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第1部
86
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「鼻が曲がりそうだ…」
「こ、この先にも死体があるのかしら。さっきと似たようなにおいがする」
「そうだな」
「私も鼻がおかしくなりそう…」
「一応、魔法をかけておいてやるよ」
「ありがとう」
ジェイフに魔法をかけてもらうと、さきほど感じた匂いは何もしなくなった。
なんの匂いもしないというのは、ずいぶんと変な感じだ。
「匂いのもとは、この部屋からだな」
「この部屋は、父と母の…」
「寝室か」
「うん」
扉の隙間からツタが張っている。
この扉を開けることは、私には絶対に許されなかった。
幼いころ、まだ私が暗いところも一人で寝ることも怖かったころ。
どうしても一人で眠るのが嫌で、父と母の寝室に行ったことがあった。
「どうして妹はよくて、私はだめなのですか?」
「うるさい!」
頬を張られ、しくしくと泣いたあの夜。
妹が高い声を上げながら、母の胸に飛び込んでいる姿を見たとき、どうして私だけダメなんだろうと思ったあのときは、何歳ごろだったかしら。
扉の外に座り込み、耳を扉に押し当てて、かすかに聞こえる父と母と妹の声を聞きながら、目をつむっていると、まるで私もその中にいるような気がして安心したことを思い出した。
そして、そのまま眠ってしまって、それを知った父に怒られて外に放り出されてしまったことも。
あの時は雨だったから、服は濡れて体に張り付いて、ひどく冷たく、寒かった。
ツタが張っているせいで扉が、かすかに開いている。
私はそっと中の様子を見ると、誰かの体から、ツタが飛び出している。
「あ、あつい…」
室内は、じっとりと暑かった。
それより、室内と廊下の気温差に驚く。
誰かがベッドに寝そべっている。お腹が静かに動いているから、眠っているのだろうか。
「おい。あまり近づくなよ」
「…お母さん?」
寝そべっている人物は、母がいつも寝るときに着ていたネグリジェを身にまとっていた。
室内は、暗いから、顔は分からないが、遠目から見ると母にしか見えなかった。
「お母さん…」
「おい」
私は、扉を開けて静かに近づく。
母は、私に声をかけることは極端に少なかった。私の顔を見ることも嫌がっていたから、私は母と会話をしたことが一度もない。
だから、憧れの存在でもあった。
妹のように母の胸に飛び込めたら、どんなによかっただろうか。
優しく妹のように頭をなでてくれたら、どんなに気持ち良いだろうか、と考えたことがある。
「お母さま、とってもいい匂い」と妹は、よく言っていた。確かに母からはいつも花の甘い香りがした。おそらく香水かなにかだろうが、結局、母の匂いはずいぶんと遠いものになってしまった。
「お母さま…」
近づいてみると、なにやら母のお腹のところで何かがうごめいている。
なにが動いているのか、よくわからない。私は、母を起こそうと手を近づかせたら「触るなっ!」というジェイフの叫びに思わず体を固めた。
「じ、ジェイフ?」
「お前、そいつの体をよく見てみろ。本当は、明かりなんてつけたくないんだが」
あつい。
湿っぽい。
体がじめじめする。
汗が体中から、噴出して、ぽたぽたと、床に汗が落ちていく。
パ。
部屋に明かりがついて、ようやく私はその部屋の異常性に気づいた。
天井から、ツタが何本もたれていた。
見たこともない植物だった。
教会で見た図鑑に載っているような熱い気候の植物に似たものだった。
「お、おかあさ」
母のお腹をうごめいていたのは、母のお腹に巣くっているものだった。
母のお腹のそこには、ねばねばとした液体が浮かんでいた。
そして腹が裂け、口のようなものが、母の腹から生えていた。
ぷぅん、と、部屋のどこからかハエが飛んできた。それが母の腹に誘われるようにして、飛んでいき、ぱくり。母の腹が、ハエを食べた。
「あ。あ、あ、あいや、や!」
ウツボカズラ。
昔、見たことがある。甘い匂いをさせて虫を誘い、食べる食虫植物。それに似た生き物が、母のお腹に生えていた。
「いやあっ!」
思わず部屋を出た。
