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1巻
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「……やっぱりいいわ」
「え!? 何で!!」
「こ、声が大きいわ……誰かが来てしまうかも」
「それはないよ。こんな汚い屋根裏に誰が……あっ! ご、ごめん……君が住んでいるのに……」
「本当のことよ」
そう。本当のことだ。
ボロボロで隙間風もすごいから、掃除をしてもすぐに汚れてしまう。雨漏りはするし、夜中はネズミの足音がうるさい。
使用人の部屋でさえ、ここよりはましだろう。
妖精は困ったように唸り声を上げる。
「うぅ……君は、その、うぅん。どうしたらいいんだ……君のような人に会ったのは生まれて初めてだ」
「妖精ってどうやって生まれるの?」
「うぅ……気になるところそこなの……? それよりどうして願いを言わないのさ。何でも叶えられるんだよ」
「ごめんなさい」
困惑する妖精に申し訳なくなって、私は謝った。
「謝らせたくないのに……むぅ。仕方ない。君が願い事を言うまで僕が君のそばにいよう」
「え?」
「言っただろう。君は、僕に願いを叶えてもらう権利があり、僕はそれを叶える義務があると。僕はとても義理堅いんだ」
「そんな……私といたら不幸が……」
私の言葉を聞いて、妖精が声を荒らげる。
「僕は、妖精だぞ! 神霊とも酒を飲む仲だ! 僕に手を出すことは、誰にも出来ない」
「でも、ネズミ捕りに引っかかってたじゃない」
「んもう! かっこつけようと思ってるんだから、そこは目をつむっててよ!」
「ご、ごめんなさい……」
「君の願い事も気になるからね!」
私の願い事。
妖精は笑っていたけど、私にとっては笑い事じゃない。
自分の意思を出すことは許されない。私は周りを不幸にする。だから、言えるわけないじゃない。
――私とお友達になって、だなんて。
「あっ! そうだ。いつまでも君とかあなたとか他人行儀もやめないとね。申し遅れました。僕の名前はポッドだ。君の名前は?」
胸に手を当てて一礼をするポッドの姿が愛らしくて、私も貴族の令嬢のようにスカートの裾を持ち上げて、一礼する。
「エミリアです」
「エミリアか。いい名前だね」
「……そう、ね。いい名前だわ」
私にとっては、皮肉でしかない名前だけど。
エミリアとは、この国で「神の祝福」という意味がある。加護なしの私に、ずいぶんとふさわしい名前を付けてくれたものだと思う。
私の名付けは、亡き大叔母様がしてくださった。だから、今となっては、この名付けの理由は分からない。
もしかしたら、神のご加護がありますように、という願いを込めたのかもしれない。どっちにしろ、私はあまりこの名前が好きではない。
「よし。名前を教え合ったところで、さっそく僕が可愛いだけの妖精ではないことを君に教えてあげよう」
ポッドの言葉に、私は首をかしげる。
「?」
「僕は、こう見えて魔法が使えるのさ。それも、傷を治したりする魔法が得意なんだ。ただ、古すぎる傷は治せないんだけど……君の傷も……」
ポッドの説明を聞いて、私は答える。
「あ、それは……少し困る、かも」
「え? どうして? 君だって、いつまでもそれじゃあ痛いだろう?」
「……私の体に傷がなくなると、あの人たちがまた付けにくるの」
「は、……ど、どういうこと?」
「その、私……私が常に苦しんでいないと気が済まないんだと思う……」
「……」
ポッドは、絶句していた。
あの人たちは、私が痛がったり、顔を歪めたり、上手く動けない姿を見ていないと気が済まないのだ。これは最近、気づいた。
いわれのない仕置きや使用人からの暴力。
出来る限りそれを避けるため、私はわざと細かい傷を付けたままでいることにしている。
そうすることで、自分を守っている。
そのせいで、体に傷痕が残ってしまうけれど、仕方ない。
するとポッドは表情を引き締めた。
「……ポッド?」
「傷は治す。そのうえで僕が、周りには傷があるように認識させる魔法をかける」
「認識を書き換える魔法? そんな魔法、聞いたことないわ。あなたって、もしかして本当はすごい妖精なんじゃないの?」
「……そんなことないよ。こんなの妖精のいたずらの範囲内さ。僕は今、一人の少女を救う力もない」
そう言って、ポッドは表情を歪める。
「ポッド。悲しいの? どうして? あなたは今、私を助けてくれているじゃない」
今まで話し相手なんていなかった。
こうやって、普通に話す相手がいるというのは、それだけで私の救いだというのに。何を言っているのだろう。
「悲しさよりも、今は自分のふがいなさが苦しい。そんな自分に対して怒りも感じる。こんなの生まれて初めてだ」
「自分の感情をきちんと理解しているなんてすごいわ。ポッドって何歳なの?」
