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第1部

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「これからどうしたらいいの?」
「そりゃもちろん。ポッドに会いに行くんだろ?」
「…ポッド」
「しっかりしろよ。お前の真の目的は、ポッドと一緒にこの国から出ることだろ?」
「そうだけど…」
「お前を殺そうとして、結果あいつが死んだだけだ。自業自得だよ」
「ジェイフは、他人だからそうやって割り切れるのよ」
「じゃあ、ずっと引きずったままで生きればいい」
「……」

この国に来なかったら、両親の死体を見ることも妹を結果的に死に追いやることもなかったのかと思うと泣きそうになる。

「わかってる。ポッドに会わなくちゃ」
「しかし、お前の妹はどうしてここにいたんだろうな?」
「私がここに来ると思っていたからと言っていたけど」
「どうしてお前を待っていたんだろうな」
「…もしかしたら、彼女も殿下に捨てられたのかもしれない。外はあんな感じで逃げる場所なんてどこにもないし、アイラも、もうここ以外に行くところがなかったのかもしれない。私が来るか来ないかなんて、どうでもよかったのかもしれないし…分からない」
「ま。どうでもいいか。それで次はどこに行くんだ?」
「…お城かな」
「城か。俺も入ってみたかったんだよな」

ジェイフは、この国に住んでいたことがあるから、ずっと見ていたらしい。
入ろうと思えば、入れたが、いつか入ればいいかと思っていたら、ついにこの国を出るまで、入ることはなくなってしまったことを話していた。
ユニコーンに乗り、空から自分が住んでいた屋敷を見下ろした。
父と母、妹が死んでいる屋敷は、いつのまにか何本ものツタが張り、飲み込もうとしているように、うぞうぞと動いていた。

「こりゃ、もう入れないな」
「うん。そのほうがいいよ」

妹も大好きな両親と一緒の墓場で眠るほうがいいだろう。
死ぬときも自分は一緒にいられないなんて、死んでまで自分は嫌われているらしい。そのことが少しだけ悲しかった。時間が経てば、この感情も変化するだろうか。
町は、少しずつ壊れ始めていた。
さきほどから、地震が連続で起きている。
そのせいで、町が少しずつ崩れ壊れ始めていた。
この国の中心地である広場に大きな穴が開いていた。
そこから少しずつ穴が広がるように道が崩れ始めている。

この町にも少しは人がいたらしい。ちらほらと、姿が見えた。町の外からも声が聞こえるから、もしかしたらこの国を出ようとした人たちもいるかもしれない。町の外にある溝は、どんどんその大きさを拡大しているようで、内側からも外側からも、この国を飲み込もうとしているようだ。

「おい!ユニコーンだ!」
「誰か乗ってるぞ」
「おい!俺たちも乗せろ!!!」

真っ白な馬が空を飛んでいたら、さすがにこの状況でも気づくらしい。
ユニコーンを撃ち落そうとしているのか、石を投げ始める人もいた。
もちろん、石が当たるような低さで飛んでいないから、当たるはずもないけど。

「さすがに目立つか」
「どうする?」
「おい。もっと高く飛べるか!」

ユニコーンは、その言葉に返事をするように高く嘶き、そのまま空高く駆け上がっていく。

「あ。あれがお城です」
「そのまま行っちまえ!」

ユニコーンが、猛スピードで城へと駆けていく。
城の外には、ちらほらと平民の姿がいた。
兵士は、どこにいるのだろうか。

―がしゃあああん!

すさまじい音を立ててガラスを割って不法侵入した。

「だ、誰だっ!?」
「すみません。お邪魔します!」
「はっ!?エミリア!?」
「お久しぶりです。殿下」
「は?なんで?は?その馬なに?え?」

殿下はあいかわらず元気そうだ。
こんな殿下にも一応ついてきてくれている兵士はいるらしい。玉座は、貴族らしき人と兵士らしき人がいた。

「ま、まさか…俺を助けに来てくれたのか?」
「え?」
「そうか…俺たちは、元は婚約者だからな。俺を隣国まで連れて行ってくれるんだろ。それともあの美しい聖女が俺を助けに来てくれたのか?そうだよな。俺の国がなくなったら、世界の損失だもんな…みんな!喜べ!助けが来たぞ!」
「……」
「自分勝手な王子だな。こんなんが国のトップか。お前の言葉なんて聞く気ないじゃないか」
「元からこういう人なの」
「ぎゃ!」

なんて、勝手に盛り上がって、勝手にユニコーンに乗ろうとしている殿下に呆れて、なんて返したらいいのか分からない。ユニコーンは近づいてきた殿下を足で蹴り飛ばしていた。

「断りもなく勝手に乗ろうとしたからですよ」
「痛い!痛い痛い!誰か!折れた!俺の腕が折れた!」

一人で騒いでいる殿下に近寄って、回復魔法をかける。
聖女候補なので、回復魔法だけは人並に出来るようになっていたのだ。

「(治れ!)」
「あ、痛くない」
「人騒がせな…。落ち着きましたか?殿下」
「あ、ああ…。お前、そういえば魔法が使えるようになったんだっけ」
「そうですよ。この国の人たちは魔法が使えなくなってしまったんですよね?」
「そうだ!そうなんだ!お前は隣では次期聖女という話が出ているのだろう?ならば、この国のみなに…いや俺だけでもいい!魔法の力を戻してくれ!」