そうだ。あの天井につり下がっていた奇妙な植物は、ウツボカズラだ。それでは、廊下をただよっていた甘い匂いは、ウツボカズラが虫を誘う匂いだったのだろう。
「ひぃ、うぇ、な、なんで、なんで?お、お母さまが、どうして、…」
「呪いだな」
「の、のろい?」
「あの母親から呪い返しの痕跡があった。おそらく、ずっと呪いをかけ続けていたんだろう。そして、それが解けた。その結果があれだ」
「なに?なに?なんで?お母さまがなんで、あんな姿に?」
「呪いの代償だろうな。あの人間は、腹になにかを抱えていたってわけだ。それが現れたってことだろう」
「殿下は、お、お母さまとお父様が死んだと…じ、じゃあ、私の部屋の近くにあるのは、ま、まさか…お父様の死体ってこと?」
「さぁな」
「ジェイフはどうして死体の場所が分かったの?どうして、さっきの料理長の死体は、分からなかったの?呪いになにか関係あるの?」
「まぁな。呪い返された人間の周りは、妖精には汚れて見えるんだ。だからだ」
「…父も、母のような形で死んでいるかもしれないのね…」
最後の母の姿が、あんな形だなんて信じられない。
記憶の中の母はきれいで、いつもいい匂いのする女性だった。
それが、お腹の中をあんな食虫植物が住み着いていて、部屋だってあんなわけの分からないものに変えられて…。母は、きれい好きできれいなものが好きだった。虫が苦手で、花が好きなのに、小さなアリにも怯えるような人だったから、あんな腹の中で、虫を食べる植物がいることはきっと耐えられないだろう。…だから、あんな姿にされたのだろうか。
虫が嫌いなのに、部屋中には、虫を誘う匂いが充満していたせいで、小さな虫がぶんぶんと音を立てて飛んでいた。
そういえば、暑いところも苦手で、気温が高いと寝込むことも多かった。だから、部屋があそこまで暑いのは、生きているときは耐えられなかっただろう。
「死んだ者さえ、安らげないのね…。お母さまのお墓を作ってあげることはできないのかしら?」
「やめておけ。下手にいじると、お前も何か被害を受けるかもしれない。…どうりで、妖精がいないわけだな。ここは。妖精にとっては不潔すぎる」
「そう」
母を弔うことも出来ないなんて、親不孝な娘とあの世で嘆いているかもしれない。
しかし、ここには生きている人間もいるとジェイフが言っていた。
死体が3人…この場合は、3体というほうが正解なのだろうか。普通の人であれば、絶対に寄り付かないだろう。
それなのに、私の部屋に誰かがいるらしい。
思い当たるのは、一人しかいなかった。
「私の部屋に妹がいるのね」
理由は分からないが、きっと私を待っているのだろう。
この家に来て、正解だったのかもしれない。
生きている家族に、一応会うことが出来るのだから。
しかし、私の部屋に行く前に一度だけ寄りたいところがあった。
この国を出る前にも挨拶をした場所だ。
そのときは、気づかなかったが、お守りというものがあるらしい。
「この部屋の中に神棚が?」
「そう。お守りというものもあるそうよ」
扉を開くと、誰も入っていないのか、荒れた屋敷内の中ではきれいなほうだった。
「この扉の中にあるらしいわ」
「ほぉん」
私は、神様の家を模している家の扉を開けていいものか、と悩んだが、手紙によればこの中に私にあてたお守りが入っているそうなので、開けてみたいとは思うのだが。
「この扉を開けて、罰当たりめって怒られない?」
「怒られないんじゃないか?たぶん。なにも感じないが」
「じ、じゃあ、開けてみるね…えい」
扉は簡単に開いた。中には、大粒の宝石が付いたネックレスが置いてあった。
「こ。これがお守り?」
「売れば、言い値で売れそうだ。珍しい。ここまで大きなアメジストなんて、早々見ないぞ。お前のおばさんは、確かにお前に都合のいいものをくれたみたいだな」
「え、でも、こんなの受け取れないよっ!こんな高そうなもの…」
「でも、おばさんがお前にって言ったんだろ」
「そうだけど」
おばさんから手紙をもらったのは、ポッドがいなくなってから少し経った後だった。
私におばさんがいることなんて、手紙をもらうまで気づかなかった。
あのときは、手紙を読む余裕がなかったから、引き出しの奥に突っ込んでいたのを、この国に行くときに思い出したのだ。
内容は、私宛にお守りを隠しておいたので、持っていくように書かれていた。
まるで、私がこれからあの国に行くことを知っているような内容だったから、驚いた。