「……はぁ。君って、本当に突っ込むところが変わってる」
ポッドが呆れた様子で、そう呟く。
「それって、私が間違っているってこと……? え、と……会話も出来なくて、ごめんなさい」
「あぁ。違う違う。いいんだ。君は、エミリアは、それでいいんだ。エミリアは間違ってなんかいない」
「私は間違っていない? 良かった」
そこで、またお腹の音が二つ聞こえた。
「お腹が空いていたことなんて、すっかり忘れてた」
「私たち、これが目的だったのにね」
「じゃあ、改めて僕たちの出会いに乾杯。いただきます」
「いただきます」
こうして、私はポッドと出会ったのだった。
◇ ◇ ◇
ポッドに今日の傷を治してもらいながら、彼との出会いを思い出していた私は息をつく。
ポッドとの出会いは、私にとって救いだった。
傷を治してくれるというのも、もちろんあったけど、他愛もない会話をする相手が出来たというのが大きかった。
ポッドが小さくて、愛らしいことも幸いだった。私にとっては、相手が子どもでも大人でも、老若男女問わず誰もが恐ろしかったから。
ポッドは、決して私を怖がらせることをしなかった。
わざと大きな音を立ててこちらの様子を窺うこともしなかったし、魔法の練習と言って的にすることもしなかった。
だから、ポッドから願いを聞かれるたびに、私はわざと話をそらした。
ポッドも、私が願いを言いたくないことに気づいたのか、何も言ってこなくなったけど。
ポッドがいなくなることが、ただ怖い。
いてくれるだけで良い。それが、どれだけ傲慢な願いなのかは私がよく知っている。
朝、目覚めてポッドがいなかったらという不安で飛び起きることもある。
そのたびに隣で眠るポッドを見て、どれだけ安心しているか、ポッドは知らないだろう。知らなくていい。
私に優しくしてくれるのは、ポッドと婚約者の王子だけ。
王子の婚約者であるということは、未だに信じられない。
婚約者であることというよりは、王子と結婚することがと言った方が正しい。
王子と私が結婚した後、私は一体どうなってしまうのだろう。
魔法が使えない人間は家畜以下という認識のこの国で、王子と私が結婚すれば、きっとこの国に住んでいる人の反感を買う。反乱になるかもしれない。
今だって、王子の周囲の人間から良く見られていないのは知っている。特に、王様が、私を気に入っていないのだ。
だから、結婚した後の私の扱いがどうなるのか、考えるのが怖い。今よりひどい扱いをされるかもしれない。
王子の妻になることで虐めがなくなり、優しくされるというのであれば、婚約者である今そうなっていない理由が分からない。
考えれば考えるほど、王子との結婚が怖くなる。
だからといって、王子との婚約を私から破棄するわけにもいかない。
王子は私にとても優しくしてくれるけど、全てから守ってくれるわけでもない。そばにいてくれるわけでもない。
こうやって私のそばにいてくれて、私の話を聞いてくれるのはポッドだけだ。
私は、ズルい人間だ。綺麗でもない。
願いを言わないことで、ポッドにそばにいてもらっている。
ポッドは、そのことを知ったら幻滅するかな。嫌われるかもしれない。
ぐるぐると考えていると、目からぽろっと涙が溢れて止まらなくなる。
いずれ、ポッドがいなくなる時が来たら、どうしよう。
その時が来てしまったら、私はどうやって生きていけばいいのだろう。
◇ ◇ ◇
俺――ポッドは、妖精の酒場に足を運ぶことが多い。
人間が営んでいる酒場の屋根裏にまさか妖精の酒場があるなんて、この国の人間は知る由もないだろう。
加護がどうのこうのと言っている割に、俺たち妖精の存在を信じている人間は少ない。
合理主義で利己的な人間らしく、目に見えるものしか信じられないのだ。
魔法が使えるから特別な存在であると勘違いしているが、俺たちがその気になれば無力な存在に戻っちまう。
そのことを声高らかに叫びたい。まあ、叫ばないけど。
どうせ、そのうち痛いしっぺ返しがくるだろうから。
神霊っていうのは、人間が思っているほど優しい存在ではない。
なぜ、人間が魔法を使えるようにしてあげているのかは分からないが、どうせいつもの気まぐれか、暇つぶしだろう。
死の概念がないから、何かおもちゃが欲しいんだろうな。
それには、人間がちょうどいいのかもしれない。
確かに、見ていて楽しいこともある。まぁ、不快なことも多いけど。
そして俺は今、この国の人間が不快でたまらない。ただ一人を除いて。
その日、俺は昼から酒を飲み、机に突っ伏していた。
駄目な妖精の典型例である。
「俺は、無力だ」
隣に座る顔馴染みの妖精――アランが、俺の呟きに反応する。
「どうした?」
「エミリアが願いを言ってくれない。俺って、そんなに頼りなく見えるかな」
「まぁ、俺たち可愛いから」
「そうなんだよな……」
もしも、ハムスターが「君の願いを叶えてあげよう!」と喋ったとする。