そこは、口だけでもいいから国のみんなと言ってほしかった。
この人は悪い意味で正直者で、自分だけ助かればいいという気持ちが全面に出すぎている。
そのせいで、周りにいる貴族や兵士たちが、とたんにざわざわと騒ぎ出した。

「は?王子だけ?」
「だから、あの王子についていくのは嫌だったんだよ」
「本当にあの女が聖女なのか?」
「でも、あの馬って隣が飼ってるペガサスってやつでしょう?空が飛べると聞いたわ」
「じゃあ、ここから出られるの?」

じりじりとユニコーンに集まり、我先にとユニコーンを捕まえようとしている貴族や兵士たちの姿に貴賤はなかった。
ユニコーンは必死に逃げようとしているが、人の多さに苦労しているようだ。
このままでは、ご自慢の角を人に突き刺すまで、そう時間はない。

「や、やめてください。その子は借り物で、乱暴しないでください」
「俺が先に乗る」
「私が先に決まってるでしょ」

「静まれ!!!」

玉座の間が、びりびりと震えた。
陛下だった。
私たちは黙り込んで、陛下の言葉を待った。
私は、初めて会う陛下の姿に手が震えてしまったので、それを服の裾をつかむことで、なんとか話すことが出来た。
殿下と違って、陛下は筋肉隆々の大男だった。
顔は、とても厳つくて恐ろしい。
殿下とは似ても似つかないから、母親似なのかもしれない。
私が、一番苦手なタイプだった。

「まったく。情けない。聖女候補。お前は、ここになにをしに来た」
「ゆ、友人を探しに…」
「友だと?誰だそれは」
「よ、妖精です…名前はポッドと申します」
「妖精が友人だと?」
「は、はい…」
「ぐ、ぐわはははははは!!!!妖精が友人か!おい、捕らえろ」
「「「はっ!」」」
「え?どうして?や、やめてください!」

陛下の命令で、兵士たちが私の腕を拘束し始めた。

「妖精どもの人質が手に入るなんてな。それも向こうから飛んでくるとは、まさに鴨葱よ」
「この国は、魔力がない人間を差別しすぎたんです。それに信仰もない。隣の国を見習うべきです」
「神?…ふん。この俺こそが神だ。…おい処刑の準備だ。この女を殺せば、あの忌々しい妖精どもも少しはおとなしくなる」
「や、やめて…」
「おい!いい加減にしろっ!」

私のポケットから、ぴょいとジェイフが飛び出した。
ジェイフの姿を見た兵士が「ひっ!」と顔を引きつらせて飛ぶように逃げていく。

「この国は、もう終わりだ。お前を含めて今いる国民全員で頭を下げて許しを乞え。そうすれば、まだ許してくれるかもしれない。このままだと俺たちの仲間にいたぶられ、この国は奈落の底へと沈むことになる。俺も、自分がいた故郷がなくなるのは悲しい。お前たち人間も、少しは反省しろ!」
「よ、妖精…」
「お、お助けくださいっ!」
「……」

貴族も兵士たちも小さなジェイフの姿におびえ泣いていた。
そんな中、陛下だけは腰にある剣を抜き、こちらに歩いてくる。

「な、なんですか…陛下…」
「忌々しい妖精どもめ…誰が頭を下げるものか…俺は、この国で一番偉い…神よりもだ…」

陛下の目は、完全に正気を失っていた。
この国でなにがあったのか、私には分からない。ただ、陛下だけは気に食わなかったのだろう。自分よりも上に立つ人間がいることが。

「や、やめてください…来ないでください…」

後ろに行こうにも殿下が私の体を陛下に差し出すように背中を押してくる。
どうして。

「死ね、小娘」
「か、風よっ!」

私は手のひらを突き出すような形で風の魔法を使った。
人に向かって魔法を使ったのは初めてだった。

―ひゅお。

すさまじい突風が床から吹き上げた。
貴族のドレスが巻き上がり、みんな悲鳴を上げた。
陛下の持つ剣が、すぽんと簡単に手から抜け落ち、くるくると空中を回りながら、ゆっくりと上に上がっていく。

「あ…あ…」

そして、ゆっくりとまた剣が下りてくる。
まるで意思を持っているように、剣の切っ先がまっすぐと陛下の胸めがけて下りてきて、そのまま簡単に陛下の胸を刺した。

「きゃあああああ」

悲鳴、怒声、人がバタバタと走り回る音。

「おい。アリシア逃げるぞ」

ジェイフがユニコーンに乗って、私を連れていく。
―私が、陛下を殺してしまった。違う、あれはわざとじゃない。陛下が剣を持っていたのが悪いのに。

「逃がさぬ…逃がさぬぞっ!」

陛下が、血しぶきを上げて自身の胸から剣を引き抜いた。
そして、そのままこちらめがけて剣を槍のように投げた。

「うっ!」
「エミリアッ!」

私は、そのまま剣が体に突き刺さるのを感じた。
どれだけの力があれば、ここまで剣を投げることが出来るのだ。
さすがは魔物殺しの王。
戦い好きとは聞いていたけど、こんなところで、私がその力を知ることになるとは思わなかった。
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