私が、聖女様の国にいることも、なぜ知っていたのか分からない。
父と母は、叔母のことを一度も会話に出したことがないから、私と同じで家を出た人なのかもしれない。
「アメジストは、魔よけだ。悪しきものから、持ち主を守ると言われている守り石だからな。確かにお守りというにふさわしいな」
「そ、そんなにすごい石なのね…」
「魔力の回復を進めるし、持ち主の魔力を高める力もあるからな。魔法を使う人間には、うってつけだ。それだけの大きさなら、石の力も強いしな。お守りによし。自分の力の補助にもよしと。万能で便利な石だ。よかったな」
「本当にすごい石なのね…。どうしてこんなところに置いたのかしら」
「ここが一番探られないからじゃないか」
この家の人たちは、この部屋が好きではなかったようだから、ここに置けば、見つかる可能性は低いだろう。神様を信仰していなくても、勝手をするのは、さすがのあの人たちも憚れたのかもしれない。
「半信半疑だったが、来て良かったな。これで、少しはお前の魔法も武器になるかもしれない」
「だから、私攻撃魔法の使い方知らないの」
「教えてやるよ。一番簡単なのは…お前風の魔法が得意そうだからな。風よ。って唱えてみろ」
「風よ?…うわっ」
「おっ。筋がいいね」
ユニコーンに乗るときに苦労した風魔法。下から突風が強く吹いた。
体がぴょんと飛び上がる。
「それを相手に打てばいいのよ。それで相手は軽く吹っ飛ばせる」
「そんなんでいいの?」
「下手に怪我を負わそうとしたら、的を絞らないといけない上に威力を考えないといけないからな。魔法初心者にはこれくらいがいい。敵との距離をとれば、逃げやすくもなるしな。お前、間違って相手を殺しても後悔しそうなお嬢ちゃんだからな」
「…否定はできないけど」
自分のせいで相手をケガさせる覚悟は、確かに出来ていないから、ジェイフのいう通りだ。
喧嘩の場面になったら、真っ先に逃げられる魔法を教えてもらったほうが、私には合っている。
「ポッドが、お前に手を上げてもお前は逃げるか?」
「ポッドが私に手を上げる?」
あのポッドが?
「そうなったときに考える」
「この国に来たんだから、覚悟決めとけよ」
「わかってる」
「こ、この先にも死体があるのかしら。さっきと似たようなにおいがする」
「そうだな」
「私も鼻がおかしくなりそう…」
「一応、魔法をかけておいてやるよ」
「ありがとう」
ジェイフに魔法をかけてもらうと、さきほど感じた匂いは何もしなくなった。
なんの匂いもしないというのは、ずいぶんと変な感じだ。
「匂いのもとは、この部屋からだな」
「この部屋は、父と母の…」
「寝室か」
「うん」
扉の隙間からツタが張っている。
この扉を開けることは、私には絶対に許されなかった。
幼いころ、まだ私が暗いところも一人で寝ることも怖かったころ。
どうしても一人で眠るのが嫌で、父と母の寝室に行ったことがあった。
「どうして妹はよくて、私はだめなのですか?」
「うるさい!」
頬を張られ、しくしくと泣いたあの夜。
妹が高い声を上げながら、母の胸に飛び込んでいる姿を見たとき、どうして私だけダメなんだろうと思ったあのときは、何歳ごろだったかしら。
扉の外に座り込み、耳を扉に押し当てて、かすかに聞こえる父と母と妹の声を聞きながら、目をつむっていると、まるで私もその中にいるような気がして安心したことを思い出した。
そして、そのまま眠ってしまって、それを知った父に怒られて外に放り出されてしまったことも。
あの時は雨だったから、服は濡れて体に張り付いて、ひどく冷たく、寒かった。
ツタが張っているせいで扉が、かすかに開いている。
私はそっと中の様子を見ると、誰かの体から、ツタが飛び出している。
「あ、あつい…」
室内は、じっとりと暑かった。
それより、室内と廊下の気温差に驚く。
誰かがベッドに寝そべっている。お腹が静かに動いているから、眠っているのだろうか。
「おい。あまり近づくなよ」
「…お母さん?」
寝そべっている人物は、母がいつも寝るときに着ていたネグリジェを身にまとっていた。
室内は、暗いから、顔は分からないが、遠目から見ると母にしか見えなかった。
「お母さん…」
「おい」
私は、扉を開けて静かに近づく。