それを聞いた人間の反応はきっと、「……ふふっ(笑)、ありがとう。でも、気持ちだけ受け取っておくよ(笑)」って感じだと思う。知らんけど。
俺、ハムスターか。確かに少し大きなハムスターサイズだし、可愛いから、脳みそもあんまり入ってないように見えるのかもしれない。
妖精なんで、脳みそっていう概念はないけど……
「あー……エミリアぁ……俺が幸せにしてやるからな……絶対に」
「エミリアって、お前が最近贔屓してる人間の女の子だろ? 人間に肩入れするなんて、お前も変わったな」
そう口にしたアランに、俺は反論する。
「エミリアは普通の子じゃないんだよ」
「確かに。ってか、あの子の呪いを解かなくていいのか?」
アランが、エミリアにかけられている呪いに関して、質問してきた。
「今解いたら暴走する。そしたら、死んじゃうかもしれないだろ」
「じゃあ、あの子の周りをどうにかすればいいだろ」
「そうしたいんだけどさー……そうすると、今度はエミリアが困るだろう。あの子は、ずっと耐えてきた。耐えられるようになってしまった。それがいきなり壊れたら、今度はエミリアが壊れる……そんなの俺が耐えられない……」
エミリアの周りにいる虫どもを駆除したいのはやまやまだが、色々と準備というものがある。焦るな。でも、急げ。
「お前……本当に変わったな。まるで恋してるみたいじゃないか」
アランの言葉を聞いて、俺は一瞬考え込んだが、すぐに否定する。
「恋……俺に下心はない。人間と一緒にするな」
「そうかよ……で、何でそんな愛しのエミリアちゃんのそばから離れてるんだよ。いつも一緒にいるんじゃなかったのか?」
「今日は来ないでって言われた。王子と会うんだと」
「おお。それで、ラブラブな二人の様子を見たくなくて、逃げてきたのか。いつもだったら、来ないでって言われてても、こっそり陰から見てるもんな。知ってるか、そういうの、人間の言葉でストーカーって言うらしいぜ」
アランはおどけた様子でそう言った。
だが、俺はそのような下劣な輩とは違う。
「俺はプリチーな妖精だから、当てはまらない」
俺の言葉を聞いて、アランはげんなりとする。
「悪質だなー……」
「何とでも言え……」
「そういやお前、エミリアちゃんの前では俺って言葉を使わないな。一人称が僕って……」
「可愛く見られたいからな」
「この猫かぶり野郎め」
◇ ◇ ◇
今日は、婚約者である王子とのデートの日。集合場所であるお店で、私――エミリアは、先に着いていた王子を見つけた。
王子も私に気がついたようで、手を上げて挨拶をしてくれる。
「やぁ。エミリア」
近づく私を見て、座っていた椅子から立ち上がるその姿は、優雅さに溢れていながら、王族の気品も感じさせる。
すらりとした体型に、美しい金色の髪。その髪が太陽の光に照らされてキラキラと輝いていた。
宝石を人の形に落とし込んだら、きっとこんな形になるであろうと思ってしまうほどに美しい人。
エリオット王子。
私の婚約者であり、私のことを唯一人間として見てくれる人。私を許してくれる人。
なぜか王子の姿を見ると、それまで抱いていた不安や恐怖が薄れていく。
この人のためなら何でも出来ると思ってしまうような高揚感と、私はこの人が大好きなんだっていう熱い思いが込み上げてくる。
王子は、見た目だけではなく、性格まで美しい人だった。
こんなに美しい人が私の婚約者だなんて、自分でも信じられない。
王子のそばに走り寄り向き合うと、王子のアクアマリンのような瞳が私の姿を映す。
私がぼぅっと王子の瞳の美しさに心を奪われていると、「くすっ」という小さな王子の笑い声が聞こえた。
ハッと意識を取り戻すのと同時に、王子より到着が遅くなってしまったことを思い出し、「申し訳ございません!」と大声で謝った。
「遅くなってしまい、王子をお待たせしてしまいました!」
「大丈夫。ずっとエミリアのことを考えていたから」
「私のことを?」
「お前のことを考えていたら、ずっと一緒にいる気がして寂しくないんだ」
「王子……」
王子の言葉を聞いて、自分の顔が緩むのを抑えられなかった。
そんなことを言ってくれるのは、王子だけだ。
家族も使用人も学校のクラスメイトだって、私の顔を見ると、嫌なものを見てしまったと顔を歪めるか、顔を背けるか、睨むかのどれかだったから。進んで私と一緒にいたいと言ってくれるのも、私のことを考えてくれるのも、王子だけ。
私は王子のことが大好きだ。
「私も王子のことをずっと想っていますし、考えています。私の気持ちは、ずっと王子と共にあります」
「そう。良かった」
「はいっ!」
王子だけが私の救い。私が幸せなのは、王子と一緒にいる時だけだ。
王子とのデートが終わり自分の部屋に戻ると、ポッドがつまらなそうにクッキーをかじっている。
その姿を見て、私は急に夢から覚めたような感覚に陥った。
