涙が溢れていた。
 いつも通りの朝のはずだった。昨日の出来事がなければ……
 あぁ。これが絶望なのか。今日から、この胸にあいた空虚くうきょを抱けというのか。
 何もない。何もなくなってしまった。
 …………ポッド。
 私は、どうして生まれてきてしまったのかしら。
 どうして、ここに存在しているのかしら。
 こんなことなら、私は……私なんか、生まれてこなければ良かったのよ。
 こんなに苦しくなるくらいなら、もっと昔に死んでいれば良かった。
 ポッド。私の願い事が決まったわ。私を殺して。あなたの手で、私は殺されたい。


「おはよう。エミリア」

 いつもならポッドの笑顔を見て安心するはずなのに、今はむなしいだけだった。

「エミリア? 顔色が悪いね。どうしたの? もしかして、体調を崩してしまったのかい? 早くそこの椅子に腰かけて。僕が……」
「ポッド。私の願いが決まったわ」

 私の言葉を聞いて、ポッドは嬉しそうな顔をする。

「え! 本当!? どんな願い? 僕に叶えられる?」
「その前に一つ教えてほしいのだけど。ポッド、妖精が人間を殺すのって重罪になるの?」
「……ずいぶんと物騒な質問だね。いいや、妖精に法律という概念はないよ。誰かを罰するなんてことは、妖精の間にはない」
「そう。良かった」

 その答えを聞いて、私は安心した。
 私を殺しても、ポッドは罪に問われないのだから。

「誰かを殺してほしいの?」
「ええ。私を殺してほしいのよ」
「…………え?」
「私を殺してほしいって言ったの」
「今、なんて言った? 殺して……? それが……願い?」
「そう」

 ポッドは、急な私の言葉にずいぶんと困惑しているようだった。
 うろうろと視線がさまよっている。
 普段、テキパキしている彼にしてはめずらしい。

「どうしたの。どうして、急にそんなことを…………」

 ポッドが、呆然と私を見つめた。
 そのなんとも間が抜けた顔がなんだかおかしくて、私は久しぶりに笑った。

「あはは」
「エミリア?」
「ふふ……あはは……」

 ポッドが私を見つめる瞳に確かな怯えを見つけて、笑いが止まらなくなった。
 ああ。なんておかしい。
 …………ああ。なんて、苦しいの。
 目から涙が溢れて、止まらない。
 感情が嵐のように体中を駆け巡っていた。
 自分だけの力では止められない。自然災害のようなものなんだなと、頭の片隅で考える。
 感情なんて、なければ良かったのに。ただの能無しであれば良かった。
 何も考えず、何も感じない、そんなものになりたかったのに。私は、結局なれなかった。


しおりを挟む
表紙へ

あなたにおすすめの小説

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~

juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。 しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。 彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。 知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。 新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。 新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。 そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。