母は、私に声をかけることは極端に少なかった。私の顔を見ることも嫌がっていたから、私は母と会話をしたことが一度もない。
だから、憧れの存在でもあった。
妹のように母の胸に飛び込めたら、どんなによかっただろうか。
優しく妹のように頭をなでてくれたら、どんなに気持ち良いだろうか、と考えたことがある。
「お母さま、とってもいい匂い」と妹は、よく言っていた。確かに母からはいつも花の甘い香りがした。おそらく香水かなにかだろうが、結局、母の匂いはずいぶんと遠いものになってしまった。
「お母さま…」
近づいてみると、なにやら母のお腹のところで何かがうごめいている。
なにが動いているのか、よくわからない。私は、母を起こそうと手を近づかせたら「触るなっ!」というジェイフの叫びに思わず体を固めた。
「じ、ジェイフ?」
「お前、そいつの体をよく見てみろ。本当は、明かりなんてつけたくないんだが」
あつい。
湿っぽい。
体がじめじめする。
汗が体中から、噴出して、ぽたぽたと、床に汗が落ちていく。
パ。
部屋に明かりがついて、ようやく私はその部屋の異常性に気づいた。
天井から、ツタが何本もたれていた。
見たこともない植物だった。
教会で見た図鑑に載っているような熱い気候の植物に似たものだった。
「お、おかあさ」
母のお腹をうごめいていたのは、母のお腹に巣くっているものだった。
母のお腹のそこには、ねばねばとした液体が浮かんでいた。
そして腹が裂け、口のようなものが、母の腹から生えていた。
ぷぅん、と、部屋のどこからかハエが飛んできた。それが母の腹に誘われるようにして、飛んでいき、ぱくり。母の腹が、ハエを食べた。
「あ。あ、あ、あいや、や!」
ウツボカズラ。
昔、見たことがある。甘い匂いをさせて虫を誘い、食べる食虫植物。それに似た生き物が、母のお腹に生えていた。
「いやあっ!」
思わず部屋を出た。
そうだ。あの天井につり下がっていた奇妙な植物は、ウツボカズラだ。それでは、廊下をただよっていた甘い匂いは、ウツボカズラが虫を誘う匂いだったのだろう。
「ひぃ、うぇ、な、なんで、なんで?お、お母さまが、どうして、…」
「呪いだな」
「の、のろい?」
「あの母親から呪い返しの痕跡があった。おそらく、ずっと呪いをかけ続けていたんだろう。そして、それが解けた。その結果があれだ」
「なに?なに?なんで?お母さまがなんで、あんな姿に?」
「呪いの代償だろうな。あの人間は、腹になにかを抱えていたってわけだ。それが現れたってことだろう」
「殿下は、お、お母さまとお父様が死んだと…じ、じゃあ、私の部屋の近くにあるのは、ま、まさか…お父様の死体ってこと?」
「さぁな」
「ジェイフはどうして死体の場所が分かったの?どうして、さっきの料理長の死体は、分からなかったの?呪いになにか関係あるの?」
「まぁな。呪い返された人間の周りは、妖精には汚れて見えるんだ。だからだ」
「…父も、母のような形で死んでいるかもしれないのね…」
最後の母の姿が、あんな形だなんて信じられない。
記憶の中の母はきれいで、いつもいい匂いのする女性だった。
それが、お腹の中をあんな食虫植物が住み着いていて、部屋だってあんなわけの分からないものに変えられて…。母は、きれい好きできれいなものが好きだった。虫が苦手で、花が好きなのに、小さなアリにも怯えるような人だったから、あんな腹の中で、虫を食べる植物がいることはきっと耐えられないだろう。…だから、あんな姿にされたのだろうか。
虫が嫌いなのに、部屋中には、虫を誘う匂いが充満していたせいで、小さな虫がぶんぶんと音を立てて飛んでいた。
そういえば、暑いところも苦手で、気温が高いと寝込むことも多かった。だから、部屋があそこまで暑いのは、生きているときは耐えられなかっただろう。
「死んだ者さえ、安らげないのね…。お母さまのお墓を作ってあげることはできないのかしら?」
「やめておけ。下手にいじると、お前も何か被害を受けるかもしれない。…どうりで、妖精がいないわけだな。ここは。妖精にとっては不潔すぎる」
「そう」
母を弔うことも出来ないなんて、親不孝な娘とあの世で嘆いているかもしれない。
しかし、ここには生きている人間もいるとジェイフが言っていた。
死体が3人…この場合は、3体というほうが正解なのだろうか。普通の人であれば、絶対に寄り付かないだろう。