先ほどまでは王子のことしか考えられなくて、デートのことばかり思い出していた。
私のことを好きになってくれるのは、王子しかいないと思っていたし、味方も王子だけだと思い込んでいた。
この人のためなら何でもしようと思って……
頭の中に広がっていた高揚感と多幸感が、ポッドの姿を見た瞬間に霧散する。
急に現実に戻ったような間隔に戸惑い、私はしばらく呆然とポッドを見ていた。
「どうしたの? 王子様とのデート楽しくなかった?」
「え。あ……」
どうして。どうして、ポッドのことを思い出せなかったんだろう。
私に優しくしてくれるのは、王子だけじゃない。
昨日の夜、不安で泣いてしまうほど怖くて仕方なかったのにどうして……
「エミリアもクッキー食べる?」
「あ。うん……」
ポッドは私の言葉に喜び、ぴょんと飛び上がると、魔法を使って私の分のお茶とクッキーを用意してくれた。
話し相手がいなかったから、寂しい思いをしていたのかもしれない。
私だけ王子とのデートを楽しんだこととポッドを少しの間だけ忘れていた罪悪感から、私はポッドの顔を見ずに椅子に座る。
そのままポッドが淹れてくれたお茶を飲んでいると、ポッドが「聞いてもいい?」と声をかけてきた。
ずっと黙っている私に、何か不信感を抱いたのかもしれない。
私は何を聞かれるのか分からず、少し緊張しながら「うん」と答えた。
「どうして王子様はエミリアの婚約者になったんだ?」
「あ、あぁ……そんなこと」
「そんなこと?」
「ううん、こっちの話……やっぱり気になるよね」
「ん……まぁ」
気まずそうに頭をかいているポッド。
しかし、それは当然の疑問だと思う。気まずそうにする必要はないのに。
それなのに、私の気分を害するのではないかと考えてくれるポッドに、心が温かくなる。
私のことを考えてくれる人は、今は王子だけではないのだ。
どうしてこれほど大切な存在を忘れていたんだろう。
そんなに王子とのデートは楽しかったっけ。
……そういえば、いつもそうだった。王子と会うと、その日のことを忘れてしまう。
確かにデートしているはずなのに、デートしている間のことはフワフワとした夢のようで、あまり覚えていないことが多い。
どの店に行ったとか、こういうものを食べたとかいう出来事すら曖昧で、ふと気がつくと内容を忘れてしまうのだ。
それが、何だか怖かったのに。どうしていつも、そのことすら忘れてしまうのだろう。
「エミリア?」
ポッドの声にはっとする。
「ごめんね。デートで疲れてるよね。僕に気にせず、エミリアは寝る準備をした方がいいよ」
「ち、違うのっ! ごめんなさい。せっかくお茶を淹れてくれたのに」
「エミリア。お茶なんていつでも用意するから。気にせず休んで……」
「大丈夫! 私、ポッドともっとお話ししたい!」
私の勢いにポッドは驚いたようで、目を丸くする。
ポッドが何かを言う前に私は、「あのね!」と口を開いた。
「あのね。私の家って元々王族と関わりがあった家なんだって。だから、政略結婚っていうのかな」
「なるほど」
ポッドは、政略結婚という言葉に納得したようだった。
「でも、どうしてエミリアが……あ。その、この質問に気を悪くしたならごめん」
つい本音が出てしまった様子のポッド。
魔法が使えない人間が見下されるこの国で、王子と魔法が使えない私の婚約を不思議に思うのは当然だと思う。
魔法が使えない人間がどういう扱いを受けているのかを知っているからこそ、なおさら不思議なんだろう。
本当のことを言えば、どうして王子が私のことを選んだのか、私にはさっぱり分からなかった。
私のことが好きだから、と信じることが出来れば一番良かったのだけど。
どうしてか、ポッドと出会ってから王子を完全に信じることが出来なくなった。
昔は、私を救ってくれるのは王子だけだと思えたのに。今は、少し信じるのが怖くなってしまった。
これが良いことなのか、悪いことなのか分からない……
「不思議に思うのも無理はないと思う。この国は魔法が使えない人間に対して、遠慮がないもの。その国の王様の子どもなら、なおさら……って思ったんでしょ?」
「う……そう、だ」
ポッドは気まずそうに頷いた。
「そうよね。でもね! 王子は違うのっ! 王子は私のことを見下さないし、ひどい言葉も言わないの。私を殴らないし、蹴らない……とっても素晴らしい方なの。あの方がこの国の王様になれば、きっとこの国は救われると思う。……私もきっと」
「……」
「だから、私ね! 王子のことが大好き。私を全て許してくれるから。王子といる時は、私の好きなようにしていいって、許してくれたの。そんなの王子だけ……」
ポッドが私を見ている。
これ以上、何も言わないで。そう思った。
「だから、私はそんな王子と結婚出来るんだから……幸せなの」
自分に言い聞かせるように、そう繰り返した。
どんなにつらいことがあっても、苦しいことがあっても、私は王子と婚約をしているんだから、まだ救われているんだ、幸せなんだ。そう心の中で繰り返す。
「え!? 何で!!」
「こ、声が大きいわ……誰かが来てしまうかも」
「それはないよ。こんな汚い屋根裏に誰が……あっ! ご、ごめん……君が住んでいるのに……」
「本当のことよ」
そう。本当のことだ。
ボロボロで隙間風もすごいから、掃除をしてもすぐに汚れてしまう。雨漏りはするし、夜中はネズミの足音がうるさい。
使用人の部屋でさえ、ここよりはましだろう。
妖精は困ったように唸り声を上げる。
「うぅ……君は、その、うぅん。どうしたらいいんだ……君のような人に会ったのは生まれて初めてだ」
「妖精ってどうやって生まれるの?」
「うぅ……気になるところそこなの……? それよりどうして願いを言わないのさ。何でも叶えられるんだよ」
「ごめんなさい」
困惑する妖精に申し訳なくなって、私は謝った。
「謝らせたくないのに……むぅ。仕方ない。君が願い事を言うまで僕が君のそばにいよう」
「え?」
「言っただろう。君は、僕に願いを叶えてもらう権利があり、僕はそれを叶える義務があると。僕はとても義理堅いんだ」
「そんな……私といたら不幸が……」
私の言葉を聞いて、妖精が声を荒らげる。
「僕は、妖精だぞ! 神霊とも酒を飲む仲だ! 僕に手を出すことは、誰にも出来ない」
「でも、ネズミ捕りに引っかかってたじゃない」
「んもう! かっこつけようと思ってるんだから、そこは目をつむっててよ!」
「ご、ごめんなさい……」
「君の願い事も気になるからね!」
私の願い事。
妖精は笑っていたけど、私にとっては笑い事じゃない。
自分の意思を出すことは許されない。私は周りを不幸にする。だから、言えるわけないじゃない。
――私とお友達になって、だなんて。
「あっ! そうだ。いつまでも君とかあなたとか他人行儀もやめないとね。申し遅れました。僕の名前はポッドだ。君の名前は?」
胸に手を当てて一礼をするポッドの姿が愛らしくて、私も貴族の令嬢のようにスカートの裾を持ち上げて、一礼する。
「エミリアです」
「エミリアか。いい名前だね」
「……そう、ね。いい名前だわ」
私にとっては、皮肉でしかない名前だけど。
エミリアとは、この国で「神の祝福」という意味がある。加護なしの私に、ずいぶんとふさわしい名前を付けてくれたものだと思う。
私の名付けは、亡き大叔母様がしてくださった。だから、今となっては、この名付けの理由は分からない。
もしかしたら、神のご加護がありますように、という願いを込めたのかもしれない。どっちにしろ、私はあまりこの名前が好きではない。
「よし。名前を教え合ったところで、さっそく僕が可愛いだけの妖精ではないことを君に教えてあげよう」
ポッドの言葉に、私は首をかしげる。
「?」
「僕は、こう見えて魔法が使えるのさ。それも、傷を治したりする魔法が得意なんだ。ただ、古すぎる傷は治せないんだけど……君の傷も……」
ポッドの説明を聞いて、私は答える。
「あ、それは……少し困る、かも」
「え? どうして? 君だって、いつまでもそれじゃあ痛いだろう?」
「……私の体に傷がなくなると、あの人たちがまた付けにくるの」
「は、……ど、どういうこと?」
「その、私……私が常に苦しんでいないと気が済まないんだと思う……」
「……」
ポッドは、絶句していた。
あの人たちは、私が痛がったり、顔を歪めたり、上手く動けない姿を見ていないと気が済まないのだ。これは最近、気づいた。
いわれのない仕置きや使用人からの暴力。
出来る限りそれを避けるため、私はわざと細かい傷を付けたままでいることにしている。
そうすることで、自分を守っている。
そのせいで、体に傷痕が残ってしまうけれど、仕方ない。
するとポッドは表情を引き締めた。
「……ポッド?」
「傷は治す。そのうえで僕が、周りには傷があるように認識させる魔法をかける」
「認識を書き換える魔法? そんな魔法、聞いたことないわ。あなたって、もしかして本当はすごい妖精なんじゃないの?」
「……そんなことないよ。こんなの妖精のいたずらの範囲内さ。僕は今、一人の少女を救う力もない」
そう言って、ポッドは表情を歪める。
「ポッド。悲しいの? どうして? あなたは今、私を助けてくれているじゃない」
今まで話し相手なんていなかった。
こうやって、普通に話す相手がいるというのは、それだけで私の救いだというのに。何を言っているのだろう。
「悲しさよりも、今は自分のふがいなさが苦しい。そんな自分に対して怒りも感じる。こんなの生まれて初めてだ」
「自分の感情をきちんと理解しているなんてすごいわ。ポッドって何歳なの?」
「……はぁ。君って、本当に突っ込むところが変わってる」
ポッドが呆れた様子で、そう呟く。
「それって、私が間違っているってこと……? え、と……会話も出来なくて、ごめんなさい」