それなのに、私の部屋に誰かがいるらしい。
思い当たるのは、一人しかいなかった。
「私の部屋に妹がいるのね」
理由は分からないが、きっと私を待っているのだろう。
この家に来て、正解だったのかもしれない。
生きている家族に、一応会うことが出来るのだから。
しかし、私の部屋に行く前に一度だけ寄りたいところがあった。
この国を出る前にも挨拶をした場所だ。
そのときは、気づかなかったが、お守りというものがあるらしい。
「この部屋の中に神棚が?」
「そう。お守りというものもあるそうよ」
扉を開くと、誰も入っていないのか、荒れた屋敷内の中ではきれいなほうだった。
「この扉の中にあるらしいわ」
「ほぉん」
私は、神様の家を模している家の扉を開けていいものか、と悩んだが、手紙によればこの中に私にあてたお守りが入っているそうなので、開けてみたいとは思うのだが。
「この扉を開けて、罰当たりめって怒られない?」
「怒られないんじゃないか?たぶん。なにも感じないが」
「じ、じゃあ、開けてみるね…えい」
扉は簡単に開いた。中には、大粒の宝石が付いたネックレスが置いてあった。
「こ。これがお守り?」
「売れば、言い値で売れそうだ。珍しい。ここまで大きなアメジストなんて、早々見ないぞ。お前のおばさんは、確かにお前に都合のいいものをくれたみたいだな」
「え、でも、こんなの受け取れないよっ!こんな高そうなもの…」
「でも、おばさんがお前にって言ったんだろ」
「そうだけど」
おばさんから手紙をもらったのは、ポッドがいなくなってから少し経った後だった。
私におばさんがいることなんて、手紙をもらうまで気づかなかった。
あのときは、手紙を読む余裕がなかったから、引き出しの奥に突っ込んでいたのを、この国に行くときに思い出したのだ。
内容は、私宛にお守りを隠しておいたので、持っていくように書かれていた。
まるで、私がこれからあの国に行くことを知っているような内容だったから、驚いた。
私が、聖女様の国にいることも、なぜ知っていたのか分からない。
父と母は、叔母のことを一度も会話に出したことがないから、私と同じで家を出た人なのかもしれない。
「アメジストは、魔よけだ。悪しきものから、持ち主を守ると言われている守り石だからな。確かにお守りというにふさわしいな」
「そ、そんなにすごい石なのね…」
「魔力の回復を進めるし、持ち主の魔力を高める力もあるからな。魔法を使う人間には、うってつけだ。それだけの大きさなら、石の力も強いしな。お守りによし。自分の力の補助にもよしと。万能で便利な石だ。よかったな」
「本当にすごい石なのね…。どうしてこんなところに置いたのかしら」
「ここが一番探られないからじゃないか」
この家の人たちは、この部屋が好きではなかったようだから、ここに置けば、見つかる可能性は低いだろう。神様を信仰していなくても、勝手をするのは、さすがのあの人たちも憚れたのかもしれない。
「半信半疑だったが、来て良かったな。これで、少しはお前の魔法も武器になるかもしれない」
「だから、私攻撃魔法の使い方知らないの」
「教えてやるよ。一番簡単なのは…お前風の魔法が得意そうだからな。風よ。って唱えてみろ」
「風よ?…うわっ」
「おっ。筋がいいね」
ユニコーンに乗るときに苦労した風魔法。下から突風が強く吹いた。
体がぴょんと飛び上がる。
「それを相手に打てばいいのよ。それで相手は軽く吹っ飛ばせる」
「そんなんでいいの?」
「下手に怪我を負わそうとしたら、的を絞らないといけない上に威力を考えないといけないからな。魔法初心者にはこれくらいがいい。敵との距離をとれば、逃げやすくもなるしな。お前、間違って相手を殺しても後悔しそうなお嬢ちゃんだからな」
「…否定はできないけど」
自分のせいで相手をケガさせる覚悟は、確かに出来ていないから、ジェイフのいう通りだ。
喧嘩の場面になったら、真っ先に逃げられる魔法を教えてもらったほうが、私には合っている。
「ポッドが、お前に手を上げてもお前は逃げるか?」
「ポッドが私に手を上げる?」
あのポッドが?
「そうなったときに考える」
「この国に来たんだから、覚悟決めとけよ」
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