「あぁ。違う違う。いいんだ。君は、エミリアは、それでいいんだ。エミリアは間違ってなんかいない」
「私は間違っていない? 良かった」
そこで、またお腹の音が二つ聞こえた。
「お腹が空いていたことなんて、すっかり忘れてた」
「私たち、これが目的だったのにね」
「じゃあ、改めて僕たちの出会いに乾杯。いただきます」
「いただきます」
こうして、私はポッドと出会ったのだった。
◇ ◇ ◇
ポッドに今日の傷を治してもらいながら、彼との出会いを思い出していた私は息をつく。
ポッドとの出会いは、私にとって救いだった。
傷を治してくれるというのも、もちろんあったけど、他愛もない会話をする相手が出来たというのが大きかった。
ポッドが小さくて、愛らしいことも幸いだった。私にとっては、相手が子どもでも大人でも、老若男女問わず誰もが恐ろしかったから。
ポッドは、決して私を怖がらせることをしなかった。
わざと大きな音を立ててこちらの様子を窺うこともしなかったし、魔法の練習と言って的にすることもしなかった。
だから、ポッドから願いを聞かれるたびに、私はわざと話をそらした。
ポッドも、私が願いを言いたくないことに気づいたのか、何も言ってこなくなったけど。
ポッドがいなくなることが、ただ怖い。
いてくれるだけで良い。それが、どれだけ傲慢な願いなのかは私がよく知っている。
朝、目覚めてポッドがいなかったらという不安で飛び起きることもある。
そのたびに隣で眠るポッドを見て、どれだけ安心しているか、ポッドは知らないだろう。知らなくていい。
私に優しくしてくれるのは、ポッドと婚約者の王子だけ。
王子の婚約者であるということは、未だに信じられない。
婚約者であることというよりは、王子と結婚することがと言った方が正しい。
王子と私が結婚した後、私は一体どうなってしまうのだろう。
魔法が使えない人間は家畜以下という認識のこの国で、王子と私が結婚すれば、きっとこの国に住んでいる人の反感を買う。反乱になるかもしれない。
今だって、王子の周囲の人間から良く見られていないのは知っている。特に、王様が、私を気に入っていないのだ。
だから、結婚した後の私の扱いがどうなるのか、考えるのが怖い。今よりひどい扱いをされるかもしれない。
王子の妻になることで虐めがなくなり、優しくされるというのであれば、婚約者である今そうなっていない理由が分からない。
考えれば考えるほど、王子との結婚が怖くなる。
だからといって、王子との婚約を私から破棄するわけにもいかない。
王子は私にとても優しくしてくれるけど、全てから守ってくれるわけでもない。そばにいてくれるわけでもない。
こうやって私のそばにいてくれて、私の話を聞いてくれるのはポッドだけだ。
私は、ズルい人間だ。綺麗でもない。
願いを言わないことで、ポッドにそばにいてもらっている。
ポッドは、そのことを知ったら幻滅するかな。嫌われるかもしれない。
ぐるぐると考えていると、目からぽろっと涙が溢れて止まらなくなる。
いずれ、ポッドがいなくなる時が来たら、どうしよう。
その時が来てしまったら、私はどうやって生きていけばいいのだろう。
◇ ◇ ◇
俺――ポッドは、妖精の酒場に足を運ぶことが多い。
人間が営んでいる酒場の屋根裏にまさか妖精の酒場があるなんて、この国の人間は知る由もないだろう。
加護がどうのこうのと言っている割に、俺たち妖精の存在を信じている人間は少ない。
合理主義で利己的な人間らしく、目に見えるものしか信じられないのだ。
魔法が使えるから特別な存在であると勘違いしているが、俺たちがその気になれば無力な存在に戻っちまう。
そのことを声高らかに叫びたい。まあ、叫ばないけど。
どうせ、そのうち痛いしっぺ返しがくるだろうから。
神霊っていうのは、人間が思っているほど優しい存在ではない。
なぜ、人間が魔法を使えるようにしてあげているのかは分からないが、どうせいつもの気まぐれか、暇つぶしだろう。
死の概念がないから、何かおもちゃが欲しいんだろうな。
それには、人間がちょうどいいのかもしれない。
確かに、見ていて楽しいこともある。まぁ、不快なことも多いけど。
そして俺は今、この国の人間が不快でたまらない。ただ一人を除いて。
その日、俺は昼から酒を飲み、机に突っ伏していた。
駄目な妖精の典型例である。
「俺は、無力だ」
隣に座る顔馴染みの妖精――アランが、俺の呟きに反応する。
「どうした?」
「エミリアが願いを言ってくれない。俺って、そんなに頼りなく見えるかな」
「まぁ、俺たち可愛いから」
「そうなんだよな……」
もしも、ハムスターが「君の願いを叶えてあげよう!」と喋ったとする。
それを聞いた人間の反応はきっと、「……ふふっ(笑)、ありがとう。でも、気持ちだけ受け取っておくよ(笑)」って感じだと思う。知らんけど。
俺、ハムスターか。確かに少し大きなハムスターサイズだし、可愛いから、脳みそもあんまり入ってないように見えるのかもしれない。
妖精なんで、脳みそっていう概念はないけど……
「あー……エミリアぁ……俺が幸せにしてやるからな……絶対に」
「エミリアって、お前が最近贔屓してる人間の女の子だろ? 人間に肩入れするなんて、お前も変わったな」
そう口にしたアランに、俺は反論する。
「エミリアは普通の子じゃないんだよ」
「確かに。ってか、あの子の呪いを解かなくていいのか?」
アランが、エミリアにかけられている呪いに関して、質問してきた。
「今解いたら暴走する。そしたら、死んじゃうかもしれないだろ」
「じゃあ、あの子の周りをどうにかすればいいだろ」
「そうしたいんだけどさー……そうすると、今度はエミリアが困るだろう。あの子は、ずっと耐えてきた。耐えられるようになってしまった。それがいきなり壊れたら、今度はエミリアが壊れる……そんなの俺が耐えられない……」
エミリアの周りにいる虫どもを駆除したいのはやまやまだが、色々と準備というものがある。焦るな。でも、急げ。
「お前……本当に変わったな。まるで恋してるみたいじゃないか」
アランの言葉を聞いて、俺は一瞬考え込んだが、すぐに否定する。
「恋……俺に下心はない。人間と一緒にするな」
「そうかよ……で、何でそんな愛しのエミリアちゃんのそばから離れてるんだよ。いつも一緒にいるんじゃなかったのか?」
「今日は来ないでって言われた。王子と会うんだと」
「おお。それで、ラブラブな二人の様子を見たくなくて、逃げてきたのか。いつもだったら、来ないでって言われてても、こっそり陰から見てるもんな。知ってるか、そういうの、人間の言葉でストーカーって言うらしいぜ」
アランはおどけた様子でそう言った。
だが、俺はそのような下劣な輩とは違う。
「俺はプリチーな妖精だから、当てはまらない」
俺の言葉を聞いて、アランはげんなりとする。
「悪質だなー……」
「何とでも言え……」
「そういやお前、エミリアちゃんの前では俺って言葉を使わないな。一人称が僕って……」
「可愛く見られたいからな」
「この猫かぶり野郎め」
◇ ◇ ◇
今日は、婚約者である王子とのデートの日。集合場所であるお店で、私――エミリアは、先に着いていた王子を見つけた。
王子も私に気がついたようで、手を上げて挨拶をしてくれる。
「やぁ。エミリア」
近づく私を見て、座っていた椅子から立ち上がるその姿は、優雅さに溢れていながら、王族の気品も感じさせる。
すらりとした体型に、美しい金色の髪。その髪が太陽の光に照らされてキラキラと輝いていた。
宝石を人の形に落とし込んだら、きっとこんな形になるであろうと思ってしまうほどに美しい人。
エリオット王子。
私の婚約者であり、私のことを唯一人間として見てくれる人。私を許してくれる人。
なぜか王子の姿を見ると、それまで抱いていた不安や恐怖が薄れていく。
この人のためなら何でも出来ると思ってしまうような高揚感と、私はこの人が大好きなんだっていう熱い思いが込み上げてくる。
王子は、見た目だけではなく、性格まで美しい人だった。
こんなに美しい人が私の婚約者だなんて、自分でも信じられない。
王子のそばに走り寄り向き合うと、王子のアクアマリンのような瞳が私の姿を映す。
私がぼぅっと王子の瞳の美しさに心を奪われていると、「くすっ」という小さな王子の笑い声が聞こえた。
ハッと意識を取り戻すのと同時に、王子より到着が遅くなってしまったことを思い出し、「申し訳ございません!」と大声で謝った。
「遅くなってしまい、王子をお待たせしてしまいました!」
「大丈夫。ずっとエミリアのことを考えていたから」
「私のことを?」
「お前のことを考えていたら、ずっと一緒にいる気がして寂しくないんだ」
「王子……」
王子の言葉を聞いて、自分の顔が緩むのを抑えられなかった。
そんなことを言ってくれるのは、王子だけだ。
家族も使用人も学校のクラスメイトだって、私の顔を見ると、嫌なものを見てしまったと顔を歪めるか、顔を背けるか、睨むかのどれかだったから。進んで私と一緒にいたいと言ってくれるのも、私のことを考えてくれるのも、王子だけ。
私は王子のことが大好きだ。
「私も王子のことをずっと想っていますし、考えています。私の気持ちは、ずっと王子と共にあります」
「そう。良かった」
「はいっ!」
王子だけが私の救い。私が幸せなのは、王子と一緒にいる時だけだ。
王子とのデートが終わり自分の部屋に戻ると、ポッドがつまらなそうにクッキーをかじっている。
その姿を見て、私は急に夢から覚めたような感覚に陥った。
先ほどまでは王子のことしか考えられなくて、デートのことばかり思い出していた。
私のことを好きになってくれるのは、王子しかいないと思っていたし、味方も王子だけだと思い込んでいた。
この人のためなら何でもしようと思って……
頭の中に広がっていた高揚感と多幸感が、ポッドの姿を見た瞬間に霧散する。
急に現実に戻ったような間隔に戸惑い、私はしばらく呆然とポッドを見ていた。
「どうしたの? 王子様とのデート楽しくなかった?」
「え。あ……」
どうして。どうして、ポッドのことを思い出せなかったんだろう。
私に優しくしてくれるのは、王子だけじゃない。
昨日の夜、不安で泣いてしまうほど怖くて仕方なかったのにどうして……
「エミリアもクッキー食べる?」
「あ。うん……」
ポッドは私の言葉に喜び、ぴょんと飛び上がると、魔法を使って私の分のお茶とクッキーを用意してくれた。
話し相手がいなかったから、寂しい思いをしていたのかもしれない。
私だけ王子とのデートを楽しんだこととポッドを少しの間だけ忘れていた罪悪感から、私はポッドの顔を見ずに椅子に座る。
そのままポッドが淹れてくれたお茶を飲んでいると、ポッドが「聞いてもいい?」と声をかけてきた。
ずっと黙っている私に、何か不信感を抱いたのかもしれない。
私は何を聞かれるのか分からず、少し緊張しながら「うん」と答えた。
「どうして王子様はエミリアの婚約者になったんだ?」
「あ、あぁ……そんなこと」
「そんなこと?」
「ううん、こっちの話……やっぱり気になるよね」
「ん……まぁ」
気まずそうに頭をかいているポッド。
しかし、それは当然の疑問だと思う。気まずそうにする必要はないのに。
それなのに、私の気分を害するのではないかと考えてくれるポッドに、心が温かくなる。
私のことを考えてくれる人は、今は王子だけではないのだ。
どうしてこれほど大切な存在を忘れていたんだろう。
そんなに王子とのデートは楽しかったっけ。
……そういえば、いつもそうだった。王子と会うと、その日のことを忘れてしまう。
確かにデートしているはずなのに、デートしている間のことはフワフワとした夢のようで、あまり覚えていないことが多い。
どの店に行ったとか、こういうものを食べたとかいう出来事すら曖昧で、ふと気がつくと内容を忘れてしまうのだ。
それが、何だか怖かったのに。どうしていつも、そのことすら忘れてしまうのだろう。
「エミリア?」
ポッドの声にはっとする。
「ごめんね。デートで疲れてるよね。僕に気にせず、エミリアは寝る準備をした方がいいよ」
「ち、違うのっ! ごめんなさい。せっかくお茶を淹れてくれたのに」
「エミリア。お茶なんていつでも用意するから。気にせず休んで……」
「大丈夫! 私、ポッドともっとお話ししたい!」
私の勢いにポッドは驚いたようで、目を丸くする。
ポッドが何かを言う前に私は、「あのね!」と口を開いた。
「あのね。私の家って元々王族と関わりがあった家なんだって。だから、政略結婚っていうのかな」
「なるほど」
ポッドは、政略結婚という言葉に納得したようだった。
「でも、どうしてエミリアが……あ。その、この質問に気を悪くしたならごめん」
つい本音が出てしまった様子のポッド。
魔法が使えない人間が見下されるこの国で、王子と魔法が使えない私の婚約を不思議に思うのは当然だと思う。
魔法が使えない人間がどういう扱いを受けているのかを知っているからこそ、なおさら不思議なんだろう。
本当のことを言えば、どうして王子が私のことを選んだのか、私にはさっぱり分からなかった。
私のことが好きだから、と信じることが出来れば一番良かったのだけど。
どうしてか、ポッドと出会ってから王子を完全に信じることが出来なくなった。
昔は、私を救ってくれるのは王子だけだと思えたのに。今は、少し信じるのが怖くなってしまった。
これが良いことなのか、悪いことなのか分からない……
「不思議に思うのも無理はないと思う。この国は魔法が使えない人間に対して、遠慮がないもの。その国の王様の子どもなら、なおさら……って思ったんでしょ?」
「う……そう、だ」
ポッドは気まずそうに頷いた。
「そうよね。でもね! 王子は違うのっ! 王子は私のことを見下さないし、ひどい言葉も言わないの。私を殴らないし、蹴らない……とっても素晴らしい方なの。あの方がこの国の王様になれば、きっとこの国は救われると思う。……私もきっと」
「……」
「だから、私ね! 王子のことが大好き。私を全て許してくれるから。王子といる時は、私の好きなようにしていいって、許してくれたの。そんなの王子だけ……」
ポッドが私を見ている。
これ以上、何も言わないで。そう思った。
「だから、私はそんな王子と結婚出来るんだから……幸せなの」
自分に言い聞かせるように、そう繰り返した。
どんなにつらいことがあっても、苦しいことがあっても、私は王子と婚約をしているんだから、まだ救われているんだ、幸せなんだ。そう心の中で繰り返す。
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